一之瀬拓真は、秋に千代田署から警視庁捜査一課に異動した。殺人事件の捜査を担当する強行班は9つあり、事件が起きる度に順番に現場に投入される。そのため、一之瀬は異動後に殺人現場に出たのは3回だけで、比較的暇だった。
3月26日午前4時55分に、スマートフォンの着信音で一之瀬は叩き起こされた。先輩刑事宮村からの電話である。江東海浜公園で腕が発見されたという。バラバラ殺人事件の発生だ。現場に着くと宮村は来ていた。右腕が発見され、通報があったという。バラバラにされた遺体の他のパーツについてこれから公園の中を捜すことから始めるという。
公園のゴミ箱を探して歩き始め、30分後に一之瀬は偶然にもう1本の腕らしきものがくるまれたのを発見した。やはりそれは切断されたむきだしの左腕だった。中指にでかい指輪がはめられていた。一之瀬がリングを検める。その指輪は一之瀬の母校・陽光大学のカレッジリングだった。校章を正面からみた右側に「2009」、左側に「WAKANA」と刻まれていた。一之瀬の母校であるということから、このカレッジリングを手がかりに出身大学での聞き込み捜査をまず任される。一之瀬は母校の学生課を訪ねることから聞き込みを始めて行く。ワカナから3人の氏名にまず絞られた。一之瀬は、その氏名を一つずつ調べていくことになる。ストーリーの始まりとして興味深いのは、2009とWAKANAという手がかりから聞き込み捜査がどのように進展して行くかが具体的に描き込まれていくプロセスにある。
被害者は原田若菜。「一条若菜」というペンネームを使い、IT企業のセキュリティ対策を専門に取材しているフリーライターだと推定できるところまでまず一之瀬は明らかにしていく。
一方、公園の現場から、さらに左脚の膝から下が発見される。江東署に特捜本部が立つ。一之瀬が捜査一課に異動して、これが初めての本格的な特捜本部になる。
未発見の遺体パーツの継続捜査、被害者が普段仕事で関係していた出版社や関係先の聞き込み捜査、被害者の家宅捜査、犯行時刻頃の被害者の足取り捜査・・・・・定石的な捜査活動が特捜本部体制の中で進められていく。このプロセスの細密な描写と一之瀬の推理思考や心情、さらに同期の若杉に対する意識の描写が事件の臨場感を少しずつ高めていく。
もう一つ、この事件の捜査で特異な点は、一之瀬が陽光大学に在籍していた頃の同級生の一人が、被害者原田若菜とIT研究会を介して繋がりがあったという設定になっている点である。その結果、記憶にはあるが知り合いというほどでもなかった同級生の永谷信貴に聞き込みをするために一之瀬は彼の出張先の山形まで出張する事にもなる。一之瀬の聞き込みでは、彼がどこまで原田若菜と深い関わりがあるものなのか不詳のままに終わる。だが、永谷はその後、出張先の山形からなぜか姿を隠してしまう。
このストーリーでは間接的に、一之瀬自身の学生時代の状況もエピソード風に盛り込まれ、一之瀬拓真という人間像の膨らみが加わっていく。まあ、これはこのシリーズを楽しむ読者にとっては主人公一之瀬拓真により近づく副産物のようなものである。一之瀬の恋人深雪もまた、この捜査活動での情報源の一つに組み込まれていく。
一之瀬が山形から東京に戻る車中に、宮村から携帯へ電話が入る。江東海浜公園の近くの海釣り公園から別の被害者の右腕が同じような遺棄方法で発見されたという。二人目の被害者の右腕。近くの公園を一日中捜査していて、夜になってから若杉が新聞紙とビニール袋にくるまれてゴミ箱に突っ込んであった右腕を発見したのだ。バラバラ殺人事件が連続して発生した。一之瀬の山形出張は全くの無駄足になるのか・・・・・。
二つのバラバラ殺人の遺体の切断面が似ていようにも見えるという。同一犯の犯行なのか? それとも単に警察を混乱させ犯行を隠すために最初のバラバラ殺人事件に意図的に重ねられただけなのか? 殺害目的は? 新たな右腕を発見した若杉は、張りきっている。勿論、このことで捜査に投入される人数は倍増した。
