エレクトロニクス分野に軸足を置いた経営方針のソニックが、多角化経営に戦略を変えた。当時の社長が五ヶ年計画をぶち上げ、子会社の東京建電にはその業績を伸ばせとのハッパがかけられた。東京建電は住宅設備関連を扱っており、今後の成長分野と期待されていたのだ。 とにかく利益をあげろというなりふり構わぬ営業であり、利益追求・目標達成至上主義の風土が醸成されていた。
会社は人が集まって構成されている。自ずと出来上がった風土の中で目的目標を掲げ、それぞれ個人が公式の役割・機能を担っている。目標を遂行するのは、その会社を構成する人間である。
この作品は、東京建電の特定の人間に光を当て、その人間の会社人としての思いと行動という視点から、その人物をある局面での主人公として描き出すという手法をとる。その人物の行動プロセスは独立したストーリーとして語られていく。それぞれのストーリーは、底流に一つの重要なつながりを持ちながら、一面が順次結合して多面体を構成するごとくに、東京建電という会社の実態が浮き彫りにされていく。そんな面白い構成になっている。本作品のタイトルは「七つの会議」である。この作品は、それぞれが一応独立したテーマの小品8つとしても読む事ができる。かつその小品が連結点を持ち、累積されていく事実の全体が一つの問題テーマを扱っている。
まずはその小品の構成をご紹介し、次にその個々の小品について読後印象を述べてみたい。
まず、こんな構成になっている。そのストーリーの核になっている会議を対比する。
第1話 居眠り八角 営業部内の業績報告のための「定例会議」
第2話 ねじ六奮戦記 この小品は東京建電の下請会社なので会議は対象外
第3話 コトブキ退社 各職場から任命された環境委員による「環境会議」
第4話 経理屋稼業 毎月計上される売上・経費などの目標を決める「係数会議」
第5話 社内政治家 カスタマー室内でのクレーム報告書作成目的の「編集会議」
第6話 偽ライオン かつての産業課(現在の営業一課)内での「営業会議」
第7話 御前会議 議事録の作成をしない徳山社長を交えた「打ち合わせ会議」
第8話 最終議案 東京建電の強度偽装に関する「調査委員会」
さて、独立した小品のそれぞれのストーリー、テーマ、読後印象などについてまとめてみたい。
この作品全体をほぼ通底して何らかのつながりを示すのは第1話に登場する「居眠り八角」と陰で呼ばれる不良社員で50歳の八角民夫(やすみたみお)である。彼は営業部内の万年係長であり、現在は営業第一課の係長である。営業部長の北川誠とは同期入社である。八角は営業部長の北川を畏れていない。噂では、北川は八角に「借り」があるという。かつてはばりばりの優秀な営業マンだった八角がぐうたら社員と陰で呼ばれても平然としているのには理由があった。その信条がこの作品のテーマにつながることになる。
第1話 居眠り八角
北川営業部長は目標達成至上主義で、時代遅れのモーレツ管理職と陰口を叩かれようが己のやり方、信念を変えない。営業部の定例会議は目標と実績対比での叱咤激励会議である。目標未達の課長は出席するのは苦痛以外の何物でもない会議だ。営業第一課は坂戸宣彦が課長であり、名だたる大企業を顧客に持ち、常に売上実績を誇る花形だった。原島万二が課長を務める営業第二課は住宅設備関連の電器商品を扱うが、目標未達が続く。「花の一課、地獄の二課」そんな東京建電の営業部の様子を描きながら、花の一課で万年係長の八角に光を当てる。その八角が阪戸課長をパワハラ委員会に訴えたというのだ。阪戸は「人事部付け」となり、原島が一課長に異動する。八角は北川部長が坂戸を更迭することにした理由を知っていた。原島は八角からその理由を尋ねる。八角は理由を聞くのは簡単だが、聞けば大事な「知らないでいる権利」を放棄することになると告げる。理由を聞いた原島は組織の醜悪な舞台裏を知ってしまうことになる。そこから彼の営業一課長としての行動が始まる。定例会議を舞台にした営業部の姿と八角が万年係長で存在する事実を印象づける小品である。「醜悪な舞台裏」を暗示させるのが意図というところか。
第2話 ねじ六奮戦記
大阪市西区で指折りの老舗、「ねじ六」はネジを作る小さな会社である。逸郎はその四代目にあたる。ねじ六は東京建電を得意先とする下請会社だった。坂戸課長が東京電鍵の実質的発注者だった。この作品はネジ六が新規仕様のネジについて、コンペ形式での見積書依頼に応募するが、東京建電という取引先を失うことになる。中小企業の悲哀のプロセスを描いて行く。逸郎の妹で、会社の経理を担当する妹の奈々子は言う。「こっちの都合なんかかんがえてえへん。自分の都合だけやで、あの人は」と。下請会社の逸郎、奈々子の立場から見た東京建電、坂戸課長が描かれる。ねじ六は経営が成り立たない瀬戸際近くまで落ち込む。営業第一課長の原島が、坂戸が取り扱い、ねじ六が受注しそこねた特殊形状のネジのサンプルを持参し、それらのネジを以前のねじ六の提出した見積単価で製造して欲しいと言う。逸郎が応諾する。原島は会社に携帯で連絡したいと立ち上がった拍子に持参したネジの箱をひっくり返す。奈々子は慌ててネジを拾い集める。
