<田中宇氏のサイトより転載>
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米国債格下げの影響はまだ序の口2011年8月9日 田中 宇
この記事は「米国債の格下げ」(田中宇プラス)の続きです。 8月5日、米格付け機関S&Pが、米国債を最優良格から史上初めて格下げした。米国債格下げは、1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)や、1944年のブレトンウッズ会議(ドル基軸通貨体制の確立)に匹敵する歴史的な出来事である。格下げによって、米国債と、米国債に代表される米国の金融資産は、構造的に、あるいは長期的に見て、世界で最も安全で確実な投資先としての地位を失った。これは、ドルが国際的な備蓄通貨としての地位を失うことをも意味する。8月5日は、米国の覇権喪失の過程を示す、画期的な日付の一つとなった。 米国債の格下げ後、欧州や日韓、ペルシャ湾岸諸国など、米国の同盟諸国が、相次いで、米国債やドルに対する強い信頼感を表明した。S&Pが格下げしたぐらいでは米国の覇権は揺らがない、揺らいでほしくないという、政治的な表明だった。S&Pの同業者であるムーディーズは、米国債の最優良格を変えないと宣言した。(Moody's Top U.S. Rating Rebuts S&P) しかし8月6日以降、世界各地の株価は急落や暴落を続けている。為替市場では、ドルを売って円やスイスフランなどを買う動きが続いている。欧米日の政府が為替介入する姿勢を見せたが、大した効果がなかった。S&Pの格下げは、世界の投資家のマインドに決定的な影響を与え、金融界の動きは膨張から縮小へと大転換した。 米国債に対し、米3大格付け機関のうち、S&Pが格下げ、ムーディーズが最優良格を維持した。残るフィッチは、8月末までにどうするか決めると表明した。フィッチが格下げしなければ、米国債の格下げを望まない欧米日の当局や金融界は、米国債の格下げをS&Pだけの例外的な判断と見なして軽視できる。だが逆にフィッチが米国債を格下げすれば、2対1で格下げ派が優勢になり、格下げを公的な事実として認めざるを得なくなる。フィッチが米国の運命を握っていると書く人もいる。(What Will Fitch Do?) 米国の投資分析サイトであるゼロヘッジは、S&Pが米国債を格下げする直前の8月3日に、ムーディーズの格付けを引き下げたと伝えている。米議会が金融規制を強化する法律を通し、正しくない格付けを行った格付け機関を訴えることが可能になり、ムーディーズが訴えられる可能性があるからという理由だ。S&Pは、米国債を格下げしないムーディーズが間違っていると示唆し、事実上けんかを売ったわけだ。8月5日にS&Pが米国債を格下げしたのも、S&P自身が新法によって投資家などから訴えられないようにする予防策だったと考えられる。(The Farce Is Complete: S&P Downgrades Moody's To BBB+ From A-2) ▼株式市場は身代わりにされた? 世界的な株価の暴落が起きているが、これは米国債格下げの悪影響として序の口にすぎない。米国債の格下げによる直接の影響は、米国債の価値の下落(国債金利の上昇)として起きるはずだが、実際のところ、米国債の価値は下落せず、むしろ格下げ後も上がっている。10年もの米国債の金利は、2・5%台から2・3%台へと下がっている。株価の下落が先に起きたので、株式市場から大量の資金が逃げ出し、米国債市場へと逃避し、米国債が上がっている。これを見て「米国債の格下げは、大した影響がない」と言う分析者も多い。オバマは「米国は今後もトリプルAだ」と宣言してみせた。 米国債が格下げ後も上昇しているのは、株価の方が先に急落したからだ。世界的な株価の下落が一段落したら、米国債市場から株式市場に資金が戻って米国債が下がり出し、それを機に米国債がどんどん下がって、格下げの影響が遅れて出てくるかもしれない。株価が下落したのは、米国債格下げより前の8月2日、米議会が2・1兆ドルの財政赤字削減で合意したことを受け、財政緊縮によって米経済をてこ入れする米政府の財政資金が減り、米経済が不況に逆戻りする懸念が投資家の間に広がって、株が売られたからだ。株価の下落は、米国債格下げの影響でない。 株価の急落が起きるまで、米国の大企業の業績はかなり良かった。そのために株価の上昇が続いていた。米経済は、リーマンショック以来、失業が減らず、大多数の米国民の消費も減退しており、事実上の不況状態が3年近く続いているが、大企業の業績だけは好調で、それが株価を押し上げていた。