遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『わが名はオズヌ』 今野 敏  小学館

2015-11-22 22:07:32 | レビュー
 小説の舞台は神奈川県立南浜高校である。港町の山に近い新興住宅に隣接して作られた創立十周年を迎えたばかりの高校なのだが、荒れ果てた校舎、不良生徒がたむろする荒んだ高校になっている。
 自由民政党の重鎮、真鍋不二人は、建設省出身の衆議院議員で、いわゆる建設族議員である。彼は建設業界を牽引し、日本の高度経済成長の発展に貢献し、国民が豊かな生活を享受する道を切り開いてきたと自負する。そして、神奈川県下のゼネコン、久保井建設の久保井昭一社長とつるみ、県行政に根回しをして南浜高校を廃校にして再開発という形の建設計画の画策を進めようとしている。久保井は元ヤクザで、今は一応ヤクザと縁を切り一線を画した形で建設会社の社長に納まっている。ゼネコンとして丸投げなどの汚い仕事で巨額の利益を上げてきたのだが、高度経済成長の終焉のあと、経営不振に陥りかけているのだ。その打開策を南浜高校の廃止による再開発計画の建設受注で凌いでいこうと狙っている。
 その二人が、赤坂の一流料亭『菊重』で秘かに会合をしているというシーンからストーリーが始まる。一見の客は門をくぐることもできないこの料亭に、堂々と二人の学生服姿の少年が入り込み、中年の仲居に案内される形で、真鍋と久保井が会合する部屋に現れるのだ。一人は小柄な少年で、もう一人は大柄で凶暴な顔つき、学生服を脱げばヤクザ者にしか見えない風貌の少年なのだ。
 小柄な少年は、「わが名はオズヌ」と称し、真鍋と久保井に対して、南浜高校を取り壊して何か別のものを作ることをもくろんでいると聞いたので、そのような無法は許さない。阻止すると宣言する。その部屋に駆けつけた真鍋の秘書らしいたくましい体格の二人を、オズヌと名のる少年は、いとも簡単にその二人の行動を無力化してしまう。オズヌと名のる少年は、大柄な少年を後鬼(ごき)と呼び、阻止宣言をして悠然と引き揚げていくのだ。

 この小説は、南浜高校の存続を守ろうとする少年たちと真鍋・久保井との間の攻防戦の展開プロセスを描き出していく。
 元ヤクザの久保井は、二人の少年の素性を調べて、彼らの計画の障害とならないように措置を執る行動に着手する。それは勿論ヤクザ者を使っての障害排除行動である。一方、真鍋は国会議員という権力を利用し、警察組織に圧力をかけ、神奈川県警の警察官を使って少年二人の素性を調べさせるという常套手段を駆使する。
 警察組織の上からの「オズヌと名のる少年を調べろ」という命令で、理由も分からずに動き始めるのが県警生活安全部少年一課に所属する私服警察官の高尾勇と相棒の丸木正太である。高尾は陰では称賛と軽蔑の両方の意味を込めて「仕置き人」と呼ばれている警察官。ワルには一切容赦せず、そのやり方には県警内でも非難の声があがるような手もつかう。ワルがくうの音も出ないほど叩きのめしてから検挙し調べる。しかし、実績をあげる一方、彼がワルの根性を叩き直して更正させた少年も数知れないという警察官だ。訳のわからない指示を受けて、捜査に乗り出したこの高尾が、次第次第に事実を飲み込み始めて行くと、己の信条に従った行動を取り始めていく。この警察官の意識の変化とその行動が興味深い。

 さて、「わが名はオズヌ」と名のる少年は、南浜高校の石館校長や国森教頭に恐れの気持ちを抱貸せている生徒でもあった。さらには、担任の水越先生すらが恐れを抱いている少年なのだ。勿論、それにはそれなりの背景があった。それはこのストーリーのトリガーである。
 高尾と丸木は担任の水越陽子と面談する。少年の本名は賀茂晶ということがわかる。賀茂晶は半年前に南浜高校の屋上から飛び下り自殺を試みて瀕死の重傷を負ったが助かったという自殺未遂者。水越陽子は、賀茂晶が復学してくると、全く別人のようだったという。そしてオズヌと名乗り始めたというのだ。オズヌとは修験道の祖と言われた役小角である。
 オズヌと自称する賀茂晶が後鬼と呼んだ大柄な少年は赤岩猛雄だということを高尾は知る。高尾は赤岩のことならよく知っていた。神奈川県ではちょっとした有名人。暴走族のヘッドなのだ。神奈川中のツッパリどもが道を開けると言われる赤岩である。それがオズヌと自称する賀茂晶に付き従う家来のようにおとなしくしているのだ。ここから高尾の関心は募っていく。
 さらには、賀茂晶は担任の水越陽子と前鬼(ぜんき)と呼ぶのだった。

 この小説は、賀茂晶に憑依した役小角という伝奇的な設定が生み出す面白さを軸に展開していく。オズヌのもつ超能力が事態を動かしていく契機になる。
 高尾・丸木に対面したオズヌ(賀茂晶)は、高尾に言う。「憎しみは憎しみしか呼ばぬ」「我が神は隣人を愛せと教えた」と。高校がミッションスクールだった丸木は、オズヌの言葉が新約聖書に出てくるサマリア人の話を思い浮かべる。
 賀茂晶のことを知るために、役小角のことを詳しく調べるようにと、高尾は丸木に指示する。

 このストーリーには、役小角という歴史的人物の謎解きという側面と、真鍋・久保井の二人が賀茂晶・赤岩猛雄の二人を排除するためにとる行動とそれに対する賀茂晶らの対処プロセスの側面がある。この二つの側面が同時併行に進みながら、ストーリーとして織りあげられていく。賀茂晶にオズヌが転生している結果起こることは一種のファンタジックな行為のプロセスであり、おもしろい。

 このストーリー、オズヌ達が首相官邸に首相に会いに出かけるというステージにまで発展していくことと、久保井の行動が意外な転換をしていくという点での奇抜さがけっこう楽しめる部分でもある。

 私的には、役小角の謎ときの側面、その想像力豊かな解釈の展開を大いに楽しんだ。フィクション作家ならではの解釈の面白さが含まれている。修験道の祖、役小角、実に興味深い人物だ。実在した役小角に一層関心を抱かされる結果になった。

 ちょっとファンタジックなストーリー、楽しいながら読んでいただくとよい。

 ご一読ありがとうございます。

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役小角に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
役小角 :ウィキペディア
修験道 役行者の生涯   :「三井寺」
開祖 役行者   :「役行者霊蹟札所会」
役行者のこと  :「奈良観光」
生駒山の鬼と役行者伝承  :「いこまかんなび」
役小角とは何者か?  :「義経伝説」
役行者  :「邪馬台国大研究」
一言主  :ウィキペディア

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『マル暴甘糟』 実業之日本社
『精鋭』 朝日新聞出版
『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

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