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前編記事『日本の医療はめちゃめちゃハイレベル…「超高精度ロボット手術」のスゴイ進化』では、最先端のロボット技術により、その操作を見事にこなす名医たちの存在によって、遠隔地でも日本の手術が飛躍的に上がる可能性についてお伝えした。後編では、すい臓がんと戦い続ける医師たちの奮闘をお伝えする。
【写真】名医たちが実名で明かす「私が患者なら受けたくない手術」
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尾道から始まった
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「沈黙の臓器」と呼ばれるすい臓のがんは早期発見が難しく、見つかったときには手の施しようがないケースが多い。
ステージ4の5年生存率はわずか1.6%。数あるがんのなかでも最もやっかいだ。そんな最恐最悪のステルスキラーに立ち向かうハンターたちの存在を知っているだろうか。
広島県尾道市。古くから映画や文学の舞台となってきたこの情趣溢れる海街で、すい臓がんと戦い続ける医師がいる。JA尾道総合病院副院長で内視鏡センター長の花田敬士氏だ。
「すい臓がんの最後は本当に辛いものになります。痛みはもちろんのこと、おなかが張り、食べることもできない。人間に想定されるすべての苦しみがある。だからこそ、早期発見で救いたい。また、私のなかに『予後が一番悪いがんを自分の手でやっつけたい』という思いがあったんです」
足音を立てずに近寄る病魔をどうすれば仕留めることができるのか。
「死病」に立ち向かうために、花田氏が立ち上げたプロジェクトが「尾道方式」だ。
'07年に始まったこの取り組みは診療所の段階で、すい臓がんの兆候が「わずか」でも見られる患者を精密検査を目的に中核病院に回すというシステムである。
患者にとって最初の窓口である診療所の協力が肝になるが、現実は簡単ではなかった。すい臓がんの検査にはリスクが伴うからだ。特に花田氏が当時行っていたERCPという内視鏡を使ってすい管の状態を見る検査は合併症を起こすリスクがあり、重症化することもあった。
「患者が合併症を起こしたらどうするつもりだ!」
協力を呼びかけた診療所の医師から厳しい言葉が出たこともあった。しかし花田氏の地道な努力と、身体的負担が少ないEUS(超音波内視鏡)が広まり始めたことで徐々に検査への抵抗が薄れ、協力を得られるようになっていった。また尾道独自の環境にも助けられたという。花田氏が言う。
「尾道には病院と診療所が密に連携をとり、患者さんが医療体制から漏れないようにする強力なネットワークがありました。これは尾道医師会の会長だった片山壽先生が始めたものです」
いまから20年ほど前、片山氏は診療所から中核病院に患者を回すとき、「紹介状一枚」しか情報を共有しないことに疑問を持った。
そこで患者が入退院する際に病院と診療所の関係者が参加する情報共有のためのカンファレンスを積極的に開くことにした。そうすると、患者の予後が改善するばかりでなく、医師間のつながりが強くなる。この関係が尾道では続いているのだ。花田氏が言う。
「尾道には『廿日会』という会もあります。開業医や勤務医などが毎月20日に市内の大きな旅館に集まり、お酒を飲みながら情報交換するのです。私もその場ですい臓がんの早期診断への協力を呼びかけていました」
プロジェクトに参加する尾道市の開業医が言う。
「実際、私が花田先生に紹介した患者が早期発見で助かったこともあり、本当に感謝しています」
花田氏が実績を積み重ねるのと同時に、尾道方式は全国各地で広がりを見せていった。'14年から尾道方式をモデルに、早期発見に取り組む鹿児島県の南風病院の副院長・新原亨氏が言う。
「他のがんと違い、どういう検査をすれば早期発見できるのかという手法が確立できていないだけに、尾道方式は画期的なプロジェクトなのです」
では、実際のところどうやって尾道方式の検査は行われているのだろうか? すい臓がんの精密検査は手当たり次第に行えば良いというものではない。
EUSのような比較的安全な検査方法が登場してきたとはいえ、さらに精密な検査の場合、リスクは増大する。広島赤十字・原爆病院の古川善也院長が言う。
「検査によってはすい炎になってしまうリスクがある。稀にですが、すい炎には死亡例もあります」
4倍強の早期発見率
だからこそ、患者の狙いを絞り、すい臓がんを駆逐しなければならない。しかし最初に検査の必要性をジャッジする診療所にはすい臓がんについての専門性はないことがほとんどだ。そこで実施されているのが、すい臓がんの危険因子を分かりやすく点数化する試みだ。
全国各地に散らばるすい臓がんハンターの一人、大阪府岸和田市の坂本内科小児科医院院長の坂本洋城氏は「すいがん拾い上げのチェックリスト」を考案した。これは次の項目で合計2点以上あった場合に精密検査に回すというものだ。
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・上腹部の痛みや異常な体重減少(1点)
・糖尿病発症または急激な糖尿病の悪化(1点)
・血液検査によるすい臓の酵素の値の上昇(1点)
・腫瘍マーカー検査の値の上昇(1点)
・腹部エコー検査の異常(2点)
・家族に二人以上すい臓がんがいる(2点)
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坂本氏が言う。
「すい臓がん診療ガイドラインを参考に作りました。多過ぎると、開業医の手間が多くなり、紹介率が下がることを考え、項目は絞っています」
町の診療所から、すい臓がんの疑いがある患者たちが中核病院に集まってくる。ここからが花田氏たち、すい臓がんハンターの腕の見せ所だ。
花田氏が60代女性患者を診たときのことだ。
その女性は糖尿病を患っていたわけではない。家族にすい臓がんがいるわけでもない。そしてCT検査でも異常がなかった。しかし、花田氏は腹部超音波検査でのわずかな異常をきっかけに、腹部MRI検査ですい管狭窄を認めた。
さらにEUSで、すい管狭窄の周りに淡い低エコー領域(画面上にうっすら映る黒い箇所)を発見したのだ。明らかな腫瘍は認められないものの、さらなる精密検査を行うと結果は陽性。手術の結果、ステージ0のすい臓がんだったという。花田氏が言う。
「EUSは画像を読み取る能力が求められる。すい臓の場合、胃や腸のように直接見ることができないですから。この画像診断にはどうしても修練が必要です。我流での向上は難しく、当院にも全国から勉強したいという先生が来られています」
戦いが始まって15年、成果は出ている。'20年の全国集計で診断時にステージ0だった患者の割合は1・2%だが、尾道方式に限っては4倍強の5・2%の患者をステージ0の段階で見つけていた。
尾道方式は今後広島県全域で展開される予定であり、関西や九州のほかに首都圏の自治体も導入に動き始めているというが、まだまだ花田氏は満足していない。
すい臓がんを撲滅するため、ハンターたちの戦いはこれからも続く。 『週刊現代』2022年2月19・26日号より