ねじ六は東京建電からの受注で一息つくことができる。奈々子は原島がぶちまけたネジの拾い残しを2本見つけて、逸郎に渡す。逸郎はそのネジから意外な事実を知る。
コストと製品の原則、発注元と下請会社の関係に光を当てた小品。
第3話 コトブキ退社
大学を卒業し東京建電に入社した浜本優衣は、日々営業四課で営業部員の下請け仕事ばかりやって5年間過ごしてきた。「これは自分がやった仕事だ」といえるものの実感がない。「結婚する」という偽りの理由を付けて会社を辞めるという話を上司の課長に告げる。同期入社で人事部に異動した遠藤桜子は、それは事実ではないということを知っていた。なぜなら、経理課長代理で結婚している新田と優衣が不倫関係にある事実を知っているからだった。桜子は絶対に会社を辞めるべきではないと優衣を説得する。しかし、優衣の気持ちは変わらない。その優衣が退社までの2ヶ月に何かを残したいと思いついたアイデアを環境会議に提案する。無人の社内ドーナツ販売コーナーを設置してはどうかという提案である。この小品は、その提案を実現するまでのプロセスを描く。
それは意義有る仕事の発見プロセスであり、社内の人間観察の機会でもあった。特に、不倫の相手・新田の本性がわかる機会になったのだ。
この「社内ドーナツ販売」は企画提案書の作成プロセスのケーススタディという局面を併せ持っていて、けっこうおもしろい仕上がりになっている。
第4話 経理屋稼業
計数会議は、毎月の計画と実績が報告され検討される会議である。経理屋の視点が重視される数値の結果から締め上げていく会議である。経理課長の独擅場となる会議でもあった。経理課長の加茂田は数値から業績の先行きを読む確かな目線を持っているのも事実である。原島に代わった営業第一課の扱う製品の利益率が落ちている。コスト高だといって前任の折戸がバッサリ切ったねじ六が新課長原島により復活されているのだ。
徹底したコスト削減は、社長が全社的に号令をかけている重要目標だという中での、この原島課長の動きに、課長代理の新田は不審の目を抱く。
ねじ六のコスト高の件は新田課長代理が加茂田課長に具体的に報告し、加茂田課長は経費削減の逆行事例としてトップに持ち上げるが、その意見は採り上げられない。原島課長に任せたのだからと。加茂田課長は憤懣を抱きながらも、そのまま保留とする。
原島課長とねじ六の癒着を邪推する新田は、事実を追求しようと乗り出して行く。計数だけでしか考えないで己の憤懣と功名心にとらわれ行動していく新田課長代理の姿を追う作品。「醜悪な舞台裏」という穽の闇が開いていることに気づけず突っ走り、一方で社内不倫を続けてきた男の成り行きが見事に描かれていておもしろい。
第5話 社内政治家
営業部次長として肩で風を切っていた時期を経験するサノケンこと佐野健一郎は、機を見るに敏、風見鶏、ゴマスリ屋などとみられる社内政治家である。そのサノケンはクレーム処理を主業務とするカスタマー室の室長という窓際に追いやられている。
東京建電のカスタマー室は、顧客のクレームを積極的に製品改良につなげていくというスタンスではなく、火消し役と位置づけられ、それができれば十分と見なされる風土なのだ。
この小品は、サノケンが東京建電での会社人生をどう経てきたかを含めて、彼のこれまでの人生を回顧しながら、一方、誰も耳を貸そうとしないカスタマー室の仕事を蟻地獄にはまったものと感じている。だが、クレームレポートをまとめるプロセスで、「椅子の座面を留めたネジが破損」というクレームに目を止める。そして、ネジについての過去のクレームを追求していく。
いつもとは違って、ネジのクレーム問題を執拗に追跡していくサノケンの姿が詳細に描き出されていく。そして、サノケンはカスタマー室の関与するレベルを越えた問題の重大性に突き当たるという展開である。
このクレーム追跡のプロセスが、結構ケーススタディ的な事例になっていて面白い。
第6話 偽ライオン
営業部長にまで昇進してきた北川誠が、東京建電の営業マンとしてどんな人生を送ってきたのか、それを絡めながら今直面する窮地に追い込まれた状況を描き出していく。それは第5話の主人公サノケンがクレーム内容を調べ上げて、カスタマーレポートという本来の手続きではなく、北川営業部長、稲葉製造部長、宮野社長に封書の形で送った書類の内容から端を発する。そこには営業第一課の坂戸元課長の行動や原島現一課長の行動の詳細を告発する内容だった。
東京建電の「醜悪な舞台裏」に繋がる導火線に火をつけたも同然の行為である。勿論それには、最前線で売上目標達成、業績結果最優先の先頭を駆け抜けてきた北川初め幾多の人々が関与してきたのだ。獅子奮迅の働きをした北川は当時、「ライオン」という渾名を付けられていた。
北川営業部長がどんな行動にでるかを描いて行く。そこで、あの「居眠り八角」が再び表に登場してくるのだが、なぜ八角が万年係長に甘んじてきたか、その信条、信念が明らかになることで、その立脚点が納得できるのだ。