そんな最中に、一之瀬の同期で公安の外事二課に所属する斎木が何気なく一之瀬の前に現れた。これらの事件が公安に絡まっているのか・・・・。事件の様相は混迷を加えそうである。勿論、一之瀬は即座に斎木の接触を岩下係長に報告した。
一之瀬は、原田若菜に関わりのある人間の継続的な聞き込み捜査に従事する。人間関係を辿る中から、事件の謎に迫る事実が見えて来る。
原田若菜の自宅近くの防犯カメラのビデオチェックを一之瀬と春山が行う。そこで見落とされていた事実が浮かび上がることになる。一之瀬らの粘りが事実を解明するさらなる一歩となる。
このストーリーに奇をてらうという側面はない。一度築かれた人間関係をすべて消し去ることはできない。人が長年にわたり積み上げた人間関係の中に残る記録と記憶を如何に辿れるか。原田若菜というフリーラーターの実像を明らかにしていく一環として、大学在籍中に所属したIT研究会の人間関係とその後のつながりが捜査対象として重視されていく。
また、今や様々な目的で設置された防犯カメラや監視カメラの存在。映像という物言わぬ記録。様々なビデオ情報の中に残された事実を如何に見出し、事実解明へと関連付けていけるか。犯行者がすべての痕跡を消すということは不可能なのだ。結果的に現代は監視社会化された実態となっている様相がよくわかる。
断片的情報・事実が重ねられて組み合わされ、そこに見えて来る事実が事件の本筋を明らかにし始める。小さな失敗を重ねながらも、一之瀬は事件の核心に迫っていく。そのプロセスが、ここでも読ませどころとなる。
もう一つ、このストーリーで公安の斎木が時折一之瀬の前に現れる。外事絡みの筋が関係するのか? 一之瀬はQなる人物から事件解決につながる情報、ヒントを得ようとする。このネタ元の存在が、このシリーズでは事件解明への一つの梃子の役割として登場する。どこでQが登場するかというのもこのストーリー展開を読む際のおもしろさとなっている。
そして、斎木が調べている事件と一之瀬の事件とに接点が見出されてくる。
このストーリー、被害者原田若菜は、別次元の事件で犯行に関わっていた一人であったことが明らかになっていく。
事件は遂に解決する。だが、一之瀬は最終状況で拳銃の引き金を引くという行動を取ってしまう。
「情報は金になるーー今はそういう時代だ」(p482)この認識と行動が事件の根底にあった。なかなか巧妙な構想のストーリーである。
一之瀬はまた一歩深く刑事の道に踏み込んだ。一方、ラストシーンは深雪との結婚への一歩を進めるための会話で閉じられる。このシリーズ、次作は一之瀬の新婚生活とパラレルに事件が起こるという展開の構想になるのだろうか。次作を期待しよう。
ご一読ありがとうございます。
本書と直接の関係はないが、現実に発生したバラバラ殺人事件がどれほどあったのか。ネット検索してみた。現実でもけっこう発生しているようだ。一覧にしておきたい。
バラバラ殺人 :ウィキペディア
大阪連続バラバラ殺人事件 :ウィキペディア
琵琶湖バラバラ殺人、被害者は野洲の男性 DNA鑑定で判明 2018.11.30 :「京都新聞」
琵琶湖バラバラ殺人 被害者の身元判明でポスターの似顔絵差し替え 滋賀県警
2018.12.13 :「産経WEST」
7年ぶり急転…「島根女子大生殺人事件」犯人が撮影したおぞましい写真(1)遺品の中に… :「Asagei plus」
ピル治験女性バラバラ殺人事件 :ウィキペディア
大阪民泊バラバラ殺人 米国人容疑者が悪用し、女性を追跡したマッチングアプリの恐怖 :「AERAdot」
バラバラ殺人に関するニュース :「BIGLOBEニュース」
