遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『錯覚学 -知覚の謎を解く』 一川 誠  集英社新書

2012-12-07 11:57:34 | レビュー
 著者は「はじめに」の冒頭に「百聞は一見にしかず」という言葉を取りあげる。そして、これに対して異議を唱える。「私たちは、観察している対象の特性のうち、限られたものしか直接的に知覚することができない。そればかりか、私たちの眼に見えていることは真実とは限らない。対象について見たり聞いたりして体感できる事柄は、多くの場合、観察対象の実際の特性とは異なるものなのである。」と。
 そして、この「はじめに」の冒頭から、我々の見間違い、見落としについて、集英社新書の表紙そのものを例に取りあげて、立証していく。えっ!と、のっけから引き込むところがうまい。

 「体験された内容と実際が異なることは、総称して錯覚と呼ばれる」(p6)が、本書はこの錯覚がどのように発生しているかを具体的な実験例を豊富に紹介しながら、これでもか、これでもかと、我々の知覚について多角的に分析していく。本書に取りあげられた実験例のいくつかは、多分誰もがどこかで見聞しているものだろう。私自身もああこれはみたことがある。この錯視については知っているというものがあった。しかし、これほど多くの錯視事例を見て、読んだのは初めてだ。自分自身の知覚が如何にごまかされやすい曖昧なものかということがよく体験できた。おもしろい本である。その分析解説を完全に理解できたとはいえないこころもとなさが残っているが、体感するという点では、著者の主張、論点を十分に感じとれたと思う。

 本書は、「はじめに」と「あとがき」「主な参考文献」(大半が外国の論文)の間を7つの章で構成している。目次を並べてみよう。これでこの錯覚学の雰囲気がわかるだろう。
 第1章 「百聞は一見にしかず」と言うけれど
 第2章 人間に「正しく」見ることは可能か
 第3章 二次元の網膜画像が三次元に見える理由
 第4章 地平線の月はなぜ大きく見えるのか
 第5章 アニメからオフサイドまで-運動の錯視
 第6章 無い色が見える-色彩の錯視
 第7章 生き残るための錯覚学

 著者は、見たり聞いたり触ったりすることによって得られる体験を「知覚体験」と称し、対象の物理的特性と知覚体験の間のズレを「錯覚」と定義する。そして、錯覚がどういう局面、次元で起こっているかを実験事例を挙げて例証し、分析を加えていく。
 「この本で取りあげる知覚認知研究が対象とするのは、人間に共通の特性をもつもの、人間であれば、ある程度の再現性がある現象である」(p21)という。俺は絶対に騙されないぞ、と思う方は、まず本書の事例を覗いてみてほしい。自分自身の知覚について、再認識できるはずだ。
 著者は「あくまでも、種としての人間に共通の知覚体験と対象の物理的特性との乖離に限って解説する」としている。あなたが人間という「種」の一員であれば持っている「錯覚」について、取り扱われているのだ。あなたがスーパー・パーソンでないかぎり、「種」としての「人間」であれば、自分の知覚について、本書で楽しめるはずである。私は楽しむことができた。

 本書で事例に取りあげられた「錯視」の事例名称を列挙しておこう。これが全てで、これで終わりということではない。現時点でのこの分野の研究成果が大凡まとめられ、紹介されているにすぎないようだ。日々研究が進展している、つまり新たな視点での錯視が発見されているということになる。
☆幾何学的錯視
 ミュラー・リヤー錯視、ボンゾ錯視、デルブフ錯視、エビングハウス錯視、
 オッペル・クント錯視、ジャストロー錯視、垂直水平錯視
☆角度錯視
 ツェルナー錯視、ブールドン錯視、ヘリング錯視、ヴント錯視、カフェウォール錯視
 傾いた文字列の錯視、枠組み効果
☆形状の錯視
 フレーザー錯視、ポゲンドルフ錯視、
☆写真を見て起こる錯視
 双子の塔の錯視(2008年に発見)、双子の道の錯視、道路写真の角度錯視
☆奥行情報の誤適用で引き起こされる錯視
 ミュラー・リヤー錯視と遠近法、ポゲンドル錯視における遮蔽と単眼領域
 テーブル板の錯視、直方体によるテーブル板の錯視
☆不可能図形:ありえない立体が見える
 不可能の三角形
☆絵画的手がかり
 線遠近法の手がかり、きめ勾配の手がかり、大きさ・距離不変の原理
 陰影の手がかり
☆運動視差
 車窓から見る景色の体験
☆立体感
 線画ステレオグラム、ランダム・ドット・ステレオグラム、オートステレオグラム
 周期的なドット配列、1枚で両眼視差による奥行知覚を生じる図
☆奥行知覚と大きさ
 線画ステレオグラムにおける大きさ手がかり
 両眼視差コントラストを生じるステレオグラム
☆運動錯視
 ラバー・ペンシル錯視、ワゴン・ホイール錯視、仮現運動、運動残効
 オオウチ錯視、ピンナ錯視、運動知覚における「窓問題」
 フレーザー・ウィルコックス錯視、エニグマ、帯状の配置によるエニグマ錯視
 動線による運動表現、矢印を用いた運動表現
☆動いている対象の観察において生じる錯視
 運動表象の惰性(Representational Momentum、略してRM)、フラッシュラグ効果
☆色彩の錯視
 コントラスト錯視、分割された背景でのコントラスト錯視
 コントラスト錯視が起きやすい配置、同化が起きやすい配置、ホワイト錯視
 墨絵効果、ネオンカラー拡散、マッハの本、ログビネンコ錯視
 歪んだモンドリアン図形

