BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

愛している 第一話

2024年11月02日 | 薄桜鬼 転生昼ドラ大正風ハーレクインパラレル二次創作小説「愛している」
「薄桜鬼」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。


二次創作・BLが嫌いな方は読まないでください。


「さぁ千鶴お嬢様、そろそろ時間ですよ。」
「嫌です。」
その日は、千鶴の祝言の日だった。
彼女は、家同士の利害関係が一致したというだけで、一度も顔を合わせた事がない相手と結婚する事になっていた―筈だった。
「お願いです、わたしをここから連れ去って下さい!」
「千鶴様・・」
土方歳三は、少し困ったような顔をしながら、千鶴を見た。
「ずっと、あなたの事をお慕い申し上げておりました。」
「お嬢様・・」
「わたしは、家の為に犠牲になりたくないのです!」
「逃げましょう。」
思わず、歳三は千鶴の手を取ってしまった。
「本当に、よろしいのですか?」
「はい、あなたと一緒なら・・」
こうして、千鶴は歳三と共に家を飛び出し、夫婦となった。
華族令嬢と、その家の書生との駆け落ちは、新聞に大々的に報じられた。
はじめは二人の恋を女学生達が“ロマンス”だと言って盛り上がり、二人をモデルにした小説まで出版されたが、やがて二人の恋は世間の人々から忘れ去られていった。
「いらっしゃいませ!」
「姉ちゃん、いつものやつね!」
「はい。」
海辺の田舎町で、千鶴は食堂で汗水垂らしながら働いていた。
歳三と駆け落ち同然に結婚したもの、現実は厳しかった。
「へぇ、東京から来なすったのかい。悪いけど、うちはもう人手が足りてるんだ、他を当たってくんな。」
「はい・・」
何件か断られた末に漸く決まったのが、今の職場だった。
「千鶴ちゃん、これ旦那さんに。」
「ありがとうございます。」
同僚の小母さんから千鶴が貰ったのは、懐紙に包まれたシベリヤだった。
「旦那さん、早く風邪が治るといいね。」
「はい・・」
歳三は、病弱でありながらも無理をして働いた所為で、結核に罹り、長い間床に臥せっていた。
「只今帰りました。」
「お帰り。」
「今日は、体調が良さそうですね?」
「あぁ・・」
「今日は、隣の家の小母さんからシベリヤを頂きましたよ。」
「二人で食べよう。」
「お茶、淹れますね。」
千鶴は涙を堪えながら、台所で茶を淹れた。
『ご主人はもう長くかもしれません。早くも一ヶ月、長くても三ヶ月しかもたないでしょう。』
「なぁ千鶴、これを食べた後、行きたい所があるんだが・・」
「行きたい所、ですか?」
「あぁ。」
歳三が千鶴を連れて行った所は、呉服屋だった。
「ようこそいらっしゃいました。さ、こちらへ。」
店主に案内されたのは、店主とその家族が住む離れだった。
 そこには、白無垢が衣紋掛けに掛かっていた。
「さぁさ、奥様はこちらへ。」
「え、あの・・」
一時間後、羽織袴姿の歳三は、美しく化粧をされた花嫁姿の千鶴を見て思わずため息を吐いた。
「美しい・・」
「さぁ、お二人とも、行きましょうか?」
「はい・・」
二人が呉服屋の店主らと共に向かった所は、呉服屋の向かい側にある写真館だった。
「どうして、こんな・・」
「今まで一度も二人で写真を撮った事がなかっただろう?だから、最後に撮っておきたいと思ってな。」
「あなた・・」
「そんな顔をするな。」
「はい・・」
歳三は自分の死期を悟っていた。
だから、今まで苦労をかけてきた妻に白無垢を着せてやりたかったのだ。
「はい、撮りますよ。」
この時撮った二人の結婚写真が、彼らにとって最初で最後の写真となった。
「今日は、素晴らしい思い出をありがとうございました。」
「礼を言われる事はしてねぇよ。」
帰りに寄った洋食屋で、ライスカレーを食べながら、歳三は妻と過ごす残り僅かな時間を楽しんだ。
―奥さん、お可哀想に・・
―お子さん、いらっしゃらなかったのでしょう?
―他に身内も居られないようですし、お子さんも・・
歳三の葬儀を手伝ってくれた近所の主婦達の囁きが、仏間の襖を閉めても否応なしに聞こえて来た。
(あなた、どうかわたしを守ってください・・)
千鶴は、歳三の形見であるロザリオを握り締めると、涙を流した。
桜の季節に歳三が逝き、瞬く間に厳しく長い冬がやって来た。
東京と比べ、この地の冬の寒さは骨の髄まで凍えそうだ。
今までは共に人肌で温め合う夫が居たが、今年の冬は、千鶴にとって辛いものになった。
「良く降るね。」
「そうですね。」
その日、食堂は朝から降った大雪の所為で開店休業状態だった。
「気をつけて帰んなよ。」
「はい・・」
千鶴が寒さに震えながら帰宅し、家の中へ入ろうとした時、彼女は一人の少年が家の前に倒れている事に気づいた。
「ねぇ、大丈夫?」
「ち・・づ・・る・・」
少年は苦しそうに千鶴の名を呼ぶと、そのまま意識を失った。
彼は、歳三と瓜二つの顔をしていた。
(まさか、あの人が帰って来てくれたなんて・・)
そんな事を思いながら、千鶴はその少年を放っておけず、彼を仏間に寝かせ、医者を呼んだ。
「う・・」
「大丈夫、あなたは独りじゃないからね。」

