遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊』  今野 敏   朝日新聞社

2014-07-28 13:14:44 | レビュー
 警視庁刑事部捜査第一課の特殊犯捜査係が通称特殊斑」(SIT)と呼ばれている。一方、トカゲと呼ばれる部隊がある。常設の組織ではなく、必要に応じて編成される。刑事部の中で、バイクの運転に習熟している者が選抜されて、兼務するのだ。その隊員に選ばれ者は普段はそれぞれの部署に散らばっている。それが特殊襲撃捜査隊である。その通称が「トカゲ」。
 特殊斑に属する上野数馬(SIT第1係)、上野の先輩にあたる白石涼子(SIT第2係)はトカゲのメンバーである。この物語では、他に波多野祐一(捜査一課)、三浦隆人(捜査三課)がトカゲとして行動する。波多野がこの4人チームのリーダーである。

 そのトカゲが同一犯による犯行と推定される連続コンビニ強盗事件の捜査本部にトカゲが出動するように指令を受けたのだ。犯人はバイクの利点を最大限に活かし、渋滞をすり抜け、細い路地をうまく使い、段差のある地形も乗り越えて、神出鬼没であり、警戒が役立たずなのだという。所轄や機動捜査隊の捜査員と密に協力し、トカゲの長所を活かして事件解決にあたることを指示される。捜査本部は世田谷署に置かれていた。

 トカゲが指令を受けた時点で、連続コンビニ強盗は既に3件発生していた。
第1事案 8月 9日(土) 世田谷署管内:世田谷区三軒茶屋2丁目 通報7:05PM
第2次案 8月16日(土) 麻布署管内 :港区六本木5丁目 通報9:00PM頃
第3次案 木曜日に発生 渋谷署管内 :渋谷区道玄坂2丁目 通報7:00PM頃
 そのコンビニ強盗はレジに入っていた札を持って逃げただけで、人的被害は与えていない。また、被害額はそれぞれ、154,000円、215,000円、9万8000円だったのだ。
 三浦は、目撃者も多く、防犯カメラの設置されているコンビニで、苦労に見合う犯行かとつぶやく。勿論、それは既に検討されていた。手口はかなり計画的であり、愉快犯的な要素が強いという見方が出ていたのである。三浦は、警察を出し抜く目的なら、これまでは成功しているとみる。だが、果たしてそうか。
 犯行に使われているのは基本的にオフロードタイプのバイクで色や大きさは異なる。3件とも、似たような黒っぽいフルフェイスのヘルメットをかぶり、黒っぽいライダースーツ姿で犯行に及んでいるという。
 トカゲは指示を受けて、犯行が発生した場合の尾行を、何らかの緊急性があれば、追跡に切り替えた行動をとることを求められる。

 トカゲのメンバーは、とりあえずライダースーツのままで聞き込みに参加する。だがそれでは連続事件発生の後だけに、インパクトがありすぎて、逆にマイナス面が大きいと気づく。巡回と偵察を目的としての計画的なパトロールに切り替える。白石涼子があるパターンに気づいたのだ。犯行の順番を考えないと、六本木、渋谷、そして三軒茶屋と、都心から郊外に向けて並んでいるということ。そして、パトロールの拠点を決めて、パトロールを開始する。
 そして、少しずつだが、犯人についての具体的な情報が見いだされていく。トカゲが任務について12日目の9月5日金曜日に、世田谷区用賀で遂に4件目のコンビニ強盗事件が発生する。ここで初めて、犯人が駐車場から飛び出すときに、買い物に来たた65歳の女性に怪我をさせる。この事件を捜査する過程で、これらの連続する強盗事件が愉快犯によるものでなく、非常に計画的な犯行ではないか、それもこれまでの事件は、犯人が想定する何らかの計画のためのある種の予行演習てきなものではないか・・・という仮設が芽生えていく。果たして、犯人の真のねらいはなになのか? 発生した事件とトカゲによる巡回と偵察から累積されていく情報が、意外な真の犯行目的仮設を導き出していく。

