ひやおろしのお酒
侘輔 「ひやおろし」の酒、昔の人が待ち焦がれた酒だったらしいよ。
呑助 「ひやおろし」の酒とは、どんな酒をいうんですか。
侘助 昔の酒造りは寒造りといって冬が近づいてくると農閑期になった酒屋者が杜氏に引き連れられて酒蔵に働きに来出た。冬仕込まれた酒が酒樽に詰められて蔵に貯蔵される。厳しい夏であっても酒蔵の中は案外涼しい。春の初めに貯蔵された酒が夏を越して秋になるまで新酒を熟成させる。この熟成させた酒は旨いと云った。酒好きが待ち焦がれた酒が「ひやおろし」なんだ。
呑助 なんで熟成した酒を「ひやおろし」と云うんですか。
侘助 夏を越し、酒蔵の中の気温と外気の気温が同じぐらいになると陽射しと外気の気温による酒の劣化が少なくなる。そこで販売用の小樽に酒を摘めた。これを「ひやおろし」と言ったようだ。
呑助 あー、それで秋あがりの酒を「ひやおろし」と云うですね。
侘助 およそ、半年寝かした酒が美味しいと云われ
ているんだ。
呑助 そうですか。冬、酒蔵で槽(ふね)から絞った酒を柄杓で汲んで飲んだことがあるんですが、美味しかったですね。
侘助 真冬の酒蔵で飲む酒は確かに旨いね。
呑助 新酒より熟成した酒の方が美味いんですかね。
侘助 新酒は新酒の味わいがあるんじゃないかな。酒を飲みなれてくるとやはり、熟成した酒の方が美味いみたいだよ。
呑助 熟成するって、何なんですかね。
侘助 新酒には口に触るものがあるみたいだよ。なめらかじゃないんだ。滑らかな酒の方が咽越しがいいみたいなんだ。
呑助 新酒の角が取れるということなんですかね。
侘助 そうなんだ。新酒には刺々しさがあるようだ。だんだん年を取ってくると人間だって丸くなってくるだろう。丸くなった人間の方が若々しい人より味わいが深いということがあるでしょ。酒だって、人間だった同じなんじゃないかな。
呑助 新酒の酒より、「ひやおろし」の酒の方が味わい深いということなんですか。
侘助 そうだと思うよ。
呑助 じゃー、どんな酒でも寝かした方が美味しくなるんですか。
侘助 うーん、そこが難しいところなんだ。たとえば、飯米で醸した酒と酒造米で醸した酒を飲み比べてみると新酒の場合、ほとんど同じ味わいのようなんだ。ところが口を開け、三・四日もすると飯米で醸した酒の劣化は歴然とするみたいだよ。
呑助 へぇー、そんなもんですか。
侘助 熟成して美味しくなる酒造米があるんだ。吟醸酒メッセに行った時にね。酒造米で一番良いと云われている雄町で醸した熟成した酒と酒造米では有名な山田錦で醸した熟成した酒とを飲み比べてみたら、雄町の酒の方が断然美味しかった。
呑助 どこの酒なんですか。
侘助 岡山県の酒、「歓びの泉」という銘柄の酒だつたかな。酒造米「雄町」にこだわって造っている酒蔵みたいだった。
呑助 酒造米「雄町」は岡山県産の酒造米なんですか。
侘助 そうなんだ。瀬戸内は酒造米の産地なんだ。