原水爆禁止2013年世界大会国際会議 2013年8月3日広島市
アルマス・ディシュク在日カザフスタン大使館参事官
親愛な参加者の皆さん、来賓の皆さん、
世界大会に私たちを招待してくださった主催者に感謝します。この会議の重要性と緊急性はいくら強調しても、しすぎることはありません。この会議はカザフスタン国民にとっても非常に重要で、敏感な間題を取り上げています。カザフの国民は、核兵器実験の深刻な影響を身をもってあますところなく経験したからです。
国連によれば、カザフスタンのセミパラチンスク核実験場では、1945年以降、全世界で行われた核実験の4分の1近くが行われました。その合計回数は2000を超えます。1949年から1989年まで、456回の核実験がセミパラチンスクで実施され、その中には120回以上の大気圏核実験が含まれます。その総破壊力は広島原爆の2500倍でした。
その結果、カザフスタンの核実験は150万人以上に影響を及ぼしました。そしてドイツの全面積に匹敵するほどの広大な地域を汚染しました。
ソ連の指導部と軍産複合体の激しい抵抗にもかかわらず、ヌルスルタン・ナザルバエフ・カザフスタン大統領は国がまだ独立していなかった1991年8月29日に政令をだし、世界最大のセミパラチンスク核実験場を閉鎖しました。
この史実はカザフスタン国民の意思を表すものであり、世界文明にとって大変重要です。セミパラチンスク核実験場が閉鎖された後、カザフスタンが示した先例と世界の行動のおかげで、ネバダ、ロプノール、ノバヤゼムリヤの核実験場も活動を停止したのです。核「クラブ」大国は核実験を禁止する文書に調印し、核実験モラトリアムを守ると約束しました。
長い年月を経て、ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領の賢明で勇気ある措置の歴史的意義はさらに明らかになりました。2009年から8月29日は、国連によって国際核実験反対デーとして宣言されています。
ご存知のように独立時、カザフスタンは、膨大な量のソ連時代の軍備を受け継ぎました。その中には1,040発の大陸間弾道ミサイルに装てんする核弾頭、および戦略爆撃機に搭載される巡航ミサイル用の370発の核弾頭が含まれていました。この軍備はイギリス、フランス、中国の核兵器を合わせたより多かったのです。
ナザルバエフ大統領の決断のおかげでカザフスタンは世界最大の核実験場を閉鎖しただけでなく、全ての核兵器とその運搬手段を国から排除しました。
独立時代以来カザフスタンと大統領は、不拡散と軍縮におけるリーダーシップを一貫して示してきました。
ATOMプロジェクトはナザルバエフ大統領が始めた新たな取り組みで、世界の核軍縮をめざす21年以上にわたる決意と行動の集大成です。このプロジェクトを通じて、私たちは核大国にカザフスタンの示した手本にしたがって、既存の核軍備を解体し、それによって世界から核の脅威を取り除くようもとめるとともに、全ての国に対し、条約の批准、国際的な監視ネットワークヘの資金提供と支持を含め、包括的核実験禁止条約を支持するように呼びかけています。
またナザルバエフ大統領の新しい取り組みである、核兵器条約に向かう重要な一歩として、国連による世界非核化宣言の採択への支持を呼びかけています。
お集まりのみなさん、セミパラチンスク核実験場で40年にわたって実施された核実験は、国民の人道的、社会的、経済的状況と環境に悪い影響を及ぼしました。
これらの核実験の影響は今でも実験場付近に住む人々の健康に悪影響を及ぼしています。今日では核実験被害者の70%が、最初に核実験の放射性降下物で被ばくした人々の子どもや、孫たちです。
独立を果たして以降、カザフスタン政府は核実験被害者の杜会復帰に取り組み、実験場地域の住民に経済的、社会的支援を提供してきました。いくっかのセミパラチンスク地方問題対策のための重点計画を決定し、カザフ国会は核実験被害者の杜会的保護法を採択しました。
