<元気実感の知恵袋より転載>
-------------------------------
■■長寿に共通する食事とは■■
元気な長寿者は江戸時代も現代も同じような食を摂っていたことは
興味深いです。つまり生活習慣病にかからない元気寿命も、江戸時代も
現代も同じような水準であったことは示唆に富んでいます。
■江戸時代の寿命からみえる元気になる食生活とは
郡山女子大学の森 一教授(生物学)は、江戸時代の大名、家臣、公家、
そして僧侶ら数千人の資料を調査し、階層別の平均死亡年齢を
以下のように算出しました。
*大名: 48.3歳
*家臣・公家: 64.7歳
*僧侶: 68.6歳
寿命に最も大きな影響があると言われる食生活の視点からみると、
穀類全粒・野菜・発酵食品主体で食べ過ぎない環境の僧侶が最も
長生きだったと推定されます。
曹洞宗開山の寺として知られる福井県永平寺の食事は760年あまり前から
同じものを食べているそうです。永平寺は全国14000あまりの末寺を有し、
常時200名を超える僧侶が修行している昔から影響力のある寺です。
その食事はおおよそ以下です。
*朝食: 玄米粥、すりごま、梅干、漬物
*昼食: たくさんの根菜の具の味噌汁、ごまをかけた野菜炒め、漬物、ご飯
*夕食: 吸い物、野菜煮物、惣菜、豆、雑穀
献立は色々と変わりますが、玄米・雑穀・豆・すりゴマ・梅干・漬物及び
野菜の惣菜や味噌汁は、毎日760年あまり変わらずに続いているそうです。
永平寺第78代寛首 宮崎禅師は2008年1月に108歳で亡くなりましたが、
食事は昔からの永平寺の食事を摂っていました。
曹洞宗とは違いますが、徳川家康を補佐し幕府の草創期を作った一人として
知られる天海和尚も同じ108歳の長生きです。
天海和尚も過食を戒め、永平寺のような穀類全粒・野菜・漬物等の発酵食品を
食べることの大切を説いていたとのことです。
もっとも、最近のお坊さんは仕事柄外食が多くなり、昔のような食事を
摂ることが難しくなり、あまり長生きできない方もおられます。
■元気寿命は江戸時代も現代も同じ
現代と江戸時代の元気寿命を同じ条件で比較するには、乳幼児死亡率・
疫病・事故を除外した生活習慣病でみると分かり易いです。
江戸時代は人生40~50年といわれますが幼児死亡率含んでおり、森一教授の
平均死亡年齢は、当然幼児死亡率を含んでいません。
現在は人生80年ですが、平均的な健康元気年齢は70代前半ぐらいでしょうか。
森一教授の推定年齢には、疫病・飢饉や怪我等の救急的な要因による死亡も
含まれるため、武士・公家の65歳や僧侶69歳の寿命も救急的なものを除外すれば、
生活習慣病にかからない健康元気寿命では70歳を超えていた人が多いと推定されます。
従って食の基本である穀類全粒・野菜・豆類・発酵食品(漬物・梅干等)・
海藻・きのこ類を、食べ過ぎずに摂っていれば、元気寿命は今も昔も大差なく、
江戸時代でも80歳、90歳の元気な長寿者も少なからずいたと考える方が
妥当と思われます。ネットで人物名と享年を入れれば80、90歳ぐらいまで
生きた人も結構います。
一般に玄米菜食がいいと言われますが、永平寺の食事では、主食は
玄米ばかりでなく、消化のいい玄米粥・豆・雑穀も多く、ごま・梅干・
漬物は常に出されていることは注目すべきと思います。玄米粥は曹洞宗だけでなく、
臨済宗などの他の宗派でも重要視されていました。玄米食よりも、
玄米の良さを引き出す玄米粥だった点も参考になります。
当時、加工技術がなく玄米全粒粉が作れなかった工夫ともみれます。
■元気寿命は世界の長寿村も同じような環境
世界の長寿地帯の中央アジアのコーカサスやパキスタンのフンザ、
コロンビアのビルカバンバ等でも、穀類全粒・野菜・発酵食品が
食の中心です。ビルカバンバや沖縄等が欧米式の肉・乳製品・油の
多い食事で、子供が親よりも先に亡くなる逆さ仏現象が
現れてきているところもあります。
健康元気寿命が現代になるに従って伸びてきたと勘違いせずに、
今も昔も大差なかったと理解することが大切です。食の伝統とは、
長い間の信頼出来る臨床実験ともみることができます。
