文庫のための書き下ろしとして2014年11月に出版された。その後引きつづき、第2巻が同年12月、第3巻が2015年3月、第4巻(最終巻)が同年7月に陸続と書き下ろされている。手許のⅢ、Ⅳには、フジテレビ系で連続ドラマ化されそのドラマ原作本だというPRカバーが付き二重になっている。冒頭の表紙はそのPRカバーを取り外したもの。私はこの連続ドラマは見ていない。このシリーズを読んで、ドラマ化されたのはナルホドと頷ける。ちょっと特異な設定でハードボイルドタッチのストーリーなのだから、そのキャラクターと行動力のビジュアライズでおもしろくならないはずがないだろう。
第1巻の冒頭は「探偵」の辞書的定義から始まる。「”探偵”を辞書でひけば、明確な定義が見つかる。他人の行動や秘密をひそかに探ること。また、それを職業とする人。」と。ならば、このシリーズのタイトル「探偵の探偵」とはなにか、となる。この冒頭の定義に従えば、探偵を職業とする人物の行動や秘密を探ること、探る立場にならざるを得ない人という意味合いになるだろう。エ~ッ!? それってどういうこと・・・・。まず、このタイトルがアトラクティブといえる。このストーリー、どういう展開になるのか?
著者は最初に、2007(平成19)年6月に、”探偵業の業務の適正化に関する法律”(俗称、探偵業法)が施行された事実とその意味を説明する。読者に基礎的な情報を提示し、方向づけをした上でストーリーが始まる。この4巻シリーズは異なるステージの事案の結末をそれぞれが迎える形で一区切りがつきながら、そこから新たな糸口が見つかり、最終ステージに向かいステップアップしていく。そして遂にフィナーレを迎える。そんな流れである。
第1巻は導入編を兼ねている。46歳の須磨康臣は、3年前から株式会社スマ・リサーチという看板を改めて掲げて中規模の会社を経営している。所謂、探偵事務所、興信所である。そして、業務の一環、副業として、汐留駅の近くで「スマPIスクール」と護身術講座を開講している。PIスクールは私的な探偵養成所である。公的な学位の類いとは無関係。その第6期生募集に、紗崎玲奈、18歳が入所を志願してくる。静岡県で偏差値70の進学高校を卒業していた。新体操で国体出場経験がある。須磨は玲奈に、人目をひく玲奈の容姿は探偵に向いていないと言う。さらに、このスクールは2年後の卒業時点で就職の斡旋なども一切しないことも伝える。その上で「なぜ、入学する?」と問いかけた。玲奈は、探偵になりたいわけではない、だが探偵のすべてを知りたいのだと答えた。
なぜ? 読者も当然疑問を抱く。玲奈のその答えがこのストーリーなのだ。
第1巻は当然のことながら、玲奈がこの探偵養成所で何をどのように学ぶかのプロセス描写からスタートする。それは読者にとり、探偵稼業のノウハウを知的に理解するという副産物にもなる。その内容は多岐にわたり興味深いし、おもしろい。
須磨は勿論玲奈が養成所に入学する動機に関心を抱き調べてみた。その上で玲奈に直接把握した事実の羅列の背景について尋ねた。特に玲奈の妹、咲良のことについて。咲良はストーカー行為に遭い続けた後、失踪、遺体が発見される。犯人も焼死体で発見された。玲奈は、犯人の軽自動車内の遺留品から咲良の遺品を確認し引き取ることを、警察から求められた。その時、遺留品にまぎれた一冊のファイルに目を止めた。表紙は調査報告書。これらの経緯を玲奈は須磨に語る。玲奈が養成所に通う原点がそこにあった。
「探偵業法に違反している業者は、告発するべき」と玲奈は須磨に主張する。探偵の倫理観に刃を突きつける行為に玲奈は生きがいをみいだそうとしているらしいと、須磨は受けとめた。養成所卒業後の玲奈を放り出せない須磨は、会社内に特殊なセクション「対探偵課」を新設する。玲奈はその課所属の探偵となる。探偵の探偵がここに誕生する。
須磨は、玲奈に助手が必要だと、高校を卒業したばかりの峰森琴葉を中途採用し、相棒に付ける。ここから玲奈と琴葉の同居生活も始まる。この組み合わせがちょっとおもしろさを加えて行く。
