ただ、その話を聞いただけでは僕にはさっぱり分からないことだったので、秘密もヘッタクレもなく、目の前の作業に集中するだけだった。
しかし、さっきのタバコ休憩中に先生から名刺をくれるよう言われていたことはしっかり憶えており、事務所内に戻ってから、自分の名刺ケースに最後の1枚が残っていたことに安堵したのだった。
11時を回ろうとしていた。翌日は朝からOB訪問の予定だった。その日の作業を終え、同級生と連れ立って事務所の玄関に向かっていた。入口横のブースには、松中議員のほか、選挙対策本部長の藤山県議と地元選出の橋本県議が三原候補を囲んで会議中だった。
僕は名刺の件を思い出していたが、松中議員は会議で忙しそうであったため挨拶もソコソコにその場を通り過ぎようとした。その頃には悪い予感があった。明日の日程と会議の参加者を見れば、会議の内容は総決起大会についてのことは明らかだった。だから僕はそのブースから離れた所を友人の影に隠れて故意に通過しようとしたのだった。ところが、松中議員は僕を呼びとめたのだった。そして、こちらへ来いの手招き。
僕は同級生の仲間から一人外れてそちらへ向かった。その時には覚悟を決めていたのかもしれない。一番手前にいた藤山議員が振り返りざまに僕に言った。
「喋る?」
人間は疲れている時には悪い癖が出るものなのかもしれない。はたまた、中年男にありがちなオヤジギャグの年頃なのか、あるいは、その重そうな雰囲気に入っていく気まずさを吹き飛ばしたかっただけなのかもしれない。
「シャベルッ!」
と言いながら穴を掘る仕草をしたのだった。その場は一気に和んだ。藤山議員は、
「ヨシッ!決まり!決まり!」
と手を叩いてその厳めしい顔をゆがめて笑うのだった。そう、やはり応援演説だったのだ。
選対の議員達は、明日の総決起大会について話し合っていたようで、三原候補と同世代の一般男性による応援演説を計画していたのだが、その適任者を決め兼ねていたのだった。
松中議員は指を三本立て言った。
「三分!、ヒガシさん!三分ね、自身の置かれた社会的立場からの発言、、そうだね~、中間管理職の三人の子持ちのオヤジ!、この線で行こうか!ヨロシク!、明日のお昼にもう一度打ち合わせをしようか!」
藤山先生が付け加えた。
「明日はいつもの格好で来いよ」
いつもの格好とは作業着のことだった。僕はこのとき、ハメられたと思うと同時に、くだらない駄洒落を言ったことを酷く後悔したのだった。
三原候補の「オマエがかよ」という苦い表情が印象的だった。
続く、、、
しかし、さっきのタバコ休憩中に先生から名刺をくれるよう言われていたことはしっかり憶えており、事務所内に戻ってから、自分の名刺ケースに最後の1枚が残っていたことに安堵したのだった。
11時を回ろうとしていた。翌日は朝からOB訪問の予定だった。その日の作業を終え、同級生と連れ立って事務所の玄関に向かっていた。入口横のブースには、松中議員のほか、選挙対策本部長の藤山県議と地元選出の橋本県議が三原候補を囲んで会議中だった。
僕は名刺の件を思い出していたが、松中議員は会議で忙しそうであったため挨拶もソコソコにその場を通り過ぎようとした。その頃には悪い予感があった。明日の日程と会議の参加者を見れば、会議の内容は総決起大会についてのことは明らかだった。だから僕はそのブースから離れた所を友人の影に隠れて故意に通過しようとしたのだった。ところが、松中議員は僕を呼びとめたのだった。そして、こちらへ来いの手招き。
僕は同級生の仲間から一人外れてそちらへ向かった。その時には覚悟を決めていたのかもしれない。一番手前にいた藤山議員が振り返りざまに僕に言った。
「喋る?」
人間は疲れている時には悪い癖が出るものなのかもしれない。はたまた、中年男にありがちなオヤジギャグの年頃なのか、あるいは、その重そうな雰囲気に入っていく気まずさを吹き飛ばしたかっただけなのかもしれない。
「シャベルッ!」
と言いながら穴を掘る仕草をしたのだった。その場は一気に和んだ。藤山議員は、
「ヨシッ!決まり!決まり!」
と手を叩いてその厳めしい顔をゆがめて笑うのだった。そう、やはり応援演説だったのだ。
選対の議員達は、明日の総決起大会について話し合っていたようで、三原候補と同世代の一般男性による応援演説を計画していたのだが、その適任者を決め兼ねていたのだった。
松中議員は指を三本立て言った。
「三分!、ヒガシさん!三分ね、自身の置かれた社会的立場からの発言、、そうだね~、中間管理職の三人の子持ちのオヤジ!、この線で行こうか!ヨロシク!、明日のお昼にもう一度打ち合わせをしようか!」
藤山先生が付け加えた。
「明日はいつもの格好で来いよ」
いつもの格好とは作業着のことだった。僕はこのとき、ハメられたと思うと同時に、くだらない駄洒落を言ったことを酷く後悔したのだった。
三原候補の「オマエがかよ」という苦い表情が印象的だった。
続く、、、