亡き夫と瓜二つの顔をした少年を家の前で保護した千鶴は、急いで風呂の用意をした。

「寒かったでしょう。火鉢の近くにいらっしゃい。」
「はい・・」
「今、着替えを持ってくるわね。」
千鶴は少年を居間に残すと、自分の寝室へと向かった。
「確か、ここに・・」
彼女は押し入れにしまってあった行李の中から、まだしつけ糸が解かれていない子供用の着物を取り出した。
畳紙の中に入れていたので、染みひとつない。
いつか、子供が生まれた時に仕立てておこうと思い、仕立てておいて良かった。
その子供が授かる前に、歳三は自分を残して逝ってしまったが。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「あなた、お名前は?」
「俺は・・」
“良いか、お前は別の名を妻に伝えよ。決して真名を伝えてはならぬぞ。”
歳三―今は少年として転生した彼は、千鶴から名を尋ねられた時、咄嗟にこう答えた。」
「隼人です・・」
「隼人君ね。お父さんやお母さんは?」
「いない・・」
「そう。今からご飯作るから、待っていてね。」
「手伝う。」
「え・・」
見知らぬ少年からそう言われ、千鶴は少し戸惑った。
「じゃぁ、お願いしようかしら?」
千鶴と共に台所に向かった歳三は、そこが、生前自分が見た時と余り変わっていない事に気づき、安堵した。
歳三は慣れた手つきで、米を炊いた。
「隼人君、凄いわね。」
「いつもやっていたから、慣れている。」
「そうなの。」
手際良く家事をこなす歳三の姿を、千鶴は興味深く見ていた。
「ねぇ隼人君、もし行くところがないのなら、一緒に暮らさない?」
「いいの?」
「いいに決まっているでしょう。」
「では、お世話になります。」
「これからよろしくね。」
夕飯の後、歳三は千鶴が用意してくれた部屋に布団を敷いて寝た。
夜中に眠れずにいると、廊下の向こうから千鶴の泣き声が聞こえて来たので、歳三はそっと彼女の寝室へと向かった。
すると、そこには布団の中ですすり泣く彼女の姿があった。
「歳三さん・・」
歳三は、そっと千鶴を抱き締めながら眠った。
「ん・・」
翌朝、千鶴が目を覚ますと、隣には何故かあの少年が眠っていた。
子供の体温は高くて、独りで寝る寂しさに耐えられた。
「おはよう、隼人君。」
「おはようございます。」
「ご飯、作ろうか?」
「はい。」
歳三と千鶴が朝食を台所で作っていると、外から人の声が聞こえて来た。
「千鶴さん、居るかい?」
「隼人君、少し火を見てくれないかしら?」
「はい・・」
「すぐ戻るわね。」
千鶴が台所から外へと出ると、そこには一人の青年の姿があった。
「土方千鶴さん、ですね?」
「はい。わたしに何かご用でしょうか?」
「これを。あなた宛の物です。」
「ありがとうございます。」
「では。」
青年は、そう言うと千鶴の前から去っていった。
彼が千鶴に届けたのは、とうに縁が切れた実家からの文だった。

“チチキトク、スグカエレ”

(父様・・)

千鶴の脳裏に、家を出た時に交わした父との会話を思い出した。

“どうしても、行くのか?”
“ごめんなさい、父様・・”
“謝るのは、わたしの方だ。心から、愛する人をと幸せになりなさい。”