この作品の構成は、会社人間のそれぞれ個人の生き様を描き上げる中で、会社内の人間関係、組織・機能の繋がりから東京建電の闇に光が当たるという仕掛けになっている。
八角の生き様が、北川営業部長への批判的発言に凝縮されていく。「なあ、偽ライオンよ。教えてくれ、お前に佐野や坂戸を責める資格があるのか?」と。
第7話 御前会議
企業グループ、連結決算のビジネス世界である。東京建電の不祥事は親会社ソニックに必然的に影響を及ぼす。ユニックスから東京建電の副社長として出向してきていた村西京助は、東京建電の「醜悪な舞台裏」には蚊帳の外だった。匿名の告発文を受け取り初めてその事実の一端を知る。村西は親会社に手続きを踏んだ報告をする。
その結果、社長の徳山郁夫を交えて行う打ち合わせ会議でこの告発事実が明らかにされることになる。この会議は議事録を作成しない。話し合われたことは出席者の記憶にのみ留まり、外部には漏れない。
この第7話では、梨田国内営業担当統括常務と村西がかつてはライバルであったこと。その梨田は東京建電の営業課長として出向し、強引に売上業績を高めていき、親会社に戻った男だった。現在の東京建電の風土の醸成に梨田の考えが影響しているともいえる。一方、この作品では村西の会社人としての生き方をふり返り、梨田とのライバル関係も絡めながら、現在の不祥事をどう扱うかの会議の経緯が描かれる。併せて村西のこの問題への取り組みが展開されていく。
村西は八角とも話し合いの場を持っていく。
だが、東京建電の闇は新聞にリークする。
企業ぐるみの犯罪行為、不祥事の構図、それに抗おうとする一群の人々・・・その終極に近い段階の状況描写がテーマになっている。
第8話 最終議案
企業において重大な不祥事が明らかになると調査委員会が立ち上げられ、真相究明が試みられる。そして、調査委員会がその結果に基づいて最終的な提言を行う。これは現在定石的に実行されている。
東京建電は一夜にして反社会的企業の烙印を押されてしまった。この小品は、ソニックの顧問弁護士事務所から派遣されてきた弁護士・加瀬孝毅が社外調査委員会のメンバーとして登場する。八角は加藤の補佐役を務めろと会社から指示を受ける。この小品は加藤を軸にして調査の進展プロセスが描かれていく。坂戸に対する調査において、今までの坂戸元営業第一課長の人生の歩みが深く営業行動に影響を及ぼしていることが明らかになる。また、坂戸がねじ六を切り捨て、新たに採用した会社・トーメイテックの実態が明らかになる。そして調査結果がまとまると、お定まりのシナリオが東京建電に適用されていく。 それが何かは本書をお読みいただきたい。
この8つの小品が織りなされて、東京建電の「醜悪な舞台裏」つまり、「強度偽装」がどのようにして明るみに出てきたか、そしてどういう対応策に落ち着いたかが描き出されていく。そこには「告発」が手段となったのだ。「自浄」は機能しなかった。
企業経営とは何か? 売上追求、利益追求のあり方は何が適切なのか? 会社とは?
一個人が会社で果たす役割とは何か? 己が成し遂げたと誇れるものを「会社」に残せるのか? 社会に貢献することと会社の利益追求の関わりとは?
こんな根本的な問題を改めて考えさせる作品である。
会社の風土は誰が作っていくのだろうか? それは変革することが困難なものなのか?
御前会議の結論として、親会社ソニックの社長・徳山がこんな発言を村西にする。
「君はもう、ソニックの人間ではない」徳山は、冷ややかにいった。
「これが表沙汰になったときの社会的影響を考えた場合、こうする以外に方法はない。発表しないかぎり、本件は表沙汰になることはない。そうだな」
議事録の作成されない会議での社長発言。徳山社長のことは、このストーリーにはその後出てこない。この徳山社長の責任はどうなるのだろうか・・・・。
大勢の会社人間の皆さん、考える材料が沢山詰まった作品ですよ。
ご一読ありがとうございます。
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この小説に触発されて、実際に発生した企業の不祥事について、どの程度情報がネット検索できるか、少し調べてみた。一部だけだが一覧にしておきたい。
企業における犯罪事件の一覧 :ウィキペディア
21世紀企業の不祥事事件簿 不祥事一覧 出来田一 缶(キャンダイチ キャン)氏
最近の企業事件 :「エフシージー総合研究所」
企業トップが関与していた不祥事の事例いくつか・・・
オリンパス事件 :ウィキペディア
リクルート事件 :ウィキペディア
ライブドア :ウィキペディア
船場吉兆 :ウィキペディア
西松建設事件 :ウィキペディア
エンロン :ウィキペディア
エンロン事件に学ぶコーポレートガバナンスの課題 :「経済産業研究所」
最近の企業不祥事とリスクマネジメント 赤堀勝彦氏
CFOのための最新情報 武田雄治氏
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