探偵課の桐島颯太が、依頼人である林原彰夫の依頼内容を聞き、玲奈の対探偵課の案件かもしれないと、振ってくる。それが、玲奈の「探偵の探偵」としての仕事になっていく。だがそれは仕組まれた罠だった。最初からおもしろいエピソードが組み込まれて行く。 そのドタバタで入手したものの中に玲奈はある糸口を発見した。阿比留綜合探偵社の名前が浮上してくる。玲奈はこの名称からつながりを辿る。だが、それは玲奈を排除しようとする動きを加速させ、玲奈が窮地に立つ結果に転ずることに。
このストーリー展開で興味深いのは、玲奈の相棒となった琴葉が少しずつ探偵業に馴染んで行くことである。そして、玲奈の過去を知ることにも。
日銀総裁の子どもで5歳の梨央ちゃん誘拐事件が公開捜査になった時点で、玲奈にも関わる驚愕の事実が矢吹洋子と名乗る医師から知らされる。咲良の死に関わる犯人についてだった。それが、玲奈に咲良の死の一因となった調査報告書に関しある仮説を抱かせることになる。だが、そこにも新たな罠が仕掛けられていた。
この第1巻のストーリーの展開において、玲奈の「探偵の探偵」としての能力と位置づけがすこしずつ鮮明にされていく。
第1ステージは「探偵の探偵」である玲奈が阿比留佳則の執拗な攻撃に対峙し、窮地に陥りながらもそこから脱却するプロセスを描く。このプロセスからして、知力を駆使しながらのかなり荒っぽい行動となっていく。
第2巻も当然ながら、玲奈の悪徳探偵狩りがつづく。その窮極目的は、咲良を殺害したストーカーに調査報告書を与えた探偵を見つけ出すことである。そのための悪徳探偵狩りなのだ。悪徳探偵の発見とその証拠を得るための玲奈の行動がどのように進展するか。このストーリーの副産物はやはり悪徳探偵がどのような手口を駆使するか。玲奈がどのような技術を使って証拠を発見し保全するかという点にある。それと行動中の負傷に対し玲奈が応急処置をどのように手早く行うかもリアルに書き込まれる。それらの描写が興味深い。
このストーリーの進展を少しご紹介する。
1.北区赤羽西一丁目のマンションを拠点とする36歳の探偵堤暢男のケースの始まり
堤から情報を入手した変質者檜池康弘に捕らわれている木梶愛莉の救出。
玲奈は檜池の部屋にあった調査報告書の一つに衝撃的な既視感を持った。
本人に警察へ通報させ、「わたしのことは忘れて」とささやき玲奈は立ち去る。
警視庁捜査一課の窪塚警部補が臨場する。誘拐事件で梨央ちゃんを救出した刑事だ。
2.豊橋の警察署に玲奈は咲良の事件の証拠品を閲覧に赴く。DVでの負傷と誤解される。
あるDVシェルターの場面に転換する。DVシェルター集団失踪事件が発生した。
玲奈の外見に警察が誤解し、そこから突然の場面転換は読者に疑念・関心を残すことに。
3.窪塚刑事が堤暢男を取り調べる。その後、窪塚はDVシェルターでの事件に向かう。
4.玲奈は既視感のある調査報告書を作成した悪徳探偵を死神と呼び、その調査にかかる。 それが、悪徳探偵堤暢男との再接触、DVシェルター事件関係者と接触する必要へと連鎖していく。窪塚刑事と再び接触することにもなる。
DV夫の一人の追跡調査をすることから、玲奈は死神のま新しい調査報告書を目にすることに。これが新たな展開への兆しとなるのか・・・・・。
第2巻では玲奈の追跡行動について、こんな記述が出てくる。
「待ち受けるものがなんであれ、探偵がなすべきことはひとつしかない。れっきとした真実のみを掌中にすることだった。現実の探偵は、推理を結論にはしない。」(p173)
玲奈の行動がどういう展開を見せていくのか。ハードボイルドタッチが濃厚になっていく。第2巻をお楽しみいただきたい。
第3巻では玲奈の周辺環境が大きく変化する。今までの「探偵の探偵」としての行動結果が警察の目障りになる。刑事事件領域に侵犯し、そこに玲奈が関与していると推測できても、玲奈の仕業という証拠がない。警察は玲奈を常時監視下におき、刑事事件として摘発しようと動き始める。読者にとっては勿論おもしろさが増強される。