 この作品の面白い点は、新聞記者・湯浅武彦の役回りである。東日新報・社会部の遊軍記者。彼は白石涼子その人と、彼女の参加するトカゲに着目している。機動隊の遊撃捜査二輪部隊と違って、隠密行動が多く、その存在すらマスコミに公表されていないからだ。湯浅は銀行員誘拐事件のときに白石涼子がトカゲのメンバーだったことを知る。その白石が交機隊の訓練に参加する情報を得て、その訓練に張り付く。そして、白石がトカゲのメンバーではないかと質問を投げかけ、トカゲのメンバーである波多野から、トカゲは今は運用されていない、存在しないと答えられる。ところが、その直後にこれらメンバーに動きが出てくるのを察知して、白石の行動を追いかけ始める。
 多くは誘拐事件などの際に隠密行動の偵察や尾行を任務とするらしいトカゲが、連続コンビニ強盗事件に出動したことを突き止め、俄然関心を抱く。そして、白石の動きを追いかけるのだが、そのプロセスで、湯浅が独自調査で得た情報を白石に提供するという行動を取りながら、白石から捜査の動きを察知しようとする。警察から情報を得るために刑事につきまとう記者の行動とは異なる動きを湯浅はとる。捜査過程で刑事が記者と接触することは、通常ないはずだ。漏洩情報の報道があれば、それは捜査進展の障害にしかならないからだ。その微妙な刑事と記者の捜査情報に関わる会話のやりとりが要所で展開する。そして、それが捜査過程でも有益な働きに繋がっていくという展開がおもしろい。ぎりぎりの一線での微妙な情報交換であり、そこには一種の阿吽の呼吸すら感じ取れる会話のやりとりとなる。
 湯浅に関わり、副次的なストーリーが展開する。それは湯浅が己の記者経験からみて、こいつは根本的に記者に向いていないと評価している木嶋孝俊を相棒として引き回さねばならないというなかなかおもしろい人間関係が描き込まれていくことだ。湯浅の観点は、記者は体を使って記事を書くものであり、足を使い、自分の目で見て、耳で聞いて記事をものにするというもの。先輩の指示を受けたらまず行動で資料を駆け回って集めるというスタイルである。それに対して、木島はまずはインターネットとデータベースから情報を引き出そうとする。自らの体で動く前に情報機器を駆使して情報を引き出すことから入る。社会に対する報道責任などという意識を感じさせないし、夜討ち朝駆けなどという取材意識を持ち合わせて居ないと湯浅に感じさせる。そんな木島にイライラしながら、相棒として指示を与え、湯浅は白石涼子を追い、嗅ぎ取った事件の成り行きに着目し、事件を追い先読みし、スクープを狙う。記者に向かない落ちこぼれと評価する木島から、湯浅は自分とは違う記者の能力を見いだす局面もあり、木島が意外と湯浅をサポートするという点がおもしろい。

 なぜ、このトカゲ第3作のタイトルが「連写」なのか。刑事物で「連写」というタイトルの意味はなぜ? という点に当初から関心をいだいていた。それはトカゲのメンバーである上野のトカゲとしてのパトロール行動での人並み以上の能力に由来するのだ。本人はその優れた能力にあまり気づいていないが、白石涼子は上野のその記憶能力を高く評価しているのである。著者は上野が国道246号をバイクでパトロールしているシーンで、こう書き込んでいる。
「フルフェイスのヘルメットの中から、周囲の車両や風景をすべて視界に捉えながら進んでいく。上野の潜在意識には、そうした光景が次々と焼き付けられているのだ。カメラで連写しているようなものだ、その中で印象に残るのは、ホンの一コマか二コマかもしれない。だが、映像や画像は間違いなく記録されている」(p79)
タイトルはこの「連写」に由来するようだ。そして、この上野の連写で潜在意識化されていた一コマが、捜査のある段階で浮上してくる。そして事件解決の重要な契機になっていくのである。
 そして、その一コマは、湯浅の勤める東日新報とも間接的に関わりがあったのだ。捜査の大詰めで、新聞記者湯浅も結果的に事件に一役果たしていくという次第。なかなかおもしろい展開となっている。

 本作品の読ませどころはいくつかある。私の感想としては次の諸点である。
・第一は、少額強奪という連続コンビニ強盗事件が事前準備で、意外な計画的犯行への準備であり、そこには重要な意味がある。その解明プロセスの展開というメインの流れ。
・交機隊のバイク訓練がどんなものか、バイクによるパトロールの実態と雰囲気。
・白石涼子と湯浅の間での微妙な駆け引きを伴う事件関連の会話。
・トカゲと交機隊をはじめとした捜査本部との間の犯人追跡プロセスでの連係プレイの描写。
・湯浅と木島という2人の事件に対するスタンスと情報収集方法、記者としての発想や視点の差異から生まれるギャップ感と一方での事件肉迫への相乗効果。
 
 白石涼子。こんな素敵な刑事がいたら、そのファンが出てきてもおかしくないだろう。 「そうそう。あんたが無線で連絡してくれたんだよね。」・・・「そういうことなら、あまり邪慳にもできないわね」
 「私たちは、任務が終わりほっとしている。一杯やりたい気分なの。そこで世間話をするかもしれない。」・・・「どこに行こうとあなたがたの自由です。だめとは言えないでしょう。」
 こんなことを、さらりと記者に言えるのだから。

 ご一読ありがとうございます。


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この作品に関連する語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

機動捜査隊  :ウィキペディア

自動車ナンバー自動読取装置 :ウィキペディア
Nシステムってなんだ?  担当:こうちゃん :「雑学万歳!!」

ナンバー読取装置  :「ekouhou.net」
車両認識装置    :「ekouhou.net」
車両ナンバ読取システムの開発  池田達治・迫田隆亨 氏

監視カメラ  :ウィキペディア

自動速度違反取締装置  :ウィキペディア

国民移動監視ネットワーク Nシステム :「桜丘法律事務所」



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