この著者の作品は、ちょっと奇想天外な展開が含まれる作品なので、読むのを楽しみにしている。本作品もそういう点では、期待を裏切らなかった。
山中鹿之介が、尼子家の滅亡のあと、その再興を試みるがその夢が敗れ去るという顛末、つまり山中鹿之介の伝記的ストーリーの中に、平将門に絡み、託身によりしんのうを復活させ世の中を一転させようとする野望を抱く集団の話を絡ませていくという伝奇的空想世界を絡ませていく。主軸は尼子家再興挫折潭であり、第3コーナーを回った辺りから、俄然伝奇的空想世界が大きく広がって行くという展開である。そしてなんと、最後は出雲の阿国の誕生となる。その奇想天外さがおもしろい。
尼子家については、月山富田城の奪還、喪失と絡んだお家再興願望潭である。
月山富田城は尼子家の手を離れ、塩冶掃部介を守護代として支配されている。その2年目の正月、文明18年(1486)元旦、芸事の一座が門付けに城内を訪れることにかこつけて、尼子一族が城を奪還する。この芸事一座が鉢屋賀麻党という不可思議な一団なのだ。この鉢屋賀麻党の大望がじつは「しんのう」を託身により復活させるということ。尼子経久が月山富田城を奪還するためにこの一族と一連託生の道を歩むことが、大きな不幸の原因にもなるという次第。経久が死没し、嫡孫の晴久が尼子家の本家を継承する。
山中鹿之介は、幼少時に山中甚次郎と呼ばれていた。新宮谷に拠館を置く吏部こと新宮誠久(さねひさ)は新宮党を統べる。山中家の次男坊甚次郎は新宮谷の生まれであるが、尼子家の重臣、亀井能登守の養子に出される。これで逆に、讒言により新宮党が滅亡させられる際に、生き残る契機になる。新宮党の粛清を命じたのは尼子家当主晴久だ。その晴久が永禄5年(1562)に死ぬと、家督はその嫡男、義久が継ぐ。
誠久は新宮党滅亡を予期し、直前によちよち歩きの五男・孫四郎に乳母をつけ、小川重遠に託して逃す。この孫四郎が無事に逃げ去る際に、相州乱波の女忍者が関わって来る。相州乱波は鉢屋賀麻党と対立しているのだ。この女忍者が、本作品で大きな役割を担っている。それは、読んでのお楽しみというところ。
新宮党が滅亡するときの経緯から、甚次郎は亀井家から追い出され、再び山中姓に戻って、己の人生を歩んでいくことになる。兄が病弱だったので、甚次郎が山中家の家督を継ぐことになったようだ。
甚次郎は、父、山中三河守満幸の使用した鹿角の兜を譲り受けたのを機に、山中鹿之介幸盛と改名する。山中鹿之介の誕生である。
編年風に、ターニングポイントを抜き出してみよう。
永禄8年(1565)9月 毛利勢が尼子領を侵し、月山富田城が最後の砦の攻防となる。
この時、鹿之介21歳。毛利方、品川大膳との一騎打ちが面白く描写されている。
永禄9年 兵糧攻めの果てに、尼子義久は城を毛利方・吉川元春に引き渡す。
開城により、鹿之介は流浪の身となる。鹿之助は逃げのびた孫四郎の行方を捜す。 永禄12年(1569)5月 京の東福寺で出家していた孫四郎を還俗させ、尼子家の復興を図る。尼子家の旧臣に呼びかけ、一旦、同じ佐々木氏の流れを汲む隠岐為清を頼り、隠岐ノ島に渡る。この時点から、鹿之介の尼子家復活への獅子奮迅の活動が始まると言える。 本書ではこの紆余曲折が展開されていく。このストーリー展開が一つの大きな流れとなって、うねっていく。
もう一つの軸は、月山富田城の攻略のため、荒隈城に居た毛利元就が毒を盛られたというところから、雖知苦斎(すいちくさい)こと曲直瀬道三(まなせどうさん)が登場してくることである。遊芸の輩・銀兵衛と名乗る男が、お国という女児を道三に診てもらうために連れてくる。このお国は脈絶という不可思議な病を患っているのだ。脈がない。『脈経』という医書にすら、治癒法までは書かれていない稀な病気。道三はこの病への治療法発見への深みに入っていく。脈絶の病の持ち主は複数いて、お国は他の病人の代表として、道三の許に預けられることになる。それは、道三の治療法を書いた切紙を得たいがためだった。お国は同病の小次郎を救うために道三の治療法研究に差し出されたモルモットのような位置づけになる。治療法が解らないと、過去の連綿たる経験では脈絶の病の子どもは8つか9つになると、急に倒れて死ぬという。
なぜ、こんな子どもが存在するのか。それがこの作品での伝奇的なところである。「しんのう」復活の大望と関わって来る子どもたちなのだ。京都に戻った道三のところにも、時を経て再び、お国が治療法を知りたいために、送られるという形に展開していく。これが、最後の伝奇的なストーリー展開の基盤になっていく。
図式的に言えば、月山富田城を明け渡した尼子義久は、毛利の監視下で、ある場所に幽閉同然の身となり出家生活に甘んじる。義久の居場所を探索し、義久を奪還して、尼子家の再興を図る道は見いだせない。そこで尼子勝久を擁立して尼子家を再興する作戦を鹿之介はとり、尼子家旧臣を基盤にそれを推進する。尼子家復活推進派と毛利勢との攻防が始まる。
