故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

個性(Part3)

2020-09-25 13:48:01 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは。「温かい」です。
「個性」について語る記事に何度も使わせていただきました。
ほのぼのとした表情がたまらないのでしょう。


私は、個性について過去36回も記事にしている。
すべての記事が、個性をモチーフとし、時にはテーマにしています。
ほとんどの記事が、プロジェクトエンジニアーのカテゴリーです。
顔が見えぬプロジェクト集団が、個性の塊だとはマネージャーしか知らないのです。
試しに、私が考える個性について抜粋してみた。
時系列で並べた。思考に進展、変化があるか楽しみです。

自分のブログの「個性」に対する考え方の変遷を辿ってみました。
ブログを書き始めてから約2年間、個性を尊重する生き方をしたいと綴っています。
ところが、2016年1月13日の「対話」では、
個性を尊重する考えを書き留めるだけでは不足だと気づいています。
対話の中に、咄嗟の個性がにじみ出てくるのです。
2017年3月13日投稿記事では、
個性は、環境に対応することで成長する。つまり、個性は努力によって変わると書いています。
2017年5月15日投稿記事では、
生き方と異なるものがそぎ落とされ、大事にしていることが出来やすい格好となるものだ。
それが個性だと書いています。この辺りから、個性に対する感じ方が煮詰まってきています。
2017年10月3日投稿記事では、個性集団をまとめるには、自ら汗をかかなければならない。
2018年2月11日投稿記事では、個性をより正確に見るには、第三者的なゆとりが必要だと書いています。

誰一人として、不要なものはいない。
なぜなら、すべての人の個性が異なり、愛しい。
生きていていいんだよ。だから、生きている。
一生懸命生きるから、ユーモアが醸し出される。
もう10年もしてごらんなさい。抉りたい過去も笑い話になっています。
私は、ただひたすら個性を磨きたい。
自らの心の羅針盤に沿って生きたい。

羅針盤 曇るは吐息 寝て起きて

2020年9月25日

<<あとがき>>
夜中の二時に起きだし、延々と自ら書き留めた「個性」に関する記事を調べてみた。
何かがあるだろうとは思っていた。よかった。少しずつ成長していることが確認できた。
興味のある方は、記事のハイライトを押してください。個性を語る精神の高揚が発見できるでしょう。
私は大嘘つきでありながら、少しだけ真剣です。記事のタイトルだけでも興味をそそります。

<<抜粋記事と今日のコメント>>
2014年6月27日投稿記事「仕掛けがいっぱい」では、
「フレームワークにあっているか、打ち合わせ(モチーフの確認)を重ねていく。登場人物に個性(仕様書)をつけていく。個性が生きるよう、仕掛け(将来おこるであろう事柄の予想)をつくるのが楽しい時期である。」
プロジェクトエンジニアリングでは、仕様書はとても重要な書類です。仕事とプロセスを理解していないと書けません。
個性を重んじ、個性の将来を見るのが楽しいと書いています。
2014年12月23日投稿記事「能美町のこと」では、
「人には色々な事情があります。地域には、それぞれ特色があります。
昨今の、駅前開発は都市の個性を無視した同じような風景になっています。
便利ばかりが良いことではありません。無理な開発は、自然災害に弱いのです。」
各地域の特性を生かした開発が望まれると書いています。地域特性を個性と捉えています。
2015年2月24日投稿記事「我が家の雛人形」では、
「娘が三人います。
どの子も個性豊かです。
次女は、長女の挑戦を見ながら育ちました。
親から怒られることは何か学んだのでした。
要領が良いようで、挑戦しない分不器用でした。
やっと、自分の足で歩くことを始めました。」
冒頭の雛人形の絵は、私のお気に入りのようです。「要領がよい」は、挑戦しない分不器用だと書いています。
読み取るに、挑戦こそ個性のように考えています。
2015年4月8日投稿記事「裏方」では、
「小説を書こうとします。
いろんなキャラクターが登場します。
どの登場人物も個性豊かです。

