遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『まじめの罠』 勝間和代  光文社新書

2012-06-21 11:00:18 | レビュー
 タイトルに興味を持って読み始めた。著者は上手に「まじめ」という言葉の局面を限定して使っている。その文脈においては、なるほどと納得させる部分がある。それなりにおもしろくかつ興味深く読める本だ。「まじめ」の相をちょっとずらせているのではないかというのが印象に残る。単なる独断かもしれないが・・・
 後は、読者各位でお考えいただくと、勝間流ロジックがわかるだろう。ちょっと突き放してみれば、ロジック展開は単純ですらある。

 まずは勝間流の上手な展開を追っかけていこう。

 著者は、「はじめに」冒頭で、「この本は『まじめな人』に捧げる本です」と述べ、「まじめ」であることを疑ってほしいと言う。
 そして、「まじめな人」はどんな人かについて、定義的な文章を述べている。
 *与えられた課題設定に疑いを持たない人  p15
 *与えられたものに対して逆らわない人   p15
だとし、同じページの記述文脈からは、受動的な態度の人、素直でいる人、従順な人をさしているようだ。
 だが、「まじめ」という語自体については定義が明確になされているわけではない。「まじめな人」とはどんな人かから類推できるという趣旨なのだろうか。(穿ってみれば、「まじめな人」と一般にイメージされる「人」に限定して論じただけなおかも・・・)
 そして「まじめの罠」は著者の造語だと述べ、その意味は、「何かに対して、まじめに、まじめに努力した結果、自分を、あるいは社会を悪い方向に導いてしまうリスクのことを指します」(p13)という。
 ここから、「まじめな人」の行動様式が限定され、その行動に邁進したら発生するリスクが問題なのだと、論理展開のフレームワークが設定されている。読後にスキャンニングで読み返してみて、このフレームワークでなら、私は「まじめな人の行動の罠」という方が論旨としては正確な気がした。

 さて著者造語の「まじめの罠」に陥った事例が冒頭から列挙される。アドルフ・アイヒマンの行動と弁明事例、スタンレー・ミルグラムの「ミルグラム実験」に参加した被験者の人間心理の事例、2011.3.11の東北日本を襲った津波における小学校の先生たちの「まじめな」指導による悲劇の事例(ただし、石巻市大川小学校だけの事例と補足している)だ。そして、自らの体験を加えている。
 これらの事例から、枠組みがなぜか、「日本では」に飛躍して行っているように感じる。そして、日本では「批判的」という言葉がネガティブ・イメージで批判=悪口という感じであり、「健全な疑いをもって事象を読む手法」である「クリティカルシンキングそのものを誰も教えてくれません」と記す。教えるのは、人を疑うな、親に逆らうな、素直に聞く、ひたすら従順であれということを美徳として教えるだけなのだという。それが「まじめの罠」に陥る必然性を生み出していると論じている。だから、「『まじめであることの副作用』が大きいということを知ってほしいのです」(p19)と論理展開を方向づける。
 与えられた課題を疑わず、逆らわずに行動する人が、課題の「すべての前提を鵜呑みにしない」で、健全な疑いをもって課題解決するなら、副作用としてしてのリスクを回避できる。そのためにはクリティカルシンキングの考え方が大事だ。それを学べという主張には納得する。著者は「まじめの罠」にハマるのは、「まじめの罠」というリスク認知に基づき行動する習慣の欠如、そういう能力開発がないところに問題があるとする。

 そこで、本書での論理展開は実にスッキリしている。「まじめの罠」の要因(メカニズム)はなにか、という原因分析(第2章)、「まじめの罠」にハマった場合の害毒、つまり影響分析(第3章)、最後に「まじめの罠」に対する処方箋(第4章)つまり、対策案の提示という展開だ。問題解決ステップの王道である。

 著者は「まじめの罠」にハマってしまう原因には、外部要因と内部要因があるとする。外部要因は、「まじめの罠」を生み出す日本社会式エコシステム(生態系)が社会に埋め込まれていて、この外部要因の環境に囲まれて育つと、「私たちは大局観を育む能力を失ってしまう」(p39)、これが内部要因だと言う。第2章は、この両要因を事例を挙げながら具体的に掘り下げている。
 外部要因は3つの局面にブレークダウンされている。
 ①「お上」(政府や大企業)に責任転嫁する「国民」と、そのために「無謬」を求められる「お上」の相互依存関係
 ②完璧主義--「無謬」だからこそ存在しない「PDCA」サイクル
 ③「PDCA」サイクルで結果を評価したがらないからこそ、「まじめ」というプロセス重視になる罠
 これら3局面が相互に絡み合っているのだという。様々な分野から事例を抽出してこの3つの局面を説明しているので、それなりに解りやすくておもしろい。そういう面があり、そういう解釈ができるかもしれないと思う。