もう一つが、尼子家を「しんのう」復活の梃子にしようと考えていた鉢屋賀麻党の動きだ。行動の方針変更をする一方、「脈絶」の病克服の道を模索しつつ、自らの大望を成就しようと暗躍する。それに対立するのが相州乱波である。平将門系譜の「しんのう」復活に対する主導権争いといえようか。それが如何に異常な状況のもとに進行しているかが、こちらの軸のストーリー展開のおもしろいところである。荒唐無稽な物語の興味津々たる側面である。
この流れは、ある意味で、山中鹿之介の時代に、現代の最先端医学の発想、クローン人間の育成を持ち込み、その人間を野望達成の手段に組込むという奇抜さにあるとも言える。幻想的ですらある。
山中鹿之介が最終的にはこの鉢屋賀麻党の企みに巻き込まれて行くことになる。
最後に、尼子家再興の夢破れ、鉢屋賀麻党の大望敗れ、出雲の阿国が現出するという結果になる。その展開がまさに読ませ所と言える。
この作品、読んで楽しめば十分である。乾緑郎の新骨頂の発露か。理屈ぬきで楽しむとおもしろい。
ご一読ありがとうございます。
関心を抱いた語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
本書とかする程度だが、周辺情報と背景情報を広げて行くと、まあ面白さが加わるもの。
月山富田城 :ウィキペディア
月山富田城跡 :「安来市観光協会」
月山富田城の戦い :ウィキペディア
荒隈城 → 洗合城(荒隈城):「城めぐ.com」
山中鹿之介 → 山中幸盛 :ウィキペディア
山中鹿之介の供養塔 :「鹿之介の館」
山中鹿之介の墓
出雲尼子氏 出自と家系 :「武家の家紋の由来」
尼子経久 :ウィキペディア
尼子義久 :ウィキペディア
尼子勝久 :ウィキペディア
隠岐為清 → 隠岐氏:「戦国大名研究」
毛利元就 :ウィキペディア
中国の覇者、毛利元就
吉川元春 :ウィキペディア
平将門 :ウィキペディア
曲名瀬道三 :ウィキペディア
啓迪集 :ウィキペディア
啓迪集(1):「研医会通信」
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『完全なる首長竜の日』 宝島社
『忍び秘伝』 朝日新聞出版
『忍び外伝』 朝日新聞出版
山中鹿之介が、尼子家の滅亡のあと、その再興を試みるがその夢が敗れ去るという顛末、つまり山中鹿之介の伝記的ストーリーの中に、平将門に絡み、託身によりしんのうを復活させ世の中を一転させようとする野望を抱く集団の話を絡ませていくという伝奇的空想世界を絡ませていく。主軸は尼子家再興挫折潭であり、第3コーナーを回った辺りから、俄然伝奇的空想世界が大きく広がって行くという展開である。そしてなんと、最後は出雲の阿国の誕生となる。その奇想天外さがおもしろい。
尼子家については、月山富田城の奪還、喪失と絡んだお家再興願望潭である。
月山富田城は尼子家の手を離れ、塩冶掃部介を守護代として支配されている。その2年目の正月、文明18年(1486)元旦、芸事の一座が門付けに城内を訪れることにかこつけて、尼子一族が城を奪還する。この芸事一座が鉢屋賀麻党という不可思議な一団なのだ。この鉢屋賀麻党の大望がじつは「しんのう」を託身により復活させるということ。尼子経久が月山富田城を奪還するためにこの一族と一連託生の道を歩むことが、大きな不幸の原因にもなるという次第。経久が死没し、嫡孫の晴久が尼子家の本家を継承する。
山中鹿之介は、幼少時に山中甚次郎と呼ばれていた。新宮谷に拠館を置く吏部こと新宮誠久(さねひさ)は新宮党を統べる。山中家の次男坊甚次郎は新宮谷の生まれであるが、尼子家の重臣、亀井能登守の養子に出される。これで逆に、讒言により新宮党が滅亡させられる際に、生き残る契機になる。新宮党の粛清を命じたのは尼子家当主晴久だ。その晴久が永禄5年(1562)に死ぬと、家督はその嫡男、義久が継ぐ。
誠久は新宮党滅亡を予期し、直前によちよち歩きの五男・孫四郎に乳母をつけ、小川重遠に託して逃す。この孫四郎が無事に逃げ去る際に、相州乱波の女忍者が関わって来る。相州乱波は鉢屋賀麻党と対立しているのだ。この女忍者が、本作品で大きな役割を担っている。それは、読んでのお楽しみというところ。
新宮党が滅亡するときの経緯から、甚次郎は亀井家から追い出され、再び山中姓に戻って、己の人生を歩んでいくことになる。兄が病弱だったので、甚次郎が山中家の家督を継ぐことになったようだ。
甚次郎は、父、山中三河守満幸の使用した鹿角の兜を譲り受けたのを機に、山中鹿之介幸盛と改名する。山中鹿之介の誕生である。
