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「行人」

 夏目漱石の「行人」は、『兄さん(一郎)の苦しむのは、兄さんがなにをどうしても、それが目的(エンド)にならないばかりでなく、方便(ミインズ)にもならないと思うからです。ただ不安なのです。したがってじっとしていられないのです。兄さんは落ち付いていて寐(ね)ていられないから起きると言います。起きると、ただ起きていられないから歩くと言います。歩くとただ歩いていられないから走(かけ)ると言います。すでに走(か)けだした以上、どこまで行っても止まれないと言います。止まれないばかりなら好いが刻一刻と速力を増してゆかなければならないと言います。その極端を想像すると恐ろしいと言います。冷や汗が出るように恐ろしいと言います。怖くて怖くて堪らないと言います。』という激烈な心の不安を抱えた一郎の姿を、弟二郎の目を通して描かれている。
 これは漱石が46-47歳のときに書かれた作品である。ちょうど今の私と同じ年齢であるが、彼我の違いを比べて落胆するためにこの作品を持ち出してきたのではない。一郎の『死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない。』という懊悩が今の私にあるのでもない。ただ、この作品の中に挿入されている逸話で私の心にずっと残っているものを、ここに載せてみようと思っただけである。
 
 『私がまだ学校にいた時分、モハメッド(マホメット)について伝えられた下のような話を読んだことがあります。モハメッドは向こうに見える大きな山を、自分の足元へ呼び寄せてみせるというのだそうです。それを見たいものは何月何日を期してどこへ集まれというのだそうです。
 期日になって幾多の群集が彼の周囲を取り巻いた時、モハメッドは約束どおり大きな声を出して、向こうの山にこっちへ来いと命令しました。ところが山は少しも動きません。モハメッドは澄ましたもので、また同じ号令を掛けました。それでも山は依然としてじっとしていました。モハメッドはとうとう三度号令を繰り返さなければならなくなりました。しかし、三度言っても動く景色の見えない山を眺めた時、彼は群集に向かって言いました。―――「約束どおり自分は山を呼び寄せた。しかし山のほうでは来たくないようである。山が来てくれない以上は、自分が行くより仕方があるまい。」彼はそう言って、すたすた山の方へ歩いていったそうです。』
 
塾で子供たちと接しているときにこの逸話をよく思い出す。塾に来る目的は勉強が分かるようになるためだ。それが塾の唯一の存在理由だ。しかし、通ってくる生徒は千差万別で、すぐに私に打ち解けてくれる子、なかなか心を開かない子と一人一人違う。それを千篇一律に一斉授業をして済ませることは私にはできないため、塾を始めたときから今に至るまで、個別指導を行っている。個人授業ではなく、ある程度の人数を一室に集め、一人一人の勉強を見ていくという、いわば集団で家庭教師をやっているような授業形式をとっている。だが、それだけでは指導が徹底しない。自分からここが分からないと言える生徒と言えない生徒がいるからだ。何も言わない生徒はえてして、分かっているものと見なされてしまい、いつの間にか本当に分からなくなっていしまう。そうした恐れを避けるために、私は常々、自分のほうから進み出て、ノートをチェックしたり、声を掛けたりして、分かったふりをしているだけではないかどうかを点検している。
 
 私が「行人」を初めて読んだのは高校に入ってすぐぐらいだったと思う。その時にこの一郎の「塵労」(最終章の題名ーー仏教用語で『煩悩』の意)を理解できるはずもなく(今でもできない)、ただただ、これほどまでに己を突き詰めて考える人も存在するのだなとある意味感動したのを覚えている。頭のどこかでは私にはこんな不安など一生縁がないはずだと思っていたせいもあって、彼の不安について深く考えなもしなかったが、上に挙げたモハメッドの逸話だけは妙に心に残り、その後の私の人生に多大な影響を及ぼしてきた。塾を始める時に個別指導の形をとったのも、根底にこの話の影響があったし、何か問題が起こったときには自分のほうからできるだけ歩み寄ろうとしてきた。それが己の心の脆弱さからくることも時にはあるだろうが、できるだけ自ら相手に近づこうとしてきたつもりだ。
 だが、そこで相手が拒否すればそれはそれで仕方がない。それ以上歩みよることは己を卑下するようで私にはできない。
 その境界をどこにおくか、それが難しいところだが・・・