大企業は、本業の売り上げが回復しないものの、リーマンショック以後、連銀や米政府の大量資金供給によって、一時凍結されていた社債(ジャンク債)発行の容易さが戻り、低コストで資金調達して運用することで儲けを出してきた。(影の銀行システム復活で米金融の延命?) 株価上昇の原因は、いわゆる「影の銀行システム」(債券金融市場)の機能の回復だった。米国の実体経済の悪さと関係なく、債券と株式の錬金術で、米経済が回復している幻影が作り出されてきた。米国債の格下げが、その幻影を壊すものであれば、今回の株暴落の説明になるが、格下げされても米国債は下落せず、債券金融システムへの悪影響も今のところないので、幻影の構造は壊されていないといえる。「企業業績が好調なのに株価が暴落するなんて、前代未聞の奇妙さだ」といぶかる分析者もいる。(End of the road for hedge funds) 私が疑っているのは、米国の債券金融システムを守るため、ヘッジファンドなど非公開で資金を動かせる投資家群が、米金融界の意を受け、あえて世界的な株価の暴落を誘発したのでないかということだ。米国債が格下げされても、債券市場より先に株式市場を急落させ、巨額資金が株式から米国債に逃避するよう誘導すれば、米国債を頂点とする債券市場は守られる。 米国債の格下げが債券市場を直撃すると、米国の大企業の好調を支えてきた債券金融システムが破壊され、やがて株式市場も急落し、債券と株式の両方の市場がやられてしまう。だが先に株式を壊せば、少なくとも当分の間、債券市場は資金が入って崩壊せずにすむ。債券市場は、この20年間の米経済の成長を下支えしてきた最も重要なシステムだ。株式より債券を守ることが重要だ。 株式市場を自滅させて債券市場を守るなんて非常識だと思うかもしれない。だが米英系のヘッジファンドは、ドルを守るためにユーロをつぶそうと、国債のCDSを売り込んで急落させ、ギリシャ国債危機を皮切りとした欧州の国債危機を起こした前科がある。株式や債券、CDSなど、現代の市場の機能は、すべて米国の金融界が創設・拡大してきたものだ(ユーロも米金融界の入れ知恵で作られた。西ドイツは冷戦終結時、欧州統合に消極的だった)。自分で作ったシステムの一部を、自分の都合で壊しても良いわけだ。 米金融筋が、基軸通貨としてドルのライバルであるユーロをつぶそうとする動きは今後も続くだろう。格下げされた米国債とバランスさせるため、フランスやベルギー、英国のトリプルAの国債の格下げが誘発されそうだ。格付けモデルで算出すると、これら3カ国の国債はいずれもダブルA、もしくはダブルAプラスの価値しかないと指摘されている。(Downgrades: Who's Next?) ▼じわじわと始まる債券システムの危機 その一方で、米国債の格下げによって米政府の格を下げたS&Pは、ファニーメイやフレディマックといった米政府系の住宅金融機関や、米国の地方債、イスラエルなど外国政府発行の債券など、米政府の保証によって価値が支えられている債券類を8月8日に格下げし始めた。(S&P downgrades Fannie and Freddie, US-backed debt)(S&P cuts Israeli bonds guaranteed by U.S. to 'AA+') 米国債自体に対する需要が今後も政治的に守られるとしても、他の公債類が幅広く格下げされていくと、債券市場への影響が大きくなる。住宅金融機関の債券の格下げは、住宅ローン金利の上昇を招き、下落が止まらない米住宅市況のさらなる悪化につながる。債券市場の悪化は、じわじわと始まっている。(The Road to a Downgrade) 米国の株式市場では、特に銀行株が急落している。8月8日、一時的にバンカメが23%、シティは22%も下落した。これらの動きも、株価の下落が一段落したら、次は債券市場が崩壊して金融界が危機になる道筋を示唆している。(Global investors run from equities) 株価と裏腹に、金地金市場が急騰している。数日前まで「年末には1オンス1700ドルになる」といわれていたのが、簡単に1700ドルを越えてしまったので、予測は「年末までに1800ドル」に変わり、8月8日に一時1760ドル超まで急騰した後、予測は「年末までに2500ドル」に引き上げられた。以前から、金地金が買われるのは、ドルに対する国際的な信用が落ちていることの象徴となっている。(Traders target $2,500 high for bullion) いずれ株価の下落が債券の下落へと転化していくと、金融崩壊はリーマンショックを超える規模になる。