遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本の論点』  大前研一  プレジデント社

2015-11-17 15:10:50 | レビュー
 本書は著者が『日本のカラクリ』というタイトルで2006年1月から連載してきたものと対談記事から直近の稿を抜粋し、加筆修正したものである。そして、著者自身が「トピックスは折々の社会事象に結び付けて論じているが、本書で取り上げているような論点は私にとっては目新しいものではない」(p3)と断言している。
 さらに、1980年中頃から社会改革に関する様々な本を書いてきた著者が、1993年に『新大前研一レポート』を出版した。著者は「それが、『大前研一の論点』の原点(原典)といっていい」(p4)と述べ、『日本のカラクリ』の連載で取り上げてきたテーマも例外ではないと言う。つまり、本書は著者の主張する論点の集約・凝縮版ということになる。
 逆に言えば、この一冊を読めば、大前研一の主張する論点のエッセンスが大凡わかるということになる。主張点がストレートに述べられている本ということだ。さらに興味が湧けば、過去にその論点に関連してどこまで詳述しているかを遡ればよいことになる。あるいは、著者の主張する論点を踏み台にして、己の考えを深めるなり、発展させるなりしていけばよい。本書は2013年10月の出版である。

 様々な論点を投げかけた著者が、それを実行に移さなければ机上の空論だとして、平成維新の運動を興し、都知事選にも立候補した経緯がある。「大前研一の維新は儚くも砕け散った。表舞台に立つのは向いていないと思い知った」(p5)ので、政策立案の裏方に徹し、論点の提示、主張を己の役回りと考えるに至ったという。本書は著者の論点要約版としての機能を果たしている。そういう意味で、主張点を知るにはお手軽版といえようか。
 本書の構成は、巻頭にジャック・アタリと著者の対談記事「『日本病』克服の唯一のカギ?とは」が載せられ、巻尾は三浦雄一郎と著者の対談記事「80歳でエベレスト登頂、偉業の裏側」が収録されている。その間に2つの側面で論点をまとめている。side A として「日本病を克服せよ」、side B として「平成の世直し運動」である。各側面はそれぞれ10の論点にまとめられている。
 本書を読み、興味を惹かれた点や著者の論点の要点と理解したことを覚書として読後印象を交えながらまとめてみる。興味・関心を抱かれれば本書を手に取りお読みいただき、この本を手がかりとして、著者の既出版物を読み進めていただければよいだろう。

side A で著者は興味深い分析と提案をしている。要約列挙してみよう。

1. ボーダレス経済となった現在、一国内でのケインズ経済学的政策は効果はない。それよりも「心理経済学」の発想が必要と説く。小金持ちに気持ちよく消費しようという心理にさせる政策こそ有効である。ロケーションに制限されず、スマートフォン経由でパチンコや公営ギャンブルを楽しめる仕組み、全国的な空き家の増加対策として、バケーション用別荘に貸し出しできる仕組みづくりなどのアイデアが提示されていておもしろい。金を持っている人に、楽しんで使わせる政策が経済を活性化する。

2. 世界には4つの地雷があるという。ヨーロッパの国家債務危機、アメリカ経済のドル危機、中国のハイパーバブル、日本のギネス級の債務問題である。現状では個別に延命策が効いている。高齢化経済では、生活の質を重視する「クオリティ国家」をめざすべきである。

3. 垂直統合型フルビジネスシステムを成長モデルとする時代は去った。あらゆるものが汎用化するデジタル時代である。ネットワークとプラットフォームの時代には、高品質で技術特化し安く作られたものを束ね合わせることができる者が勝利する。

4. 日本のメーカーは、「製品イノベーション」「生産性の向上」「製造生産拠点の多国籍化」で円高を乗り切ってきた。つまり製造業のアメリカ化、貿易構造のアメリカ化であり、この物理現象は止められない。ネット時代の新たな三種の神器は「ポータル」「決済」「物流」を握ることである。

5. 真に「観光立国」を実現するには、「デスティネーションツーリズム」いわゆる滞在型旅行に求められるニーズにマッチすることが必須である。顧客のセグメンテーション分析をして、マッチした多様な旅行パッケージの提案が重要なのだ。「一泊二食附き」発想ではワンパターン。長期滞在志向とはマッチングしない。外国人観光客に「自分だけの日本」を発見させる仕掛け作りが必要なのだ。