 
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言葉

 私たちの思いを伝え合う手段は、言葉しかない。見つめあったり、体を寄せ合ったりして思いを伝えることはできるが、最後には言葉に頼ってしまう。しかし、この言葉というものは甚だ不十分な道具である。言葉は先天的なものではなく、後天的なものであるため、生まれ育った環境がどうしても言葉に反映されてしまう。一つの言葉に対して、基本的な意味は普遍的であるにしても、語感というべきものは個人個人によって異なるため、己の心を伝えるのに使った言葉の意味が、己が伝えたいままに相手に伝わらないことは往々にしてある。その齟齬が、人間関係の軋轢を生む原因となるのだが、それは言葉の持つ性質上どうしようもないものであろう。そこで生じた心のすれ違いを埋めようとする努力が私たちには常に必要であるし、それを怠ってしまったら、その関係はそこで終わってしまう。「見ている風景が違うから」などとステレオタイプな言葉で関係を断ち切るのは容易なことであろうが、そんな分かりきったことを盾にされては、言われた方は如何ともしがたく、無念さが残るのみである。
 しかし、悲しいことに言葉によって生じたすれ違いを埋め合わせる手段として、私たちには言葉しかないのである。不完全なものが原因で生じた溝をその不完全なものを使って埋め合わせるーーそうした不条理とも思える作業をすることでしか私たちは分かりあえない。しかし、そうした労力を払って分かり合おうとするのが、社会生活を営む私たち人間に与えられた宿命なのであろう。私たちは相手を分かりたいし、相手に自分をわかってほしい。
 私は妻との間に言葉など要らないと、若いころは幻想を抱いていた。「以心伝心」「阿吽の呼吸」などというものが私たちの間では当然のことであり、言葉など介在させる必要はないと思っていた。離れて暮らしていた間はそうした思いも許されていたが、一緒に暮らすようになったら、そう簡単なものではないと言うことが次第に分かってきた。それは長い間かかってやっと私に理解できたことだが、結婚生活において、「こんなことはやっても当然だ」と思い込むことは相手への勝手な甘えであり、相手のことなど何も考えていないことにすぎない。私と妻との関係がギクシャクしたときは必ずと言っていいほどこれが原因となっていた。「言わなくても分かる」、なんてことを勝手に思い込んではいけない。「言わなくちゃ分からない」という気持ちでやっていかねばならない、そのことが分かるまでずいぶんかかった。「以心伝心」の幻想から脱出できるには、本当に時間がかかった。
 今、私は妻と話すときには、自分なりにできるだけ多くの言葉を使ってきちんと説明しようとしている。面倒くさいなどと思ってはいけない、そうしなければ分かり合えないんだから、と殊勝な考えで接している。それは妻が物分りが悪いというのではなく、逆に物分りがよすぎていらぬ邪念を起こさせないためである。そういう点で、確かに私は辛抱強くなった。しかし、妻からは言葉がきついといつも不満を言われる。もっとやさしい言葉遣いをするようにと注意され続けている。妻にそういわれるたびに思い出す、大岡信の言葉がある。

 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。  『言葉の力』

美しい言葉を見つけるのはなかなか難しい。しかし、汚い言葉なら簡単に出てくる。人を罵倒し、軽侮し、嘲笑する言葉、それは簡単に見つけることができるし、口元まで出てくる。それが私たちの本性なのかもしれないが、その言葉をそのまま口にしてしまうか、ぐっと飲み込むか、そこに人間の真価があるように思う。そうしたいわば負の言葉の魔力に負けないだけの人間としての心の力を鍛えていくことが何より大切なのであろう。

 汚い言葉は耳にしたくない。
 汚い言葉を発するようなことはしたくない。

まだまだ修行が足りないなあ。
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読経

 書店に行くと、仏教関係の本が実に多くなっているのに気づく。特定の宗派に基づいたものではなく、仏教全般から生きるヒントのようなものを導き出した本が多い。私も何冊か読んでみたが、なるほどと思われる言葉も多く、なかなか興味をそそられる。私はいたって宗教とは無縁の生活をしているから、余計にそう感じるのかもしれないが、時には精神的な支えとして、こうした書物から心に残る言葉を集めておくのもいいかもしれない。
 私の今手元にあるのは、「ひらがなで読むお経」(大角修・編著、角川書店)である。この本は、

 お経の解説書では、まず難解な仏教用語の説明に力を注がざるをえないのだが、言葉の意味がわかるかどうかは、じつはそれほど重要なことではない。お経は意味がわからなくても唱えるものであり、読誦の声にこそ言葉の力がこもる。

という主旨で書かれているため、経文の読みを大きくひらがなで表記してある。それを声に出しながら読んでみると、不思議なことに心が落ち着いてくる。私は、「般若心経」なら、ところどころはつっかえながらも何とか読経できる。ここに「般若心経」のひらがな読みを記しながら、今一度唱えてみようと思う。
 まずは、漢字表記、

「摩訶般若波羅蜜多心経」
 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 
 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識
 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 
 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道
 無智亦無得 以無所得故 菩提薩捶 依般若波羅蜜多故 
 心無罫礙 無罫礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三貌三菩提
 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 
 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経

