『広がる奈良絵本・絵巻』(石川透編・三弥井書店)という本が目にとまったときに、奈良絵本というものの存在を知った。この本を購入したまま未読で書架にある。それを読む前に、この本がまた目に止まり、こちらを先に読んでみる気になった。
『舞の本を読む』というこの本は、奈良絵本の一つの領域を扱っている。世界遺産の島・宮島を一望できる山の中腹に立地し、広島県廿日市市にある「海の見える杜美術館」が所蔵される作品の内容紹介・解説本である。この美術館が1981年に開館されて以来、様々な物語絵を収集・所蔵されているということを本書で遅まきながら知った。
室町時代から江戸時代にかけ、能の流行とは別に、幸若舞が流行したという。「幸若舞」を辞書で引くと、「中世におこった芸能の一つ。曲舞(くせまい)の流れを引く語り芸。軍記物などに節をつけて語る。簡単な舞もともなう。室町時代の桃井幸若丸直詮(なおあきら)に始まるとされる」(『日本語大辞典』講談社)とされている。武将たちがこの幸若舞の世界を愛したという。
『舞いの本』はこの幸若舞曲という演劇のテキストだそうである。能の謡曲本のような雅文ではなく、その語りが散文的な文章だったことから、幸若舞曲のテキストが読み物として絵巻や絵本になり、独自の広がりを始め、読者層を得たようだ。
本書はその大形奈良絵本で、極めて美麗な豪華本の挿絵の部分を全てカラー刷りで編集し、紹介されている。海の見える杜美術館が所蔵する『舞の本』36種類の作品の挿絵すべてが収録されているという。30.0cm×22.5cmというサイズの特大本で手描き極彩色、江戸前期の写本なのだ。絵はかなり細密なタッチで描かれている。描かれている人々の衣裳の文様なども細密に描かれている。実に楽しい鑑賞本である。
本書の編集は物語作品毎に冒頭に粗筋の解説ページがあり、それに続いて絵本の挿絵部分が収録されている。その絵の場面毎にキャプションが付されている。つまり、粗筋を読む事なしに挿絵を順番に見て、キャプションを読み継げば絵本の内容がわかる体裁にしてある。挿絵を通覧してから冒頭の粗筋説明を読むのも復習のような感じで見た絵の場面とつながっていっておもしろい。試してみた。
そして、巻末には編者2人の解説論文が載っている。
「海の見える杜美術館蔵『奈良絵本 舞の本』について」 石川 透氏
「奈良絵本『舞の本』と版本の挿絵の関係性」 星 瑞穂氏
解説論文によると、本書に収録された36種類の作品は、寛永年間に出版された絵入り製版36番という長年の『舞の本』定番と対比すると3作品の違いがみられるが、36作品になるようだ。そして、ここに収録された挿絵は、江戸時代前期に刊行されていた絵入り版本を元にして写された豪華本の可能性が高いという。
『舞の本』がどういうものだったかを手軽に実感するのには最適な本と言える。一度、美術館を訪れて実物奈良絵本の作品を見たくなった。
収録されているのは36種類の奈良絵本作品であるが、物語のストーリーは単発的な作品と、一つの物語が、作品としてはストーリーの分割によりシリーズ化しているものに別れている。作品名称と誰の、何についての物語か、要点を付記してみる。
入鹿 :中臣鎌足による曽我入鹿誅伐物語
百合若大臣 :嵯峨朝時代の百合若大臣の物語。ユリシーズと関連性論議もあるとか
信田 :承平・天慶時代、相馬殿御台所と信田殿の物語。小山との領地争い。
満仲 :六孫王の子・多田満仲の物語。美女御前の身代わりとなる幸寿丸の忠節。
伊吹・伏見常葉・築島・硫黄が島・文学・夢合わせ・馬揃・木曽願書・敦盛・景清
九穴貝・常葉問答・笛の巻・未来記・鞍馬出・烏帽子折・腰越・堀河夜討・四国落
富樫・笈捜・八島・清重・高舘 :
ここまでは平家物語、源平盛衰記、義経記という世界に関連する物語。
部分的にああ、あの話か・・・と思う場面が頻出してくる。一連の時代ストーリー
元服曽我・和田酒盛・小袖曽我・剣讃嘆・夜討曽我・十番切 :曾我兄弟物語。
張良 :中国の張良の物語。英雄譚。
新曲 :後醍醐天皇の一の宮・尊良親王の物語。太平記に題材を取った物語。
ずっと通覧していくと、武将が愛したストーリーの世界がここにあると感じる。一所懸命の武将魂、合戦、忠誠と裏切り、英雄譚など、武将好みのテーマが幸若舞で演じられたのだろう。一方で、見聞した舞の世界の再体験としても、これら絵本を楽しみに読んだのかもしれないと思った。