6. 「物欲」志向、成長神話の経済時代は終わった。「シエアリング(共有)」のライフスタイル、「身の丈に合った」生き方に切り替えることが問われている。

7. 諸悪の根源は、「競争させない教育」という発想にある。

8. 農業利権を助長する農政が日本の農業を先細りしてきた。「農業は世界の最適地でやるべき」である。「日本の企業や若い世代が世界の農業最適地に飛び出し、広大な農地と日本の高い農業技術、そして現地の労働力を活用して農業を”マネジメント”する」「日本の農民は世界の農場経営者になるべきだ」(p105)そこに日本の農業の未来がある。

9. 病気の概念の再定義並びに医療制度の抜本的見直しが必要である。日本独特の「カラクリ」が医療行政をダメにしている。医療に対する受益者感覚の見直しも重要である。

side B についても読後印象と理解した点を列挙しておく。

1. 現行憲法に対して、意味不明と論じているその論じ方がおもしろい。こんな読み方もあるのか・・・・と。著者は「憲法をアンタッチャブルにした96条は、占領軍の最悪の置き土産である」(p123)と難じる一方、「1996年に小選挙区制という愚かな選挙制度を導入したせいで、天下国家を論じる議員はほとんどいなくなった。そのため、衆参両院で3分の2の支持を取り付けるのは至難の業だ」と批判している。だが、己の利権中心でなく、国家百年の計を考え憲法を真剣に考えている議員が果たしてどれだけ居るのかこそ、問題ではないのかとも思う。

2. 著者は25年前から「道州制」を提唱してきたという。「均衡ある国土の発展」(田中角栄元首相の提唱)の呪縛を脱すべきという。全国一律的な発展志向でなく、地域の特色ある強味を生かす多様なあり方を求めると、グローバルなマネー、ホームレスマネーを呼び込める余地はふんだんにあると論じている。発展のステージを切り替えるという視点は、新鮮みがある。中央官僚主導の悪しき中央集権国家のステージを脱却せよという論点は、なかなかおもしろい。
 行政コスト削減目的の道州制発想ではなく、地域に応じた産業基盤づくりをめざす戦略的地域単位を生み出すという提唱での道州制発想は興味深い。一極集中型の危険性を改めて感じる故に、興味深い論点である。

3. 「私の知る限り地方自治体を、政策面からピカピカに磨き上げた政治家というのは。誰一人としていない」(p140)と著者は断言する。著者の言いたいのは地元自治体のGDPへの貢献、経済的に強固な基盤を作った人物という意味である。世間的な「有名知事」という意味ではない。著者の視点に立つ道州制が実現できないのは、この点と大きく絡んでいる気がした。

4. 橋下徹の政治家としての考え方、手法や行動原則について、ある局面では賛同しつつ分析し、論評しているところが興味深い。なるほどそういう見方ができるかと思うところがある。著者は、橋下徹を新しいタイプの政治家として位置づけている。

5. 日本が機能不全に陥っている理由の一つが役所の組織構造にあるとする。肥大化し、専門化しすぎ、全体像を描けなくなり、大局観を持てずに過去の成功体験にすがり、前例主義を踏襲する点を批判している。決められた政策の遂行という歴史的役割を終えた時点で役所の廃止、縮小を提言している。この考えはおもしろいと思う。

6. 「自民党外交の本質とは何か。一つは対米一辺倒である。どんなに屈辱的でもアメリカの言うことには逆らわない」(p164)と、ズバリ指摘する。さらに、「自民党外交のもう一つの特徴は、継続性を担保するような”形”にしていないことだ」(p167)という。明文化せず、口約束にとどめていることが多いという指摘である。「自民党政府は外交の真実をほとんど国民に明かしてこなかった」(p167)と断言する。この指摘には同じ思いである。

7. 福島第一原発の爆発事故については、政府筋による原因究明の中途半端さを厳しく批判するとともに、原子炉の設計思想に問題があったと指摘する。原発事業の公営化を論じている。また、この原発事故における被曝量の問題については、医療検査に関係した被曝量との相対比較の視点から、バランスを欠いた被曝恐怖症について論じている。だが、不必要な被曝を引き起こしたという責任がそのことで緩和される訳ではないと私は思う。

 最後に、三浦雄一郎との対談で本書は締めくくられている。三浦雄一郎の発言の中に勇気づけられる語りがある。

  「あきらめなければ夢はいつか叶う」という言葉がありますが、
   本当にその通りだと思います。
 
 久しぶりに、大前研一の著書を読み、刺激を受けた。
 著者の提起する幅広い論点は、その主張・見解に賛成・反対に拘わらず、やはり一考する必要のあるものだと思う。日本を考え直す契機を与えてくれる書になる。
 
 ご一読ありがとうございます。

  付記 本書を読んでからネット検索していて、『日本の論点 2016~2017』というタイトルの本が出版されたことを知った。2015年11月15日発売である。


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