第2巻のエンディング段階で、須磨はある調査報告書-澤柳菜々に関わる-を玲奈に見せた。それは玲奈をさらに一歩、死神に近づける証拠だった。勿論、死神こそ玲奈が「探偵の探偵」としてまさに目指すターゲットなのだ。それがこの第3巻。
26歳の後藤清美は浅村克久という探偵に婚約者梅宮亮平の浮気調査を依頼した。浅村は浮気調査をネタに後藤清美から調査費を絞れるだけ絞ろうとする悪徳探偵だった。その後藤清美が玲奈に相談電話を掛けてくるという事案から始まる。玲奈が探偵浅村克久の名前を確認したのは、任意同行に応じ警察署の取調室で取り調べを受けている最中だった。正式に玲奈にその仕事を依頼する前に後藤清美は交通事故に遭遇し、搬送された病院で死亡する。玲奈は病院に現れる。だが、それは玲奈を監視・追尾する捜査員たちの追尾を振り切り玲奈が病院を脱出する行動という最初の山場に転じて行く。
後藤清美からのコンタクトを皮切りに、玲奈は浅村克久をまず追うことになる。玲奈は自称探偵業の橋本耕治と取引し、浅村克久への糸口を得る。浅村の追跡という展開は、ひとつの支流となるストーリーだった。しかし、そこで玲奈が使うあるトリックが後に死神にコピー活用されるというリンクがあって、結果的に振り返るとおもしろさが加わる。
警察が玲奈の行動を常時監視体制下に置く。一方、スマ・リサーチが加入する調査業協会は須磨社長に対し対探偵課の廃止を迫るが、須磨は断固拒絶する。それに対し、竹内調査事務所の竹内社長は、各社が対探偵課を設置し玲奈の行動を監視することを通じ、逆に業界が悪徳探偵問題に取り組むという提案をする。調査業協会のこの動きが玲奈にとって一層の足枷になるのかどうか。玲奈の周辺状況が慌ただしくなっていく。
逆に、死神(澤柳菜々)が玲奈をターゲットにして仕掛けてくる。DVシェルター事件で集団失踪した被害者の一人市村凜がスマ・リサーチに駆け込んでくるという場面展開になる。DV夫の沼園賢治が刃物を片手に追いかけてくる。スマ・リサーチの入居する建物の傍には、勿論警察の監視捜査員が張り付いている。
沼園に探偵が提出した最新の調査報告には澤柳菜々と明示されていた。明らかに玲奈への挑戦である。誰にも頼れない玲奈は市村凜と琴葉を伴い、都内に隠れ家を設定する。玲奈は澤柳菜々をおびき寄せる策を仕掛けるが、窮地に陥る。その一方、琴葉が姉からのメールを契機に意外な進展で罠にはまっていく。
この第3巻は、澤柳菜々と玲奈が対決する展開へと進む。
だが、その対決への過程で意外な事実が明らかに。重要などんでん返しが仕組まれていた。緊迫した最終ステージはまさにハードボイルドである。
死神との対決が新たな追跡目標を生むことになる。探偵業の様々な裏テクニックがここでも織り込まれていて、おもしろい。
この第3巻から興味深い記述をご紹介しよう。
「警察発表は企業のマスコミ向け告知と変わらない。みずから都合のいい文法に終始する。」(p83-84) 「警察が法を順守するなど建て前にすぎない。」(p94)
これらの意味の具体的説明が続くが、それは該当ページをお読みいただきたい。
また、須磨は玲奈に黒人テニス選手アーサー・アッシュの言葉をつぶやいた。
「いまいる場所から始めよ。持っているものを使え。できることをしろ。」(p104)
第4巻は思わぬ状況からストーリーが始まる。玲奈はスマ・リサーチから竹内捜査事務所の対探偵課に移籍した。そこで玲奈は盗聴機器関連の悪徳業者シーカの調査に加わっていたが、追跡に失敗し逆に罠にはめられかけた。大騒動を引き起こしつつ、からくも窮地を脱出する。冒頭からこれまたハードボイルドタッチの展開となる。
そこから、東京拘置所内の独房で殺人事件が2件発生する場面に一転する。
