樋口顕シリーズはお気に入りの一つである。警視庁捜査一課殺人犯捜査第三係係長、通称「樋口班」のリーダーである。私は彼のキャラクター設定が好き。
樋口は面倒な問題にはできれば捲き込まれたくはない。自分は臆病者で、道を踏み外すどころか、道の端に寄ることさえ恐ろしい。方針に沿って行動する。独断専行が一番のタブーとみる。警察というちょっと特殊な社会の中で、できるだけ他人との摩擦を避け、問題を起こさす生きて行こうと思っている。警察という身内を大切にする。一方で、警察という組織が信頼を失うような問題を引き起こしてはならないと考えている。そこで、疑問に感じたことは、粘り強く追求していく。その結果、問題事象が解決する。一匹狼的な刑事とは対極にいるような刑事である。面白いのは、回りの人々は、そうは思っていないという点にある。このギャップがおもしろい。
本書は、「小説幻冬」(Vol.52~63)に連載された後、加筆、修正され2022年3月に単行本化された。本書は第7作目だと思う。「朱夏」は新潮社から出版されたが、「リオ」「ビート」「廉恥」「回帰」「焦眉」が幻冬舎から出版されている。
捜査本部が長丁場となった事件が解決し、「樋口班」も一休みできると思った直後に、樋口は東洋新聞社会部記者の遠藤貴子に声を掛けられた。遠藤は、3日前の荒川河川敷での水死体の件だと言う。樋口は知らなかった。所轄署レベルで解決処理された事案だった。樋口は部下の藤本巡査部長にその事案を調べさせた。千住署が自殺と断定し処理ずみだった。
樋口の自宅マンションに夜回りの記者が3人ほど来て居て、その中に遠藤が居た。樋口は遠藤から彼女の質問意図の続きを聞くことになる。遺族は千住署の自殺という断定に納得していないという。亡くなったのは井田友彦、17歳、足立区内の公立高校2年生、荒川にかかる西新井橋の下で、仰向けで浮いていた。両親は司法解剖を求めていたという。ちゃんと調べて欲しいという両親の訴えに対し、千住署の捜査員が恫喝の電話を掛けてきたという。両親は、息子の首筋に吉川線を確認したというのだ。入水自殺ならありえない傷跡である。この遠藤の再調査への問いかけがトリガーとなる。
樋口は、恫喝という行為に不快感を抱き、気にもなる故に、遠藤から聞いたことを天野管理官に報告した。天野は樋口が行動を起こすものと解釈し、藤本とペアで別動として調べてみることを認めた。天野自身も気になる点があるという。さらに、この調べは樋口でなければ切り抜けられないことだという。
千住署が自殺と判断し処理済みとなった事案である。捜査一課の係長が洗い直しを行っていると千住署の連中が知れば、黙っては居ないだろうと樋口は思う。だが、疑問を抱えた事案をそのままにはできない。樋口が藤本とペアを組み、この事案の洗い直しを始める。
千住署の桐原係長にアポイントを取り、まず話を聞くことになる。「自分も警察官ですから、警察の捜査に疑いの眼を向けたくはありません。でも、ご遺族が納得していないということを新聞記者が知っているのは事実なんです。妙な形で蒸し返されるのは避けたい。ただそれだけなんです」(p58)というスタンスで話を聞きたいというアプローチを貫く。徹底的に千住署の捜査した結果を踏まえて、あくまで事実を確かめたいというのだ。
一方、両親がなぜ千住署の判断を納得していないのか、その理由、事実を確かめることになる。それと恫喝電話は誰からだったのかも・・・・・・。
樋口が調べて行くと、捜査事実の解釈で疑問点が次々と出てくる。このストーリーの読ませどころは、樋口がどのような捜査アプローチをしていくかというところにある。千住署の担当者たちの反撥を極力回避して、一緒に調べ直すという方向に樋口は方向づけていく。
樋口が調べを進める中で、千住署の中での人間関係に問題事象があることに気づく。いわば事件捜査の癌になる足を引っ張る働きをする刑事が存在することに気づいていく。
