遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』  松岡 圭祐  角川文庫

2014-10-14 09:09:24 | レビュー
 『事件簿』、『推理劇』に引き続く万能鑑定士Qの別シリーズである。こちらの2冊(Ⅰ、Ⅱ)を読了したので順次、その読後印象をまとめておきたい。

 事件簿シリーズは主となる事件の解決プロセスで、少し脇道の別件事件に遭遇し、それを短時間で解決しながら、展開するという構成パターンだった。その別件のあるものはがなにがしか主となる事件に繋がっていくという流れである。別件事件としては伏線となるものとそうでないもの、事件とまでは呼べなくても万能鑑定士Qの鑑定あるいは問題解決のエピソードをいくつも挿入するという形で進む。どの別件事件が主となる事件の伏線だったかということを理解するのも楽しみなシリーズである。
 一方、短編集はそのものズバリだ。1作品で1事件を扱うというシンプルな謎解きである。だが、面白いのは凜田莉子の活躍、その行動の背景が繋がって行き、莉子を取り巻く人間関係が徐々に進展していくプロセスとなっている。短編の連作を介在して、凜田莉子の人生がわかるという構成である。事件簿シリーズでは分からなかった莉子の一面や活動が埋められていくということになる。

 この『短編集Ⅰ』は次の5つの事件で構成される。
「第1話 凜田莉子の登場」、「第2話 睡章に秘めし詭計」、「第3話 バスケットの長い旅」、「第4話 絵画泥棒と添乗員」、「第5話 長いお別れ」である。勿論、それぞれが短編の小品であるが、その中でも万能鑑定士Qの本領発揮としての鑑定エピソードや問題解決は適度に盛り込まれていく。なるほどと思う豆知識がおもしろい。短編作品なのでネタばれしない範囲で事件と感想をご紹介しよう。

 第1話 凜田莉子登場
 昨今の渋谷や原宿に住む女性たちの要らない物処分法には三択ある。ネットオークション出品、フリーマーケットでの販売、そしてジャック・オブ・オールトレーダーズ(J.O.A)という名前の東急東横線代官山駅の急な坂道を下がったところにある質屋である。J.O.Aは質種として預かる他に買い取りもしているのだ。
 このJ.O.A.に凜田莉子が登場する。なぜか? それはJ.O.A.の依頼により、鑑定家連中の推薦で莉子がこの店での出張鑑定業務を引き受けることになったからである。ここに納められた5話は、このJ.O.A.での定期的な出張鑑定の期間中に発生した事件の解決話である。
 J.O.A.に関わる主な登場人物は2人。
香河崎慧: J.O.A.の経営者。72歳。好感の持てる老紳士という印象だが頑固爺。宝石鑑定士の資格を持つ。質種の鑑定には自信を持つ。だが、念の為に、定期的に客観的に第三者の鑑定士の鑑定を依頼するという方針をとっている。鑑定家からの絶賛推薦とはいえ、紹介された凜田莉子に関して、ムラーノ探偵事務所に事前調査を依頼して調査しているのだ。そして、莉子の高校時代の成績を知り、一抹の不安と不満足な印象を最初から抱いているというオヤジ。
駒澤直哉:J.O.A.の若頭。従業員10人余りの中のリーダー格。23歳。「すらりと痩せた長身ながら端整な顔立ち、伸ばした髪はロッカー風」「店で売買される商品全般について広範な知識を持つ。クールでおとなしく、いつも低い声で喋るのが特徴」という青年。業界では「かなりの目利きで、見立てもたしかだ」と評判が高いのだ。
 莉子とは年齢的にも同じ。小笠原悠斗のライバルになってもおかしくない。が、そうは展開しない・・・・なぜか? それもおたのしみのひとつ。
 こんなお店で莉子が出張鑑定するのだ。一番身近に接する駒澤は莉子の鑑定能力のい高さを見抜き、この店では二人三脚のように仕事を進めていく。一方、香河崎慧は莉子の鑑定能力を疑う所から初めるが、莉子の様々な鑑定と事件解決の中で、疑問を氷解させ信頼に転じていく。この180度転換のプロセスが背景として語られていくことになる。
 さて、この第1話では、莉子がJ.O.A.の店に初登場するのっけから、鑑定エピソードが展開する。それはアメリカの有名な耐熱ガラス食器セットの製造年代評価というもの。
シャネル、ジャマイカ産黒砂糖、任天堂スーパーファミコン、ダイヤなどの鑑定エピソードが次々に出てきて興味深い。鑑定士の本領発揮というところ。
 一番重要な案件は、香河崎慧が秘蔵している有名ブランド時計に絡むものだった。それを莉子が合理的思考で謎解きする。

