遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『インサイド・フェイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 佐藤青南  宝島社

2015-11-26 11:08:20 | レビュー
 女刑事・楯岡絵麻シリーズとしては3作目になる。今回も、4つの話が収録されている。  第一話 目は口よりもモノをいう
   第二話 狂おしいほどEYEしてる
   第三話 ペテン師のポリフォニー
   第四話 火のないところに煙を立てろ   である。

[第一話]
 2週間前に、杉並区の一戸建て住宅が全焼し、現場家屋に居住する中越弘嗣が遺体として発見される。遺体の胸には心臓まで達する刺し傷があり、出火前に絶命していたことが判明する。放火殺人と断定し、捜査本部が設置される。妻の中越晴美は事件当時、友人たちと温泉旅行に出かけていた。
 一方、事件当日、晴美の実弟・安達遼平のものらしき車が被害者宅前に停車していたという証言が入手される。
 晴美は5年前まで、熊本に住んでいて、親子ほど年齢の離れた男と結婚。その男が事故死したことで多額の保険金を得ていたという事実がわかる。保険金を入手した後、晴美は東京に出て来たのだ。
 被害者中越弘嗣は工務店を経営し、62歳だった。工務店の経営はこのところ赤字に転落していた。晴美は30歳の専業主婦。贅沢を好む晴美との結婚を弘嗣の親族は反対していたという。結婚後2年あまりで、被害者の貯蓄は底を突きかけていた。そして弘嗣には1億円にのぼる保険が掛けられていたのだ。
 そこで、中越晴美と安達遼平は重要参考人として任意同行での取り調べをうける。

 中越晴美の取り調べを筒井と綿貫が担当し、併行して楯岡と西野が安達遼平の取り調べを担当するという形で話が進んでいく。筒井が行う取り調べのプロセスと楯岡が行うそれとが対比的に描かれて行きおもしろい。エンマ様(絵麻)は、行動心理学の理論を踏まえて取り調べを進めていく。筒井は晴美の取り調べを進めるほど、晴美がシロのような気になっていく。一方、エンマ様は行動心理学手法を駆使して、安達に対するサンプリングを推し進め、安達の発言の中の嘘を見破っていく。そして、遂に絵麻は『尖塔のポーズ』をとって不敵に微笑むに至る。そして意外な事実と共犯関係が明らかになる。
 どんでん返しのおもしろいさがキーとなる短編だ。

[第二話]
 世田谷区池尻の路上で、大学病院に勤務する看護師が胸など数カ所を刺される事件が発生する。被害者は細川めぐみ47歳。病院で意識を取り戻した被害者の証言で犯人は元夫の三嶋裕貴45歳と判明する。
 この三嶋と細川は、3年前に発生した『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の被害者・三嶋花凜ちゃんの両親だった。
 三嶋の取り調べを楯岡が行うが、1時間ほどの取り調べをした後、取り調べの継続は命令を受け、筒井・綿貫コンビが行うことになる。筒井は俄然張り切る。エンマ様が投げ出したマルヒを絶対に落として、楯岡絵麻に勝利すると誓うのだが・・・・。
 取り調べを始めた筒井は三嶋の会話が盗聴されているという主張から始まる発言と行動に唖然とする。悪戦苦闘の取り調べに陥っていく。
 一方、早々に取り調べから外れた楯岡・西野コンビは、現場の捜査に出て行く。三嶋の自宅を検分することから始めて行くのだ。取調室で行動心理学手法の応用により、取り調べを効率よく効果的に進める楯岡が、取調室での三嶋との対話を放棄して、先輩刑事に任せ、現場からのアプローチを試みる。行動心理学的観点を現場におうようしていくのだ。この短編は、取調室を飛び出した楯岡の絡めてからの捜査という新鮮さが読ませどころとなる。
 わずか1時間ほどでの取り調べでのエンマ様の見立ては、「三嶋に見られるのは、被害妄想に基づく典型的な統合失調症患者の行動」というもの。それが楯岡を現場の捜査に向かわせたのだ。
 三嶋の自宅を検分するなり、楯岡はある違和感を感じる。そして、「詐病よ。三嶋は統合失調症を装っている」と断言する。エンマ様の行動は、なぜ三嶋が詐病を装うのかの解明に邁進することになる。そこから聞き込み捜査や被害者との病院での面談が展開していく。そこから導き出された結末の意外性。
 なかなか巧妙な筋立てになっている。エンマ様の三嶋による詐病という仮説がどのように立証されていくかが読ませどころだ。この事件は一応落着する。だが、実は真の事件解決とは言えない局面が残されるという点が、興味深い設定なのだ。楯岡にとっても、また細川・三嶋というもと夫婦にとっても。
 第二話としての事件は解決するが、それは始まりであるという余韻がおもしろい。
 著者は、どう料理していくのか・・・・。楽しみを残す。