この本では挿絵が1ページ大、2分の1ページ、4分の1ページで組み合わされ、要所要所にさらに挿絵の部分拡大図が併載されている。部分図では絵の描写の細部まで良く分かり、丁寧な描きぶりがよくわかる。着物などの意匠の細部まで楽しめる。また源氏物語で取り入れられているいわゆる吹抜屋台の方式で建物が描かれている。建物の描き方を対比的に見ていくのもおもしろい。
この本に収録された絵本作品は、豊後府内藩松平家の旧蔵書だと推測されうるものという。また、奈良絵本は京都において作成されたものと推測されるという。
この奈良絵本の挿絵を見ていて、日本の現代の漫画のルーツの淵源は、こんな絵巻・絵本の世界にあるのだろうなと、改めて思う。
一読というか、奈良絵本を楽しんでみてください!と述べておこう。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
本書の関連事項をネット羂索してみた。一覧にしておきたい。
奈良絵本 :「コトバンク」
リンク集 デジタル奈良絵本 Webで見ることができる奈良絵本・絵巻の書庫
奈良絵本・丹緑本 :「国立国会図書館」
新・奈良絵本データーベース :「国文学研究資料館」
絵巻物・奈良絵本コレクション :「京都大学電子図書館 貴重資料画像」
奈良絵本 貴重書画データーベース :「白百合女子大学図書館」
明星大学所蔵『新曲』絵本について :「明星大学」
舞の本 :「コトバンク」
舞の本 歴史と物語 :「国立公文書館」
埋もれていた日本古来の貴重な文化財 石川 透氏 :「こだわりアカデミー」
富美文庫蔵「ふしみときは」について 塩出貴美子氏 :「奈良大学リポジトリ」
幸若舞-敦盛 (2010年版)Japanese traditional entertainment :YouTube
越前発祥の幻の芸 幸若舞 pdfファイル
大江 幸若舞 :「くるめんもん.com」
海の見える杜美術館 ホームページ
コレクション 物語絵
海の見える杜美術館 へ行ってみた! :YouTube
廿日市発MV海の見える杜の美術館庭園! :YouTube
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
『舞の本を読む』というこの本は、奈良絵本の一つの領域を扱っている。世界遺産の島・宮島を一望できる山の中腹に立地し、広島県廿日市市にある「海の見える杜美術館」が所蔵される作品の内容紹介・解説本である。この美術館が1981年に開館されて以来、様々な物語絵を収集・所蔵されているということを本書で遅まきながら知った。
室町時代から江戸時代にかけ、能の流行とは別に、幸若舞が流行したという。「幸若舞」を辞書で引くと、「中世におこった芸能の一つ。曲舞(くせまい)の流れを引く語り芸。軍記物などに節をつけて語る。簡単な舞もともなう。室町時代の桃井幸若丸直詮(なおあきら)に始まるとされる」(『日本語大辞典』講談社)とされている。武将たちがこの幸若舞の世界を愛したという。
『舞いの本』はこの幸若舞曲という演劇のテキストだそうである。能の謡曲本のような雅文ではなく、その語りが散文的な文章だったことから、幸若舞曲のテキストが読み物として絵巻や絵本になり、独自の広がりを始め、読者層を得たようだ。
本書はその大形奈良絵本で、極めて美麗な豪華本の挿絵の部分を全てカラー刷りで編集し、紹介されている。海の見える杜美術館が所蔵する『舞の本』36種類の作品の挿絵すべてが収録されているという。30.0cm×22.5cmというサイズの特大本で手描き極彩色、江戸前期の写本なのだ。絵はかなり細密なタッチで描かれている。描かれている人々の衣裳の文様なども細密に描かれている。実に楽しい鑑賞本である。
本書の編集は物語作品毎に冒頭に粗筋の解説ページがあり、それに続いて絵本の挿絵部分が収録されている。その絵の場面毎にキャプションが付されている。つまり、粗筋を読む事なしに挿絵を順番に見て、キャプションを読み継げば絵本の内容がわかる体裁にしてある。挿絵を通覧してから冒頭の粗筋説明を読むのも復習のような感じで見た絵の場面とつながっていっておもしろい。試してみた。
そして、巻末には編者2人の解説論文が載っている。
「海の見える杜美術館蔵『奈良絵本 舞の本』について」 石川 透氏