【閲覧注意】日本で起きたヤバすぎるバラバラ殺人事件まとめ :「NAVERまとめ」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
3月26日午前4時55分に、スマートフォンの着信音で一之瀬は叩き起こされた。先輩刑事宮村からの電話である。江東海浜公園で腕が発見されたという。バラバラ殺人事件の発生だ。現場に着くと宮村は来ていた。右腕が発見され、通報があったという。バラバラにされた遺体の他のパーツについてこれから公園の中を捜すことから始めるという。
公園のゴミ箱を探して歩き始め、30分後に一之瀬は偶然にもう1本の腕らしきものがくるまれたのを発見した。やはりそれは切断されたむきだしの左腕だった。中指にでかい指輪がはめられていた。一之瀬がリングを検める。その指輪は一之瀬の母校・陽光大学のカレッジリングだった。校章を正面からみた右側に「2009」、左側に「WAKANA」と刻まれていた。一之瀬の母校であるということから、このカレッジリングを手がかりに出身大学での聞き込み捜査をまず任される。一之瀬は母校の学生課を訪ねることから聞き込みを始めて行く。ワカナから3人の氏名にまず絞られた。一之瀬は、その氏名を一つずつ調べていくことになる。ストーリーの始まりとして興味深いのは、2009とWAKANAという手がかりから聞き込み捜査がどのように進展して行くかが具体的に描き込まれていくプロセスにある。
被害者は原田若菜。「一条若菜」というペンネームを使い、IT企業のセキュリティ対策を専門に取材しているフリーライターだと推定できるところまでまず一之瀬は明らかにしていく。
一方、公園の現場から、さらに左脚の膝から下が発見される。江東署に特捜本部が立つ。一之瀬が捜査一課に異動して、これが初めての本格的な特捜本部になる。
未発見の遺体パーツの継続捜査、被害者が普段仕事で関係していた出版社や関係先の聞き込み捜査、被害者の家宅捜査、犯行時刻頃の被害者の足取り捜査・・・・・定石的な捜査活動が特捜本部体制の中で進められていく。このプロセスの細密な描写と一之瀬の推理思考や心情、さらに同期の若杉に対する意識の描写が事件の臨場感を少しずつ高めていく。
もう一つ、この事件の捜査で特異な点は、一之瀬が陽光大学に在籍していた頃の同級生の一人が、被害者原田若菜とIT研究会を介して繋がりがあったという設定になっている点である。その結果、記憶にはあるが知り合いというほどでもなかった同級生の永谷信貴に聞き込みをするために一之瀬は彼の出張先の山形まで出張する事にもなる。一之瀬の聞き込みでは、彼がどこまで原田若菜と深い関わりがあるものなのか不詳のままに終わる。だが、永谷はその後、出張先の山形からなぜか姿を隠してしまう。
このストーリーでは間接的に、一之瀬自身の学生時代の状況もエピソード風に盛り込まれ、一之瀬拓真という人間像の膨らみが加わっていく。まあ、これはこのシリーズを楽しむ読者にとっては主人公一之瀬拓真により近づく副産物のようなものである。一之瀬の恋人深雪もまた、この捜査活動での情報源の一つに組み込まれていく。
一之瀬が山形から東京に戻る車中に、宮村から携帯へ電話が入る。江東海浜公園の近くの海釣り公園から別の被害者の右腕が同じような遺棄方法で発見されたという。二人目の被害者の右腕。近くの公園を一日中捜査していて、夜になってから若杉が新聞紙とビニール袋にくるまれてゴミ箱に突っ込んであった右腕を発見したのだ。バラバラ殺人事件が連続して発生した。一之瀬の山形出張は全くの無駄足になるのか・・・・・。
二つのバラバラ殺人の遺体の切断面が似ていようにも見えるという。同一犯の犯行なのか? それとも単に警察を混乱させ犯行を隠すために最初のバラバラ殺人事件に意図的に重ねられただけなのか? 殺害目的は? 新たな右腕を発見した若杉は、張りきっている。勿論、このことで捜査に投入される人数は倍増した。