 第2話 水晶に秘めし詭計
 地価の高い駅周辺では店舗面積が広い方のJ.O.A.は、半年前から売り場の一部をレンタルすることを始めていた。現在は友岡古書という専門に洋書を扱う店にスペースを貸し出している。それほど商売がはやる古書店ではない。香河崎慧は月あたり賃料が固定だから、洋書の古書店は店に高級感が出て良いとご満悦である。友岡はJ.O.A.の店の一部と間違えられて、J.O.A.に来店した客にいろいろ尋ねられて苦笑気味なのだ。
 こんな状況の中で、小笠原が浜砂琥太郎作の水晶に彫刻された「風と光の女」という像を質入れに来るということになる。莉子は小笠原の実家の内情の一端を知るというエピソードが挿入される。それから一週間以上後に、J.O.A.の仕事として莉子と駒沢は芦ノ湖近くまで出張鑑定に行く。これが一種の古文書の謎解きだった。その一方、彼等の留守中に、J.O.A.では、厳重に管理されている保管部屋から「風と光の女」の像が忽然と失くなるという事件が発生していたのだ!
 それは小笠原がやむなく一時的質入れに持ち込んだ家宝の品。香河崎慧には成すすべがない。莉子が事件解決に本領を発揮する。この解明されたトリックが奇抜でおもしろい。
 第3話 バスケットの長い旅
 都内で漁師をしているという安斎がトランクと奇妙なバスケットをJ.O.A.に持ち込んでくる。漁船の網にひっか掛かった品物で、所轄警察に届けたが3ヵ月を経過したの自分が取得したものという。冒頭、ヴィトンの古いトランクの鑑定エピソードから始まる。2つめに安斎が取りだしたのが金属製のバスケット。駒沢がそのバスケットに触れると、「内側の二面だけ、板が二枚重ねになっている。わずかに浮きあがってて、指で押すとガタつくよ」というシロモノ。莉子にもちょっとわからない奇妙な特殊バスケットだった。200円で買い取りとなる。
 だが、この奇妙なバスケットがとんでもないことに利用されていたのである。その謎に挑んでいくというストーリー。見当のつかない莉子と駒澤は、週刊誌記者の小笠原に記者の目からみた意見を求める。そこから小笠原がこのバスケット事件に関わりをもっていくことになる。
 面白いのは副産物として、突然に津島瑠美という快活な女性が現れる。彼女は小笠原にとって長坂中の同級生だったという。小笠原の履歴をほとんど知らない莉子。瑠美は突然に上京してきた理由を小笠原に告げる。「風と光の女」の質入れに関連した話と小笠原の噂を聞いた瑠美は、「・・・・地元じゃ小笠原君の噂で持ちきりだよ? わたしも、どうしても小笠原君に会いたくなっちゃって。ね、覚えてる? 大人になったら東京のレストランで食事しようって約束したじゃん」
 小笠原のことについてほとんど知らない莉子。「凜田さん、心配ないよ。少々のことでは彼の気持ちは揺らいだりしないから」と駒沢が莉子に語る。「無理に浮かべた笑みがひきつって仕方がない。莉子はそう実感した」という風に、莉子の心に波風が立つ。これがどう展開するかが・・・・楽しませるところである。

 第4話 絵画泥棒と添乗員
 富士山を望む河口湖の北東に広がる広大な高原。そこに面積30平方キロメートル。河口湖神馬美術公園がある。運輸業でひと財産を築いた神馬グループの所有地。公園の経営者は56歳の神馬康助、神馬グループの会長である。
 本館に博物館を有し、敷地内には5つの展示小屋が点在する。その展示小屋にはバヨン=ルイの絵画が1点ずつ飾ってある。近代フランス絵画で、標準サイズのキャンバスに描かれた油彩画の名画である。
 招待客だけ受け入れる方針だったが、最近はツアーの団体客に限り、予約制で見学を許可している。今はツアー客の団体を率いて22歳の女性添乗員が展示小屋を案内している。添乗員は朝倉絢奈(あやな)である。莉子の論理的思考つまりロジカル・シンキングに対して、ラテラル・シンキングの超得意な女性として登場する。
 その最初が、この公園にある博物館から盗まれたという石器のかけら数点の盗難について、その犯人像のヒントをあっけなく語るのだ。