キャラクターは、急には生まれません。
日頃の不満分子の調査が生きてくるのです。」
どうやら、個性は不満と格闘している過程で起こるもの。
2015年5月2日投稿記事「心の羅針盤」では、
「最近は、それこそ個性と思うことにしました。
気に入らないやつは、山ほどいます。
好きな人でも、癖があるものです。
全部ひっくるめて、小説の登場人物に採用です。」
気に入らない人も個性と信じ観察を続ける。そして、自作の小説で個性的な役を演じさせる考えでしょう。
嫌いな人を許す過程です。
2015年5月6日投稿記事「団塊の世代」では、
「兄貴たちには、個性がない。
ひっくるめて団塊の世代と片付けられてしまった。
そうでしょうか。
兄貴たちは、金の卵で、拡大する市場で大いに羽を伸ばされました。
職を得、次から次にポジションも得られました。面白かったはずです。」
時々、何々世代と十羽ひとからげにされます。
この団塊の世代は、高度成長期に必要とされ、仕事を任され成長した。
世の中が渋くなると、任される仕事も減り、個性をつぶすように管理されるのです。
2015年5月25日投稿記事「個性を伸ばす」では、
「親も、子供もいろいろです。
個性が違うのだと分かってあげることです。
その個性を伸ばしてあげることです。
私達には、ちょっとしたことしかできません。
ほとんどは、本人が勝ち取ることです。」
親が医者なら、東大出なら、子どもは当然優秀で成功の道を歩むように仕向けられるものです。
代々そうして暖簾を継いできた。暖簾を継ぐのは一人です。子供が皆、同じとはいかないのです。
2015年9月29日投稿記事「欠点を補う」では、
「誰しもこだわりがあり、ここだけは譲れない点があります。
それが個性です。またどうしようもない欠点でもあります。
美意識も生きざまも違うため、欠点が目にも止まります。
欠点は優しくフォローしましょう。
その人は欠点だと思っていないのですから。
正面から向き合うのではなく、傍目で見る程度で良いのです。」
各人のこだわりを譲れない個性と捉えています。個性的なことは、苦労する理由です。
傍の人は、そうなんだと理解してあげることです。それが、欠点を補うことの始まりと言っています。
2015年10月17日投稿記事「こんなもんだろう」では、
「平凡の積み重ねが、実は非凡なのです。
個性の寄せ集めが、実は文化なのです。
皆が自分の思っていることを言える環境であれば良いのです。」
これは、自分にしてはよいことを言っている。個性の寄せ集めが文化とは、面白い。
2015年11月8日投稿記事「筆まめ」では、
「小説を書いたときもそうでした。
自分(筆者)だったら、どう考えまた行動するかではなく、
作中の登場人物は、どう考え動くだろうと考えるようになりました。
登場人物が、個性を持ち始めて動き出す瞬間です。」
小説の登場人物だったらどうするか。そう考えることが、個性の探求につながると気づいた経験です。
2016年1月13日投稿記事「対話」では、
「対話はいつも真剣勝負です。
文章は、何度でも書き直せます。
文章の中味や勢いは、その人が持つ個性です。
対話にはかないません。」
個性に対して、初めてのネガティブな意見です。
こだわっていては、突破できぬ世界もあるということでしょうか。
2016年3月10日投稿記事「褒めるのはすぐに、叱るのはあとで」では、
人と違わないように教育されてきました。
「個性より調和を教え込まれてきました。
軍隊のような、向こう三軒両隣がすべてでした。
生活が変わっても、教えは変わっていなかった。
叱ることから始めると、その子の良さが後回しになります。
マイナスが前提になります。
プラスから入ると、「万引きをするような子じゃないな」と疑問を感じるはずです。
犯人だと決めつけて調べると、犯人に仕立て上げよう、自白させようとなります。
そこが違います。」
個性を尊ぶなら、褒める(肯定する)ことから始めよう。自分の考え(叱る)は後回しということでしょうか。
2016年3月22日投稿記事「持てる力で戦う」では、
「私は、「ないものねだり」の人間でした。
特に若い時は苦しみました。
田舎で育った。貧乏。背が低い。性格が悪い。不細工な顔。
すべて相対的に足りないことや劣るものと恨んでいました。
これが、実は「人間の個性であり、味わい」であると気づいたのは、40歳の頃でした。
今ある現実を受け止める。
持てる力で戦おうと腹をくくりました。」
個性を見つめていくと、陥り易い「無いものねだり」です。
あきらめるように開き直って歩き出すまで時間がかかるのです。
2016年3月29日投稿記事「娘を嫁に出す」では、
「私には、娘が3人います。
どの子も個性豊かです。
それは、親だからいえることです。
人から見れば、どの子も似たような女の子として育ちました。」
同じ親から産まれた子供は、他人から見ればどの子も似たような風情です。
親は同じように育てたつもりでも、育った子どもは大いに違います。