国際社会の支援を得て、カザフスタンは核実験の影響を受けた人々の電子データベースを作成しました。電子登録簿もつくられました。これに登録された人は,それぞれかかりつけのリハビリセンターや病院で医療や治療を受けられ、福祉手当などを受け取ることができます。
現在までに、登録して被害者手帳と医療記録がある人は194,124人になります。そのうちの約90%はカザフスタンの東部の出身、10%はパブロダール地方の出身です。毎年放射線医療環境学研究所は登録簿を更新するとともに、登録者を1万人ずつ増やしています。
セミパラチンスク実験場で核実験が実施された後には、重大な環境への影響が観測されました。
この地方にしかない多様な動植物も被害を受けました。核爆発の場所の周辺の広大な土地は、いまだに住んだり生産をおこなったりすることができません。
国連のデータでは、カザフスタン政府は1999年から2010年までに政府援助として6億ドルをセミパラチンスク地方に提供しました。しかし、この地方の社会、経済、環境の再建には、本格的長期にわたる国際援助が必要です。
国際世論はカザフ国民の悲劇に心を寄せてきました。国連総会は2009年4月25目採択の総会決議63/279号で、世界にセミパラチンスク地方の環境、杜会、経済、人道再建のためのさらなる支援を呼びかけました。
1997年から2009年までに国連は同様の決議を6回採択しています。
日本政府と国連開発計画が1999年に開催したセミパラチンスクに関する東京国際会議で、国連加盟国は国際ドナーを募集し、共同行動を組織することで、カザフスタンの核実験の影響除去を支援し、地域の住民と環境の再建を援助する可能性に合意しました。
セミパラチンスク核実験被害者支援の主要なドナーは欧州連合、日本、イギリス、ノルウェー、スイス、ユニセフ、アメリカの国際開発庁、韓国国際協力庁、欧州安全保障協力機関、カザフスタン赤十字杜、カナダ国際開発庁です。
2010年、国際原子カ機関(lAEA)は元セミパラチンスク核実験場跡地の経済的転崩のアセスメント・プロジェクトを完了しました。これに関しては2012年から2015年までのlAEAとカザフスタン政府とのさらなる協力の計画があります。
1993年以降、アメリカはカザフにセミパラチンスク核実験場の影響の除去とソ連から引き継いだ核兵器インフラ解体を支援しています。またナン・ルガール計画として知られる脅威削減協力計画の枠内で、いくつかの防衛措置に関して協カしています。この計闘はその提唱者であるアメリカの政治家サム・ナンとリチャード・ルガールにちなんでこう呼ばれているのです。
カザフスタンは、ソ連の核実験の影響をなくすためカザフスタンを支援し、この地方の人間と環境の再建を支えてくれている国際社会に感謝しています。
同時に、カザフスタン国民は今後も国際杜会からの、なによりも数十年にわたる冷戦をつうじてカザフ国民にさまざまな苦難をもたらした世界の軍拡競争の主要な当事者である核大国からの的を絞った人道援助の継続・強化に期待しています。カザフスタン政府と国際社会全体は、核実験被害者の生活再建とセミパラチンスク核実験場の環境回復に多大な努力をしてきました。
しかし、この間題は解決には程遠い状況です。私たちにはカザフスタン政府の核爆発の影響を克服し、セミパラチンスク地方の経済成長と持続可能な開発を保証する努力を続けていく上で人道援助がまだ必要で、それを期待するものです。私たちは国連総会が加盟国に呼びかけた、カザフスタンのセミパラチンスク復興の努カヘの支援が、国際杜会の全ての国の指導者に闘き届けられることを期待しています。
最後に、この世界大会が世界の核実験被害者の存在を再び想起させ、各国政府にこれら被害者の救済と核実験で汚染された環境の再建への支援により活発かつ具体的に取り組むよう奨励することを確信して、発言を終わります。