「まかはんにゃはらみったしんぎょう」
 かんじーざいぼーさつ
 ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー
 しょうけんごーおんかいくう
 どーいっさいくーやく
 しゃーりーしー
 しきふーいーくう くうふーいーしき
 しきそくぜーくう くうそくぜーしき
 じゅーそうぎょうしき やくぶーにょーぜー
 しゃーりーしー ぜーしょーほうくうそう
 ふーしょうふーめつ
 ふーくーふーじょう ふーぞうふーげん
 ぜーこーくうちゅう
 むーしき
 むーじゅーそうぎょうしき
 むーげんにーびーぜっしんにー
 むーしきしょうこうみーそくほう
 むーげんかい
 ないしーむーいーしきかい
 むーむーみょう やくむーむーみょうじん
 ないしーむーろうしー
 やくむーろうしーじん
 むーくーしゅうめつどう 
 むーちーやくむーとく
 いーむーしょーとくこー
 ぼーだいさったー
 えーはんにゃーはーらーみーたーこー
 しんむーけいげー
 むーけいげーこー むーうーくーふー
 おんりーいっさいてんどうむーそう
 くーぎょうねーはん
 さんぜーしょーぶつ
 えーはんにゃーはーらーみーたーこー
 とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
 こーちーはんにゃーはーらーみーたー
 ぜーだいじんしゅー
 ぜーだいみょうーしゅー
 ぜーむーじょうしゅー
 ぜーむーとうどうしゅー のうじょーいっさいくー
 しんじつふーこー
 こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー
 そくせつしゅーわつ
 ぎゃーてー ぎゃーてー
 はーらーぎゃーてー はらそうぎゃーてー
 ぼーじーそわかー
 はんにゃーしんぎょう

写経というものもある。書店では「般若心経」を写経する本も売られている。しかし、262文字を写すのは相当の根気がいるようで、私にはできそうもない。それよりも声に出して唱えたほうがずっと早いし、簡単だ。今、読経しながらひらがなを打ち込んでみて、リズムのよさに改めて驚いた。
 意味など何もわからずとも、歌うように読経していると心が落ち着いてくる。不思議だ・・・
 

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おお!

 昨日、わが町はお祭りだった。町内ごとに子供獅子が出て、わが町の産神ともいうべき神社まで練り歩いた。といっても、少子化の昨今、お供の大人の数の方が多くて、獅子の面をかぶった一団を見ると、少しばかり寂寥感を覚える。私の塾舎が、町内の獅子元(子供獅子の出発点)となっているため、朝早くから子供たちの歓声がこだました。私の町内は、まだ子供が多いほうで、昔の賑わいはないまでもそこそこの人数は集まって、この辺りでは立派な集団を作っている。写真に撮ろうと思ったのだが、うまくいかなかったので、獅子の面だけを撮ってみた。
 

子供たちのはっぴ姿はかわいい。鉢巻をして太鼓を叩きながら「ワッショイ」と声を張り上げながら歩く姿は祭り気分を盛り上げる。小学生までしか参加資格がないため我が家ではずいぶん以前からはっぴ姿の子供たちを見ることはできなくなった。それでも、朝早くから花火が上がり、ちょっと町に出れば人出がいつもとは違う。私もついつい妻と犬の弁慶を連れて、散歩に出かけてしまった。
 近くの公園が、メイン会場であるはずなのに、人がまったくいない。変だなと思いながらも、普段は見られない陶製の大きな塔が公開されていたので写真に収めた。

 
 
妻が弁慶とじゃれあっているところを写真に撮ってやったが、まったくもって愉快な女ではある。前日の、草剛の「父帰る」について、「う~ん、て感じかな。共演の舞台役者さんたちは、原作の時代背景などをしっかり頭に入れて舞台に臨んでいるに決まっているのに、剛だけ分かっていないのがミエミエなのよね。帰りの新幹線でパンフレットを読んだら、剛が『君は現代人だね』って言われたと書いてあったから、やっぱり分かる人にはわかっちゃうんだなと思った。『鎌田行進曲』のヤス役がすごくよかったから、それと比べると・・・私もそれからいくつか舞台を見てきて少しは目が肥えたせいなのかもしれないけど・・・あんな過密なスケジュールで、舞台をやるのが間違っているとは思うんだけど、板の上に立ったらそんな言い訳はできないから・・」などと、いっぱしの評論家めいたことを言う。「そう考えるとあの二人芝居はすごいと思う。何回でも見たいと思うもの」と、藤原君の舞台を褒め称える。まあ、それなりの月謝は十分払ったはずだから、それくらいの理屈は言ってもおかしくないとは思うのだが・・
 家に戻って、昼食がてら買い物に行こうということになった。私は本屋に問題集を探しに行かなければならないし、妻はGパンが欲しいという。少し前なら、必ず子供たちが一緒だったのが今ではもう休みでも二人きりだ。寂しくもあるけれど、妻のヨタ話を聞いていれば気がまぎれるからさほど気にはならない。昼食を終え、妻のGパンを買いに行った。私はGパンなどあまりはいたことがなく、あまり好きではないため、めったにそういう店には行かないが、妻のお供でついていった。妻が試着している間に私もぶらぶらと店内を徘徊してみたのだが、思わぬ逸品に出会ってしまった。

 