きっと、親の事情も反映したのではないかと考えます。
2016年4月30日投稿記事「何が嬉しい」では、
「私は、人物を描くのが好きです。
人は、全員違います。一人一人の個性に出会えます。
この方は、どんな方かなと想像を膨らませて描いています。
言ってみれば、毎回予測不能です。
その人の個性は、ぱっと見るだけでは解りません。
表情を読み取り、会話をしながら第一印象を大事にします。
感動を絵にします。毎日ひねり出すように想いを文章にします。」
個性を観察するとき、私は第一印象を大事にします。永年培った出会い帳場の現場で生きて来たからでしょう。
出会ったのちに、話をしながら肉付けをするといった塩梅です。その人に感じるものを絵にします。
2016年12月4日投稿記事「個性」では、
「大人に脱皮しそうな気配の若者達との出会です。
この子達のために、私ができることはなんだろうと考えます。
今は、個性を拾うことしかできません。
そのうち、何人かと話すこともあるでしょう。楽しみです。」
地域の中学2年生の子たちの似顔絵を描きました。被写体の子供たちと話すことはありません。
たくさんの写真のなかからこれぞと一枚を抜き絵にしました。
こんな子なんだろうなと想像して描きました。
2016年12月6日投稿記事「子育てのような地域おこし」では、
「蒲田や川崎の中小企業が、跡継ぎ不足で工場を閉じて、
マンションになりつつあります。
Know-howというより、総合力が失なわれて行っています。
(中略)
総合力を生み出すのは、個性の尊重から始まる想いを創ることです。
皆が役に立つ総合力です。
誰一人として、居ない方が良いなんてことがあってはならない。」
自分なりに地域おこしの仕事を継続している。
皆が役に立つ総合力をどう生み出そうかと試行錯誤しています。
絵手紙で、似顔絵を描くのも全員が対象です。一人として欠けてはならないと信じています。
2017年3月13日投稿記事「再会」では、
「いまだにかつての仕事仲間と会っています。
その時々の「自分」に再開するような気分です。
結婚する前の職場では、私の個性はこんな感じであった。
当時の仕事仲間は、いまだにそんな風に感じてくれています。
次の職場では、違うように見られていたのではないでしょうか。
それぞれ、個性を生かす職場であったということでしょうか。
自分の中では、成長させていただきながら、
一本の軌跡として振り返れます。」
個性は、環境によって成長する。自分が変わろうとしているからではないでしょうか。
2017年5月15日投稿記事「スタイル」では、
「ライフスタイルとは、
人にできないことをするのではなく、自分が大事にしていることを表現することです。
生き方と異なるものがそぎ落とされ、大事にしていることが出来やすい格好になるのでしょう。
いわゆる個性です。」
生き方と異なるものが削ぎ落される。これを個性と考え始めた。
こんな生き方にたどり着くのがいつのことか。
私は、移住してから大きく削ぎ落された。大事にしていることを追っかけている。
この先のことは、分からない。
2017年6月14日投稿記事「チャンスを生かす」では、
「こんな時、自分はどうするだろうなと
第三者的に自分自身をみることが出来れば良い。
必然性(絶体絶命)が、ユーモアに変わる瞬間です。
一生懸命な人ほどおかしいことがあります。
その人は一生懸命です。傍から見ると滑稽に映ります。
それが個性です。」
一生懸命だから個性が出る。良きも悪しきも個性です。必然性からユーモアが生まれる。
2017年7月18日投稿記事「雨音」では、
「雨音は単調です。
時々、風が雨音に強弱を与えます。
長雨が明けたら、いよいよ夏です。
夏休みになっても、子どもたちが元々少ないカフェの周りです。
昨年の秋に描きためた、中学生の個性的な似顔絵を展示しました。
どれだけの中学生が訪ねてくれるでしょうか。」
中学生は、訪ねてくれませんでした。
2017年10月3日投稿記事「いいことも悪いことも」では、
「顧客が、昔からこうだったと思えるようになる頃には、
別の現場で、また騒いでいるのが私達の役目です。
現場はプロフェッショナルの集まりです。
一皮むけば、どれも個性の強いばらばらの集団です。
自分が得をするかしないかが、仕事の動機です。
多くの人が儲かり、またはぎりぎりだけど次は儲かりそうだと
プロジェクトマネージャーの一言に耳を傾けます。
汗をかかない人の話など聞く耳持たぬ集団です。
あの人はここまでやっている、こんなことまで見通している。
敵わないな。」
個性をまとめるのがマネージャーの勤めです。率先して汗をかき、個性集団の先頭を歩きます。
2018年2月11日投稿記事「迷惑」では、
「夫婦喧嘩は、当人たちは一生懸命です。
傍から見ていると、面白い。
ちょっとだけ、ゆとりをもって見ることが出来るとよいのです。
変わった人だなと思います。
それが個性と思えば、気持ちが変わります。