 内部要因は「まじめ」に特化することで大局観不足になる。それは3つのスキルが不足しているからだとする。
 ①ランク主義に染まり、価値観、視野に「多様な視点」がない
 ②「決まり」を疑うような、問題設定能力がない
 ③自分自身を客観視できるようなメタ認知能力がない
だから、「部分最適はとても得意だけれども、そもそも所与の条件が合っているのか、間違っているのか、その疑いを持たないということ」(p72)になるのだ。それが、「大局観の欠如」なのだという。第2章後半は、この3つのスキル不足を事例で説明している。ここの事例もわかりやすくて、納得しやすい事例だ。
 だが、著者は内部要因として「不足、欠如」の結果の方を要因としているが、ここで指摘された能力開発の教育訓練がなされていないことこそ、その原因(要因)になるのではないだろうか。それなら「スキルが不足している」ようにしむけている外部要因ともとれる。内部要因が「人」に潜む側面の原因究明のことなら、不足にとどめる真因は何なのか。そういうとらえ方が必要な気がするところだ。(内部要因って、何? 私はちょっととまどっている。)
 
 第3章では、「まじめの罠」にハマった場合の影響分析(害毒)を個人の側面(当事者)と社会の側面に二分して著者は説明する。どちらも3つのステップで説明している点、著者の論理展開がわかりやすい。結論の要点だけ取り出すと、
 1)当事者に与える害毒  自己欺瞞に陥り、自己を満たすために他者を差別する
 2)社会に与える害毒   社会システム全体の自己修復力を毀損する
ということである。ここでそれぞれ3ステップで展開されている論理はそうなるだろうと思う。この影響分析は、ここの論理展開が要であると思うので、具体的には本書を読んでみてほしい。論理の展開にはめこまれた事例には、一局面での説明のしかたゆえに、ちょっとどうかなと思うものもある。(著者が、その事例を大局的かつ詳細にどうとれているのかは見えないので。)

 最後の第4章で、「まじめの罠」脱出の対応策が6つのソリューションとして提案されている。つまり、
 ①失敗を恐れるな
 ②問題設定を疑え
 ③動物的な勘、身体感覚を養え
 ④独立した経済力を持て
 ⑤自分のまじめさや常識を疑え
 ⑥正しい自己認識を持て
である。第4項を除くと、他の5つのソリューションは、結局、第1章に出てきたクリティカルシンキングという一語で言いかえることができる要素ではないか。クリティカルシンキングの具体的な手法、行動がここに述べられているように私は思う。第4章に「クリティカルシンキング」という言葉は全く出てこないが。第4項は、単に思考実験としてではなく、真に自らの行動を伴い、クリティカルシンキングできるための必須要件でもある。それがなければ、時にはやむなく現状に妥協し、クリティカルシンキングの結果を生かさない選択肢を選ぶ立場になるかもしれないのだから。
 ロジックは単純ですらある、と冒頭に感想を述べたのはこういう印象を抱いたからだ。(私の思い込みか、誤解かもしれないが・・・このあたり、一読しご判断願いたい。)
 この第4章は、上記6つのソリューションについて、著者自身の体験事例も含めながら、項目毎に説明されている。説明はわかりやすい。

 著者は第5項ソリューションにおいて、著者の想定する「まじめ教の信者」に属さないかどうかの自己評価、リトマス試験紙として5つのポイントを挙げている。これに引っかかれば、あなたは「まじめ教の信者」つまり、冒頭で述べられた「まじめな人」の行動パターンに属するかもしれないと述べている。(「かもしれません」と曖昧化しているが・・・)立ち止まって考えてみるべきポイントではある。
 ア)初対面の人と、10分以上会話を続けることができない
 イ)知らない価値観、意見をついつい批判してしまう
 ウ)努力する自分に酔う
 エ)まじめではないのに結果を出している人に対して敵意を持っている
 オ)やたらとメモを取る、話が長い

 こんなところが著者の主張の論点かと思う。
 幅広い分野からの事例抽出、また口コミでないと知り得ないような側面の事例抽出を巧みに組み合わせ、論点を展開しまとめていく勝間流の語り口は上手だなと感じる次第だ。もう一つ、本書でも言葉の使用法に、勝間ワールドがある点だ。勝間流の限定文脈で理解しないと一般用語理解では混乱する場合がある点は注意した方がよい(と、私は感じた)。

