つまり、民主党と自民党が手を組むということ。
衆参のねじれにより、法案が通りにくくなっているため、このような話が出てくるのでしょうが、法案を通りやすくするために大連立をするならば、そもそも国会での議論など必要ないということになると思います。
それぞれの立場や考え方で議論を重ねながら、お互いの違いを少しずつ埋めて、よりよい法案に仕上げていく。
そのために議論をしているのではないでしょうか?
震災関連の法案や予算については、早く国会を通して、実行に移したいという考え方もあるとは思います。
ただし、それと議論をおろそかにするということは、別問題です。
震災関連でも、その中身に問題点がある可能性はあります。
大連立によって、それらのチェックが甘くなることがあるとするならば、大変危険なことです。
「大連立でも議論はきちんとする。」と、大連立に前向きな国会議員は、おそらく言うのでしょうが、だったら大連立などしなくても、今の形のまま、政党間の党利党略による、くだらない足の引っ張り合いをやめて、それらに費やしていた無駄な時間を省くことを優先すべきではないかと思います。
繰り返しになりますが、大連立というのは、国会議員が自らの存在意義を自ら否定するものでしかない。
と思っています。
衆参のねじれにより、法案が通りにくくなっているため、このような話が出てくるのでしょうが、法案を通りやすくするために大連立をするならば、そもそも国会での議論など必要ないということになると思います。
それぞれの立場や考え方で議論を重ねながら、お互いの違いを少しずつ埋めて、よりよい法案に仕上げていく。
そのために議論をしているのではないでしょうか?
震災関連の法案や予算については、早く国会を通して、実行に移したいという考え方もあるとは思います。
ただし、それと議論をおろそかにするということは、別問題です。
震災関連でも、その中身に問題点がある可能性はあります。
大連立によって、それらのチェックが甘くなることがあるとするならば、大変危険なことです。
「大連立でも議論はきちんとする。」と、大連立に前向きな国会議員は、おそらく言うのでしょうが、だったら大連立などしなくても、今の形のまま、政党間の党利党略による、くだらない足の引っ張り合いをやめて、それらに費やしていた無駄な時間を省くことを優先すべきではないかと思います。
繰り返しになりますが、大連立というのは、国会議員が自らの存在意義を自ら否定するものでしかない。
と思っています。