別動という樋口の行動には、本庁で別の事件が発生し「樋口班」もその捜査に参加することになったことから、思わぬ軋轢が発生する。天野管理官は樋口・藤本の別動を認めた。だが、さらに上位ポジションである石田理事官、捜査一課のナンバーツーが横槍を入れて来た。別動を認めないという。係長が捜査本部にいないのはおかしい。小松川署の捜査本部へ行き、捜査せよと命じてきたのだ。石田理事官が樋口の足を引っ張ることになる。
どの組織にも、己の職権・権威を中心に物事を判断する輩は居る。樋口は懲戒解雇を覚悟して、己の信念で事態に臨んでいくことを迫られる。
天野管理官が別動を認め、支持しているのに、上位の理事官が己の発言に拘る理由は何か。樋口はその背景も調べてみることにした。そこから意外な人間関係の繋がりの糸が見えることに。
両親の要望した司法解剖は行われていなかった。だが、千住署の刑事たちが調べた事実と、鑑識係が記録に残していた現場写真から、樋口はある事実を再確認する必要性を示唆する。そして、この事案は自殺から他殺へと視点が転換されてく。千住署に捜査本部が立つことになる。
このストーリー、樋口の捜査アプローチの仕方と、粘り強い地道な捜査行動が決め手となっていく。一手一手の広げ方、そこが興味深いところとなる。
もう一つ、ここには、サイド・ストーリーがパラレルに進行して行く。それは、樋口の娘・照美が転職したいと言いだしたことに始まる。妻の恵子から照美と話し合ってほしいと下駄を預けられるのだ。娘の人生の岐路。照美はもともと報道関係の仕事を希望していたのだった。樋口の戸惑い。そこに、一条の光りとして樋口がかつて知り合った人物からある仕事のオファーが寄せられてくる。これがおもしろい展開を生む。樋口がその人物から有益な助言を受けるという繋がりが生まれる。
このサイド・ストーリーは、樋口の人間味を大いに感じさせるさる側面である。また、読者にとっては全体のストーリーのなかで、気分転換的な場面切り替えにもなっていて楽しい。
一気読みしたくなる警察小説である。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新7版 (96冊) 2022.8.6 時点
樋口は面倒な問題にはできれば捲き込まれたくはない。自分は臆病者で、道を踏み外すどころか、道の端に寄ることさえ恐ろしい。方針に沿って行動する。独断専行が一番のタブーとみる。警察というちょっと特殊な社会の中で、できるだけ他人との摩擦を避け、問題を起こさす生きて行こうと思っている。警察という身内を大切にする。一方で、警察という組織が信頼を失うような問題を引き起こしてはならないと考えている。そこで、疑問に感じたことは、粘り強く追求していく。その結果、問題事象が解決する。一匹狼的な刑事とは対極にいるような刑事である。面白いのは、回りの人々は、そうは思っていないという点にある。このギャップがおもしろい。
本書は、「小説幻冬」(Vol.52~63)に連載された後、加筆、修正され2022年3月に単行本化された。本書は第7作目だと思う。「朱夏」は新潮社から出版されたが、「リオ」「ビート」「廉恥」「回帰」「焦眉」が幻冬舎から出版されている。
捜査本部が長丁場となった事件が解決し、「樋口班」も一休みできると思った直後に、樋口は東洋新聞社会部記者の遠藤貴子に声を掛けられた。遠藤は、3日前の荒川河川敷での水死体の件だと言う。樋口は知らなかった。所轄署レベルで解決処理された事案だった。樋口は部下の藤本巡査部長にその事案を調べさせた。千住署が自殺と断定し処理ずみだった。
樋口の自宅マンションに夜回りの記者が3人ほど来て居て、その中に遠藤が居た。樋口は遠藤から彼女の質問意図の続きを聞くことになる。遺族は千住署の自殺という断定に納得していないという。亡くなったのは井田友彦、17歳、足立区内の公立高校2年生、荒川にかかる西新井橋の下で、仰向けで浮いていた。両親は司法解剖を求めていたという。ちゃんと調べて欲しいという両親の訴えに対し、千住署の捜査員が恫喝の電話を掛けてきたという。両親は、息子の首筋に吉川線を確認したというのだ。入水自殺ならありえない傷跡である。この遠藤の再調査への問いかけがトリガーとなる。
