1963(昭和38)年の第14回では平均視聴率81.4%をマークし8000万人が観たと言われるほど隆盛を極めた紅白も、今は昔。看板が大きいだけに変革も難しいのだろう。しかしそれでも、ネットの配信など視聴スタイルが多様化する中でなお30%を越える視聴率をマークするのだからまだまだ「関心度の低い番組」というわけでもない

>紅白歌合戦 過去最低の視聴率34・3% SNS世代狙うも“目玉不足”
1/3(月) 5:59配信/2022

2021年大みそか放送のNHK紅白歌合戦の視聴率が低迷している。80年代の昔から紅白の視聴率低迷は何かと話題にのぼるようになったが時代の流れには抗えないということか。
黎明期の紅白 最初はラジオ番組として産声
イメージ写真(2011年撮影)
紅白歌合戦が始まったのは1951(昭和26)年。第二次世界大戦の終結から約6年後ということになる。ただしこの時はテレビジョン放送ではなくお正月のラジオ番組だった。テレビ番組としてのスタートは1953(昭和28)年の第4回からで、放送日も大みそかとなった。会場は日劇(日本劇場)だった。
その後、紅白は国民的番組として着々と回を重ねていく。1954(昭和29)年の第5回には美空ひばりや春日八郎が初出場。美空はやはり初出場の雪村いづみ、2度目の出場の江利チエミとの三人娘が話題となった。翌1955(昭和30)年の大みそかには民放(ラジオ東京テレビ=TBSの前身)が負けじと同時間帯に男性軍・女性軍の男女対抗形式とした歌番組「オールスター歌合戦」を生放送するなど、テレビの世界自体がどんどん盛り上がっていく。1956(昭和31)年には紅白の出場歌手が50組となり、最初の黄金時代が到来した。
レコード大賞と共存共栄 テレビ黄金時代の紅白
1960年代から70年代にかけては高度成長の勢いとシンクロするようにテレビが一家に一台普及していきカラー放送もスタート、テレビ番組が完全に芸能の主役にのぼりつめた。大みそかの紅白も、まさに一年間の歌謡界の総決算といえる大イベントとして定着した。この時代に少年期を過ごした筆者も学校が冬休みになり大みそかの一家団欒のメインイベントとしての紅白の存在の大きさを体感してきた一人だが、この時代は今ほど娯楽に多様性もなく老若男女を問わずその年のヒット曲を共通して知っていた。子どもはじめ若い世代が応援するアイドル歌手、親や親以上の世代が応援するベテラン歌手や演歌歌手、そして誰もが知るその年のヒット曲が紅白を構成していた。だからこそ出場歌手がそれぞれのその年の持ち歌を歌う“歌合戦”が盛り上がったのだろう。
そして日本の芸能界、歌謡曲といえば、もう一つ落とせないのが1959年に始まった日本レコード大賞だ。最初のうちはそれほど注目を受けなかったが、70年代に入ると紅白と並ぶ大みそかの国民的番組となった。いわば共存共栄の関係にあり、レコード大賞に出演した歌手が番組終了後に大急ぎで紅白の会場へ向かう様は年末の風物詩だった。
潮目の変わったバブル以降 紅白の迷走始まる
70年代の終盤から80年代にかけての日本は経済発展の結果物質的にはある程度満たされたため、人々の関心は徐々に心の豊かさやゆとりある生活を求める方向へシフトしていく。
この80年代には日本はバブルへと向かっていくが、テレビは一家に一台というより一人に一台でも驚かれない時代となり、娯楽の好みも大みそかの過ごし方も“個人化”が進んだ。大みそかに家族みんながテレビを前に勢揃いして料理をつつきながら一年の思いを語らい同じ番組を観る、という「絵」はまさに絵に描いた餅になっていった。好景気と反比例するかのように日本レコード大賞への関心は低下、歩調を合わせるように紅白も次第に迷走を始める。
昭和から平成へと移り変わった90年代には年末の賞レースから紅白へという流れは求心力を失い、逆に賞レースや権威的なものを意識せずに音楽活動をするアーティストがどんどん増えていった。ミュージシャン系のアーティストは紅白に出場するより辞退するほうがイメージに合っている、という時代に突入した。“歌謡曲”は若い世代の間では半ば死語となりJ-POPが取って代わる。この頃からすでに昭和感覚での歌合戦は時代に合わなくなっていた感は否めない。
これからの紅白 どう生き残っていくか
紅白も手をこまねいていたわけではなく、海外のアーティストを中継で参加させるなどその時々でさまざまな手は打ってきた。今回は若者寄りにシフトしたというが視聴率の低迷を打開するには至らなかったようだ。
1963(昭和38)年の第14回では平均視聴率81.4%をマークし8000万人が観たと言われるほど隆盛を極めた紅白も、今は昔。看板が大きいだけに変革も難しいのだろう。しかしそれでも、ネットの配信など視聴スタイルが多様化する中でなお30%を越える視聴率をマークするのだからまだまだ「関心度の低い番組」というわけでもない。今後どのような工夫が見られるか。紅白がどう生き残っていくのか見守りたい。 (文・志和浩司)