一昨日午後の短い時間、少し肌寒かったが、風もなくいい日和だった。
わが家に隣接している家庭菜園の菊は、まだ咲いている。盛りは過ぎているようだが、種類によっては充分に楽しめる。
まだ枯菊と呼んでは可哀想だ。季語の「枯菊」は、霜や夜ごとの寒気に晒され、枯れ萎んでいく哀れな様子を言っている。
菜園の菊は、まだ香気もあり色彩も鮮やかだ。枯菊ではない。
しかし作り主は、ドンドンと刈り取っている。
もう蝶の数はめっきり少なくなった。それでもヒメアカタテハが、菊の花心に取り付いていて余念がない。
先日、阿川弘之著の「大人の見識」を読んだ。
その中に、日本人の国民性について触れている。
外国人から見た日本人の特性は、「勤勉」、「几帳面」、それに「軽躁」なのだという。
「勤勉」と「几帳面」は読んで字のごとしだが、「軽躁」とは、「落ち着きがなく、軽々しく騒ぐこと」だそうだ。
グサッとやれれた感じだ。
以前はともかく、今の私には、「勤勉」や「几帳面」の徳目はあまり残っていない。
「軽躁」のみが残っているのだろうか。
しかも頑固や視野狭窄が加わっていたら、もう目も当てられない。
恐ろしい話だ。
わが身を見つめ直して、反省しなければなるまい。