東京拘置所に拘置されている少年A(境加図雄)が背中を刺されて死亡。彼は河川敷で37歳の主婦を殺し、白昼堂々と屍姦した。さらに殴打され失神している15歳の娘を強姦し財布を奪って逃走したのだ。対岸に目撃者がいた。少年Aが死亡する前に、峰森琴葉が拘置所に侵入していたという画像が監視録画になぜか記録されていた。琴葉が容疑者とみなされることに。
一方、マスコミの名物リポーター逢坂結翔は玲奈が拘置所に侵入したと推測して玲奈を追跡する行動に出る。
思わぬ形のストーリー展開が読者を戸惑わせる。
一方で、死神と玲奈が対決した事件の後、須磨は死神の背後に存在する姥妙悠児をどのように探索するかを桐嶋と相談していた。この時点で、スマ・リサーチを離れている玲奈は姥妙の存在を知らなかった。
桐嶋から玲奈にラインでコンタクトがあった。玲奈は拘置所内での琴葉の画像記録とその後の琴葉の失踪を知る。さらに姥妙悠児という名を。その名を知った直後に、東京拘置所内での3人目の予告殺人事件の報道が流れる。被告人入江要人は秩父市で女子高生を絞殺し土中に埋め、死体遺棄した容疑者だった。
玲奈が竹内探偵事務所の設置している隠れ家の一つに身を潜めている時に、坂東刑事を筆頭に警察官が部屋に突入してきた。その夜、拘置所での4人目の殺人予告どおりに、被告栗田洋大が死んだ。琴葉がますます容疑者と見做されることになっていく。
遂に玲奈が覚醒する。ストーリーがどう展開して行くのか・・・・読者としては引き寄せられて行く。
このファイナル・ステージも一筋縄ではいかないひねりが加えられている、その意外性が読ませどころとなっていく。玲奈は琴葉を救出し、姥妙と1対1の対決をすることになる。玲奈がどのようにして姥妙から証拠を引き出し、それを保全するかも興味深いところとなる。
この第4巻でも、玲奈が覚醒する動因となるトリガーを須磨が玲奈に語る。
「ちがう。親や兄弟姉妹との絆こそ、のちに他人と結びつくための事前演習なんだ」(p14)。
紗崎玲奈は終始不屈のスーパー・ヒロイン! 実務的に裏付けのある探偵業の裏技やIT技術の舞台裏技術をふんだんに織り交ぜてられていく。それらはたぶん物理科学的な知識・事実の裏付けがあることだろう。警察組織の体質もかなりアイロニカルな描写で織り込まれていく。これらがストーリーの進展にリアル感を醸し出す。読者はこのフィクション世界を大いに楽しめる。
最後に、玲奈がスマ・リサーチに復職し、心機一転、対探偵課としての小さな仕事をさっさと片付ける場面でエンディングとしているのもおもしろい。
文庫本Ⅳの末尾に、「『探偵の探偵』新章にご期待ください」の一行に気づいた。
新たなストーリーの展開を期待したい。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
探偵業の業務の適正化に関する法律等の概要 :「警視庁」
探偵業の業務の適正化に関する法律 :「eーGOV 法令検索」
CGIってなあに? :「vaio's HomePage」
CGIファイル拡張子 :「file extention」
JPRS WHOIS :「JPRS」
ドクター・マーチン 公式サイト
東京拘置所 完全ガイド ホームページ
刑事施設視察委員会の活動状況 :「法務省」
警視庁留置施設視察委員会 :「警視庁」
アーサー・アッシュ :ウィキペディア
アーサー・アッシュの名言 :「偉人たちの名言集」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点
第1巻の冒頭は「探偵」の辞書的定義から始まる。「”探偵”を辞書でひけば、明確な定義が見つかる。他人の行動や秘密をひそかに探ること。また、それを職業とする人。」と。ならば、このシリーズのタイトル「探偵の探偵」とはなにか、となる。この冒頭の定義に従えば、探偵を職業とする人物の行動や秘密を探ること、探る立場にならざるを得ない人という意味合いになるだろう。エ~ッ!? それってどういうこと・・・・。まず、このタイトルがアトラクティブといえる。このストーリー、どういう展開になるのか?
