醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  888号  白井一道

2018-10-22 11:51:01 | 随筆・小説



  ツワブキが咲いた



 今朝、庭に出た。大きく背伸びし、深呼吸をした。普段、目をやることのない庭の隅に黄色の花を見つけた。ツワブキだ。ツワブキを眺めていると句が湧いた。
 ツワブキや私はいます庭の隅
 一クラス40人、八クラスの授業を担当していた。週に二回、それぞれのクラスの授業に出向く。毎回同じ内容の授業を八回していた。初回の授業は毎回、思うような内容でなかったと研究室に帰り、検討していた。三回目か、四回目かの同じ内容の授業になるとそれなりに自己満足のいく、内容になったとうぬぶれていた。
一週間に二回、新しい内容の授業を展開しなければならない。私が担当した科目は「世界史」だった。高校の教員になって20年間ぐらい、毎日毎日が苦しかった。教材研究に追われていたのだ。一コマの授業をするのに準備する内容は無限にあった。この授業で生徒たちに伝えなければならないことは何か、ということを見つけることが大変なのだ。
 例えば、単元「産業革命」を何駒で行うかを決める。これが大変なのだ。私は三コマに割り振りし、授業していた。一回目の授業はなぜイギリスで産業革命は始まったのかということ。二回目は労働者の出現。資本の原始的蓄積。三回目は資本主義経済が誕生したということ。というように割り振りをして授業をしていた。
 新しい単元での初回目の授業は板書の内容に気を取られ、生徒の顔を見回す余裕などなかったような気がする。
 四回目ぐらいの授業になると徐々に余裕が出てくる。余裕が出てくると生徒の顔が見えてくる。40人の生徒の顔を見渡す。生徒一人一人の顔を見る余裕が出てくる。
 あーあー、私の授業に飽きてきているんだなぁーと生徒の顔を見る。私と目を合わすことはない。うつむいたまま、ただじっと椅子に座っているだけである。あー、何を考えているのかな。私は今、産業革命について話しているのになぁー、私の声は耳に入らず、睡魔に襲われているのかなと教師の私は想像する。そのような生徒を見て、怒る教師がいる。授業に集中しなさいと、厳しく叱責する教師がいる。私は自分の高校時代の頃を思い出し、生徒を叱責することはなかった。私の授業がつまらないからだと反省した。しかしすべての生徒が私の授業、「産業革命」に興味を持って聞いてくれるとは限らない。だから強制して授業を聞かせる必要もないだろうと私は考えていた。寛容ということが大切だと考えていた。
 そうだ。宗教改革後「ドイツの死亡証書」といわれた三十年戦争を終わらせたウェストファリア条約によってドイツにおける宗教戦争は終わりを告げた。カトリックもプロテスタントも自己の主張の正義、正しさを主張せず、互いに相手を認め合うことによってドイツの平和は実現した。
 教室の平和を実現するには、生徒に教師の主張の正しさ、正義を強制しない。一人一人の生徒にはそれなりの気持ちがあり、主張があるのだろう。その生徒の気持ちを認めよう。そんな気持ちだったのか、それとも生徒を叱責するのが面倒だったのか、わからないが私は生徒が居眠りをしていても叱責することはなかった。トレランス、寛容が大切だと自己弁護してやり過ごしていた。
 私の授業を聞いてくれている生徒を探すべく、教室中を眺め渡しているといるじゃありませんか。真面目にノートしている生徒がいる。何人もいるじゃありませんか。ありがとう。ありがとう。こんなつまらない授業をしてごめんねと静かに授業を進めていく。あー、教室の隅に目を輝かして授業を聞いてくれている生徒がいるじゃないか。先生、私、先生の授業を聞いていますよっと、言ってくれているじゃないか、これらの生徒が一人でも多くなるよう頑張らなくちゃならないなぁーと励まされ、研鑽を積もうと背中を押されて教室から出てくる。
 今まで、一度も見向きもしなかった生徒の中に私の授業を受け入れてくれている生徒がいるじゃないかと気づいた時のうれしさは格別のものだった。
 基本的に生徒は優しい。生徒の人格を受け入れる。無条件に受け入れることが大事なんだと私は生徒から教えられていた。生徒に学ぶのではなく生徒に否が応でも学ばされているのだ教師たちは。
 
ツワブキや私はいます庭の隅