ご清聴ありがとうございました。
アルマス・ディシュク在日カザフスタン大使館参事官
親愛な参加者の皆さん、来賓の皆さん、
世界大会に私たちを招待してくださった主催者に感謝します。この会議の重要性と緊急性はいくら強調しても、しすぎることはありません。この会議はカザフスタン国民にとっても非常に重要で、敏感な間題を取り上げています。カザフの国民は、核兵器実験の深刻な影響を身をもってあますところなく経験したからです。
国連によれば、カザフスタンのセミパラチンスク核実験場では、1945年以降、全世界で行われた核実験の4分の1近くが行われました。その合計回数は2000を超えます。1949年から1989年まで、456回の核実験がセミパラチンスクで実施され、その中には120回以上の大気圏核実験が含まれます。その総破壊力は広島原爆の2500倍でした。
その結果、カザフスタンの核実験は150万人以上に影響を及ぼしました。そしてドイツの全面積に匹敵するほどの広大な地域を汚染しました。
ソ連の指導部と軍産複合体の激しい抵抗にもかかわらず、ヌルスルタン・ナザルバエフ・カザフスタン大統領は国がまだ独立していなかった1991年8月29日に政令をだし、世界最大のセミパラチンスク核実験場を閉鎖しました。
この史実はカザフスタン国民の意思を表すものであり、世界文明にとって大変重要です。セミパラチンスク核実験場が閉鎖された後、カザフスタンが示した先例と世界の行動のおかげで、ネバダ、ロプノール、ノバヤゼムリヤの核実験場も活動を停止したのです。核「クラブ」大国は核実験を禁止する文書に調印し、核実験モラトリアムを守ると約束しました。
長い年月を経て、ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領の賢明で勇気ある措置の歴史的意義はさらに明らかになりました。2009年から8月29日は、国連によって国際核実験反対デーとして宣言されています。
ご存知のように独立時、カザフスタンは、膨大な量のソ連時代の軍備を受け継ぎました。その中には1,040発の大陸間弾道ミサイルに装てんする核弾頭、および戦略爆撃機に搭載される巡航ミサイル用の370発の核弾頭が含まれていました。この軍備はイギリス、フランス、中国の核兵器を合わせたより多かったのです。
ナザルバエフ大統領の決断のおかげでカザフスタンは世界最大の核実験場を閉鎖しただけでなく、全ての核兵器とその運搬手段を国から排除しました。
独立時代以来カザフスタンと大統領は、不拡散と軍縮におけるリーダーシップを一貫して示してきました。
ATOMプロジェクトはナザルバエフ大統領が始めた新たな取り組みで、世界の核軍縮をめざす21年以上にわたる決意と行動の集大成です。このプロジェクトを通じて、私たちは核大国にカザフスタンの示した手本にしたがって、既存の核軍備を解体し、それによって世界から核の脅威を取り除くようもとめるとともに、全ての国に対し、条約の批准、国際的な監視ネットワークヘの資金提供と支持を含め、包括的核実験禁止条約を支持するように呼びかけています。
またナザルバエフ大統領の新しい取り組みである、核兵器条約に向かう重要な一歩として、国連による世界非核化宣言の採択への支持を呼びかけています。
お集まりのみなさん、セミパラチンスク核実験場で40年にわたって実施された核実験は、国民の人道的、社会的、経済的状況と環境に悪い影響を及ぼしました。
これらの核実験の影響は今でも実験場付近に住む人々の健康に悪影響を及ぼしています。今日では核実験被害者の70%が、最初に核実験の放射性降下物で被ばくした人々の子どもや、孫たちです。
独立を果たして以降、カザフスタン政府は核実験被害者の杜会復帰に取り組み、実験場地域の住民に経済的、社会的支援を提供してきました。いくっかのセミパラチンスク地方問題対策のための重点計画を決定し、カザフ国会は核実験被害者の杜会的保護法を採択しました。