著者は最初に、2007(平成19)年6月に、”探偵業の業務の適正化に関する法律”(俗称、探偵業法)が施行された事実とその意味を説明する。読者に基礎的な情報を提示し、方向づけをした上でストーリーが始まる。この4巻シリーズは異なるステージの事案の結末をそれぞれが迎える形で一区切りがつきながら、そこから新たな糸口が見つかり、最終ステージに向かいステップアップしていく。そして遂にフィナーレを迎える。そんな流れである。
第1巻は導入編を兼ねている。46歳の須磨康臣は、3年前から株式会社スマ・リサーチという看板を改めて掲げて中規模の会社を経営している。所謂、探偵事務所、興信所である。そして、業務の一環、副業として、汐留駅の近くで「スマPIスクール」と護身術講座を開講している。PIスクールは私的な探偵養成所である。公的な学位の類いとは無関係。その第6期生募集に、紗崎玲奈、18歳が入所を志願してくる。静岡県で偏差値70の進学高校を卒業していた。新体操で国体出場経験がある。須磨は玲奈に、人目をひく玲奈の容姿は探偵に向いていないと言う。さらに、このスクールは2年後の卒業時点で就職の斡旋なども一切しないことも伝える。その上で「なぜ、入学する?」と問いかけた。玲奈は、探偵になりたいわけではない、だが探偵のすべてを知りたいのだと答えた。
なぜ? 読者も当然疑問を抱く。玲奈のその答えがこのストーリーなのだ。
第1巻は当然のことながら、玲奈がこの探偵養成所で何をどのように学ぶかのプロセス描写からスタートする。それは読者にとり、探偵稼業のノウハウを知的に理解するという副産物にもなる。その内容は多岐にわたり興味深いし、おもしろい。
須磨は勿論玲奈が養成所に入学する動機に関心を抱き調べてみた。その上で玲奈に直接把握した事実の羅列の背景について尋ねた。特に玲奈の妹、咲良のことについて。咲良はストーカー行為に遭い続けた後、失踪、遺体が発見される。犯人も焼死体で発見された。玲奈は、犯人の軽自動車内の遺留品から咲良の遺品を確認し引き取ることを、警察から求められた。その時、遺留品にまぎれた一冊のファイルに目を止めた。表紙は調査報告書。これらの経緯を玲奈は須磨に語る。玲奈が養成所に通う原点がそこにあった。
「探偵業法に違反している業者は、告発するべき」と玲奈は須磨に主張する。探偵の倫理観に刃を突きつける行為に玲奈は生きがいをみいだそうとしているらしいと、須磨は受けとめた。養成所卒業後の玲奈を放り出せない須磨は、会社内に特殊なセクション「対探偵課」を新設する。玲奈はその課所属の探偵となる。探偵の探偵がここに誕生する。
須磨は、玲奈に助手が必要だと、高校を卒業したばかりの峰森琴葉を中途採用し、相棒に付ける。ここから玲奈と琴葉の同居生活も始まる。この組み合わせがちょっとおもしろさを加えて行く。
探偵課の桐島颯太が、依頼人である林原彰夫の依頼内容を聞き、玲奈の対探偵課の案件かもしれないと、振ってくる。それが、玲奈の「探偵の探偵」としての仕事になっていく。だがそれは仕組まれた罠だった。最初からおもしろいエピソードが組み込まれて行く。 そのドタバタで入手したものの中に玲奈はある糸口を発見した。阿比留綜合探偵社の名前が浮上してくる。玲奈はこの名称からつながりを辿る。だが、それは玲奈を排除しようとする動きを加速させ、玲奈が窮地に立つ結果に転ずることに。
このストーリー展開で興味深いのは、玲奈の相棒となった琴葉が少しずつ探偵業に馴染んで行くことである。そして、玲奈の過去を知ることにも。