そんな最中に、一之瀬の同期で公安の外事二課に所属する斎木が何気なく一之瀬の前に現れた。これらの事件が公安に絡まっているのか・・・・。事件の様相は混迷を加えそうである。勿論、一之瀬は即座に斎木の接触を岩下係長に報告した。
一之瀬は、原田若菜に関わりのある人間の継続的な聞き込み捜査に従事する。人間関係を辿る中から、事件の謎に迫る事実が見えて来る。
原田若菜の自宅近くの防犯カメラのビデオチェックを一之瀬と春山が行う。そこで見落とされていた事実が浮かび上がることになる。一之瀬らの粘りが事実を解明するさらなる一歩となる。
このストーリーに奇をてらうという側面はない。一度築かれた人間関係をすべて消し去ることはできない。人が長年にわたり積み上げた人間関係の中に残る記録と記憶を如何に辿れるか。原田若菜というフリーラーターの実像を明らかにしていく一環として、大学在籍中に所属したIT研究会の人間関係とその後のつながりが捜査対象として重視されていく。
また、今や様々な目的で設置された防犯カメラや監視カメラの存在。映像という物言わぬ記録。様々なビデオ情報の中に残された事実を如何に見出し、事実解明へと関連付けていけるか。犯行者がすべての痕跡を消すということは不可能なのだ。結果的に現代は監視社会化された実態となっている様相がよくわかる。
断片的情報・事実が重ねられて組み合わされ、そこに見えて来る事実が事件の本筋を明らかにし始める。小さな失敗を重ねながらも、一之瀬は事件の核心に迫っていく。そのプロセスが、ここでも読ませどころとなる。
もう一つ、このストーリーで公安の斎木が時折一之瀬の前に現れる。外事絡みの筋が関係するのか? 一之瀬はQなる人物から事件解決につながる情報、ヒントを得ようとする。このネタ元の存在が、このシリーズでは事件解明への一つの梃子の役割として登場する。どこでQが登場するかというのもこのストーリー展開を読む際のおもしろさとなっている。
そして、斎木が調べている事件と一之瀬の事件とに接点が見出されてくる。
このストーリー、被害者原田若菜は、別次元の事件で犯行に関わっていた一人であったことが明らかになっていく。
事件は遂に解決する。だが、一之瀬は最終状況で拳銃の引き金を引くという行動を取ってしまう。
「情報は金になるーー今はそういう時代だ」(p482)この認識と行動が事件の根底にあった。なかなか巧妙な構想のストーリーである。
一之瀬はまた一歩深く刑事の道に踏み込んだ。一方、ラストシーンは深雪との結婚への一歩を進めるための会話で閉じられる。このシリーズ、次作は一之瀬の新婚生活とパラレルに事件が起こるという展開の構想になるのだろうか。次作を期待しよう。
ご一読ありがとうございます。
本書と直接の関係はないが、現実に発生したバラバラ殺人事件がどれほどあったのか。ネット検索してみた。現実でもけっこう発生しているようだ。一覧にしておきたい。
バラバラ殺人 :ウィキペディア
大阪連続バラバラ殺人事件 :ウィキペディア
琵琶湖バラバラ殺人、被害者は野洲の男性 DNA鑑定で判明 2018.11.30 :「京都新聞」
琵琶湖バラバラ殺人 被害者の身元判明でポスターの似顔絵差し替え 滋賀県警
2018.12.13 :「産経WEST」
7年ぶり急転…「島根女子大生殺人事件」犯人が撮影したおぞましい写真(1)遺品の中に… :「Asagei plus」
ピル治験女性バラバラ殺人事件 :ウィキペディア
大阪民泊バラバラ殺人 米国人容疑者が悪用し、女性を追跡したマッチングアプリの恐怖 :「AERAdot」
バラバラ殺人に関するニュース :「BIGLOBEニュース」
【閲覧注意】日本で起きたヤバすぎるバラバラ殺人事件まとめ :「NAVERまとめ」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