国際社会の支援を得て、カザフスタンは核実験の影響を受けた人々の電子データベースを作成しました。電子登録簿もつくられました。これに登録された人は,それぞれかかりつけのリハビリセンターや病院で医療や治療を受けられ、福祉手当などを受け取ることができます。
現在までに、登録して被害者手帳と医療記録がある人は194,124人になります。そのうちの約90%はカザフスタンの東部の出身、10%はパブロダール地方の出身です。毎年放射線医療環境学研究所は登録簿を更新するとともに、登録者を1万人ずつ増やしています。
セミパラチンスク実験場で核実験が実施された後には、重大な環境への影響が観測されました。
この地方にしかない多様な動植物も被害を受けました。核爆発の場所の周辺の広大な土地は、いまだに住んだり生産をおこなったりすることができません。
国連のデータでは、カザフスタン政府は1999年から2010年までに政府援助として6億ドルをセミパラチンスク地方に提供しました。しかし、この地方の社会、経済、環境の再建には、本格的長期にわたる国際援助が必要です。
国際世論はカザフ国民の悲劇に心を寄せてきました。国連総会は2009年4月25目採択の総会決議63/279号で、世界にセミパラチンスク地方の環境、杜会、経済、人道再建のためのさらなる支援を呼びかけました。
1997年から2009年までに国連は同様の決議を6回採択しています。
日本政府と国連開発計画が1999年に開催したセミパラチンスクに関する東京国際会議で、国連加盟国は国際ドナーを募集し、共同行動を組織することで、カザフスタンの核実験の影響除去を支援し、地域の住民と環境の再建を援助する可能性に合意しました。
セミパラチンスク核実験被害者支援の主要なドナーは欧州連合、日本、イギリス、ノルウェー、スイス、ユニセフ、アメリカの国際開発庁、韓国国際協力庁、欧州安全保障協力機関、カザフスタン赤十字杜、カナダ国際開発庁です。
2010年、国際原子カ機関(lAEA)は元セミパラチンスク核実験場跡地の経済的転崩のアセスメント・プロジェクトを完了しました。これに関しては2012年から2015年までのlAEAとカザフスタン政府とのさらなる協力の計画があります。
1993年以降、アメリカはカザフにセミパラチンスク核実験場の影響の除去とソ連から引き継いだ核兵器インフラ解体を支援しています。またナン・ルガール計画として知られる脅威削減協力計画の枠内で、いくつかの防衛措置に関して協カしています。この計闘はその提唱者であるアメリカの政治家サム・ナンとリチャード・ルガールにちなんでこう呼ばれているのです。
カザフスタンは、ソ連の核実験の影響をなくすためカザフスタンを支援し、この地方の人間と環境の再建を支えてくれている国際社会に感謝しています。
同時に、カザフスタン国民は今後も国際杜会からの、なによりも数十年にわたる冷戦をつうじてカザフ国民にさまざまな苦難をもたらした世界の軍拡競争の主要な当事者である核大国からの的を絞った人道援助の継続・強化に期待しています。カザフスタン政府と国際社会全体は、核実験被害者の生活再建とセミパラチンスク核実験場の環境回復に多大な努力をしてきました。
しかし、この間題は解決には程遠い状況です。私たちにはカザフスタン政府の核爆発の影響を克服し、セミパラチンスク地方の経済成長と持続可能な開発を保証する努力を続けていく上で人道援助がまだ必要で、それを期待するものです。私たちは国連総会が加盟国に呼びかけた、カザフスタンのセミパラチンスク復興の努カヘの支援が、国際杜会の全ての国の指導者に闘き届けられることを期待しています。
最後に、この世界大会が世界の核実験被害者の存在を再び想起させ、各国政府にこれら被害者の救済と核実験で汚染された環境の再建への支援により活発かつ具体的に取り組むよう奨励することを確信して、発言を終わります。
ご清聴ありがとうございました。