醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  893号  白井一道

2018-10-27 07:35:12 | 随筆・小説


  夏草や兵共が夢の跡 元禄二年 芭蕉


句郎 「夏草や兵共が夢の跡」。『おくのほそ道』に載せてある句の中の有名な句の一つだ。
華女 高館で芭蕉が詠んだ句ね。
句郎 いつだったか、金子兜太がテレビで言っていた。この句は大変有名な句だが私は良くないと思う。「夢の跡」が良くないと言っていた。
華女 戦いとか、戦争を肯定するようなイメージを「夢の跡」という言葉に感じたのかもしれないわ。
句郎 金子兜太の青春時代は日本が中国侵略から日米戦争へ向かっていく時
代だったからな。
華女 日本の暗い時代に青春を送った人々にとっては青春を返せと言いたいような気持があったのかもよ。
句郎 金子兜太の句に「夏の山国母老いてわれを与太(よた)と言う」があるでしょ。この句を社会学者の鶴見和子が評価し、笑ったと書いている文章を読んだことがある。
華女 鶴見和子さんと言えば、才能に恵まれた日本を代表するような女性の学者様という感じの人よね。
句郎 鶴見俊輔のお姉さん
だからね。
華女 「夏の山国」とは、秩父のことでいいのかしら。
句郎 金子兜太は秩父出身の人だから。「霧の村石を放らば父母散らん」という句があるでしょ。「霧の村」とは、ゆはり秩父、山国を言っているんじゃないかな。
華女 「山国」という言葉に古さがあるように思うわ。
句郎 そうでしょ。兜太は幼少の頃から、お母さんに「俳句だけはやってはダメだ、あれは与太のやることだからね」と言われて いたと言うからね。
華女 私の親の世代の人たちは俳句に親しむ人たちを与太者として見なすような視線があったということなのかしら。
句郎 短歌に親しむ人は高尚な人、俳句に親しむ人は車夫馬蹄の輩というような意識があったのかもしれないな。
華女 戦争になるとまず最初に犠牲にされるのが車夫馬蹄の輩、下層国民よ。
句郎 下層国民を代表して金子兜太は芭蕉の代表的な句「夏草や兵共の夢の跡」、この句に戦争、戦いを懐かしむ、源氏政権内の内紛によって滅亡した義経を美化している。ここに危険性があるのではないかと金子兜太は警告しているのかもしれないな。
華女 特攻隊を美化するような風潮が今あるから、金子兜太の意見は貴重な発言かもしれないわ。確かに芭蕉の句には戦いを美化するようなところがあるようにも感じるわね。
句郎 芭蕉の句で好きな句は何と、聞くと一つが「夏草や」の句ともう一つが「むざんやな甲の下のきりぎりす」だという人が多いという話を聞いた。
華女 「夏草や」の句と「むざんやな」の句は鎌倉時代の戦いを確かに美化していると言えるようにも思うわ。
句郎 知らず知らずの内に戦争を美化するような気持ちがつくられていくというようなことが進んでいるのかもしれないな。
華女 「夏草や」の句を読むと茂る夏草に騒乱に明け暮れた男たちの姿に心惹かれるからね。
句郎 「むざんやな」の句も芭蕉は「きりぎりす」の鳴き声に今は亡き武士を偲んでいる。