■ダ・フォース(上・下)/ドン・ウィンズロウ 2019.3.11
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第5位 ダ・フォース
“これまでに書かれた警察小説でおそらく最高の一冊”(リー・チャイルド評)
掛け値なしに、最高の一冊かも知れないが、ぼくには、読んでいてあまり気持ち良いミステリではなかった。
しかも、後味が芳しくない。
主人公のデニス・マローンとは、どのような人物なのか。そして、どのような警官なのか。
まだ子供の頃には尼さんたちが教えてくれたものだ。神さまは----神さまだけが----わたしたちが生まれるまえから、わたしたちが生きる日々のこともわたしたちが死ぬ日のことも、わたしたちが何者になるのかもご存知なのだと。
マローンは思う----そういうことなら、そのことを教えてくれてもよかったのに。ひとことでも、何かアドヴィスをして、おれに注意してくれてもよかったのに。おい、そこのヌケ作、おまえは左に曲がっちまったんだよ、右に曲がらなきゃいけないのに、とでもなんとでも。
しかし、ひとこともなかった。
マローンは思う。子供の頃にかよっていた教会の神父たちなら、きっとこう言うことだろう----世の中には作為の罪と不作為の罪がある。やったことは必ずしもそうではないが、やらなかったことは魂を犠牲にする。裏切りに通じるドアは、往々にして嘘をついたときではなく、真実を話さなかったときに開くものだ。
「おれはネズミにはならない」とマローンは繰り返す。
見て見ぬふりをしたり、眼をかけてやったりすることと引き換えに、娼館のマダムから受け取る現金と無料のサーヴィス。ノミ屋から受け取る封筒。自分から求めたりはしていない。自分から探したり、自分から取りにいったりはしていない。それでもそこにあったら、おまえはそのまま懐に入れた。
その何が悪い? 人はギャンブルもすれば、女を買ったりもするではないか。
バーは駄目だが----引退したお巡りは猫も杓子もバーを開く---それ以外の何かだ。
たとえばなんだ、マローン? 彼は自分に問いかける。
おれがやり方を知っているのはお巡りの仕事だけだ。
その職場以外に行き場はない。
それでもマローンはそいつらのことを気にかける。
気にかけたくなどないのに。
それでも彼は気にかける。
もしこれがほかの誰かの話だったら、マローンはその男にこう言うだろう。そんな女とは手を切れ。ヤク中だぞ。おまえがすべきことは、彼女が死んだと思って葬式を出し、悲嘆に暮れ、それから次に進むことだ。なぜなら、おまえが知っていた彼女はもうどこにもいないのだから。
マローンにはそれができない。
警察官とは。
王とはいえ、おれたちは世襲で王になったのではない----自らの力で腕ずくで王冠をもぎ取ったのだ。昔の戦士が剣と鎧で闘い、満身創痍になって玉座に這い上がったように。われわれは拳銃と警棒と拳と根性と肝っ玉と頭脳と勇気を携え、この街に乗り出したのだ。苦労して手に入れた現場の知識と勝ち取った敬意と勝利によって、ときには敗北によって、のし上がってきたのだ。その結果、世評を得たのだ。タフで強くてフェアな統治者、荒っぽい正義を慈悲の心で施す統治者、といった世評を。
しかし、それこそ王のなすべきことだろう。
正義をなしてこその王ではないか。
王は王らしくみえなければならない。
警察官は被害者に同情し、犯人を憎む。しかし、感情移入をしすぎると仕事はできない。憎みすぎると自分自身が犯罪者になってしまう。
お巡りがハム・サンドウィッチをもらって不法行為を見逃せば、首が飛ぶ。クソ連邦議員が防衛企業から数百万ドル受け取って便宜を図れば、愛国者になる。政治家が年金のために自分の脳味噌を吹き飛ばすような事件が起これば、これは前代未聞ということになるだろう。
そのときはシャンパンで祝ってやろう。
特捜部のほかの面々と同じように、サイクスもずっと見てきたのだ----死体を、流血を、遺族を、葬儀を。
ほんのいっとき、マローンは目のまえの上司に好意を抱きそうになる。
「おれはこれまで内務監査部のやつが銃をくわえて自殺するのを見たことがない」とマローンは言う。「あんたらはそういうことはしない。弁護士もしない。マフィアの連中もしない。するのは誰か? お巡りだ。お巡りだけだ。それも本物のお巡りだけがやるんだ」
たくさんの切ない話。
「もうあきらめてんだよ、おれは」とジャクソンは言う。「どのみちおれは中で殺されるんだから」
マローンはジャクソンの眼の中をのぞき込んで思う----こいつはすでに悟ってる、自分の人生が終わったことを。