そう言って自分を送り出してくれた父の笑顔を、千鶴は今でも思い出しては泣きそうになった。

「千鶴・・さん?」
「ごめんね隼人君・・」
「もしかして、それは実家から・・」
「どうして、それを?」
「浮かない顔をしていたから。」
「そう。」
「隼人君、あのね・・」
「実家に、帰りたいの?」
「え・・」
「ごめん、さっきお手紙を見てしまいました。お父さん、危篤なんですよね?」
「えぇ。でも、わたしはもう家を勘当された身。実家に戻る訳には・・」
「俺が一緒について行ってやる・・」
「そんな、何も関係がないあなたに・・」
「俺、千鶴・・さんに世話になっているから、関係ある。だから・・」
「そう。じゃぁ、一緒に行きましょう。」
「うん・・」
こうして、千鶴は隼人共に実家がある東京へと向かった。
「まだ東京まで着くには時間がかかるから、今の内に休んだ方がいいわ。」
「わかりました・・」
本州行きの船の中で、歳三は千鶴の隣で眠り始めた。
すると、彼は目を開けたらそこが“あの部屋”である事に気づいた。
「また会ったな、人の子よ。」
すぅっと、歳三の前に足音もなく現れたのは、美しい女だった。
「いつまであの女の傍に居るつもりだ?そなたの魂は転生を待つのみ。何故、あの女の元に居る?」
「俺にはまだ、やりたい事がある。」
「やりたい事だと?」
「あぁ。」
「良いだろう。」
女は口端を上げて笑うと、現れたのと同じように消えていった。
(何だったんだ、あの女は?)
「隼人君、起きて。」
「ん・・」
二人は船から降りると、汽車を何度も乗り換えて漸く東京に辿り着いたのは、数日後の事だった。
「ここよ。」
「ここが、千鶴さんの家?」
「ええ。」
白亜の瀟洒な邸宅の前に二人が立っていると、その中から一人の女中が彼らの元へやって来た。
「お帰りなさいませ、千鶴お嬢様。さぁ、どうぞこちらへ。」
女中はそう言うと、千鶴の隣に立っている歳三を見た。
「この子は、わたしの息子です。」
「まぁ・・」
千鶴の言葉を聞いた時、女中は鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をしていた。
「千鶴、来てくれたか・・」
「父様・・」
「その子は・・」
「わたしの息子です。」
「そうか。」
千鶴の父・綱道は、そう言うと嬉しそうに笑った。
「幸せになれて、良かった・・」
綱道は、そう言うと静かに息を引き取った。
父を見送った後、千鶴は親族に呼ばれた。
「え、再婚・・ですか?」
「そう。あなたはまだ若いし・・」
「そんな・・」
「あ、あなたに是非会いたいって人が居るのよ。」
「ちづる、だっこ~!」
「まぁ、急にどうしたの?」
「だっこ、だっこ~!」
急に甘えて来て己の膝上に乗って来た歳三に驚きながらも、千鶴は再婚を勧める親族に断り、その場から離れた。
「どうしたの、さっきは急に甘えて・・」
「あの婆さん、自分の息子とお前を結婚させるつもりだぜ。」
「え・・」
「安心しろ、お前は俺が守ってやるからな。」

