第２章 トラキアへ ５８

　獣は、光る目で三人を見つめている。しばらくの間の静かな対峙である。２匹の獣は、気配もさせずに、いずこかに去っていった。とにかく静かである。遠くの波の音だけが風に乗って去来していた。小声で話し合う三人、敵の目はない、月の出には間がある、闇が三人を包んでいた。
　『統領、引き上げましょう。あとは、布陣の地点と伏兵の藪、戦端の開き方と、その時です。』
　現地について、小１時間、潅木の茂み、土地の起伏等の調査を終えた。明後日には、この大地が大量の血を吸うのである。ポリメストルの砦から、１７キロくらい南下した地点である。敵にとっても好立地の戦場の地点であると思われた。
　一行５人は、浜を離れた。波が月の光を照り返す頃となっていた。その頃には、探索のアレテスもポリメストルの砦をあとにして帰途についていた。
　ポリメストルの命によって、トロイを目指した腹心のテラキスは、この日には、アガメムノンから答えがもらえず、いらついた夜を迎えていた。彼らは、近い異国の朝を迎えた。アガメムノンから待っていた返答が届いた。それは、うれしい答えであった。