日銀総裁の子どもで5歳の梨央ちゃん誘拐事件が公開捜査になった時点で、玲奈にも関わる驚愕の事実が矢吹洋子と名乗る医師から知らされる。咲良の死に関わる犯人についてだった。それが、玲奈に咲良の死の一因となった調査報告書に関しある仮説を抱かせることになる。だが、そこにも新たな罠が仕掛けられていた。
この第1巻のストーリーの展開において、玲奈の「探偵の探偵」としての能力と位置づけがすこしずつ鮮明にされていく。
第1ステージは「探偵の探偵」である玲奈が阿比留佳則の執拗な攻撃に対峙し、窮地に陥りながらもそこから脱却するプロセスを描く。このプロセスからして、知力を駆使しながらのかなり荒っぽい行動となっていく。
第2巻も当然ながら、玲奈の悪徳探偵狩りがつづく。その窮極目的は、咲良を殺害したストーカーに調査報告書を与えた探偵を見つけ出すことである。そのための悪徳探偵狩りなのだ。悪徳探偵の発見とその証拠を得るための玲奈の行動がどのように進展するか。このストーリーの副産物はやはり悪徳探偵がどのような手口を駆使するか。玲奈がどのような技術を使って証拠を発見し保全するかという点にある。それと行動中の負傷に対し玲奈が応急処置をどのように手早く行うかもリアルに書き込まれる。それらの描写が興味深い。
このストーリーの進展を少しご紹介する。
1.北区赤羽西一丁目のマンションを拠点とする36歳の探偵堤暢男のケースの始まり
堤から情報を入手した変質者檜池康弘に捕らわれている木梶愛莉の救出。
玲奈は檜池の部屋にあった調査報告書の一つに衝撃的な既視感を持った。
本人に警察へ通報させ、「わたしのことは忘れて」とささやき玲奈は立ち去る。
警視庁捜査一課の窪塚警部補が臨場する。誘拐事件で梨央ちゃんを救出した刑事だ。
2.豊橋の警察署に玲奈は咲良の事件の証拠品を閲覧に赴く。DVでの負傷と誤解される。
あるDVシェルターの場面に転換する。DVシェルター集団失踪事件が発生した。
玲奈の外見に警察が誤解し、そこから突然の場面転換は読者に疑念・関心を残すことに。
3.窪塚刑事が堤暢男を取り調べる。その後、窪塚はDVシェルターでの事件に向かう。
4.玲奈は既視感のある調査報告書を作成した悪徳探偵を死神と呼び、その調査にかかる。 それが、悪徳探偵堤暢男との再接触、DVシェルター事件関係者と接触する必要へと連鎖していく。窪塚刑事と再び接触することにもなる。
DV夫の一人の追跡調査をすることから、玲奈は死神のま新しい調査報告書を目にすることに。これが新たな展開への兆しとなるのか・・・・・。
第2巻では玲奈の追跡行動について、こんな記述が出てくる。
「待ち受けるものがなんであれ、探偵がなすべきことはひとつしかない。れっきとした真実のみを掌中にすることだった。現実の探偵は、推理を結論にはしない。」(p173)
玲奈の行動がどういう展開を見せていくのか。ハードボイルドタッチが濃厚になっていく。第2巻をお楽しみいただきたい。
第3巻では玲奈の周辺環境が大きく変化する。今までの「探偵の探偵」としての行動結果が警察の目障りになる。刑事事件領域に侵犯し、そこに玲奈が関与していると推測できても、玲奈の仕業という証拠がない。警察は玲奈を常時監視下におき、刑事事件として摘発しようと動き始める。読者にとっては勿論おもしろさが増強される。
第2巻のエンディング段階で、須磨はある調査報告書-澤柳菜々に関わる-を玲奈に見せた。それは玲奈をさらに一歩、死神に近づける証拠だった。勿論、死神こそ玲奈が「探偵の探偵」としてまさに目指すターゲットなのだ。それがこの第3巻。