「奈良絵本『舞の本』と版本の挿絵の関係性」 星 瑞穂氏
解説論文によると、本書に収録された36種類の作品は、寛永年間に出版された絵入り製版36番という長年の『舞の本』定番と対比すると3作品の違いがみられるが、36作品になるようだ。そして、ここに収録された挿絵は、江戸時代前期に刊行されていた絵入り版本を元にして写された豪華本の可能性が高いという。
『舞の本』がどういうものだったかを手軽に実感するのには最適な本と言える。一度、美術館を訪れて実物奈良絵本の作品を見たくなった。
収録されているのは36種類の奈良絵本作品であるが、物語のストーリーは単発的な作品と、一つの物語が、作品としてはストーリーの分割によりシリーズ化しているものに別れている。作品名称と誰の、何についての物語か、要点を付記してみる。
入鹿 :中臣鎌足による曽我入鹿誅伐物語
百合若大臣 :嵯峨朝時代の百合若大臣の物語。ユリシーズと関連性論議もあるとか
信田 :承平・天慶時代、相馬殿御台所と信田殿の物語。小山との領地争い。
満仲 :六孫王の子・多田満仲の物語。美女御前の身代わりとなる幸寿丸の忠節。
伊吹・伏見常葉・築島・硫黄が島・文学・夢合わせ・馬揃・木曽願書・敦盛・景清
九穴貝・常葉問答・笛の巻・未来記・鞍馬出・烏帽子折・腰越・堀河夜討・四国落
富樫・笈捜・八島・清重・高舘 :
ここまでは平家物語、源平盛衰記、義経記という世界に関連する物語。
部分的にああ、あの話か・・・と思う場面が頻出してくる。一連の時代ストーリー
元服曽我・和田酒盛・小袖曽我・剣讃嘆・夜討曽我・十番切 :曾我兄弟物語。
張良 :中国の張良の物語。英雄譚。
新曲 :後醍醐天皇の一の宮・尊良親王の物語。太平記に題材を取った物語。
ずっと通覧していくと、武将が愛したストーリーの世界がここにあると感じる。一所懸命の武将魂、合戦、忠誠と裏切り、英雄譚など、武将好みのテーマが幸若舞で演じられたのだろう。一方で、見聞した舞の世界の再体験としても、これら絵本を楽しみに読んだのかもしれないと思った。
この本では挿絵が1ページ大、2分の1ページ、4分の1ページで組み合わされ、要所要所にさらに挿絵の部分拡大図が併載されている。部分図では絵の描写の細部まで良く分かり、丁寧な描きぶりがよくわかる。着物などの意匠の細部まで楽しめる。また源氏物語で取り入れられているいわゆる吹抜屋台の方式で建物が描かれている。建物の描き方を対比的に見ていくのもおもしろい。
この本に収録された絵本作品は、豊後府内藩松平家の旧蔵書だと推測されうるものという。また、奈良絵本は京都において作成されたものと推測されるという。
この奈良絵本の挿絵を見ていて、日本の現代の漫画のルーツの淵源は、こんな絵巻・絵本の世界にあるのだろうなと、改めて思う。
一読というか、奈良絵本を楽しんでみてください!と述べておこう。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
本書の関連事項をネット羂索してみた。一覧にしておきたい。
奈良絵本 :「コトバンク」
リンク集 デジタル奈良絵本 Webで見ることができる奈良絵本・絵巻の書庫
奈良絵本・丹緑本 :「国立国会図書館」
新・奈良絵本データーベース :「国文学研究資料館」
絵巻物・奈良絵本コレクション :「京都大学電子図書館 貴重資料画像」
奈良絵本 貴重書画データーベース :「白百合女子大学図書館」
明星大学所蔵『新曲』絵本について :「明星大学」
舞の本 :「コトバンク」
舞の本 歴史と物語 :「国立公文書館」
埋もれていた日本古来の貴重な文化財 石川 透氏 :「こだわりアカデミー」
富美文庫蔵「ふしみときは」について 塩出貴美子氏 :「奈良大学リポジトリ」
幸若舞-敦盛 (2010年版)Japanese traditional entertainment :YouTube
越前発祥の幻の芸 幸若舞 pdfファイル
大江 幸若舞 :「くるめんもん.com」
海の見える杜美術館 ホームページ
コレクション 物語絵
海の見える杜美術館 へ行ってみた! :YouTube
廿日市発MV海の見える杜の美術館庭園! :YouTube
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)