機械に巻き込まれたら最後、ミンチになるまで抜け出すことはできない。
彼女が知っていた人生が彼女のそばをすり抜けていく。
『 ダ・フォース(上・下)/ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーパーBOOKS 』
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/7e/58eb861745bd565e1ea26d1ccd18b820.png)
ニューヨークという街。
朝日新聞 2019.2.16
アマゾン、NY「第2本社」を断念
巨額の税優遇 地元が反発
米アマゾンは14日、現在本社があるシアトル以外にニューヨーク市とワシントン郊外の2カ所に「第2本社」を置く構想で、ニューヨーク市については断念すると発表した。
断念の理由は「たくさんの州や地元の政治家たちが、私たちの進出に反対すると共に、計画を進めるのに必要な関係を築く考えがないことを明確にした」とした。
代わりの侯補地探しはせず、ワシントン郊外は計画通り設置を進める。
アマゾンは2017年9月に、「第2本社」を置く場所を募る、と発表。
昨年11月にニューヨークと、バーシニア州アーリントンに置いて、それぞれで2万5千人を雇用すると発表した。
アマゾンの第2本社計画をニューヨークから追い出したは、地元クイーンズを地盤とする民主党政治家や労働組合、活動家たちの反対運動だった。
反対派には大きく二つの心配事があった。
一つは反対派が最大で計30億ドル規模に膨らむとみる税軽減や補助金などの優遇策が、破竹の勢いで成長するアマゾンをさらに潤すことへの疑問。
もう一つはアマゾン進出で周辺の家賃が高騰し、元の住民が追い出されるとの不安だった。
クイーンズは移民や労働者が多く、労組も強い。
反労組的なアマソンとは相性が良くないとの指摘もあった。
アマゾン撤退の報を受け、デブラシオ市長は「アマゾンはコミュニティーと手を取り合って進むのではなく、その機会を捨て去った」と悔しがった。
ただ、ニューヨークはアマゾン本社を逃しても、地域経済の将来が揺らぐわけではない。
今回の騒動はむしろ、限られた巨大都市の「余裕」を見せつけたともいえる。 (ワシントン=江渕崇、サンフランシスコ=尾形聡彦)
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第5位 ダ・フォース
“これまでに書かれた警察小説でおそらく最高の一冊”(リー・チャイルド評)
掛け値なしに、最高の一冊かも知れないが、ぼくには、読んでいてあまり気持ち良いミステリではなかった。
しかも、後味が芳しくない。
主人公のデニス・マローンとは、どのような人物なのか。そして、どのような警官なのか。
まだ子供の頃には尼さんたちが教えてくれたものだ。神さまは----神さまだけが----わたしたちが生まれるまえから、わたしたちが生きる日々のこともわたしたちが死ぬ日のことも、わたしたちが何者になるのかもご存知なのだと。
マローンは思う----そういうことなら、そのことを教えてくれてもよかったのに。ひとことでも、何かアドヴィスをして、おれに注意してくれてもよかったのに。おい、そこのヌケ作、おまえは左に曲がっちまったんだよ、右に曲がらなきゃいけないのに、とでもなんとでも。
しかし、ひとこともなかった。
マローンは思う。子供の頃にかよっていた教会の神父たちなら、きっとこう言うことだろう----世の中には作為の罪と不作為の罪がある。やったことは必ずしもそうではないが、やらなかったことは魂を犠牲にする。裏切りに通じるドアは、往々にして嘘をついたときではなく、真実を話さなかったときに開くものだ。
「おれはネズミにはならない」とマローンは繰り返す。
見て見ぬふりをしたり、眼をかけてやったりすることと引き換えに、娼館のマダムから受け取る現金と無料のサーヴィス。ノミ屋から受け取る封筒。自分から求めたりはしていない。自分から探したり、自分から取りにいったりはしていない。それでもそこにあったら、おまえはそのまま懐に入れた。
その何が悪い? 人はギャンブルもすれば、女を買ったりもするではないか。
バーは駄目だが----引退したお巡りは猫も杓子もバーを開く---それ以外の何かだ。
たとえばなんだ、マローン? 彼は自分に問いかける。
おれがやり方を知っているのはお巡りの仕事だけだ。
その職場以外に行き場はない。
それでもマローンはそいつらのことを気にかける。
気にかけたくなどないのに。
それでも彼は気にかける。