26歳の後藤清美は浅村克久という探偵に婚約者梅宮亮平の浮気調査を依頼した。浅村は浮気調査をネタに後藤清美から調査費を絞れるだけ絞ろうとする悪徳探偵だった。その後藤清美が玲奈に相談電話を掛けてくるという事案から始まる。玲奈が探偵浅村克久の名前を確認したのは、任意同行に応じ警察署の取調室で取り調べを受けている最中だった。正式に玲奈にその仕事を依頼する前に後藤清美は交通事故に遭遇し、搬送された病院で死亡する。玲奈は病院に現れる。だが、それは玲奈を監視・追尾する捜査員たちの追尾を振り切り玲奈が病院を脱出する行動という最初の山場に転じて行く。
後藤清美からのコンタクトを皮切りに、玲奈は浅村克久をまず追うことになる。玲奈は自称探偵業の橋本耕治と取引し、浅村克久への糸口を得る。浅村の追跡という展開は、ひとつの支流となるストーリーだった。しかし、そこで玲奈が使うあるトリックが後に死神にコピー活用されるというリンクがあって、結果的に振り返るとおもしろさが加わる。
警察が玲奈の行動を常時監視体制下に置く。一方、スマ・リサーチが加入する調査業協会は須磨社長に対し対探偵課の廃止を迫るが、須磨は断固拒絶する。それに対し、竹内調査事務所の竹内社長は、各社が対探偵課を設置し玲奈の行動を監視することを通じ、逆に業界が悪徳探偵問題に取り組むという提案をする。調査業協会のこの動きが玲奈にとって一層の足枷になるのかどうか。玲奈の周辺状況が慌ただしくなっていく。
逆に、死神(澤柳菜々)が玲奈をターゲットにして仕掛けてくる。DVシェルター事件で集団失踪した被害者の一人市村凜がスマ・リサーチに駆け込んでくるという場面展開になる。DV夫の沼園賢治が刃物を片手に追いかけてくる。スマ・リサーチの入居する建物の傍には、勿論警察の監視捜査員が張り付いている。
沼園に探偵が提出した最新の調査報告には澤柳菜々と明示されていた。明らかに玲奈への挑戦である。誰にも頼れない玲奈は市村凜と琴葉を伴い、都内に隠れ家を設定する。玲奈は澤柳菜々をおびき寄せる策を仕掛けるが、窮地に陥る。その一方、琴葉が姉からのメールを契機に意外な進展で罠にはまっていく。
この第3巻は、澤柳菜々と玲奈が対決する展開へと進む。
だが、その対決への過程で意外な事実が明らかに。重要などんでん返しが仕組まれていた。緊迫した最終ステージはまさにハードボイルドである。
死神との対決が新たな追跡目標を生むことになる。探偵業の様々な裏テクニックがここでも織り込まれていて、おもしろい。
この第3巻から興味深い記述をご紹介しよう。
「警察発表は企業のマスコミ向け告知と変わらない。みずから都合のいい文法に終始する。」(p83-84) 「警察が法を順守するなど建て前にすぎない。」(p94)
これらの意味の具体的説明が続くが、それは該当ページをお読みいただきたい。
また、須磨は玲奈に黒人テニス選手アーサー・アッシュの言葉をつぶやいた。
「いまいる場所から始めよ。持っているものを使え。できることをしろ。」(p104)
第4巻は思わぬ状況からストーリーが始まる。玲奈はスマ・リサーチから竹内捜査事務所の対探偵課に移籍した。そこで玲奈は盗聴機器関連の悪徳業者シーカの調査に加わっていたが、追跡に失敗し逆に罠にはめられかけた。大騒動を引き起こしつつ、からくも窮地を脱出する。冒頭からこれまたハードボイルドタッチの展開となる。
そこから、東京拘置所内の独房で殺人事件が2件発生する場面に一転する。
