つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

それは、普段なかなか聞けない、弁護士の本音の独り言

三鷹市

2020-04-17 18:05:00 | 晴れた日は仕事を休んで
 


「四月なかば、ひるごろの事である。頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い、青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである。」
「乞食学生」(太宰治)より。
 
 
というわけで、東京日帰りツーリング第51回目は三鷹市。
 
行って来たのは井の頭公園から三鷹駅に続く「風の散歩道」。
太宰治が愛人の山崎富栄と入水自殺したことで有名な玉川上水沿いの遊歩道である。
 
町田市の時と違い、今回、「風の散歩道」までは簡単に着いたのだが、いかんせん、大型バイクを停められる駐車場がまったくないっす。
井の頭公園と三鷹駅間の「風の散歩道」を2度ほど行ったり来たりした挙句、むらさき橋の交差点にいた2人のお巡りさんに駐車場の場所を尋ねるも、「近隣にはないよー」とガッカリなお答え。
仕方なく井の頭公園の駐車場まで戻ることに。
どーでもいいけど、駐車場の場所を尋ねただけなのに免許証の提示を求められ、職業と電話番号まで確認された。
家に帰ってよくよく思い返してみたら、よーするに職務質問されただけじゃん、俺。
そんなに不審人物に見えたのかしらん?
 
新型コロナ予防にちゃんとマスクもして、至って健全な風体だったつもりだが。
ほら、こんな感じ↓


・・・どーみてもボーソー族か、銀行強盗帰りにしか見えませんな。
職業を聞かれて素直に「弁護士っす!」と答えたら、お巡りさん2人とも凍りついて無線で何かを確認しておられた。
 
疑いは晴れたんだろーか?
 
ただ、職質受けるついでにこのブログのことも宣伝しておいたので、もしかしたら仕事の合間に読みに来てくれてるかもしれん。
いや、お世話になりましたm(__)m
 
で、井の頭公園の駐車場にバイクを停め、てくてく歩いて風の散歩道まで戻って来た。
 
井の頭公園内の八重桜は今が盛りだ。


途中、ジブリ美術館もあります。


んが。
緊急事態宣言下で休館中↓


山本有三記念館も↓


現在の玉川上水は水量も少なく、子供でもここで溺れるのは至難の業な小川だけれど、太宰治が入水自殺した1948(昭和23)年当時は水量も豊富な滔々とした流れだった。
こんな感じ↓


冒頭に作品の一節を引用させてもらっといて言うのもなんだが、生前、何度も女と自殺未遂を繰り返し、最後の最後に家族(嫁さんとわが子)を残して愛人と自殺した太宰治という人間を私はどうしても好きになれない。
はっきり言うと、こういう類の男はどんなに優れた才能を持っていようと大嫌いだ。
 
彼の作品も嫌いというか、苦手。
私は、文芸とか芸術というのは、どんな時代のどんな国のどんなジャンルのものでも、絶望的にどうしようもないこの世界とか人生に希望を与えるものだと思っているので、そして、だからこそ文芸とか芸術には崇高な存在意義があると思っているので、ぐちぐちぐちぐちと暗く深く、読めば読むほど心が沈む文学というのはどうも性に合わない(太宰ファンの皆様、お気分害されたらすいません)。
 
高校時代。
夏休みと冬休みには課題図書が指定されて読書感想文の宿題が出されていたが、同期のラグビー部の連中の感想文のほとんどは私が代筆していた。
お早めにご注文頂ければ500円。
休みの終わり頃に駆け込みで注文してくる計画性のない奴からは1000円ふんだくってたっけな。
 
卒業式の日。
現代国語の担任教師から、「けっこう儲けたでしょう(笑)」と言われ、ゴーストライターのバイトがバレバレだったと知ったのも懐かしい思い出だ。
 
で、高校2年だったか3年の冬休みの課題図書が太宰の「津軽」だった。
読めば読むほど暗くなる。
賞味期限の過ぎたスルメのようなその内容に、その時ばかりは先払いしてもらっていた500円を返金して、「今回は無理!」と白旗をあげそうになった。
それでも「プロとして(?)いったん受けた仕事は手を抜かない」と泣きながら8人分の感想文を代筆したっけ。
 
あぁ、そう思うとあの太宰の「津軽」が、弁護士としてのプロフェッショナルな今の私の原点に・・・
 
なってねーって!
 
さて、残りは2カ所。
次回は武蔵野市。
 
追記:この記事をアップしたわずか3日後。太宰治の長女(津島園子さん)がご逝去されたとの記事に接した。78歳だった。
私も小学校5年生の時と6年生の時の2回、実の母親に目の前で自殺されそうになった。
1度目は出刃包丁で喉をかき切られそうに、2度目は学校から帰ったらゴムホースを加えた母親が倒れていた。
心に残った傷はかさぶたにはなっても、多分、私が死ぬまで消えることはない。
子どもを捨てて自らの命を絶つ、ということほど子どもの尊厳を否定し、絶望感を与える親の行為はないだろう。
私は自分の母親を今だに許せないのと同じ理由で、太宰治という身勝手極まりない男を許すことも認めることもできない。
 
激動の人生をたくましく生き抜かれた津島園子さんに心から敬意を表するとともにご冥福をお祈りします。
本当にお疲れ様でした。あの世で御父上に会えるといいですね。
 


 
 
 
 
 
 
 
 


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