世界の長寿元気食である穀類全粒・野菜・発酵食品を中心に、
手軽に美味しく摂ることが重要になります。
従って、今も昔も健康元気食は、世界共通で、穀類全粒・野菜・
発酵食品中心と理解すべきと思われます。
■それぞれの地域でも健康元気食の工夫
南米アルゼンチンやパラグアイのような日本人のコメ以上に肉を
食べ野菜が食べれない食生活では、野菜に変わる微量栄養素豊富な
マテ茶が頻繁に飲まれて生活習慣病を予防しています。
エスキモーは、アザラシや魚の内臓や皮まで食べ、全粒穀類・野菜・
海藻不足を補っています。全粒同様に内臓や皮には微量な
栄養素がたくさん含まれています。
日本の場合は火山国で土壌からミネラルが流出しやすく、野菜の
ミネラル・ビタミン濃度は、他国に比べて少ないのですが、様々な
穀類全粒・豆類・ゴマ・海藻・きのこ・梅干・漬物・その他様々な
発酵食品が、健康元気な食生活を支えています。
元気実感や長寿に共通する食生活は、ミネラル・ビタミン・酵素・
ファイトケミカル・繊維などの微量な栄養素をたくさんとることで、
今も昔も、又日本も外国も、共通するものがあるわけです。
<転載終わり>
-------------------------------
世界の長寿国の食事を調べると、穀物と野菜、醗酵食品主体の食事であることが共通しています。これは40年以上も前から分っていたことですが、食肉業界や医療業界からの圧力であまり表には出て来ませんでした。縄文時代から江戸時代まで、日本人は穀物と野菜主体の食生活を続けてきたので、長寿だったわけです。江戸時代は短命だったように伝えられていますが、それは幼児死亡率が含まれているため、そのような数字になると森教授は言われています。
長寿の僧侶で知られる永平寺のメニュー例は以下ということです。
*朝食: 玄米粥、すりごま、梅干、漬物
*昼食: たくさんの根菜の具の味噌汁、ごまをかけた野菜炒め、漬物、ご飯
*夕食: 吸い物、野菜煮物、惣菜、豆、雑穀
質素に見えますが、とても美味しい料理だと私には思えます。このメニューが一番のご馳走だと思います。ちなみに私の今日のメニューは以下になります。
*朝食: 昨日の鍋の残りの味噌汁(無農薬ひふみの大根、人参、白菜、小松菜、ジャガイモなど)、白米1膳
*昼食: なし
*夕食: 味噌鍋(無農薬ひふみの大根、人参、白菜、ジャガイモ、豆腐)、白米2膳、サラダ(無農薬ひふみの人参、大根、玉ねぎ、レタス)、漬物、エビスビール1本、赤ワイン1杯
実は、五穀・野菜の料理に味覚が慣れてしまうと、ご飯や野菜が今までとは比べ物にならないくらい美味しく感じるようになります。これは体験した人でないと分りません。身体の次元上昇みたいなもんです。信じられないかも知れませんが、味覚は変わるということです。私も日月神示を知る前までは、江戸時代の人はなんて粗末な食事をしていたのだろうと思ってました。ところが味覚が変化してしまうと、逆にハンバーグやステーキ、カツ丼、から揚げ、とんこつラーメンなどのメニューは重くてとても食べられません。しかも毎日何かしらの肉料理を食べるというのは、かなり厳しいです。
また、食肉産業からしてしてみれば、肉などの脂っこい味覚に固定化してくれれば、安定した売上になるわけです。それによって、ガンや脳卒中、心臓病などの三大疾病になる確率が非常に高くなるので、医療業界にとってもありがたいことです。患者が増えれば売上になりますから。食肉産業と医療産業はセットになっていることが分かります。
ひふみの食べ方になってから3年半経ちますが、概ね身体にはいいことばかりでした。健康診断もオールAになりました。ただ、ちょっと気になることがあります。以前は血圧が120-70くらいでしたが、ひふみの食べ方になってからは、100-50くらになりました。朝起きられないとか、ふらつくなどということはないので、問題はないと思ってます。健康診断でも何も言われません。
五穀・野菜の食事は身体にいいのですが、一朝一夕には変えることは難しいと思います。1年くらいかけて、少しづつ変えていけば誰でも五穀・野菜主体の食事に変えることはできます。それほど難しくはありませんので、やってみてはいかがでしょうか。