1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【2185話目】秀吉公の中国大返しには、陸路行軍の他に、海路行軍の説が浮かび上がってきた。兵隊は平服で甲冑は箱(約20kの重さ)に入れ、背負うて行軍。2万人分の食料(兵糧)も。海路だとそれらが容易に。

2021-06-10 11:15:28 | 法話

歴女が「住職、歴史探偵で中国大返し、資料は何も残ってないが、船で移動、の痕跡が。2万人移動は無理としても、20キロ近い甲冑、人数分の兵糧だけでも運べれば、大助かりですよね」と。「疑問は、短時間でどうやってその数の船を。そう考えたら、秀吉公はやはり前もって光秀公の謀反を、かな」と。

【追伸】船での行軍が事実なら、短時間でどうやって数多くの船を。当時、瀬戸内海を支配していたは海賊(水軍)。この水軍の多くは毛利氏に味方。その数600艘。対し秀吉公は200艘の船団で備中高松へ。普通に考えれば、海路を通れば悉く海賊の餌食。が、秀吉公、その海賊を寝返らせ、400から600の船の数を持っていたとの事。どちらにしろ、短時間で2万の兵、甲冑、兵糧、を運搬する船を用意するなど、前もって光秀公の謀叛を知っていなければ、こんなにスピーディーな動きは。陸路を行軍したにしても同じ。





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