伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む元市議会議員。1960年生まれ。最近は遠野和紙に関わる話題が多し。気ままに更新中。

CHー47Jが頭上を飛び去る一部始終

2021年03月07日 | 乗り物
 朝の空にバタバタバタと響く轟音。何気なく聞いたが、いやこれは近づいてくるヘリコプターに違いない、そう思い直し空を見上げた。

 すると、南東の空から2つの巨大なプロペラを持つヘリコプターが近づいてきた。その姿は自衛隊のCHー47Jに違いない。愛称はチヌークというらしい。



 大概の航空機、特にジェット機は音がしてから空を見上げると、近づく姿ではなく、遠ざかる姿を見ることになる。よくて真上を飛ぶ姿だ。スピードが速いため、気づいてから探しているうちに上空に達しているのだ。ところがヘリコプターはスピードが遅い。このため、近づく姿、すなわち正面方向からの姿を見ることができる。

 昨日もそうだった。
 北東の空に浮かぶCHー47Jが次第に近づいてくる。



 逆光で、機体部分の露出がアンダー気味のため黒く沈んでしまった。機体の状況がよく見えないが、これが私の腕前の限界。露出を上げれば、機内の一部の様子が見えるかもしれないという程、低空を飛んでいたのに残念。

 同機は、我が家の上空までやってきた。



 後で写真を見て気づいたのだが、ローターの羽根・ブレードの先に、漫画で風の動きを表現する時に書くような白い線が見えている。何なのだろう。

 似ている現象に、飛行するジェット機の先端に伸びる白い線がある。この線について調べて見ると、翼の先端に発生する「翼端渦」というものが原因らしい。

 飛行機の翼の上面は丸みをおび、下面は直線上に作られている。翼の上下に沿って流れる空気は、翼を通り過ぎた段階で合流する。合流するためには、丸みに沿って進む上面の空気は早く流れなければならず、結果、気圧が低くなる。直線に沿って進む下面は上面より遅く流れ、結果、気圧が高くなる。空気は気圧の高いところから低いところに流れるので、飛行機の翼では、下面から上面に向けた空気の流れが生じ、機体を持ち上げる。この持ち上げる力揚力が飛行機を空中に浮かべているわけだ。

 この上面と下面の気圧差によって生じる空気の流れは、〝翼端渦〟というものを生じさせるという。この渦の中では空気が急激に膨張し、 温度も圧力も下がるため空気中の水蒸気が結露し、霧になって白く見えるという。翼の先端の白い線の正体だ。

 このジェット機の翼と同じ現象が、ヘリコプターのプロペラの先端でもおきているのだろう。ヘリコプターは飛行機と同じような断面を持つ翼・ブレードをグルグル回転させて揚力を得るという。このブレードの先端で、ジェット機の翼と同じような翼端渦が生じ、霧を発生させたものと思われる。

 ついでに分かったことがある。CH-47Jの前後のプロペラが逆方向に回転している理由だ。

 ヘリコプターは、プロペラが回転すると、その反作用で機体が逆に回転をしてしまうという。この機体の回転を尾翼部分に取り付けた小さいプロペラで押さえている。大型で大量の貨物を運ぶ同機は、大きな揚力を得るために大型のプロペラを2つ搭載した。タンデムローターというらしい。このプロペラを逆回転させることで機体の回転を抑えているようなのだ。

 CH47ーJが上空を通過したことで、ちょっと勉強した間になる。

 我が家の真上を通過した機体は、一路北西をめざしていた。





 さてどんな任務で、どこに向かったのか。

 機体には日の丸が描かれているので、自衛隊機であることにまちがいはない。CHー47Jは、陸上自衛隊と航空自衛隊が配備している。どちらも迷彩色で塗装されているが、陸上自衛隊は濃いグリーン系、航空自衛隊は明るいグリーン系であり、航空自衛隊機には赤系統の色も使われている。逆光気味で機体が影となっているため迷彩色の判断は難しいが、かすかに見える色から判断するに、おそらく航空自衛隊の機体だ。

 航空自衛隊の機体は、通常は、基地間やレーダーサイトへの機材等の輸送を任務としているという。機体が向かった先には航空自衛隊の大滝根山分屯基地がある。レーダーによる監視を任務とする基地だ。この機体は、同基地に機材等を輸送していったのではないだろうか。

 偶然ではあるが、この日の深夜にNHKEテレで「ETV特集・原発事故〝最悪のシナリオ〟」が放送された。あの原発事故の最中、アメリカは最悪の事態を想定した対策を検討する一方、日本政府等は、最悪の事態は想定しない対応をしていたことなどを内容としていたが、この番組の中で、自衛隊のCHー47Jによる事故原子炉への冷却水投下についてふれた。

 送電線の倒壊とディーゼル発電機の水没により電源を喪失した第一原発で、何らかの方法で事故炉を冷却するための給水をしなければならなかった。後には消防車両やコンクリート圧送車を用いた外部から放水が実施された。初期には、ヘリコプターを活用した水の投入が試みられたのだ。この時、使用された機体がCHー47Jだった。



 冷却作戦に使用されたのは、今朝、我が家の上空を飛んだ航空自衛隊機ではなく、陸上自衛隊機だった。あの頃、上空を飛ぶCHー47機を何度も見かけたことを思い出す。

 番組は、2011年3月16日の初回の試みは、事故炉上空で高線量が検出されたことで断念され、17日以降、空中からの給水が試みられたことを伝えた。給水により、水素爆発が誘発され、機体が巻き込まれること等が懸念されていたという。あの作戦は、自衛隊員の命をはった勇気に支えられていたということになる。結果的に、幸い爆発は誘発されなかった。作戦は18 日、20 日、 21日にも実施され、合計約 332tの海水が投下された。やがて、例伽水の投下は、消防車両等による地上からの放水によるものに移行されていった。

 震災の時を思い起こすと、様々な場面で自衛隊員の活動が被災地を支えた。その活動には感謝もしたい。こうした自衛隊員を海外の戦争に巻き込むような事態だけは起きないことを説に願いたい。



救援活動もそうだが、このような自衛隊員の活動には感謝も覚える。その自衛隊員達を、積極的に戦場に送り込むような安保法制の発動等がされることがないことを心から願いたいものだ。


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