なんとまあ、豚さんが梅の花とともに描かれたアロハシャツがあるではないか!!「おい、おい、竜虎の母さん、こんにちは」、と私が思う間もなく、そのアロハシャツがレジに置かれていた!!無意識の行動ながら、妻が「これいいね」と言ったものだから、「うん、なかなかのものだ」と訳の分からぬ言葉とともにカードを差し出してしまった。
 これはいったいどういうことか、毎日豚さんマークを見慣れたせいなのか、それとも生来のバカからきているのか・・・今年、私はアロハシャツを集めようかなと密かな野望を抱いている。短パンにアロハシャツ、日本の、愛知県の夏の定番はこれでしょう、となるよう一生懸命普及に力を注いでいきたいと思っている・・・なんちゃって。
 
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私の宝物

 私の部屋はなんだかくすんでいる。朝起きるとすぐ部屋を出て、深夜帰宅するまでほとんど入らない。読みかけの書物と、飲み干したビールの缶が散乱している、雑然とした部屋である。しかし、私以外の者が入ってくることはめったにないため、自由に使える気楽な部屋である。この部屋にはPCがないため、寝る前のひと時を心静かにすごせる利点もある。部屋のそこここには私の宝物とも言うべきものが置いてあって、それを眺めているだけでも落ち着く。そうしたものを写真にとって並べてみれば、私がどういうものを心の糧にしているかがわかるかもしれない。
 まず、1m以上もある大きなパネルが書棚に立てかけてある。中に入っているポスターは、私のヒーロー、松田優作の写真である。これは優作の10回忌の時に10000冊限定で発売された写真集「dance」の中にあったポスターをスティールの額縁に入れものだが、シリアルナンバーも付いていて私の秘蔵品である。

  
それと、DVD。ビデオテープは何十本とあるが、あまりきれいではないので、写すのをやめた。TVドラマ「探偵物語」のDVD・BOXがないのは、ファン失格であるような気がするが、そのうち必ず買おうと思っている。
 次は、同じパネルでも、星飛雄馬と矢吹丈のそれぞれのワンシーンを描いたものもある。
 

 これらは2、3年前に隔週で刊行された「ジョー&飛雄馬」を全号買って、不朽の名作を何年かぶりに楽しんだ際に、いくらかお金を払って買ったものである。星飛雄馬のバックに書かれている言葉は、坂本龍馬の言葉であると紹介されているが、実際には龍馬の言葉としては残されていないそうで、梶原一騎の創作かもしれないという記事を読んだことがある。しかし、真偽のほどは定かではない。ジョーの方は、ホセ・メンドーサとの死闘を終えてコーナーに座っている最後のシーンである。私はこの時のジョーは死んでいないとずっと思っている。誰に聞いてもジョーは死んだと言うが、私は死んでいないと信じている。
 この二人が私の漫画のヒーローであるとするなら、ヒロインは「あずみ」である。

2週間ほど前に、WOWOW で初めて、上戸彩が演じる「あずみ」を見た。まあまあ楽しめたが、原作と比べてしまうとずいぶん平板で深みがない。ただ、オダギリ・ジョーは素晴らしいと思った。美女丸という、人の断末魔の苦しみを見るのが何より好きだという殺人鬼を演じて、素晴らしい存在感を示していた。「あずみ2」のDVDも出ているが、彼が出ていないから見ようかどうか迷うところだ。
 いい年をして、漫画の話で熱くなっては笑われるかもしれない。それなら、とばかりに生身のヒーロー、松井秀喜のグッズを出そう。

 

これは、2003年、松井がヤンキースに入団した年に買ったものだが、今までに2回しか袖を通したことがない。最初は、送られてきた日にうれしくてこのユニホームを着て外へ食事に行ったところ、周囲の注目を集めて恥ずかしくて仕方なかった。2回目は、ヤンキースが東京ドームで試合をした2004年の開幕戦に気合を込めて着ていった。それ以来、ずっとシーズン中は壁にかけて松井の活躍を祈っている。シーズンが終わると、クリーニングに出しているが、今年は何とか10月いっぱいこのユニホームを壁にかけておけるような活躍をしてくれるよう毎日応援している。
 最後に、実はこれこそが私の真の宝物である。

 

漱石全集、鴎外全集、芥川龍之介全集、志賀直哉全集、太宰治全集。見ているだけで、うっとりしてくる。この他にも、カミュ全集、ドストエフスキー全集、サルトル全集、中原中也全集、大岡昇平全集、澁澤龍彦全集などが書棚に並んでいる。
 部屋の中には、大小あわせて6つか7つの書棚が並んでいるが、悲しいことにすべての本を読みきっていない。これではただのマニアだ。死ぬまでかかっても読みきれるはずもなく、さらに見境もなく新しい本をどんどん買ってしまうので、たまっていくばかりだが、何とか1冊でも多く片付けていかねばならないと思っている。
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電話予約

