1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

選挙バカの詩×8『演説要請5』

2013-01-11 23:59:29 | 雑談の記録
その日の午前は、前日、東京から応援に駆けつけた松永君と一緒にOB訪問活動を行った。午前中に50軒以上を訪問したのだった。松永君とは高校時代にろくに口もきいたことがなかったが、コンビネーションは抜群だった。気がつくと煙草休憩も忘れて午後を迎えていた。
昼に事務所に戻ると、約束どおり松中議員との打合せが始まった。
松中議員は、二人分のコーヒーを準備すると、僕を事務所の二階の会議室に案内した。テーブルやパイプ椅子は部屋の後ろに片付けてあり広くなった会議室がさらに寒く感じられた。議員と一緒にテーブルと椅子を部屋の中央に並べると議員は入口付近にあったエアコンのスイッチを入れた。そして、打合せが始まった。
僕は、仕事でも愛用しているくたびれ切ったウエストバッグから二つの原稿を取り出した。そのプリントアウトされた原稿の冒頭には、鉛筆書きで、4分30秒バージョン、3分30秒バージョンと記していた。議員は、その原稿にジッと目を落とした。
「うん、よくできてる、だけど、これじゃぁ実際は10分になるね、、あのね、3分だったら、原稿は1分から1分30秒なんだよ。」
そこから始まった。
「あのね、演説は講演会がじゃぁないんだよ、だから講師のように全てを話す必要はないんだ、、、まず、最初の自分の紹介の部分だね、、どうしようか、、先ずは、このぉ「建設関係の中小企業」は省こうか、、、何故かわかる?」
「いえ、わかりません」
「うん、記者はこういうのを拾うんだよ、すぐに、揚げ足をとるというか、、記事では「支援者は建設関係に従事する○○さん」って具合にね、、それは候補のイメージにとってはねって、ことになるでしょ、、」
「なるほど」
「だから、できるだけ、こういうのはボカシた表現がいいんだよ、、ヒガシさんは、そのへんのこと、わかるよね、、、」
十分理解できていた。よく耳にする政治家の歯切れの悪い「高等」な答弁を思い出せばよかったからだ。
「それからね、演説は短ければ短いほどいいんだよ、、長くなれば長くなるほどボヤけてしまうんだ、、聴衆の記憶に残らないんだよ、、それじゃぁダメなんだよね、、」
「確かにそうですね」
しかし、ボカした表現でボヤけないことを喋るとなると、これは一体どうすればいいのだ。
我々は三原候補の演説を例にして議論を重ねた。お互いに、候補の良いところ、悪いところを挙げていきながら「演説」に関する理解を深めていった。気がつくと、僕は全く違った視点で演説を考えていたことに気がついたのだった。話しは演説の技術に留まらなかった。
「、、最終的には心なんだよ、、言霊なんだよ、、それが大事なんだよ、、」
議員の言っていることは理解できたが、それをどうやったら、、、
「、、ヒガシさん、ヒガシさんは、まだ、本心を出し切ってない、、ヒガシさんはカッコつけてるだけ、、ヒガシさんはどうして、三原候補を応援しているの?、、どうしてだろう、、そこをもう一度よく考えてくれないかな、、」
「わかりました」
自分の原稿を見ながら、朝、目覚めた時のことを思い出した。我ながら「良く」できているなと思う一方で、夜中に書いたラブレターを朝に読み返して顔が火照るような感情を抱いていたのだ。好きな女性に「好きだ!」とひとこと言うほかに何をつけ加える必要があるだろうか。そういうことかもしれないと思ったのだった。
松中議員との打合せは約1時間に及ぶ濃密な時間だった。腹を割った話とはこういうものなのかもしれないと思った。自分が裸にされた気分だった。
「、、わるいけど、、もう一度考えてくれる、、30分、30分たったら戻ってくるから、、、」
我々は議論の最中、煙草を随分吸っていた。議員は既にタバコを切らせており、ボクのショートホープを灰皿で消すと会議室を出て行った。
会議室に一人になった。遠くから他陣営の選挙カーの連呼が聞こえていた。
頭を抱えた。どうすりゃいいんだ?
本当は、この打合せを早々と終えて、午後からもやる気満々の松永君と一緒にOB訪問活動をやろうと思っていた。ボクは階下に降りると松永君と勝山に事情を話し、また、コーヒーを持って会議室に戻った。ただ、事務所奥に置いてあるコーヒーメーカーからカップに注ぐときに大量のコーヒーを溢してしまっていた。
40分が経過した。それは松中議員と過ごした教師と生徒の関係の時間とは異なり、正解のない「解答」を一人で模索する時間だった。時間は限られていたが、それは忘れるように自分に言い聞かせながら、自分という人間を掘り下げると同時に、己は何を政治家に希求しているのかを考えた40分だった。
松中議員が会議室に戻ってきた。議員は満面の笑みでパイプ椅子に腰を下ろした。
「いい単語が出てきた?」
僕は原稿裏に走り書きした箇条書きのようなものを議員に見せた。議員は、その言葉を一つ一つ指でなぞりながら口にした。若干の修正があったが納得の様子だった。肩から少し力が抜けていった。
「ヒガシさんは、その場になれば、言葉が天から降ってくるタイプに見えるんだよ、だけど、ヒガシさんは、あくまで今回は二番バッターだからね、そしてホームランを美原候補に期待してるんだよ、、候補を食ったりしないように、その辺は気をつけようか、、じゃ、最後は現場で打合せしようか」
「先生、もう練習する時間がないです、上手くできるかどうか、、」
議員は、理解の悪い生徒を諭すように言った。
「誰もヒガシさんが上手く喋ることは期待してないから気にする必要はないよ、ひっかかりながら話すくらいが丁度いいんだよ、そのほうが来ている人のアタマに残るもんなんだよ、」
学生の頃、海外での学会発表の前に、担当教授に言われたことと同じであることを思い出した。発表前日の夜、ホテルの一室で最後のリハーサル時に教授はそんなことを言って緊張している僕をリラックスさせたのだった。
「だから、練習なんていらないから、僕の場合は、言いたい事だけを憶えてるようにしてるだけだから、心配ない心配ない、それじゃぁ、また後で、」
また、広い会議室に一人になった。「練習なんていらないから」そうは言われたものの、原稿は最低限必要だろうと思った。その単語の羅列を並べ替えて喋り言葉に直していった。
頭を掻くと、髪の毛のほか大量のフケが原稿用紙に落ちてきた。原稿が完成したとき、時計の針は既に午後4時を回っていた。
1階に降りると勝山がいた。勝山は有志の会のブースで時代遅れのマッキントッシュに向かって作業をしていた。僕は午後の活動ができなかったことを詫びると一度家に帰ってフロに入りたいと申し出た。勝山は快諾した。



続く、、、
コメント
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