つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

それは、普段なかなか聞けない、弁護士の本音の独り言

日野市

2020-01-10 01:28:00 | 晴れた日は仕事を休んで
あけましたな。

あけてしまいましたな。

紛(まご)うことなくあけておりますな。

「あけない夜はない」と言いますからなぁ。

・・・というわけで、皆さま、あけましておめでとうございます。

って、もう1月10日だ!

さっきまで餅食って、酒飲んで、だらだらだらだらしてたと思ったのに1月がもう3分の1も終わってやがる。

あ、今、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」という永遠の5歳児の声が聞こえた。幻聴かな。年だし。

昨日、事務所でボーッとコーヒー飲みながら、頂き物のお菓子を頬張りつつネットサーフィン(死語)してたら、隣の席の秘書ちゃんから、
「先生、ブログの更新止まってますよ」
と叱られてしまいますた

というわけで、新年一発目。通算だと、えーと・・・第何回だっけ?
あ、44回目だ。
うわっ。正月早々(もう、早々でもないが)、死のゾロ目とか縁起悪っ!

今回は日野市。
行ってきたのは1月5日。

日野市と言えば、たしか、
「トントントントン日野の2トン」
のトラックで有名な日野自動車の城下町。

そう言えば中学時代。
定期試験前に徹夜で勉強するときは、いつもCBCラジオでオールナイトニッポンを聴いてました。
ただ、何故かCBCラジオではオールナイトニッポンは第1部(午前1時〜3時)だけのオンエアで、第2部の時間帯(午前3時〜5時)にはTBSラジオの
「歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」
という、長距離トラックの運ちゃん向け番組が流れてた。

「歌うヘッドライト」が終わるのは明け方5時。夏はちょうど東の空が白み始める頃。冬はまだ真っ暗で、窓から見上げた南の空にはオリオン座。
朝メシまで2時間。試験勉強のラストスパートに入る合図がラジオから流れてくる「歌うヘッドライト」のエンディング・テーマだった。
「歌うヘッドライト」は日野自動車の単独スポンサー番組じゃなかったかしらん。
よし。
今回は青春時代の思い出を辿って、日野自動車の本社工場に行ってみよう。

と思って、念のためWikiってみたら、「歌うヘッドライト」のスポンサーって、

「いすゞ自動車」じゃん!

この高速逆走痴呆老人状態をなんとかすべく、「44回」という縁起の悪さを祓(はら)うべく、そういやまだ初詣にも行ってなかったし、というわけで。

行ってきました高幡不動↓


正式名は「高幡山金剛寺」。
真言宗智山派のお寺。御本尊は大日如来だが、関東三大不動の一つに数えられる丈六不動明王像の方が有名だ。

現在、本物の不動明王像は奥殿に、身代り本尊の「新丈六不動明王像」が不動堂に、それぞれ安置されている。
拝観はできるが、残念。写真撮影は禁止でござった。
仕方ない。拝観料払ったときに頂いたパンフレットの写真を転載だ(無許可)。

こちらが本物の丈六不動明王像↓


で、こちらが身代り本尊の新丈六不動明王像↓



江戸時代、日野市は幕府の直轄領、武州多摩郡83村の一つだった。
幕府の直轄領だから、そこに住む百姓たちには「俺たちは将軍様の百姓」という意識が強かった。そういう風土の中から、幕末の京都を震撼させた佐幕攘夷浪士団「新選組」の中心メンバー、近藤勇や土方歳三、沖田総司らが出た。
高幡不動は土方歳三の菩提寺で、境内には彼の銅像がある。


それにしても、正月も5日だというのにこの人の量↓



匂いにつられて買ったタコ焼きはデカくてバカうま。子どもたちのお土産に2船追加で買ってきた。


おみくじも大吉↓


富士山もとびきり美しく↓



高幡不動とはぜんぜん関係ないが、18歳で東京に出てきて、最初に感激したのは、「オールナイトニッポンの第2部をニッポン放送の電波でダイレクトに、クリアに聞ける」ってことでした。

その6年後。
私がプロデュースした「FROM A ACT-ALIVE」という小劇場イベントの主催になってくれたのがニッポン放送で、「FROM A ACT-ALIVE」のニッポン放送の最初の担当者は、私が愛知県の片田舎で貪るように聴いていた中島みゆきさんのオールナイトニッポンのディレクター、入江太乃士さんだった。入江さんご夫妻(奥様がこれまた美人)は我が家の仲人でもある。
スキー場で「ひらいわくんがいちばん好き〜!」と言ってくれてた当時5歳の入江さんちの娘は昨年、結婚した(何故か私とではない)。

みんな、今年はいい年にしような!















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