 とまあ、こんな具合である。

 著者は錯覚には2つの特性があるという。「知っていても避けられない」こと、及び「いい加減ではない」こと、つまり「対象の物理的特性からの知覚内容のズレ方に規則性がある」(p36)のだ。
 第7章の冒頭で、こうまとめている。「第一に、私たちが今まさに見たり聞いたりしていることは現実とは異なっている。第二に、自分自身の見誤り、聞き誤りの傾向を知っていたとしても、その知識によってその誤りを避けることはできない」(p202)と。
 しかし、「知覚や認知を操作することによって、情報通信の可能性を広げたり、危険を回避したりすることを通して、生活の質の向上が可能になる」(p203)のだとも。
 そして、自分自身の知覚や認知、行動の特性について客観的に把握し認識する「メタ認知」が重要だと説く。その上で、錯誤が致命的な問題に発展しないための道具によるサポートが現代文明社会では重要性を増しているという。
 スポーツ判定における機械化も人間の錯覚の存在を認知することで、正確、公平な判断の為には重要なのだと具体的事例を引く。著者は、錯覚の研究の成果を積極的に利用して行くことを強調している。まずは、メタ認知から始めようという啓蒙書である。
 
 自分の知覚について知る本、そして、掲載事例で「だまされて」楽しめる本だった。

ご一読ありがとうございます。

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さて、ネットで錯覚、錯視についてどんな情報が入手できるだろうか。
ネット検索すると、錯視事例そのものは結構沢山公開されていることに気づいた。
ほんの一部だが、検索範囲で得たものをまずは一覧にまとめておきたい。
本書を手に取る動機につながればおもしろいだろう。その現象が起こるのはなせかを分析し解説してくれているのだから。

錯視 :ウィキペディア
錯視の画像検索結果 → このページはかなり他の項目と重複するけれど・・・・
マインド・ラボ

Optical illusion  :From Wikipedia, the free encyclopedia
Auditory illusion :From Wikipedia, the free encyclopedia
Illusory contours :From Wikipedia, the free encyclopedia
White's illusion ::From Wikipedia, the free encyclopedia

Wolfram Demonstrations Project
以下はこのサイトに掲載の錯視事例。おもしろい!他にもいろいろある。
Are the Lines Parallel?
Flicker Colors
Ames Room
Ehrenstein Contour Illusion
Wheel Illusion
Kanizsa Polygon Illusion

hunch optical illusion
ここにもいろいろな錯視事例が満載されている。
 Leaning tower illusion ←上記本の「双子の塔の錯視」
 Penrose triangle ← 上記本の「不可能な三角形」のカテゴリー
 Young Girl-Old Woman Illusion ←これは心理学の本に出てくる絵の系譜
 Lamp Optical Illusion ←この錯視はsexy!
 Rollers ←自分の目が信じられない

Waterfall (M. C. Escher) :From Wikipedia, the free encyclopedia
 エッシャーの有名な錯視絵画の一つ。
 このページの下の作品リストからエッシャーの年代ごとの作品にアクセスできる。
  M. C. Escher :From Wikipedia, the free encyclopedia

Impossible motion: magnet-like slopes :YouTube
Impossible motion :YouTube
best optical illusions in the world part 1 :YouTube
BEST OPTICAL ILLUSIONS IN THE WORLD! :YouTube
Three women shaking NO. Please don't watch this if you are 15 or under. Old version. :YouTube
Eye Trip :YouTube
GRAN RECOPILACION EFECTOS OPTICOS :YouTube

錯視立体の数理


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