迷惑は、一人称の感情です。」
個性を見るには、気持ちにゆとりがなければ気づかない。
2018年3月10日投稿記事「個性(Part2)」では、
「うちの父ちゃんは、どうしてゆっくり行動し、訥々としゃべるんだろう。
娘は、他の父ちゃんと違う、うちの父ちゃんのことが少々恥ずかしい。
娘は偉かった。父ちゃんの「ゆっくり」を個性ととらえました。
それからは、とうちゃんのことが好きでたまりません。
どうして、そうゆっくりなんと時々思いますけど、好きです。」
視点を変えた好例です。父ちゃんの生い立ちから現在の心情迄理解しているからできるのです。
無関心では、いつまでも疑問ばかりでしょう。そして、嫌いになる。
2018年4月15日投稿記事「オンリーワン」では、
「友達の父ちゃんとは違うけど、
個性と思えば我が父ちゃんが愛せるようになります。
どうして、こうゆっくりなん。でも笑えるな。」
お父ちゃんは、オンリーワンなんです。同じように自分もオンリーワンです。
2018年4月25日投稿記事「修羅場」では、
「オンリーワンの先輩がうじょうじょいる組織は、個性的で活発です。
会議をしようものなら、収拾がつかない会議の連続となる。
こんな組織に入った後輩が一番最初に学ぶことは、
「ここまで言って良いんだ」と先輩が教えてくれたことです。
変な人がいっぱいいる組織こそ、センチュリーカンパニーになれるのです。
一人だけの正義では生き抜けないのです。」
個性集団は、にぎやかで凸凹です。しかし、限りなく楽しい。
2018年6月9日投稿記事「膝が痛い」では、
「うちの父 なんでも遅い 個性なの」
うちの父ちゃんシリーズの締めのはずです。
2018年7月7日投稿記事「ラブレター」では、
「若い頃は、「好き」だということ、好きになってもらいたいことが中心の手紙です。
60歳を過ぎたころのラブレターは、私はこんな人だと言う紹介文のような感じです。
言外に、それでもよいですか。みたいな。
若い頃に、そんな気持ちでラブレターを書けたら良かったと思う。
恋は、個性と個性のぶつかり合いです。
若い頃のように、全部が好きなんてありえない。
良いところもあり、分かりにくいところもあり。」
個性と個性のぶつかりが結婚の始まりです。合わぬものは合わぬと離婚をする。
何か面白うだと、墓まで一緒に入っちゃった。
2018年12月21日投稿記事「もう、三年」では、
「今では、すべての風景が違う。
同じところなんて、一か所もないと知っています。
個性豊かな人たちです。
関西のボケとツッコミに勝るとも劣らない、見事なユーモアの持ち主ばかりです。
笑う、笑う。喉ちんこを見せ合いながら。」
何にもないのが自慢でさ、胸張って言える。そんな地域おこしがしたい。
2018年12月24日投稿記事「幸せをつかむキーワード(欠点を補う(Part2))」では、
「欠点は、個性です。
それが故にあなたです。
皆さんは、欠点とは思っていません。
個性だと感じています。