編年風に、ターニングポイントを抜き出してみよう。
永禄8年(1565)9月 毛利勢が尼子領を侵し、月山富田城が最後の砦の攻防となる。
この時、鹿之介21歳。毛利方、品川大膳との一騎打ちが面白く描写されている。
永禄9年 兵糧攻めの果てに、尼子義久は城を毛利方・吉川元春に引き渡す。
開城により、鹿之介は流浪の身となる。鹿之助は逃げのびた孫四郎の行方を捜す。 永禄12年(1569)5月 京の東福寺で出家していた孫四郎を還俗させ、尼子家の復興を図る。尼子家の旧臣に呼びかけ、一旦、同じ佐々木氏の流れを汲む隠岐為清を頼り、隠岐ノ島に渡る。この時点から、鹿之介の尼子家復活への獅子奮迅の活動が始まると言える。 本書ではこの紆余曲折が展開されていく。このストーリー展開が一つの大きな流れとなって、うねっていく。
もう一つの軸は、月山富田城の攻略のため、荒隈城に居た毛利元就が毒を盛られたというところから、雖知苦斎(すいちくさい)こと曲直瀬道三(まなせどうさん)が登場してくることである。遊芸の輩・銀兵衛と名乗る男が、お国という女児を道三に診てもらうために連れてくる。このお国は脈絶という不可思議な病を患っているのだ。脈がない。『脈経』という医書にすら、治癒法までは書かれていない稀な病気。道三はこの病への治療法発見への深みに入っていく。脈絶の病の持ち主は複数いて、お国は他の病人の代表として、道三の許に預けられることになる。それは、道三の治療法を書いた切紙を得たいがためだった。お国は同病の小次郎を救うために道三の治療法研究に差し出されたモルモットのような位置づけになる。治療法が解らないと、過去の連綿たる経験では脈絶の病の子どもは8つか9つになると、急に倒れて死ぬという。
なぜ、こんな子どもが存在するのか。それがこの作品での伝奇的なところである。「しんのう」復活の大望と関わって来る子どもたちなのだ。京都に戻った道三のところにも、時を経て再び、お国が治療法を知りたいために、送られるという形に展開していく。これが、最後の伝奇的なストーリー展開の基盤になっていく。
図式的に言えば、月山富田城を明け渡した尼子義久は、毛利の監視下で、ある場所に幽閉同然の身となり出家生活に甘んじる。義久の居場所を探索し、義久を奪還して、尼子家の再興を図る道は見いだせない。そこで尼子勝久を擁立して尼子家を再興する作戦を鹿之介はとり、尼子家旧臣を基盤にそれを推進する。尼子家復活推進派と毛利勢との攻防が始まる。
もう一つが、尼子家を「しんのう」復活の梃子にしようと考えていた鉢屋賀麻党の動きだ。行動の方針変更をする一方、「脈絶」の病克服の道を模索しつつ、自らの大望を成就しようと暗躍する。それに対立するのが相州乱波である。平将門系譜の「しんのう」復活に対する主導権争いといえようか。それが如何に異常な状況のもとに進行しているかが、こちらの軸のストーリー展開のおもしろいところである。荒唐無稽な物語の興味津々たる側面である。
この流れは、ある意味で、山中鹿之介の時代に、現代の最先端医学の発想、クローン人間の育成を持ち込み、その人間を野望達成の手段に組込むという奇抜さにあるとも言える。幻想的ですらある。
山中鹿之介が最終的にはこの鉢屋賀麻党の企みに巻き込まれて行くことになる。
最後に、尼子家再興の夢破れ、鉢屋賀麻党の大望敗れ、出雲の阿国が現出するという結果になる。その展開がまさに読ませ所と言える。
この作品、読んで楽しめば十分である。乾緑郎の新骨頂の発露か。理屈ぬきで楽しむとおもしろい。
ご一読ありがとうございます。
関心を抱いた語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
本書とかする程度だが、周辺情報と背景情報を広げて行くと、まあ面白さが加わるもの。
月山富田城 :ウィキペディア
月山富田城跡 :「安来市観光協会」
月山富田城の戦い :ウィキペディア
荒隈城 → 洗合城(荒隈城):「城めぐ.com」
山中鹿之介 → 山中幸盛 :ウィキペディア
山中鹿之介の供養塔 :「鹿之介の館」
山中鹿之介の墓
出雲尼子氏 出自と家系 :「武家の家紋の由来」
尼子経久 :ウィキペディア
尼子義久 :ウィキペディア
尼子勝久 :ウィキペディア
隠岐為清 → 隠岐氏:「戦国大名研究」
毛利元就 :ウィキペディア
中国の覇者、毛利元就
吉川元春 :ウィキペディア
平将門 :ウィキペディア
曲名瀬道三 :ウィキペディア
啓迪集 :ウィキペディア
啓迪集(1):「研医会通信」
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『完全なる首長竜の日』 宝島社
『忍び秘伝』 朝日新聞出版
『忍び外伝』 朝日新聞出版