 暖かくなってきた。日中は上着が要らないくらいだ。半袖で歩いている気の早い若者も見かけた。ぽかぽかして、暢気な気分になる。しかし、昨日の妻は朝からピリピリしていた。昼の12時からチケットの予約のために電話をしなければならないから、それまでにいろいろな用事を済ませなければと意気込んでいた。喫茶店に行き、買い物をし、娘に送る小包を郵便局にもって行って、家の掃除、昼食の用意、といつものペースの2倍の速さで動いた。私もそれに付き合って、ちょっと忙しかったが、ヤンキースが4連勝、松井が開幕以来9試合連続ヒット(最近三振が多いのがちょっと気にかかるが)と喜ばしいニュースが朝起きると待っていたものだから、気軽にお供をした。
 また何のチケットかと思ってたずねたところ、今度は稲垣吾郎の舞台だそうだ。まったく忙しい。稲垣吾郎は娘が大ファンであるから、二人で観に行く予定らしいのだが、娘の都合で東京まで行かれる日が週末に限られているため、チケットを取るのはなかなか難しいだろう。しかも共演が大竹しのぶ、段田安則、ともさかりえと、話題の舞台になるため電話が殺到してうまくとれないかもしれないと、妻は不安そうな顔をしていた。チケット屋とかにも怠りなく手をまわしてあるようだが、果たして首尾よくいくだろうか。
 その舞台の題名は「ヴァージニア・ウルフなんてこわくない?」というのだそうだ。HPに行ってストーリーを読んでみた。

  結婚23年目を迎えた大学教授夫妻ジョージとマーサ(段田&大竹)。
  結婚生活の惰性と幻滅の毎日の中で、二人はある刺激を求めていた。
  ある夜、マーサの父である学長主催のパーティから泥酔気味で帰宅した二人  は、パーティで知り合ったばかりの新任の助教授夫妻ニックとハネー(稲垣&と もさか)を自宅に招き入れる。
  この初対面同然の若いゲストの面前で、ジョージとマーサはお互いの不満を爆 発させ、激しく罵りあい、その露悪的な振る舞いはエスカレート。
  やがて、その矛先は若夫婦にも向けられ、否応なくこの狂気のゲームに巻き込 まれていく。
  眠りを忘れた長い夜に繰り広げられる壮絶な戦い。果たして、彼らに夜明けは 訪れるのか?!

これだけではよく分からない。アメリカで映画化されていて、DVDも出ているようだから、きっと妻は買うんだろう。それを見せてくれればいいが、きっと意地悪するに決まっている。それにしても、ヴァージニア・ウルフがどう関係しているんだろう。

 12時過ぎに私が自宅に戻ると、妻が携帯と家の電話を駆使して、ひと時も休まず、電話している。私が「どうだ?」と話しかけても、首を横に振るだけだ。いつものことだが、こういうときの妻は鬼気迫るものがある。離れていくか、一緒に電話をしてやるか、二つに一つだが、昨日は手伝ってやることにした。自分の携帯を
出して昼食を食べながら、30分ほどずっと電話してみたが、まったくつながらない。NTTの録音されたどこかのおばちゃんの声が「お掛けになった電話は現在大変込み合っております・・・」と空しく繰り返すだけだった。
 「お願い!」と妻が大声を上げた。「TVぴあを買ってきて。そこに載っている電話番号のほうが通じやすいらしいから」と私に500円玉を渡す。「ふ~ん、じゃあ、おつりはお駄賃ね」「いいから、早く!!」とせきたてられて家を出て、コンビニまで走って行った。サークルKに置いてなかったら、他の店にも行かなけりいけないかなと思っていたが、運良くあった。「よし、お駄賃だ」と、食後のデザートを探してみた。「TVぴあが270円だから、230円までのもので・・」などと探すうちに、いい物を見つけた。「マンゴーレアチーズ」、うまい具合に230円、注文どおりだ。これを食べて、竜虎の母さんに「おいしゅうございました」と報告しようと、勇んでお金を払った。
 妻に「はい」とTVピアを渡して、早速「マンゴープリン」を食べてみた。う~~ん、おいしい。なんだか甘くて、みずみずしくてとにかくおいしい。マンゴーってこんなにおいしかったっけ、とびっくりするような味だった。


 しばらくたって、妻に結果をたずねたところ、6月18日の日曜日のチケットがとれたと嬉しそうに答えた。その日の朝に家を出て、その日に帰って来るそうだ。娘も京都から、直接東京に向かう予定らしい。めでたい、めでたい。
 でも、よく考えれば、妻の道楽に付き合って電話し、使い走りのお駄賃で買ったデザートを喜んでいる私が一番めでたいんだろうな・・・

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思うこと

 なんだか、近頃の天気のように気持ちが晴れない。何でだろう。新学期も始まってそろそろ授業は軌道に乗り始めた。妻は相変わらず元気で、今週末は草剛の「父帰る」を観に行く。息子は自分なりに計画を立て、受験モードに突入しつつある。中学受験のときはあんなに頼りなかった息子が、自分で考えられるようになったことは成長の証として喜ばしい限りだ。娘は週に3回実験が入ったとかで、相変わらず忙しそうなふりをしている。父は父で、毎日畑仕事に精を出しているようだ。これだけ見れば「平穏無事な家庭ですね」、の一言で終わってしまいそうだ。確かにそうだろう。こんなふうに家族一人一人がそれぞれ自分のやるべきことを決め、それを淡々とこなしていく日常こそが幸せのもとなんだろう。
 こうした日常の繰り返しが途切れたとき、人は今までの平凡な暮らしがどれだけ得がたいものであったかを悟るものだ。私は母が亡くなったとき、それを身をもって知った。母が生きていること、それはほぼ永遠に続くような錯覚を持って、それをごく当たり前のこととして暮らしていた。それがもろくも崩れ去ったとき、しばらくはその事実を受け入れることが難しかった。当たり前のことが当たり前でなかった、その驚きが先にたってしまい、呆然と狼狽するばかりだった。
 
