■あやかしの裏通り/ポール・アルテ 2019.3.18
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第6位 あやかしの裏通り
そのひんやりとした湿った秋の晩、わたしは暖炉のかたわらに腰を落ち着け、オーウェン・バーンズがふるまってくれたすばらしいシングルモルト・ウィスキーを味わっていた。どんなに頑固な憂鬱や、ロンドンの厳しい気候も、これさえあれば乗り切れる。
「なんだか、苛立っているみたいだな、オーウェン」とわたしは指摘した。
「これが苛立たないでいられるかい、アキレス。時はすぎるのに、なにも起こらない。大昔のミイラみたいに、ただここでぼんやりしているだけなんて、悲惨なことだと思わないか? ほくたちはこんなことのために生まれてきたのかい? 人生をもっとたっぷり楽しむためでは?」
このような雰囲気で始まるミステリ 『あやかしの裏通り』 を読みました。
「本格」と呼ばれるジャンルの雰囲気でいっぱいです。
それなりに満足のいく一冊でした。
霧の深いロンドン。
そんなロンドンのとある場所。
そこでは、霧の深い夜に、クラーケン・ストリートと呼ばれる「あやかしの裏通り」が忽然と現れ消える。
さすれば伝説の大海蛇クラーケンという名の由来も合点がいく。地獄からあらわれ出た怪物が、家々のあいだでとぐろを巻き犠牲者を求めてあらわれる。夜、あの界隈に出かけるのはやめたほうがいい。恐ろしい路地に不意を襲われ、闇の彼方に連れ去られるかもしれないから。
「してみると、昔から伝わる噂は本当だったと言わざるをえないな。クラーケン・ストリートには不思議な力がある。不用心な通行人を罠にはめて過去へと導き、人生の奇妙な一場面に立ち会わせるという噂は」
そんな不思議な噂に、真実みを与えることになったのが、新聞の三面記事。
四人のうち二人はそこに入ったまま、出てくることがありませんでした。三人目は路地を調べて、命を落としました。しかし彼は友人たちに、あらかじめこう伝えていたそうです。ロンドンのどこかに、忽然とあらわれまた姿を消す裏通りがあり、そこではなにか不思議なことが起こるのだと。四人目は路地から抜け出すことができたものの、精神に変調をきたしてしまいました。ティアニーさん、あなたと同じようにその人物も、路地がまるで魔法みたいに、一瞬のうちに消えるのを目撃したんです……
「ロンドンっていうのは、とんでもない町さ」とオーウェン・バーンズは、ロンドン警視庁を出るなり言った。「とんでもない出来事が起こる、とんでもない町だ。違うと言い張るのは、無知な愚か者だけさ」
この「あやかしの裏通り」の謎に敢然と挑戦したのが、主人公のオーウェン・バーンズである。
彼は、こんな性格として描かれている。
彼のエキセントリックな個性に衝撃を受けることとなった。凝りに凝った服装。人々の注意を引きつける物腰。ほんの少しでも美しいものを目にすれば、これ見よがしに感動して見せるやりかた。どれもこれも、呆気にとられるようなことばかりだった。ある日のこと、彼はリージェント・ストリートを飛ばしてきた馬車を、命がけで止めた。その理由がなんと、道を渡っていた少女がスミレの花束を落としたからだというのだ。美しいスミレが馬車に押しつぶされるのは、見るに忍びないと。美の追究こそわが存在理由だ、というのがオーウェンの言い分だった。しかも彼の追求は、いささか度はずれた領域にまでおよんだ。オーウェンによれば、殺人も巧妙で想像力に富んでいるならば、立派な芸術作品だというのだ。この特異な芸術に対する彼の感性たるや、じつに鋭いものがある。それが効を奏し、オーウェンはしばしば犯人の正体を暴くにいたった。ロンドン警視庁も彼には一目置き、ためらわずその助力を乞うていた。
オーウェンは芸術家という立場を隠れ蓑にして、いつも自由奔放にふるまっていた。
「証人を面くらわせると、いろいろわかることがあるのさ。驚きを掻き立てよ、というのがわが長年のモットーでね」
次の文もなかなか味わい深い。
「若者は気持ちが昂ぶりやすいですから。愛し合い、憎しみ合い、いつか互いに忘れてしまう。人生なんて、そんなものだ……そんな幸福と不幸が、われわれひとりひとりのなかに受け継がれているんです。よい思い出もあれば、悪い思い出もある。思い出は、誰でも忘れようとします。しかしそれはいつだって、われわれのなかに傷を残す。多少なりとも深い傷を、多少なりとも目に見える傷を……」
ぼくたちもモルト・ウィスキー片手に、この謎解きを楽しもう。
果たして、「あやかしの裏通り」 は実際に存在するのか。そして、その謎とは。
『 あやかしの裏通り/ポール・アルテ/平岡敦訳/行舟文化 』
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第1位 カササギ殺人事件(上・下)/アンソニー・ホロヴィッツ/2019.3.4/
海外篇 第2位 そしてミランダを殺す/ピーター・スワンソン/
面白いミステリだった。
2018年6月に読んだ記録は残っているが、内容のメモを紛失してしまった。
海外篇 第3位 IQ/ジョー・イテ/2018.11.12/
海外篇 第4位 元年春之祭/陸秋槎/2018.11.26/
海外篇 第5位 ダ・フォース(上・下)/ドン・ウィンズロウ/2019.3.11/