[第三話]
 この話は、全体の構成がちょっとおもしろい。一種の間奏曲のような感じを与える小品である。第二話が課題に残したものにアクセスする手がかりづくりをはさみながら、別件の事件を取り上げストーリーを展開する。
 主題となる殺人事件をまず取り上げておく。被害者は永沢征治37歳でフリーライター。雑居ビル外階段の3階と4階の間にある踊り場で、大小25か所もの刺し傷を受け、搬送先の救急病院で死亡。取り調べを受けているのは小比類巻明(こひるいまきあきら)45歳。クラシックの作曲家なのだが聴覚障碍者ということで世間の注目を集めている人物。永沢は小比類巻をゴーストライターの利用疑惑で取材対象にしていたのだ。この事件も、小比類巻の取り調べは筒井・綿貫コンビが担当している。この取り調べで、小比類巻はゴーストライターを利用していたことをあっさりと認めるのだ。そのため、筒井は肩透かしにあった感じを受ける。
 楯岡・西野コンビはどうしているか? 彼らは小比類巻のゴーストライターとなっていた玉山司の自宅を訪ね、玉山が小比類巻の共犯者ではないかを探るという捜査活動に携わっていた。楯岡は玉山が共犯ではない感触を得る。ならば事件の犯行時刻に十条会館でのコンサートに立ち会っていたと主張する小比類巻のアリバイを崩せるのか? 
 殺害現場はコンサート会場のすぐ近くだった。だが、コンサートホールという密室に居る小比類巻にはアリバイがある。これを突き崩せるか・・・そこから始めなければならない。楯岡は西野とともに、このアリバイが崩せる実証を行うことから始めていく。
 そして、筒井と取調官交代により楯岡が小比類巻を取り調べるステージに移行する。エンマ様が小比類巻を取り調べることから、小比類巻が装う嘘が次々に暴かれていく。聴覚霜害すら嘘だと見抜くエンマ様に、それだけは本当だと主張する小比類巻。なぜか? そこに事件の意外な様相が潜んでいた。
 タケノコの皮をむくように、嘘がはぎ取られていくプロセスで、当初の仮説がどんでん返しとなっていくおもしろさ。なかなか巧みな構成である。犯人は密室に居て、被害者が開放空間にいるという設定が興味深い。
 さて、第二話とのリンキングに触れておくと、冒頭で『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の真犯人だと目される八坂宣弘を、絵麻と西野は、精神医療研究センターの医療観察法病棟に訪れた場面を描いている。この時、案内者になったのが、看護師の近藤実咲である。そして、この永沢征治殺害事件が解決した後の恒例の打ち上げを終えた西野が警視庁の単身寮に近いコンビニに立ち寄ったところで、私服姿の近藤実咲に偶然出会うという場面で締めくくる。これらの場面が、第四話への伏線になっている。

[第四話]
 刑事は事件が発生してから、その事件の解決をするのが仕事である。この第四話は、表面的には事件が起こっていないように振る舞われている状況の中に、意図的に首を突っ込んでいき、問題を見える形に炙り出していくという筋立てになっている。なかなかユニークである。それ故に「火のないところに煙を立てろ」というタイトルなのだ。
 発端は、第三話のコンビニの場面にリンクする。知らない間に、西野のポケットに1枚のそのコンビニのレシートが入っていたのだ。感熱紙のレシートの印刷面に爪の先で擦ったような、直線的な文字で大きく「タスケテ」と書かれていたのである。
 自分の購入した品物のレシートではないそのレシートに、その時のコンビニの状況から近藤実咲がそれを西野のポケットにそっと入れたのだと、西野は判断する。西野はそれを楯岡に見せて、実咲の窮状を救う相談を持ちかける。
 この第四話は、『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の真犯人が八坂宣弘なのかどうかの糺明が根底にある。だが、そのためには三嶋元夫妻の発言に数回出て来た小宮という人物の特定が必要になる。筒井と綿貫のコンビは、精神医療研究センター、その中でも医療観察法病棟に勤務する職員の誰かが小宮という名前を騙っている可能性が高いとみて、秘かに張り込みをし、出入りする人物を盗撮することから始める。一方、楯岡と西野は直接病棟に収容されている八坂宣弘に面談することから始めたのだ。
 直接の事件性が発生していないこの事件、徐々にその状況がこみ入っている事実が明らかになるという構成になっている。
 そして、なんとこの事件では筒井・綿貫のコンビが楯岡・西野のコンビに最初から協力して事態の解明に取り組んでいくという形になる。このシリーズ始まって以来のユニークな展開でもある。常識では考えられない異常な状況が、ひた隠しになった形で平然と、日常性のなかに組み込まれているという設定のストーリー。意外性に満ちた展開を読み進める面白さを味わえる小品である。
 最終段階では、楯岡絵麻が危機的状況に追い込まれるが、持ち前の行動心理学を応用し、危機を乗り越えていくというスリリングな展開となる。そして、最後の最後に、近藤実咲のしたたかさがストーリーの落ちになっている。実におもしろい展開だ。お楽しみあれ。

 ご一読ありがとうございます。

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本書に出てくる語句について、そこからの波紋として、いくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
統合失調症  :「厚生労働省」
統合失調症  :ウィキペディア
統合失調症とは   :「メンタルヘルスONLINE」
統合失調症FQA  :「精神科医YASU-QのHP」
容疑者の「刑事責任能力」とは 心神喪失者はなぜ無罪? 
:「THE PAGE」/早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
パリ人肉事件  :ウィキペディア
「パリで人肉を食った男」佐川一政【閲覧注意】 : 「NAVERまとめ」
【閲覧注意】佐川一政が遂に“パリ人肉事件”の真相を語る【カニバリズム】
  :「Qetic blog」
佐川一政(パリ人肉事件)は脳梗塞に倒れ生活保護の日々 :「サメ石・ちゃんねる」
ピグマリオン効果   :ウィキペディア
ピグマリオン効果   :「コトバンク」
ハロー効果とピグマリオン効果 ―教育心理学―  :「Veritas心理教育相談室」」
サイコパス → 精神病質  :ウィキペディア
「サイコパス」の脳内構造はこうなっている 内藤順 HONZ編集長:「東洋経済ONLINE」
ミュンヒハウゼン症候群  :ウィキペディア
ミュンヒハウゼン症候群・ガンザー症候群・クバード症候群  :「総合心理相談」

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『ブラック・コール 行動心理捜査官・楯岡絵麻』  宝島社
『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 宝島社