 なんでもないような事が 幸せだったと思う。
 なんでもない夜の事 二度とは戻れない夜
                  「ロード~第二章」 THE 虎舞竜
 
 今の私は何を困るでもなく、毎日を暮らしている。それで十分ではないか、それ以上に何を望むのか、と己に問いかけてみても、漠として虚空に思いは漂うのみ。これでいいじゃないか、と己の心を慰撫してみてもどこかでそれを肯んじようとはしない。そんな鬱屈がこのところ続いている。なんだかつまらない、なんだか腹が立つ、そんな心理が。
 以前、そうしたときにはボードレールの言葉を呪文代わりに呟いてみる、と書いたことがある。

   Anywhere out of the world!

今そんな呪文を毎日繰り返しているわけではない。別にこの世の果てに行きたいのでもなく、ましてやこの世からドロップアウトしようとも思わない。ただ、なんとなくこの言葉がふっと頭に浮かんでくる。
やはり私のように感情だけで生きているような人間はだめだ。理性で先のことをあれこれ考えながら進めていかなくてはいけない。行き当たりばったりで、その時の気持ちに流されてその場しのぎのことばかりやっていると必ず付けが回ってくる。今はその借金を払わねばならないときなのかもしれない。さあ、どうしよう。じっとして心が穏やかになるのを待とうか、それとも何か憂さ晴らしでもしようか。不惑などとっくに過ぎ、天命を知るべき年に手が届こうとする今、こんな体たらくではどうしようもない。ふっと口元に冷笑が浮かんでしまう。
 
  小人閑居して不善をなす

結局は時間ができたためなのかもしれない。3月の半ば過ぎに高校受験が終わるまで、何も考える余裕などなかった。一心に突き進んでやっとここまでたどり着いた。その気持ちの隙間に生じた迷いなのかもしれない。
 
 それにしても、こんな下らぬ一切を忘れて楽しいことだけを思って暮らしたい。ならば、考えてみようではないか。5月に入ればすぐに従兄弟の娘の結婚式がある。6月は私の誕生日だ。夏休みには京都に行くぞ、必ず行く。9月からは毎日休みなく塾だけど、いいやそんなこと気にするな。ふらふらになるまで塾を頑張ろうではないか。そしたら大晦日だ、大晦日にはこのブログの年越しライブで盛り上がろう!(と今から約束してもいいのかな・・)
 
 よし、この調子だ、なんだか元気が出てきたぞ!
 まあ、なんて単純な男なんだろう・・・



 
   