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第6位 あやかしの裏通り
そのひんやりとした湿った秋の晩、わたしは暖炉のかたわらに腰を落ち着け、オーウェン・バーンズがふるまってくれたすばらしいシングルモルト・ウィスキーを味わっていた。どんなに頑固な憂鬱や、ロンドンの厳しい気候も、これさえあれば乗り切れる。
「なんだか、苛立っているみたいだな、オーウェン」とわたしは指摘した。
「これが苛立たないでいられるかい、アキレス。時はすぎるのに、なにも起こらない。大昔のミイラみたいに、ただここでぼんやりしているだけなんて、悲惨なことだと思わないか? ほくたちはこんなことのために生まれてきたのかい? 人生をもっとたっぷり楽しむためでは?」
このような雰囲気で始まるミステリ 『あやかしの裏通り』 を読みました。
「本格」と呼ばれるジャンルの雰囲気でいっぱいです。
それなりに満足のいく一冊でした。
霧の深いロンドン。
そんなロンドンのとある場所。
そこでは、霧の深い夜に、クラーケン・ストリートと呼ばれる「あやかしの裏通り」が忽然と現れ消える。
さすれば伝説の大海蛇クラーケンという名の由来も合点がいく。地獄からあらわれ出た怪物が、家々のあいだでとぐろを巻き犠牲者を求めてあらわれる。夜、あの界隈に出かけるのはやめたほうがいい。恐ろしい路地に不意を襲われ、闇の彼方に連れ去られるかもしれないから。
「してみると、昔から伝わる噂は本当だったと言わざるをえないな。クラーケン・ストリートには不思議な力がある。不用心な通行人を罠にはめて過去へと導き、人生の奇妙な一場面に立ち会わせるという噂は」
そんな不思議な噂に、真実みを与えることになったのが、新聞の三面記事。
四人のうち二人はそこに入ったまま、出てくることがありませんでした。三人目は路地を調べて、命を落としました。しかし彼は友人たちに、あらかじめこう伝えていたそうです。ロンドンのどこかに、忽然とあらわれまた姿を消す裏通りがあり、そこではなにか不思議なことが起こるのだと。四人目は路地から抜け出すことができたものの、精神に変調をきたしてしまいました。ティアニーさん、あなたと同じようにその人物も、路地がまるで魔法みたいに、一瞬のうちに消えるのを目撃したんです……
「ロンドンっていうのは、とんでもない町さ」とオーウェン・バーンズは、ロンドン警視庁を出るなり言った。「とんでもない出来事が起こる、とんでもない町だ。違うと言い張るのは、無知な愚か者だけさ」
この「あやかしの裏通り」の謎に敢然と挑戦したのが、主人公のオーウェン・バーンズである。
彼は、こんな性格として描かれている。
彼のエキセントリックな個性に衝撃を受けることとなった。凝りに凝った服装。人々の注意を引きつける物腰。ほんの少しでも美しいものを目にすれば、これ見よがしに感動して見せるやりかた。どれもこれも、呆気にとられるようなことばかりだった。ある日のこと、彼はリージェント・ストリートを飛ばしてきた馬車を、命がけで止めた。その理由がなんと、道を渡っていた少女がスミレの花束を落としたからだというのだ。美しいスミレが馬車に押しつぶされるのは、見るに忍びないと。美の追究こそわが存在理由だ、というのがオーウェンの言い分だった。しかも彼の追求は、いささか度はずれた領域にまでおよんだ。オーウェンによれば、殺人も巧妙で想像力に富んでいるならば、立派な芸術作品だというのだ。この特異な芸術に対する彼の感性たるや、じつに鋭いものがある。それが効を奏し、オーウェンはしばしば犯人の正体を暴くにいたった。ロンドン警視庁も彼には一目置き、ためらわずその助力を乞うていた。
オーウェンは芸術家という立場を隠れ蓑にして、いつも自由奔放にふるまっていた。
「証人を面くらわせると、いろいろわかることがあるのさ。驚きを掻き立てよ、というのがわが長年のモットーでね」
次の文もなかなか味わい深い。
「若者は気持ちが昂ぶりやすいですから。愛し合い、憎しみ合い、いつか互いに忘れてしまう。人生なんて、そんなものだ……そんな幸福と不幸が、われわれひとりひとりのなかに受け継がれているんです。よい思い出もあれば、悪い思い出もある。思い出は、誰でも忘れようとします。しかしそれはいつだって、われわれのなかに傷を残す。多少なりとも深い傷を、多少なりとも目に見える傷を……」
ぼくたちもモルト・ウィスキー片手に、この謎解きを楽しもう。
果たして、「あやかしの裏通り」 は実際に存在するのか。そして、その謎とは。
『 あやかしの裏通り/ポール・アルテ/平岡敦訳/行舟文化 』
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第1位 カササギ殺人事件(上・下)/アンソニー・ホロヴィッツ/2019.3.4/
海外篇 第2位 そしてミランダを殺す/ピーター・スワンソン/
面白いミステリだった。
2018年6月に読んだ記録は残っているが、内容のメモを紛失してしまった。
海外篇 第3位 IQ/ジョー・イテ/2018.11.12/
海外篇 第4位 元年春之祭/陸秋槎/2018.11.26/
海外篇 第5位 ダ・フォース(上・下)/ドン・ウィンズロウ/2019.3.11/