そう言った隼人少年の顔に、千鶴は亡き夫のそれに重ねた。

(あなた・・あなたなの?)
コメント

鈴蘭が咲く丘で 第1話

2024年11月02日 | 薄桜鬼 ヒストリカルファンタジーパラレル二次創作小説「鈴蘭が咲く丘で」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「ねぇ、こんな所に本当に居るの?」
「だから、確かめに行くんじゃない!」
スマートフォンと小型カメラをそれぞれ片手に持ちながら、グレースとアリシアはロンドン郊外にある廃墟へと向かった。
そこはかつて貴族のお屋敷だったとも、精神病院だったとも言われている、“いわくつき”の廃墟だ。
廃墟探索ユーチューバーとしてそこそこ人気がある二人は、その廃墟へ向かった。
そこには蔦が絡んで、いかにも廃墟といった寂れた雰囲気を醸し出していた。
「うわぁ、“何だか出そう”ね。」
「もう、やめてよ。」
そんな事を言いながら二人が廃墟の中へと入っていくと、奥の方から物音がした。
「ねぇ、何か音がしなかった?」
「気の所為じゃない?」
二人が物音のする奥の方へと向かうと、そこは子供部屋だったようで、朽ちた乳母車が転がっていた。
「さっきの音は、この音だったのね。」
「なぁんだ、びっくりしたぁ。」
二人がそう言って笑いながら他の部屋を探索していると、再び何処からか物音がした。
「さっきより寒くなって来たわね。」
「そうね、もう帰ろう。」
二人が子供部屋全体をカメラとスマートフォンで撮影した後、彼女達は“何か”が自分達に近づいて来ている事に気づいた。
「早く帰ろう・・」
「うん・・」
二人がドアを開けて外から出て行こうとした時、彼女達の前に謎の黒い影が現れた。
「きゃぁぁ~!」
「いや~!」
彼女達の消息は、そこで途絶えた。
この動画がユーチューブにアップされた数日後、グレースとアリシアの遺体が子供部屋で発見された。
彼女達の死因は、失血死だった。
何故、彼女達が殺害されたのかは、事件発生から6年経っても解明されていない。
廃墟は維持費の問題で取り壊す事が決まったのだが、工事の度に怪我人や死人が続出し、工事を請け負っていた建設会社が倒産し、更に工事を推し進めていた自治体が経営破綻し、住民達は寂れた町を捨て、かつて“鉄の町”として栄えた町は、廃墟と化した。
「もう、すっかり変わっちまったな。」
朽ち果てた町を車窓から眺めながら、男は溜息を吐いた。
高台の上に建っている廃墟と化した屋敷は、かつては色とりどりの美しい薔薇が咲き誇った中庭があり、いつも笑顔と笑い声が絶えない屋敷だった。
そっと中庭へと入った男は、そこで美しい鈴蘭が一輪、咲いている事に気づいて、思わず笑みを浮かべた。
「まだ、残っていたのか・・」
男はそっと鈴蘭の花を一輪摘むと、屋敷の中へと入った。
150年以上経っているから、屋敷の中はかなり荒れ果てていた。
軋む階段を恐る恐る上がった男は、廊下の奥にある寝室の中へと入った。
そこには、かつて家族が共にこの屋敷で過ごした写真が壁に飾られていた。
男は、そっと寝台の近くにある引き出しを開け、一冊のノートを取り出した。
それは、屋敷の主人が遺した日記だった。
 ノートを開くと、そこには一組の夫婦の写真があった。
「会いに来たよ・・父さん、母さん。」
ノートに書かれた字を男がなぞると、朽ち果てた部屋がまるで魔法にかけられたかのようにかつての美しい姿へと戻った。
(ここは・・?)
「まぁ、そんな所に居たのね。もうすぐ夕飯の時間だから、下りてきなさい。」
寝室のドアが開き、レースのエプロンと黒いモスリンのワンピース姿のハウスメイドが中に入って来た。
男は、ハウスメイドの後について一階へ降り、ダイニングルームに入ろうとすると、彼女が慌てて止めた。
「あんたが入るのは、こっち!」
ハウスメイドに連れられて男が入ったのは、使用人専用のダイニングルームだった。
「今日は大した物がないね。」
「それは嫌味かい?こっちは朝からパーティーの準備で忙しいっていうのに。」
料理番・エイミーは、そう言って顔を顰めた。
「そんな顔をしないでおくれ。」
「あの、ここは何処なんですか?」
「あんた、若いのにもうボケちゃったのかい?ここはハノーヴァー伯爵様のお屋敷だよ!」
自分をこの場所へ連れて来たハウスメイド―レイチェルはそう言って大声で笑った。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「はい・・」
レイチェルによると、自分はこのお屋敷で従僕見習いとして働いているという。
「遅かったわね。」
「申し訳ありません。」