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成分解析

 成分解析というのがネット上で流行しているらしい。私は、ユリカリさんのブログで知ったのだが、場所を彼女に教えていただいて試してみた。成分を知りたいものの名前を入力するだけだが、とりあえず平仮名で自分の名前を入れてみた。すると、
   「・・・・・・・・」の解析結果
   ・・・・・・・・の78%は魔法で出来ています
   ・・・・・・・・の17%は苦労で出来ています
   ・・・・・・・・の4%はマイナスイオンで出来ています
   ・・・・・・・・の1%は言葉で出来ています
と結果が出た。「なんじゃいこれは??」としばし唖然とした。何で私の78%が魔法でできているんだ、魔法っていったいなんだ?確かに、受験の時期には魔法が使えたらいいのに、明日になったらこの生徒が見違えるように勉強ができるようになるための魔法があればいいのに、と毎日のように思う。だけど、私は魔法使いなんかじゃないし、私一人の力で奇跡を起こすことなんてできない。生徒の必死の努力があってこそ、「奇跡的に合格」なんてこともたまにはあるが、そんなことはなかなか難しい。う~ん、いったいどういうことなんだろうな・・
 ただの遊びの結果にこうまで真剣になる必要もないが、妙に気にかかる。いろいろ考えてみたが、ちょっと思い当たることがあった。受験勉強は、誰にとってもつらい。いくら勉強しても不安はなかなか解消できない。逆に、やればやるほど自分の力のなさばかりが目立ってしまい、壁に突き当たることもしばしばだ。中学受験をする小学生は、包み隠さず心のままを私にぶつけてくる。問題が解けなくて、悔しくて悲しくて泣いてしまう子もいる。そういうときに、どうするか。もちろん生徒一人一人性格も違うし学力も違う。しかし、できるようになりたい、合格したいという気持ちは誰でも同じだ。だから、励ます、とにかく励ます。大丈夫だから、頑張ればできるようになるからと励ます。もちろん、その言葉を素直に受け取る者、グダグダ言う者と様々だが、それでも気持ちを立て直してまたやろうとしてくれる。というより、子供たちにやろうとする気を起こさせるのが私の仕事だ。あきらめない粘り強さを身につけさせるために毎日子供たちを励ます、これが私の魔法だといえなくもない。
 と、ここまで考えて、名前を漢字で入れたらどうなるのだろうと思いついた。同じ結果が出るのだろうか、と試してみたら、
   ・・・・の79%は鉄の意志で出来ています
   ・・・・の8%は玉露で出来ています
   ・・・・の5%はマイナスイオンで出来ています
   ・・・・の5%はお菓子で出来ています
   ・・・・の3%は心の壁で出来ています
とまたまた意味不明の結果が出た。漢字にすると、79%が鉄の意志になってしまうのか。平仮名だと私の主成分は魔法で、漢字だと鉄の意志。よし、ローマ字ならどうだろう。
   ・・・・・・の78%は汗と涙(化合物)で出来ています
   ・・・・・・の8%は赤い何かで出来ています
   ・・・・・・の7%はミスリルで出来ています
   ・・・・・・の5%は成功の鍵で出来ています
   ・・・・・・の2%は理論で出来ています
なんと、今度は78%が汗と涙となってしまった。ますます混迷してしまうが、これ以上やっても埒が明かないから、ここまでで何とか収拾をつけなければいけない。無理にでもまとめよう。
 鉄の意志とは何だろう。私にそんな強いものがあるとは思えない。強いて言えば、1年間このブログを続けようと決めてから今日まで毎日続けてきたことぐらいか。それも達成できたら放棄してしまうかもしれない。どう考えても当てはまらない。
 ならば、汗と涙というのはどうだろう。そんなスポーツ根性マンガみたいな世界とは無縁の生き方をしてきた私だ。そんなもので自分ができていると図々しくも言えた義理ではない。これも当てはまらない。
 ということは、自分から見て己の成分として一番可能性があるとしたら、平仮名で書いた名前の時のものであろう。魔法が主成分なんてインチキくさくて私にぴったりだ。なんだか笑えるが、情けなくもある・・

ちなみに私の妻の名前を平仮名で入れてみた。すると驚くべき結果が出た!!
  ・・・・・・・の65%は勢いで出来ています
  ・・・・・・・の23%は情報で出来ています
  ・・・・・・・の9%はお菓子で出来ています
  ・・・・・・・の3%は成功の鍵で出来ています
65%が勢いだって、笑っちゃう、まったくそのとおり。しかも、23%が情報だなんて、毎日SMAPと藤原竜也の情報集めに忙しい彼女そのものではないか!ひょっとしたら、平仮名で入力するとかなりの信憑性があるのかもしれない。

     
      成分解析はこちら


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結晶モビール

 「科学のタマゴ」10号を買った。結晶の不思議を特集したもので、結晶モビールが付録についている。表紙を見るとなかなかきれいなものが写っていたので、試してみようと思った。モビールを組み立て、付属の薬品を流し込み、何日間か待ってそこそこの形のものができたから、さあこのブログに書き込もうと思って本を探してみたら、ない。自室から持ち出して階段のところに置いておいたのだが見当たらない。おかしいなと思いながら妻にたずねたところ、「捨てちゃった」と答えた。「何を言ってるんだ、箱に本が付いていただろう?そんなもの捨てるなよ!」「おかしいなと思ったけど、ゴミ箱の横にあったから今朝捨てちゃった」とあっけらかんと答える。私は一瞬むっとした。「バカか!」と怒鳴りそうになったが、何故だかこらえてしまった。そんなことを言ったら、「どうせブログのネタにするつもりだったんでしょう」と冷たくあしらわれるに決まっているから、思わずこらえてしまったが、いつからこんな我慢強くなったんだろう。変だな・・
 そういうわけで、実験してみたものの、いったいこれが何で、どうしてこんなものができるのかまったくわからない。できてからゆっくりこのブログに説明を書き込みながら勉強すればいいやと思っていたから、当てが外れて困っている。でも、せっかくやってみたから覚えている範囲でレポートしてみる。

 
私はプラモデルを作るのは結構好きだった。決してうまくはできなかったが、創造する喜びのようなものを感じていたのかもしれない。それなら父の跡を継いで大工になればよかったものを、どこでどう間違えてしまったのかよくわからない。
 モビールの組み立てまでは順調に進んだのだが、そこで一息ついたのがいけなかった。そのままで、1週間以上放置してしまった。毎日気にはなっていたが、だんだん面倒くさくなってしまった。薬品を湯に溶かしてスポイトで小さな皿の1つ1つに注いでいくだけなのだが、何故だかやる気が起こらなかった。ブログのネタに困っていなかったからかもしれない。そうでなけりゃもっと早くに実験していたはずだ。それでも、4、5日前に意を決して薬品を湯に溶かして試してみた。

  
半日から3、4日で結晶が出来上がると書いてあった。どんなものができるのだろう、表紙に載っているようなものができたらいいのにな、と少しばかりわくわくして待っていた。半日ほどでまつ毛のようなものが皿の周囲にでき始めた。