 最後に本書から触発されて、考える材料になっている点に触れておきたい。まあ、これは純個人的な意見にすぎないけれど、読後感想の一部である。

*本書のタイトルを見たとき、「まじめの罠」を、「まじめ」についての罠をどう分析するのだろうかと興味を抱いた。私は最初、国語辞典に載っている一般的な概念の意味合いで受け止めて、この語が使われていること自体に関心を持ったのだ。「『まじめ』の『罠』って? おもしろそう・・・」という感じ。
 広辞苑(初版):①まごころのこもっている顔つき。まごころのこもった態度。②誠で虚飾のないこと。本気。
 日本語大辞典 :①本気であること・さま。②まごころのあること・さま。誠実なこと・さま。
 大辞林(初版):①本気であること。真剣であること。また、そのさま。②誠意のこもっていること。誠実であること。また、そのさま。
 読み始めて、著者の限定的な語彙の定義を知り、「まじめ」の使い方で折り合いをつけながら読むということがつきまとった。勝間流「まじめ」に限定しながら読むということである。それで、「まじめな人の行動の罠」という表現が正確ではないかと記した次第だ。

*「まじめ」の美徳は、著者の局面(従順、素直)が含まれるにしても、国語辞典に記されている意味合いがやはりメインではないだろうか。

*著者定義による「まじめな人」の数事例で、日本の実態へと普遍化するのはすこし抵抗感がある。外国との比較調査データ、あるいは国内での調査データがあるのだろうか。この点、データを使うことが得意な著者には、データで語ってほしかった。
 日本に「まじめな人」の傾向が内在化していることには合意する。その点は説得性がある。だが、諸外国でも同様の部分がかなりあるのではないか。冒頭の3事例の内、2つは外国での事例、1つは国内だが、この事例自体はある意味で限定的な抽出事例という見方もできる。すこし、強引な一般化への展開がなされている印象が残る。

*欧米で「クリティカルシンキング」という概念が形成されたのは何時頃なのか。概念化される思考性は何処まで遡れるのだろうか。一つの社会における思考傾向の普遍性という意味合いで。また、アイヒマンの事例のあの時代、ドイツにはクリティカルシンキングするドイツ人はいなかったのか? その意識を抑制あるいは圧殺した結果なのか? ドイツにも不足していたのか?

*「まじめ」「ふまじめ」「非まじめ」という語彙はやはり区別して使う方がわかりやすいのではないか。一般的に「まじめ」の反対用語に「ふまじめ」がくる。この対比と相をずらせた位置に「非まじめ」があるように思う。昔、森政弘氏が「非まじめ」という言葉を確か著書タイトルの一部に使われていたように記憶する。著者は「ふまじめな人」を「柔軟な発想でいろいろな抜け道を探すことができる人」(p50)と定義している。この定義に相当するのが「非まじめ」の発想だったようにと思う。著者は、「ふまじめ」と「非まじめ」をここでは逆に使っているように思う。そう定義するといわれれば、その枠組みで考えればよいのかもしれないが。

*「また、専門家は『細分化の罠』と『これまでの常識の罠』にハマりがちです」(p69)という一文が突然に出てくる。これらの罠は「パワートレイン」事例の書き方でほぼ類推できるが、それ以上の具体的な説明は本書にはない。ここら辺り、もう少し補足説明があると有益だ。専門家でなくても、この罠があてはまるのではないか。

*「東電は、いざというときは保安院が守ってくれるだろうと思って一所懸命、彼らの論理に合わせてきました。ところが、いざ大事故が起こると、東電が責任をなすりつけられる立場になってしまったのです。この際、東電は何もかも洗いざらいバラして反撃すべきでしょう。」(p134-135) どうして、こう言い切れるのか。私には理解できない。
 


ご一読ありがとうございます。

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 本書に出てくる語彙を読みながら、特に再確認したい語彙や気になる語彙を検索してみた。一覧にしておきたい。

アドルフ・アイヒマン :ウィキペディア
ミルグラム実験  :ウィキペディア

Critical thinking :From Wikipedia, the free encyclopedia
Critical thinking Web  
 miniguide-v1.pdf (英語版)ダウンロードできます。

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食料自給率 :ウィキペディア
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混合診療 :ウィキペディア
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年金記録問題 :ウィキペディア
消えた年金 ( 稲増龍夫氏  法政大学教授 )  知恵蔵2011の解説:「kotobank」
「消えた年金問題」関連ページ :「厚生年金・国民年金増額対策室」

ブルー・オーシャン戦略 :ウィキペディア
Blue Ocean Strategy :From Wikipedia, the free encyclopedia
blue ocean strategy website
レッド・オーシャン戦略 :「Accia」
ブルー・オーシャン戦略 :「Accia」


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