リーマンショック時は、まだ米政府は財政余力があり、米連銀の勘定(バランスシート)も膨らんでおらず、米政府は財政赤字を増やし、連銀はドルを増刷して金融救済を実施できた。だが今や、米政府は財政余力がなく、連銀の勘定も膨らみすぎており、金融界を救済する余力がない。金融機関がつぶれていくのを傍観するしかない。そうした状況が不可避になると、ムーディーズやフィッチも米国債を格下げせざるを得なくなり、金融崩壊を加速させる。 米議会は、民主共和両党から6人ずつ議員を出して特別委員会を作り、8月2日の財政赤字上限の切り上げ期限までに間に合わなかった分の1兆ドル以上の財政緊縮策について12月までに審議して決めることになっている。この委員会が十分に効果のある財政緊縮策を決めれば、米国債の追加的な格下げが避けられる。 だが、この非公開の委員会の委員には、軍産複合体や医薬業界などのロビイストが群がり、業界に都合の良い見かけ倒しの緊縮策になってしまう可能性が高いと、米下院のロン・ポール議員が指摘している。何百人もの議員で審議する米議会の正式な検討方式に比べ、12人しか議員がいない特別委員会は、ロビイストにとって簡単に陥落させられる。見かけ倒しの緊縮策になると、S&Pなどが米国債のさらなる格下げをするだろう。(Super Congress A Gift to K Street Ron Paul) 連銀は8月9日に理事会(FOMC)を開く。そこでドルを増刷して米国債を買う量的緩和策(QE)の続行(QE3)が内定するという希望的観測が、株式市場の関係者の間に出回っている。これまでのQEは、株価を押し上げる効果があった。しかし、分析者の多くは、QE3が発動されないとみている。もしQE3が発動されたら、株価は上がるだろうが、ドルを過剰発行して米国債を買い支える不健全な政策が延長されたことを嫌気して、連銀と米国債とドルに対する国際信用が、さらに失墜してしまう。(5 Reasons Why QE3 Has Slim Chances - FOMC Preview)(Don't Bet On The Fed) 全体的にみて今後、秋にかけて金融市場の悪化が拡大していくだろう。株価の下落が債券の下落に飛び火し、米国債の利回りが上昇すると、ドルの基軸性に対する疑念が国際的に急拡大し、リーマンショック後のようにG20サミットが緊急開催され、ドルに代わる多極型の基軸通貨体制を作る議論が蒸し返されそうだ。中国政府が人民元をドルから切り離して自立した国際通貨にする踏ん切りがつくかどうかも重要になる。今起きている株価の暴落は、今回の金融危機の序章にすぎない。 |
<転載終わり>
『いずれ株価の下落が債券の下落へと転化していくと、金融崩壊はリーマンショックを超える規模になる。リーマンショック時は、まだ米政府は財政余力があり、米連銀の勘定(バランスシート)も膨らんでおらず、米政府は財政赤字を増やし、連銀はドルを増刷して金融救済を実施できた。だが今や、米政府は財政余力がなく、連銀の勘定も膨らみすぎており、金融界を救済する余力がない。金融機関がつぶれていくのを傍観するしかない。そうした状況が不可避になると、ムーディーズやフィッチも米国債を格下げせざるを得なくなり、金融崩壊を加速させる。』
田中氏が言われるように、リーマンショックの時はまだアメリカ政府には余力がありました。その後3年間に亘り、米政府は赤字国債を発行し、FRBはドルを印刷してきました。そのお陰でアメリカの金融は何とかギリギリ持ってきたのですが、とうとう持ちこたえられないほどひどくなって来たということです。日本も赤字国債を940兆も発行してますが、日本人が90%を保有していますので、アメリカとは状況は違います。また、日銀はアメリカのドルや中国の元ほど円を印刷していませんので、まだまだ余裕はあるようです。
昨日のニュースでは、FRBがこれから2年間ゼロ金利にすると発表してましたが、まるでバブルのはじけた後の日本のようです。3年前に副島隆彦さんが、アメリカは日本のバブルの後処理の10倍以上の苦しみを受けるだろうと言われていたことを思い出します。
昨日のニューヨーク株式市場は519ドルも下げてます。これが田中宇氏の言う国債を守るために株式を下落させているのかどうかは判りませんが、アメリカの株価はドンドン下がってきています。日本のようにアメリカも失われた20年と言われるように長期デフレになるのか、CDSなどのいい加減な債権が償還できずにドンドン破裂し、ハイパーインフレになるのかは判りませんが、これから資本主義というシステム自体が崩壊していくことは確かなようです。