もしこれがほかの誰かの話だったら、マローンはその男にこう言うだろう。そんな女とは手を切れ。ヤク中だぞ。おまえがすべきことは、彼女が死んだと思って葬式を出し、悲嘆に暮れ、それから次に進むことだ。なぜなら、おまえが知っていた彼女はもうどこにもいないのだから。
マローンにはそれができない。
警察官とは。
王とはいえ、おれたちは世襲で王になったのではない----自らの力で腕ずくで王冠をもぎ取ったのだ。昔の戦士が剣と鎧で闘い、満身創痍になって玉座に這い上がったように。われわれは拳銃と警棒と拳と根性と肝っ玉と頭脳と勇気を携え、この街に乗り出したのだ。苦労して手に入れた現場の知識と勝ち取った敬意と勝利によって、ときには敗北によって、のし上がってきたのだ。その結果、世評を得たのだ。タフで強くてフェアな統治者、荒っぽい正義を慈悲の心で施す統治者、といった世評を。
しかし、それこそ王のなすべきことだろう。
正義をなしてこその王ではないか。
王は王らしくみえなければならない。
警察官は被害者に同情し、犯人を憎む。しかし、感情移入をしすぎると仕事はできない。憎みすぎると自分自身が犯罪者になってしまう。
お巡りがハム・サンドウィッチをもらって不法行為を見逃せば、首が飛ぶ。クソ連邦議員が防衛企業から数百万ドル受け取って便宜を図れば、愛国者になる。政治家が年金のために自分の脳味噌を吹き飛ばすような事件が起これば、これは前代未聞ということになるだろう。
そのときはシャンパンで祝ってやろう。
特捜部のほかの面々と同じように、サイクスもずっと見てきたのだ----死体を、流血を、遺族を、葬儀を。
ほんのいっとき、マローンは目のまえの上司に好意を抱きそうになる。
「おれはこれまで内務監査部のやつが銃をくわえて自殺するのを見たことがない」とマローンは言う。「あんたらはそういうことはしない。弁護士もしない。マフィアの連中もしない。するのは誰か? お巡りだ。お巡りだけだ。それも本物のお巡りだけがやるんだ」
たくさんの切ない話。
「もうあきらめてんだよ、おれは」とジャクソンは言う。「どのみちおれは中で殺されるんだから」
マローンはジャクソンの眼の中をのぞき込んで思う----こいつはすでに悟ってる、自分の人生が終わったことを。
機械に巻き込まれたら最後、ミンチになるまで抜け出すことはできない。
彼女が知っていた人生が彼女のそばをすり抜けていく。
『 ダ・フォース(上・下)/ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーパーBOOKS 』
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/7e/58eb861745bd565e1ea26d1ccd18b820.png)
ニューヨークという街。
朝日新聞 2019.2.16
アマゾン、NY「第2本社」を断念
巨額の税優遇 地元が反発
米アマゾンは14日、現在本社があるシアトル以外にニューヨーク市とワシントン郊外の2カ所に「第2本社」を置く構想で、ニューヨーク市については断念すると発表した。
断念の理由は「たくさんの州や地元の政治家たちが、私たちの進出に反対すると共に、計画を進めるのに必要な関係を築く考えがないことを明確にした」とした。
代わりの侯補地探しはせず、ワシントン郊外は計画通り設置を進める。
アマゾンは2017年9月に、「第2本社」を置く場所を募る、と発表。
昨年11月にニューヨークと、バーシニア州アーリントンに置いて、それぞれで2万5千人を雇用すると発表した。
アマゾンの第2本社計画をニューヨークから追い出したは、地元クイーンズを地盤とする民主党政治家や労働組合、活動家たちの反対運動だった。
反対派には大きく二つの心配事があった。
一つは反対派が最大で計30億ドル規模に膨らむとみる税軽減や補助金などの優遇策が、破竹の勢いで成長するアマゾンをさらに潤すことへの疑問。
もう一つはアマゾン進出で周辺の家賃が高騰し、元の住民が追い出されるとの不安だった。
クイーンズは移民や労働者が多く、労組も強い。
反労組的なアマソンとは相性が良くないとの指摘もあった。
アマゾン撤退の報を受け、デブラシオ市長は「アマゾンはコミュニティーと手を取り合って進むのではなく、その機会を捨て去った」と悔しがった。
ただ、ニューヨークはアマゾン本社を逃しても、地域経済の将来が揺らぐわけではない。
今回の騒動はむしろ、限られた巨大都市の「余裕」を見せつけたともいえる。 (ワシントン=江渕崇、サンフランシスコ=尾形聡彦)