二階の子供部屋へと男―トシが向かうと、そこには顰め面をしている女性が立っていた。
「まぁいいわ。これから、坊やのおむつを縫って頂戴。」
「はい、わかりました。」
「わたくしが居ない間、坊やをちゃんと見ておいてね。」
「はい・・」
(一体何がどうなっていやがる?)
そんな事を考えながら、トシはハノーヴァー伯爵家の嫡子・アーサーのおむつを縫っていた。
するとそこへ、一人の少年が子供部屋に入って来た。
「トシさぁ~ん!」
焦げ茶の、少し癖のある髪を揺らし、美しい翠の瞳を煌めかせたその少年は、トシに抱き着いた。
「誰だ、てめぇは?」
「トシさん、もしかして僕の事忘れたの?」
少年は、涙で翠の瞳を潤ませた。
(こいつ・・)
「まぁ八郎様、こちらにいらっしゃったのですね!さぁ、旦那様がお呼びですよ!」
「嫌だぁ~、トシさぁん!」
謎の少年は、レイチェルに首根っこを掴まれ、子供部屋から連れ出された。
「ごめんなさいねぇ、あの子が何か迷惑な事をしなかったかしら?」
少年とレイチェルと入れ違いに入って来た貴婦人は、そう言った後花が綻ぶかのような笑みを浮かべた。
「はい、これ。」
「あの、これは・・」
「お菓子よ。後でこっそりお食べなさい。」
「ありがとう、ございます・・」
「また、会いましょうね。」
彼女は、そっとトシの頭を撫でると、子供部屋から出て行った。
(素敵な人だったな・・)
その日の夜、トシは貴婦人から貰った焼き菓子の袋を開き、それを一つ食べた。
トシが菓子を頬張っていると、裏庭の方から大きな物音がした。
(何だ?)
トシが裏庭へと向かうと、そこにはこの屋敷でキッチンメイド見習いとして働いていたエリーの姿があった。
彼女の首には、刺し傷があった。
「どうした、坊主?」
「人が、死んでいるんです。」
「何だって!?」
庭師のジョーが警察を呼ぶと、ハノーヴァー伯爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「エリー、どうしてこんな姿に!」
「トシ、犯人の姿を見たの?」
「いいえ。俺が駆け付けた時には・・」
「そう。疲れたでしょう、部屋へ行って休んでいなさい。」
「はい。」
トシが使用人専用の寝室へと向かおうとした時、彼は誰かが言い争っている声を聞いた。
「エリーを殺したのは、あなたなの!?」
「俺じゃない、信じてくれ!」
「あなたの事は、信じられないわ!」
声は、若い男女のものだった。
顔は見えなかったが、女の方は髪に青い蝶の髪留めをしていた。
(あいつら、誰だったんだ?)
そんな事を思いながら、トシは深い眠りの底へと落ちていった。
翌朝、トシが眠い目を擦り寝室から出ようとした時、窓に鮮やかな青い蝶の髪留めをした女が映ったので慌てて彼は彼女の後を追った。
(何処だ?)
トシが女の後を追っていると、急に彼は険しい崖が目の前に現れたので、慌てて立ち止まった。
屋敷へと戻ろうとする彼の背を追い掛けるかのように、不気味な女の笑い声が響いていた。
「トシ、あんたこんな朝早くに何処に行っていたんだい?」
「エイミーさん、実は・・」
トシは、エイミーに青い蝶の髪留めをした女の話をした。
「あぁ、その女は、“死神”さ!」
「“死神”?」
「あんたは、まだここに来て日が浅いから知らないんだね。」
エイミーによると、その昔この屋敷に住んでいた貴婦人が居て、彼女はいつも恋人からの贈り物であった青い蝶の髪留めをよくしていたという。
「彼女は、只管愛する男の帰りを待った・・裏切られている事にも気づかずにね。」
「それは、一体・・」
「彼女の恋人は、戦地で病に罹って、向こうに住む女と夫婦になったのさ。」
「それで?」
「あの女は、崖から飛び降りて死んじまった。でも夜な夜な崖まで男を誘き出して殺すようになったのさ。」
だから、青い蝶の髪留めをした女を見かけても、決して追い掛けてはいけないよーエイミーはそうトシに釘を刺すと厨房へと消えていった。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「は、はい!」
トシは今日もアーサー坊ちゃまのおむつを縫い、奥様の愚痴を聞いた。
「トシ、はいこれ。」
奥様はそう言うと、トシに小遣いをくれた。
「これで好きな物でも買いなさい。」
「はい。」
トシはエイミーの夕飯の買い出しに付き合うついでに、初めてお屋敷の外から出た。
町は、活気に溢れていた。
「あたしはパン屋に行くから、あんたは本屋にでも行っておいで。」
「はい。」
トシはエイミーとパン屋の前で別れ、本屋へと向かった。
本屋は、少し町の外れにあった。