樋口は、恫喝という行為に不快感を抱き、気にもなる故に、遠藤から聞いたことを天野管理官に報告した。天野は樋口が行動を起こすものと解釈し、藤本とペアで別動として調べてみることを認めた。天野自身も気になる点があるという。さらに、この調べは樋口でなければ切り抜けられないことだという。
千住署が自殺と判断し処理済みとなった事案である。捜査一課の係長が洗い直しを行っていると千住署の連中が知れば、黙っては居ないだろうと樋口は思う。だが、疑問を抱えた事案をそのままにはできない。樋口が藤本とペアを組み、この事案の洗い直しを始める。
千住署の桐原係長にアポイントを取り、まず話を聞くことになる。「自分も警察官ですから、警察の捜査に疑いの眼を向けたくはありません。でも、ご遺族が納得していないということを新聞記者が知っているのは事実なんです。妙な形で蒸し返されるのは避けたい。ただそれだけなんです」(p58)というスタンスで話を聞きたいというアプローチを貫く。徹底的に千住署の捜査した結果を踏まえて、あくまで事実を確かめたいというのだ。
一方、両親がなぜ千住署の判断を納得していないのか、その理由、事実を確かめることになる。それと恫喝電話は誰からだったのかも・・・・・・。
樋口が調べて行くと、捜査事実の解釈で疑問点が次々と出てくる。このストーリーの読ませどころは、樋口がどのような捜査アプローチをしていくかというところにある。千住署の担当者たちの反撥を極力回避して、一緒に調べ直すという方向に樋口は方向づけていく。
樋口が調べを進める中で、千住署の中での人間関係に問題事象があることに気づく。いわば事件捜査の癌になる足を引っ張る働きをする刑事が存在することに気づいていく。
別動という樋口の行動には、本庁で別の事件が発生し「樋口班」もその捜査に参加することになったことから、思わぬ軋轢が発生する。天野管理官は樋口・藤本の別動を認めた。だが、さらに上位ポジションである石田理事官、捜査一課のナンバーツーが横槍を入れて来た。別動を認めないという。係長が捜査本部にいないのはおかしい。小松川署の捜査本部へ行き、捜査せよと命じてきたのだ。石田理事官が樋口の足を引っ張ることになる。
どの組織にも、己の職権・権威を中心に物事を判断する輩は居る。樋口は懲戒解雇を覚悟して、己の信念で事態に臨んでいくことを迫られる。
天野管理官が別動を認め、支持しているのに、上位の理事官が己の発言に拘る理由は何か。樋口はその背景も調べてみることにした。そこから意外な人間関係の繋がりの糸が見えることに。
両親の要望した司法解剖は行われていなかった。だが、千住署の刑事たちが調べた事実と、鑑識係が記録に残していた現場写真から、樋口はある事実を再確認する必要性を示唆する。そして、この事案は自殺から他殺へと視点が転換されてく。千住署に捜査本部が立つことになる。
このストーリー、樋口の捜査アプローチの仕方と、粘り強い地道な捜査行動が決め手となっていく。一手一手の広げ方、そこが興味深いところとなる。
もう一つ、ここには、サイド・ストーリーがパラレルに進行して行く。それは、樋口の娘・照美が転職したいと言いだしたことに始まる。妻の恵子から照美と話し合ってほしいと下駄を預けられるのだ。娘の人生の岐路。照美はもともと報道関係の仕事を希望していたのだった。樋口の戸惑い。そこに、一条の光りとして樋口がかつて知り合った人物からある仕事のオファーが寄せられてくる。これがおもしろい展開を生む。樋口がその人物から有益な助言を受けるという繋がりが生まれる。
このサイド・ストーリーは、樋口の人間味を大いに感じさせるさる側面である。また、読者にとっては全体のストーリーのなかで、気分転換的な場面切り替えにもなっていて楽しい。
一気読みしたくなる警察小説である。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新7版 (96冊) 2022.8.6 時点