雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

チーズのお話

2013年07月18日 | エッセイ
▲庭のブルーベリィが実りました。しっかり熟れたものから鳥が食べにきます。

 チーズのお話

 高校2年生から3年生になる間の春休みに、芸大の油画科の志望を決めていた私は、東京の美術研究所の春季講習会を受けるために、荻窪の伯父さんの家に滞在した。伯父の家には、私の5歳年上の兄と同級の従兄と、その2、3歳年上の従姉がいて、その従姉が滞在中は私の朝食と夕食を作ってくれた。
 その時の滞在での食事で強烈に覚えているのが、チーズトーストだった。
 一口食べて、あまりの美味しさにカルチャーショックを受けてしまった。見かけは、厚く切ったプロセスチーズを2枚、トーストの上に乗せてあるように見えたが、口にした途端、熱くてとろりと溶けてしまうチーズに驚いた。
 熊本に帰って、早速まねて作ってみた。オーブントースターが無いので、パンにチーズを乗せて、フタをしたフライパンで焼いてみたが、固いプロセスチーズは、少し柔らかくなっただけで、あの従姉が作ってくれたチーズトーストとはほど遠かった。まだ熊本の店頭には、所謂とけるチーズが無かったのだ。
 その1年後に上京して、千葉県市川市に住むこととなった私は、生まれて初めて銀座のピザ専門店に連れていってもらい、これまた溶けたチーズがたっぷり乗ったピザと言う食べ物を初めて食べた。初めて食べたチーズトーストの私の感激とショックにはかなわないが、溶けたチーズはやはり美味しかった。
 それから4年後、私は縁あって単身パリに住むことになった。
 食いしん坊の私のことだから、お金は無くとも、週に1回の休みの日には、同僚と安くて美味しいものを食べに行った。中華料理や韓国料理もよく食べたが、やはりフランス料理の店が一番多かった。ただフランス料理と言っても、通常は庶民が利用する大衆食堂か学食みたいなセルフの店を利用した。ときには、日本から知人がパリに観光に来て、私がちゃんとしたフランス料理店に同行することもあった。そんなちゃんとしたフランス料理店では、メイン料理の後でトレーに乗せられたたくさんの種類のチーズが供せられた。
 食べたいチーズを指差すと、ギャルソンが一切れその場で切り取ってお皿にとってくれる。尋ねてはいないが、希望すれば何切れでもOKだったようだ。でもパリに行って間がない頃は、はっきり言って、青カビ系どころか鼻が曲がりそうに臭い匂いに、1、2種類のクセの無いチーズ以外は手が出なかった。
 私がパリで最初に住んだアパルトマンのすぐ近所にチーズ専門店があった。今は、そんなことは改善されているかもしれないが、一歩店内に入ると、強烈な臭気が鼻を襲い、長居は出来なかったのを覚えている。そのとき、「ああ、この感じは日本の漬け物屋に似ている」と思った。考えたら日本の漬け物とフランスのチーズは他にもいろんな共通点がある。
 何もないとき、急いでちょっと何かおなかに入れたいとき、日本なら茶碗一杯のごはんかおにぎりと漬け物を食べるが、フランスではチーズとバケットとワインで済ませることが多いようだ。夜中に小腹がすいたときに、漬け物とお茶漬けを食べたりするが、フランスにはカチカチのバケットをオニオンスープに浸し、チーズをたっぷりかけたオニオングラタンがある。
 ちゃんとした夕食では、先程書いたように、メイン料理の後で、チーズが供されるが、日本でも宴会料理の最後に、漬け物とご飯が出て来る。
 日本各地に様々な漬け物があるが、チーズも同様にいろんな地方に、いろんな特徴のチーズがある。大小の工場で作られるが、未だに家庭で作る自家製がある点も漬け物とチーズは同じだ。
 またそのものをそのまま食するだけでなく、味付けにも利用した様々な料理があることも共通している。そして、もう一つ臭いと言えば臭い。
 しばらくパリに住んでいた私は、少しずつチーズに慣れて、2年目には、トレーのほとんどのチーズを制覇した。むしろ淡白なクセの無いものより、強烈な匂いや個性を好むようになった。それからずっとチーズが大好きだが、日本では高いのが‥‥。パリにいるときに、もっと食べておくべきだったと悔やんでも遅い。今や買うときも、ブルーチーズや臭いチーズを選んでしまう。
(2013.7.18)

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