「いらっしゃい。」
店主は、眼鏡を掛けた優しそうな老人だった。
「あの、今日は・・」
「今日は、君が読みたい本が入って来たよ。」
「ありがとうございます。」
トシは、奥様から頂いた小遣いで本代を払った。
「気を付けて帰るんだよ。」
「はい。」
本屋から出たトシは、パン屋の前でエイミーと待ち合わせして、お屋敷へと戻った。
「今夜はゆっくり出来そうですね。」
「そうだね。夏の社交期はまだ先だし、暫くゆっくり出来そうだよ。」
エイミーがそう言いながらジャガイモの皮を包丁で剥いていると、レイチェルが何処か慌てた様子で厨房に入って来た。
「どうしたんだい、レイチェル?そんな顔をして?」
「うちの人が・・」
レイチェルの夫で町の教師だったトムが、海辺で遺体となって発見された。
「どうして、こんな・・」
「可哀想に・・」
トムの遺体の首には、エリート同じ刺し傷があった。
「魔物の仕業よ。」
「エイミーさん、あれは?」
トムの葬儀に参列していたトシが、突然葬儀の最中に意味不明な言葉を喚き散らしている老婆を見た。
「あぁ、あの人は海辺の家に住んでいるマリー婆さんさ。頭がちょっとね・・」
エイミーは、そう言うと己のこめかみを人差し指でさした。
「そうですか・・」
「エリーに続いてトムまで・・何で、良い人ばかり・・」
トシがレイチェルの自宅へと向かうと、そこには彼女の親族達が集まり食事の支度をしていた。
「レイチェル、何か食べないと。」
「何も食べたくないの。寝室で休んでいるわ。」
レイチェルはそう言うと、そのままダイニングルームから出て行った。
「トムさんは、どんな人だったんですか?」
「優しい人だったよ。子供達からも慕われていたよ。」
エイミーは、そう言いながら汚れた食器を洗った。
「トシは働き者だね。それに、手先が器用だし。」
「そうですか?」
「奥様が、何であんたに坊ちゃまの世話を任せたと思う?」
「俺が、子供だからですか?」
「あんたを信頼しているからだよ。」
「そうですか・・」
「まぁ、あんたはまだここへ来て日が浅いから、色々と教え甲斐がありそうだよ。」
「はぁ・・」
「そうだ、このお茶をダイニングに持って行っておくれ。」
「はい。」
トシが茶と茶菓子を載せたワゴンをダイニングルームへとひいていくと、中から女達の声が聞こえて来た。
「レイチェルも可哀想に。あの年で未亡人なんて・・」
「子供が居ないから、気楽で良いんじゃない?」
「まぁ、ね・・」
「それにしても、ねぇ・・ハノーヴァー伯爵家は呪われているのかしら?」
「きっと、あの髪留め女の呪いよ!」
「ねぇ、レイチェル戻って来るのが遅くない?」
「そうねぇ。」
「失礼致します、お茶とお茶菓子をお持ち致しました。」
「あら、可愛い子ね。」
「見ない顔ねぇ。坊や、お名前は?」
女性達はトシの顔を物珍しそうに見た後、彼を質問責めにした。
「ねぇ坊や、お茶とお茶菓子はわたし達が頂くから、レイチェルの様子を見て来てくれないかしら?」
「はい、わかりました。」
トシがレイチェルの寝室へと向かい、ドアをノックしようとすると、中からレイチェルの悲鳴が聞こえた。
「やめて、お願い・・」
「レイチェルさん!?」
トシが寝室の中に入ると、レイチェルはベッドの上に仰向けになって倒れていた。
「レイチェルさん・・」
彼女も、首を刺されて失血死していた。
「誰か、誰か来て下さい!」
「レイチェル!」
「誰か、お医者様を!」
奇妙な連続殺人事件は、結局犯人が見つからないまま事件の捜査は打ち切られた。
季節は夏を迎え、ロンドンは社交期を迎えた。
トシ達は奥様達と共に、ロンドンへと向かった。
初めて見るキング=クロス駅は、この前行った町よりも活気に溢れ、混沌としていた。
「さ、早くしな!」
「はい・・」
「モタモタするんじゃないよ、遅れちゃうよ!」
エイミーはトシの手をしっかり握ると、キング=クロス駅から出た。
「これ位で騒いでいたら、ロンドン暮らしは勤まらないよ!」
「わかりました。」
「まぁ、ロンドンでまた変な事件に遭わなきゃいいけど。」
辻馬車に揺られながら、エイミー達はハノーヴァー伯爵家のタウンハウスへと辿り着いたのは、昼前の事だった。
「みんな、奥様が今日はゆっくり休むようにってさ!」
「良かった!」
「移動距離が長かったからねぇ。」
「そうだねぇ。」
「俺、部屋に荷物置いてきますね。」

トシはそう言うと、使用人用の寝室に入って荷物を置いた後、そのままベッドの上で眠ってしまった。

気が付いたら、もう夜になっていた。
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