「大比叡やしの字を引いて一霞」芭蕉34歳 延宝5年(1677)
句郎 この句は『六百番俳諧発句合』に載せてある。
華女 「俳諧発句合(はいかいほっくあわせ)」とは、俳諧発句集ということなのかしら。
句郎 磐城平藩主内藤風虎が江戸藩邸で開催した俳諧発句を競い合う大会があった。開始の左右に発句を一句づつ詠み、判者が判定する。このような俳諧発句合というイベントが江戸磐城平藩邸で開催された。
華女 そのイベントに俳諧師として芭蕉は参加しているのね。芭蕉は誰と戦ったのかしら。
句郎 俳諧師芭蕉は青木春澄と戦った時の句が「大比叡やしの字を引いて一霞」だった。
華女 判者ば分かっているの。
句郎 伊勢久居藩主藤堂任口(とうどうにんこう)だったようだ。
華女 芭蕉の対戦相手青木春澄はどんな句を詠んでいるのかしら。
句郎 「きのふこそ寒ごり見しか水あみせ」と春澄は詠んだ。
華女 何を詠んでいのか、ピンとこない句ね。
句郎 「寒ごり」とは、「寒垢離」の事なんじゃないのかな。
華女 「寒垢離」とは、何なの。
句郎 寒中に寺社に参り冷水を浴びて神仏に祈願することをいうようだ。「寒垢離」は冬の季語になっている。
華女 今では使われなくなった季語のようね。
句郎 この句が左に置かれ、芭蕉の句が右に置かれて判定された。
華女 どちらの句が勝ったのかしら。
句郎 判者の任口は春澄の句を勝と判定したみたい。
華女 芭蕉の句は負けちゃったのね。芭蕉は負けちゃったとくよくよしたのかしらね。
句郎 遊びとは云え、俳諧師にとっては、生活がかかっている遊びだから、真剣勝負だったんじゃないのかな。
華女 春澄の句のどこが良かったのかしら。
句郎 真冬の水浴びに清らかさが詠まれているのがいいということのようだ。
華女 そんなことで判定されていたのね。文学的な評価じゃないように思うわ。
句郎 芭蕉の句には、言葉遊びのようなものがあるよね。
華女 芭蕉の句「大比叡やしの字を引いて一霞」とは、何を言っているのかしら。
句郎 「大比叡や」とは、比叡山のことだと思う。「しの字を引いて一霞」とは、比叡山に霞がたなびている景色を芭蕉は思い出して詠んでいる。
華女 実景じゃないのね。磐城平藩の江戸藩邸で詠まれているのだったわね。
句郎 「しの字を引いて」とは、「一休が比叡山の僧侶等に大きな字を所望され、比叡山から麓の坂本まで「し」の字を書いた」という『一休噺』が伝わっていた。この話を芭蕉は知っていた。この「し」の字を横たえたのが比叡山にかかった霞だと詠んだ。
華女 観客もいたのかしら。
句郎 お客さんがいたんじゃないのかな。お客さんは皆ご祝儀を持って来たんじゃないのかな。
華女 『俳諧発句合』とは、一種の興行だったのね。俳諧師はお客さんを楽しませなきゃならなかったのね。
句郎 俳諧師は元禄のお笑いタレントだったのかもしれない。