遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万葉歌みじかものがたり 一』  中村 博   JDC

2014-12-20 10:38:09 | レビュー
 このシリーズの第4・5巻を最初に読んだ。その読後印象を記した折りに、なぜ著者がこの『万葉歌みじかものがたり』に着手したかの経緯や意図については触れた。その部分はこちらをお読みいただきたいと思う次第

 この第1巻で、著者は「歴史編」と題して、万葉集の長歌・反歌・旋頭歌や相聞歌などを、歴史という時間軸で、記紀神話時代から語り始め、古代王朝内の政治的変遷の視点で様々な勢力の権謀術数と抗争の展開プロセスを筋としていく。その経緯における人間関係を短く語りながら、万葉集に収載の歌を関連づけ、それらの歌に語らせていく。
 今まで万葉集の歌を読む時は、単独の歌としての叙景・叙情あるいは相聞歌のやりとりを味わうという次元が私の万葉歌への接し方だった。それらの歌に関わる背景の解説を読み、理解を深めるというところ。歴史という時間軸に沿いながら、ある時代、ある時期に歌われた数々の歌の関係、相関性の中で、それらの歌をまとまりとしてとらえて鑑賞するということはほとんどなかった。万葉集に編纂された諸々の歌を当時の時代の変遷という「時の流れ」の中で読むというのは、なかなか面白くて興味深い。そこには、著者独自に、歌の時間軸で意図的に編集が加えられている部分もある。それは「ものがたり」として語らせる一手法という試みのようだ。

 『万葉歌みじかものがたり』の冒頭は、大国主の国造り、小彦名から始まって行く。そのため、最初に登場する歌が「志津の石室(いわや)は」と詠んだ生石真人(おいしのまひと)の歌である。「籠もよ、み籠持ち、ふくしもよ みぶくし持ち・・・・」という第1番歌から始めないところがおもしろい。そして、時代は万葉集・巻2の仁徳天皇時代に飛び、磐姫(いわのひめ)の相聞歌から具体的な物語が始まるという趣向。

 この第1巻には数多くの歌人が登場するが、やはり天皇との関わりで歌を読む柿本人麻呂がメインの歌人となっている。それはまあ当然かもしれない。人麻呂の歌は、仁徳-女鳥王(めどり)-速総別王(はやぶさ)の三角関係の恋いものがたりでまず登場する。「初瀬の 弓月が下に 我が隠せる妻 茜さし 照れる月夜に 人見てんかも」(巻11・2353)という相聞・旋頭歌がこの「みじかものがたり」の初出となる。
 著者はこの歌の前に、「初瀬の地 弓月が嶽に 隠しておる妻 こない月 明るに照ると 見つかん違(ちゃ)うか」と五七調の大阪弁で歌意を和訳している。
 万葉集はもともと漢字を万葉仮名として使って記されいるので、その漢字を現代語においてどの文字で表すかから始まり、その判断・解釈で表記方法が変わってくる。たとえば、手許の岩波文庫『新訓万葉集 下』(佐佐木信綱編)では、
「長谷の齋槻(ゆつき)が下にわが隠せる妻茜さし照れる月夜(つくよ)に人みてむかも  一云、人見つらむか」と掲載されている。
 また、折口信夫の『口譯萬葉集(下)』では、
「泊瀬(ハツセ)の齋槻が下に、吾が隠せる妻。茜さす照れる月夜に、人見てむかも」
と掲げて、
「あの泊瀬の山にある神木の槻の木の下に、自分の行くまで待たせて、隠れさせてあるいとしい人を、ひよつとすると今頃、月の光で、人が見つけては居まいか。」と口語訳している。
 万葉仮名にどういう現代文字を当てはめているかという興味がある一方、時折、本著者の五七調の訳出と折口信夫の具体的な口語訳との違いを比べている。そこで気づくこともある。大阪弁での訳というおもしろさと簡潔なリズム感が、やはり本書の特長だろう。この訳出が歌の感覚に近いせいもあって、関西人としては抵抗感がない。読む上で大阪弁風の音の延ばし方や抑揚を楽しみながら読める。