おお、と思ってちゃんと観察しなければ、と思った。確かに思った。しかしすぐに忘れてしまった。2日くらいたって、あっと思い出して置いてある部屋まで行ったら、もうかなりできあがっていた。その後いくら待っても変化がないので、これが最終形なのだろう。思ったほどきれいなものはできなかったが、とりあえず写真に収めてみた。

 
薬品は確か尿素だったと思うのだが、なんにしても本がなくなってしまったのは致命的だ。まだ他にも実験材料は残っているのだが、どうやって使ったらいいのやら分からない。私が「科学のタマゴ」を買って実験するといつもうまくいかない。「不思議生物アルテミア」は大失敗だったし、「プラネタリウム」は何とかできたものの娘に踏み潰されて今はどうなったか知らない・・・
 もうすぐ発売の12号は「アリの足音聴診機」 --- アリなどの昆虫の足音、そのミクロの音をキャッチ、だそうである。買おうかな、どうしようかな。
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Mother’s Lullaby

 母さんのブログに原爆ドームの写真が載せられていた。私は倉敷よりも西へは行ったことがないので、原爆ドームを訪れたことがない。しかし、人間の愚かさ、悲しさを痛感させられる数少ない場所のひとつであり、死ぬまでに一度はいかねばならない所であると思っている。
 その原爆ドームの写真を見ながら、私は中学3年生の英語の教科書に載せられている "Mother's Lullaby" という話を思い出した。原爆が落ちた直後の広島の話であり、子供たちに原爆の悲惨さを伝える貴重な読みものとして今回の教科書改訂でもそのまま残された。以下にその物語を全文載せてみる。

(1) A big, old tree stands by a road near the city of Hiroshima. Through the
years, it has seen many things.
One summer night the tree heard a lullaby. A mother was singing to her
little girl under the tree. They looked happy, and the song sounded sweet.
But the tree remembered something sad.
"Yes, it was about sixty years ago. I heard a lullaby that night, too."

 1本の大きな古い木が広島市の近くの道端に立っていました。何年もの間、それはたくさんのことを見てきました。        
 ある夏の夜、その木は子守唄を聞きました。1人の母親がその木の下で、小さな女の子に歌っていました。彼女たちは幸せそうに見え、その歌はやさしく聞こえました。しかし、その木は何か悲しいことを思いだしました。
 「ええ、それは約60年前のことでした。その夜も私は子守唄を聞きました。」

(2) On the morning of that day, a big bomb fell on the city of Hiroshima.
Many people lost their lives, and many others were injured. They had burns
all over their bodies. I was very sad when I saw those people.
It was a very hot day. Some of the people fell down near me. I said to
them, "Come and rest in my shade. You'll be all right soon."

 その日の朝に、大きな爆弾が広島市に落ちました。たくさんの人が命を失くし、多くの他の人々はけがをしました。彼らは体中にやけどを負っていました。私はそれらの人々を見たときとても悲しかった。
 とても暑い日でした。人々の何人かは私の近くで倒れました。私は彼らに言いました。「私の陰で休みに来なさい。あなたたちはすぐによくなりますよ。」
    
(3) Night came. Some people were already dead. I heard a weak voice.
It was a lullaby. A young girl was singing to a little boy.
"Mommy! Mommy!" the boy cried.
"Don't cry," the girl said. "Mommy is here." Then she began to sing again.
She was very weak, but she tried to be a mother to the poor little boy.
She held him in her arms like a real mother.

  夜が来ました。何人かの人々はもう死んでいました。私は弱い声を聞きました。それは子守唄でした。1人の若い少女が小さな男の子に歌っていました。
 「お母さん!お母さん!」その男の子は泣きました。
 「泣かないで」と、少女は言いました。「お母さんはここにいますよ。」それから彼女は再び歌い始めました。
 彼女はとても弱っていましたが、そのかわいそうな男の子の母親になろうとしました。彼女は本当の母親のように、腕の中に彼を抱きしめました。

(4) "Mommy," the boy was still crying.
"Be a good boy," said the girl. "You'll be all right." She held the boy more
tightly and began to sing again.
After a while the boy stopped crying and quietly died. But the little mother did not stop singing. It was a sad lullaby. The girl's voice became weaker
and weaker.
Morning came and the sun rose, but the girl never moved again.

 「お母さん」、その男の子はまだ泣いていました。
 「いい子になりなさい」、と少女は言いました。「大丈夫ですよ。」彼女はもっとしっかりとその男の子を抱きしめて、また歌い始めました。
 しばらく後で、その男の子は泣くのをやめ、静かに死にました。しかし、小さな母親は歌うのをやめませんでした。それは悲しい子守唄でした。その少女の声はだんだん弱くなりました。
 朝が来て太陽が昇りましたが、少女は二度と動きませんでした。


こんな悲しい話が今も地球のどこかで繰り返されているかもしれないと思うと、つらくてたまらない。
 世界に平和を!!
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