 この団体ツアーが展示小屋を訪れた前日遅く、公園の警備室に明晩遅くにバヨン=ルイの名画を盗むという犯行予告電話があったのだ。そして、団体ツアー客が帰った後、翌朝展示小屋に駆けられていた絵はすり替えられていたのだ。団体客を引き連れてスーパーあずさ6号で新宿に戻ろうとする朝倉絢奈にこの絵のことで直感を働かせて欲しいと頼み込む。だが、絢奈はツアーの仕事を途中放棄できないので、絵に詳しい人として莉子を紹介するのだ。
 J.O.A.に出勤した莉子のところに、神馬は5枚の絵を持参して鑑定を依頼する。そこから莉子がこの事件の謎解きに乗り出さざるを得なくなる。というのは、絢奈からケータイにメールが届いていたのだ。ツアーの集合写真で団体客の人数について不審な点に気づいたというのだ。莉子と絢奈は現地に向かう。
 ロジカルとラテラルの思考の組み合わせが事件を解決する。だが、そこにもう一つカラクリが含まれていた。勿論、莉子・絢奈のコンビがそれを見抜くというストーリーである。なかなか、盲点を突いた盗難事件でおもしろい。このコンビの事件解決スタイル、これが「特等添乗員αの難事件」という新たなシリーズへの布石の一端なのかもしれない。多分、朝倉絢奈を主にしながら、莉子が加わっていくというコンビによる難題解決シリーズになるのだろう。新たな読書の楽しみが加わったというべきだろう。

 第5話 長いお別れ
 JPN48握手会参加券の偽造に関わる事件である。
 J.O.A.のカウンターで漆器の鑑定中だった莉子のところに、スーツ姿の男女が現れる。「証券どころか紙幣に匹敵する出来栄ですね」と莉子が感心する印刷見本を持参したのだ。それはJPN48握手会参加券の試作見本だった。警察に被害届をだそうにも、技術的価値が理解してもらえないので、莉子に鑑定をしてほしいと言う。持ち込まれたのは表のみ印刷したサンプル3枚、裏のみ印刷が4枚。表1枚のサンプルが紛失したのだ。
 来店したのは、特殊な偽造防止技術に定評のある老舗・大亜印刷株式会社技術管理部の讃岐佳織と同じ部署の岩垣健人だった。莉子を訪ねてきたのは、警視庁捜査二課の宇賀神警部だったという。
 握手券の入った劇場盤はキャラアニという会社の取り扱いで、その会社は小笠原が勤める同じビルに入っているのだった。駒澤は莉子に小笠原に相談してみることを勧める。小笠原を巻き込んで、この試作品盗難事件の解明がスタートする。
 この事件の解決プロセスとパラレルにあの津島瑠美が再び登場してくる。なんと彼女は小笠原の誕生日プレゼントとしてJPN48握手券を贈ろうとして苦労していたのだ。だが、その券はもう仕えない代物だったのだ。
 この第5話の解決は、ひと月にわたる莉子の出向期間の終了であり、J.O.A.での出向鑑定の終わりでもあった。瑠美にとっての長い別れであり、莉子にとっても長い別れとなる日だった。「立ち去りぎわ、莉子の頬にひとしずくの涙が流れ落ちたのを、駒澤は目にした。」という一文が別れの場面で出てくる。意味深長である。

 莉子と小笠原、莉子と駒澤、莉子と香河崎慧、莉子と朝倉絢奈、小笠原と津島瑠美、香河崎慧と駒澤、様々な対人関係がいろいろに絡んでいく形で5つの話が展開していく。それは、凜田莉子が鑑定家としてJ.O.A.という質屋に出向期間に起こった事件であり、鑑定だった。一方、その様々な対人関係の交錯の中で、愛と信頼が語られていることにもなる。短編集であり各作品はそれぞれ比較的短時間で読める。ちょっと時間のあるときに、分散して一編ずつ読むというのも、おもしろいかもしれない。私は一気に通読してしまったのだが・・・・・。
 

 ご一読ありがとうございます。


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本作品に関連し関心をいだいた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

ヴィトン → LOUIS VUITTON 公式サイト
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箱根旧街道 ← 箱根旧街道ハイキング  :「箱根ハイキング」
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御岳昇仙峡エリア  :「甲府市 観光情報」
昇仙峡 :「昇仙峡観光協会」
金峰山(山梨県・長野県)  :ウィキペディア

ミハルス   :ウィキペディア
カスタネット :ウィキペディア
日本カスタネット協会 :「カスタネットワールド」


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』