 允恭時代の「みじかものがたり」を経た後に、「籠もよ、み籠持ち」が語られる。
 そして、「みじかものがたり」はこんな王朝内の勢力争いを短く説明づけながら、その時間軸の流れに沿った歌々が編集されている。それが時に相聞歌のやりとりであり、任地に向かう友への歌であり、政争の勝者・敗者のそれぞれの立場に絡む歌々の列挙によって、その経緯での関係者の心情・思いを吐き出させることになっている。歴史としてご存じだろうが、こんな変遷が本書の筋となっていく。
・舒明大王の時代
  間人皇女、宝皇女(後の斎明天皇)の登場
・中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の登場、一方で有馬皇子の悲劇
・斎明天皇の時代
  中皇命(なかつすめらみこと)、額田王、中大兄皇子の歌が次々に
  そして、百済救援のための新羅征討軍の話に進展する。
・天智天皇の時代
  やはり、物語は額田王の歌からはじまる。 
  天智が病床につき、薨去。壬申の乱を背景とする歌々へ。
・天武天皇の時代
  天武の御世を寿ぐ歌の登場の一方で、悲しい運命の人々とその歌が次々に・・・・
  十市皇女、市皇子、大伯皇女、大津皇子。大津皇子に絡んで石川郎女。
  持統皇后の思いに反し草壁皇子は弱冠28歳で薨去という展開に。人麻呂は長歌を。
・持統帝の時代
  軽皇子の即位まで、なんとしてもとの持統の思い。
  舎人の歌が、大津皇子薨去の後を語り、人麻呂の歌が多くなっていく。
  過去を顧み、また軽皇子の成長に話が移る。そこに藤原不比等が登場してくる。
  時代の渦に巻き込まれていく人々--志貴皇子、但馬皇女、弓削皇子など。
・文武天皇の時代
  軽皇子擁立論と天武皇子承継論の対立論議をへて、軽皇子が即位。
  その時代背景が、置始東人、弓削皇子、春日王、山前王、丹生王、長皇子、
  そして、作者未詳の歌々で綴られていく。その経緯で人麻呂の諸歌が底流となる。
  他にも様々な歌人が登場する。
この第1巻「歴史編」は平城京遷都までのものがたりとして閉じられる。

 末尾に、「万葉歌みじかものがたり年表 歴史編」がまとめられている。この第1巻のみじかものがたりに織り込まれた歌が年表で一覧に要約整理されている。このものがたりにまとめるにあたり、著者が万葉歌の年代をこのストーリー展開の中に織り込むために想定した歌が含まれてはいる。その識別もできるまとめ方になっているのがよい。時代の年号、時期と詠まれた歌の相関を歴史の動きを意識・理解しながら、歌を鑑賞するのに役立つ資料である。

 万葉集の歌を、こんな風に眺めてみる読み方があったか・・・・。万葉集の諸巻を渉猟して、神話時代から和銅3年(710)平城京遷都までの期間の歴史ものがたりに編集するという視点と成果に敬服する。

 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項を一部ネット検索してみた。一覧にしておきたい。

「万葉歌みじかものがたり」<歴史編>  :「万葉みじかものがたり」
  このサイトページが本書発刊のベースになったようです。

柿本人麻呂  :「人間科学大事典」
柿本人麻呂  千人万首  :「やまとうた」
柿本人麻呂  万葉集を読む  :「壺齋閑話」
額田王    千人万首  :「やまとうた」
白村江の戦い :ウィキペディア
白村江の戦い :「飛鳥の扉」
壬申の乱  :ウィキペディア
壬申の乱  :「飛鳥の扉」

天智天皇  :「ニューワイド学習百科事典+キッズネットサーチ」
大友皇子  :「ニューワイド学習百科事典+キッズネットサーチ」
天武天皇  :「ニューワイド学習百科事典+キッズネットサーチ」
持統天皇  :「ニューワイド学習百科事典+キッズネットサーチ」
文武天皇  :「ニューワイド学習百科事典+キッズネットサーチ」


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最初に手に取ったのがこちらでした。
『万葉歌みじかものがたり』第4巻・第5巻  中村 博   JDC