東京拘置所に拘置されている少年A(境加図雄)が背中を刺されて死亡。彼は河川敷で37歳の主婦を殺し、白昼堂々と屍姦した。さらに殴打され失神している15歳の娘を強姦し財布を奪って逃走したのだ。対岸に目撃者がいた。少年Aが死亡する前に、峰森琴葉が拘置所に侵入していたという画像が監視録画になぜか記録されていた。琴葉が容疑者とみなされることに。
一方、マスコミの名物リポーター逢坂結翔は玲奈が拘置所に侵入したと推測して玲奈を追跡する行動に出る。
思わぬ形のストーリー展開が読者を戸惑わせる。
一方で、死神と玲奈が対決した事件の後、須磨は死神の背後に存在する姥妙悠児をどのように探索するかを桐嶋と相談していた。この時点で、スマ・リサーチを離れている玲奈は姥妙の存在を知らなかった。
桐嶋から玲奈にラインでコンタクトがあった。玲奈は拘置所内での琴葉の画像記録とその後の琴葉の失踪を知る。さらに姥妙悠児という名を。その名を知った直後に、東京拘置所内での3人目の予告殺人事件の報道が流れる。被告人入江要人は秩父市で女子高生を絞殺し土中に埋め、死体遺棄した容疑者だった。
玲奈が竹内探偵事務所の設置している隠れ家の一つに身を潜めている時に、坂東刑事を筆頭に警察官が部屋に突入してきた。その夜、拘置所での4人目の殺人予告どおりに、被告栗田洋大が死んだ。琴葉がますます容疑者と見做されることになっていく。
遂に玲奈が覚醒する。ストーリーがどう展開して行くのか・・・・読者としては引き寄せられて行く。
このファイナル・ステージも一筋縄ではいかないひねりが加えられている、その意外性が読ませどころとなっていく。玲奈は琴葉を救出し、姥妙と1対1の対決をすることになる。玲奈がどのようにして姥妙から証拠を引き出し、それを保全するかも興味深いところとなる。
この第4巻でも、玲奈が覚醒する動因となるトリガーを須磨が玲奈に語る。
「ちがう。親や兄弟姉妹との絆こそ、のちに他人と結びつくための事前演習なんだ」(p14)。
紗崎玲奈は終始不屈のスーパー・ヒロイン! 実務的に裏付けのある探偵業の裏技やIT技術の舞台裏技術をふんだんに織り交ぜてられていく。それらはたぶん物理科学的な知識・事実の裏付けがあることだろう。警察組織の体質もかなりアイロニカルな描写で織り込まれていく。これらがストーリーの進展にリアル感を醸し出す。読者はこのフィクション世界を大いに楽しめる。
最後に、玲奈がスマ・リサーチに復職し、心機一転、対探偵課としての小さな仕事をさっさと片付ける場面でエンディングとしているのもおもしろい。
文庫本Ⅳの末尾に、「『探偵の探偵』新章にご期待ください」の一行に気づいた。
新たなストーリーの展開を期待したい。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
探偵業の業務の適正化に関する法律等の概要 :「警視庁」
探偵業の業務の適正化に関する法律 :「eーGOV 法令検索」
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東京拘置所 完全ガイド ホームページ
刑事施設視察委員会の活動状況 :「法務省」
警視庁留置施設視察委員会 :「警視庁」
アーサー・アッシュ :ウィキペディア
アーサー・アッシュの名言 :「偉人たちの名言集」
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松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点