欠点ごと、身体を投げ出してください。
受け取る仲間がきっといます。」
分け合う仲間がいる。それが、おらが村の自慢です。
2019年6月30日投稿記事「嫌なこと、楽しいこと」では、
「個性は、楽しいこと。
自分の眼を通して、人が見られるようになった。
人の眼を通して自分を見ていた頃より、ずっと楽しくなった。
他人の個性も、そうなんだと思えるようになった。
誰しも違って当たり前と思えるようになった。」
若い頃は、「無いものねだり」です。
人の眼を通すからそうなりやすいのです。
大いに胸を張って、自分の眼で見てください。違った風景になることでしょう。
2019年10月31日投稿記事「4人の愛人」では、
「夢をみた。
愛人4人と共に会社をやっている。
なんの業種か定かではない。
愛人4人は、どれも個性派ぞろい。
どの人とも、身体の関係はない。
それぞれの悩みを聞き、その人の良いところを一緒に引き出していくのが、私の役目。」
こんな幸せな夢をみた。浮気をし続ける男がいる。いつも相手は違います。だからかな。
2020年6月18日投稿記事「裾を踏む、誰かと見れば 恋女房」では、
「柔肌だけが女性ではありません。
「あれ」と気づき、違うと感じます。
昨日と違うのか、他の女性と違うのか。この人らしいと、個性に眼を止める。
素敵な何かに触れて、OKサインが出る。走る場合もあったが、今は「灯がともる」です。」
故郷広島は、他の都市と同じ単なるビジネスの通過点でした。
恋女房に出会ってから、街角の看板に気づくようになり一変しました。
2020年6月25日投稿記事「個性と横並び」では、
「冒険を企画してもつぶされる。つぶされ続けて無関心になる。
それが世の中よと開き直る。個性が失われていく。
(中略)
つまり、人間すべて異なる個性を持っている。
人間だけではない。自然そのものも個体である。」
忖度は、「人の眼をとおすことではないか」。
2020年7月24日投稿記事「若い人とコミュニケーション」では、
「どの方にも良いところがある。
私は、キャラクターを重視する。個性が表情に現れる。」
冒頭の似顔絵の女性が、個性の記事に何度も登場します。私の中で、リンクしているのでしょう。
2020年7月25日投稿記事「結婚(Part2)」では、
「男と女ではなく、人間として付き合うようになりました。
60歳までに築き上げた個性で、ぶつかります。
すべてがご和算のような生活になりました。
新たなページを紡いでいます。」
再婚は、築き上げた個性がご和算になります。ばれないと思うも、すぐに見抜かれる。
そりゃ、経験が違うもの。
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