渋谷署強行犯係シリーズはこれで4作目になる。第1作目が1992年でこの第4作の単行本化は2014年1月である。今野敏の作品リストを見ると、渋谷署強行犯係というタイトルで当初から発刊されたのは、この第4作が初めてだ。私自身、今野作品を読み継いできて、文庫本でこのシリーズを読んだ。このシリーズの作品歴を最初にご紹介しておこう。
第1作 拳鬼伝(トクマ・ノベルズ) 1992.6
→ 改題 密闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2011.5
第2作 賊狩り 拳鬼伝2(トクマ・ノベルズ) 1993.2
→ 改題 義闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2008.11
第3作 鬼神島 拳鬼伝3(トクマ・ノベルズ) 1993.6
→ 改題 渋谷強行犯係(徳間文庫) 2009.3
こうして時系列でみると、余談になるが興味深い。1990年代前半には武術・格闘技ものに読者の関心があったのだろうか。現在は警察小説ブームである。私自身、今野作品は安積班ものと隠蔽捜査シリーズという警察小説分野から関心の波紋を広げて読み継いできたのだから。その時代の読者のアンテナにキャッチされやすい形にタイトルが作品内容との相関で改題されたということだろう。もう一つ面白いのは、文庫本化にあたり、第2作がまず改題して文庫本化されたということだ。どれを最初に改題・再刊するとまず読者を惹きつけやすいかという視点があったのだろうか・・・・それは企画者に聞かないと分からないが。最初の発行部数などもひょっとすると関係するのかも?
脇道はさておき、この作品の読後印象に入っていこう。この第4作もこのシリーズの定石パターンの上でストーリーが展開されていく。定石パターンにはちょっと既視感が伴うが、マクロの展開パターンを知りながら、それが作品として単なる二番煎じに陥いることなく、新機軸が盛り込まれどんな意外性が盛り込まれるか・・・。そこにシリーズ愛読者の醍醐味があるだろう。定石パターンが楽しみに転化するかどうかである。
この渋谷署強行犯係の今までの定石パターンは、
1)現場第一線の刑事として腰痛を持病に持つ辰巳吾郎が予約を取り整体院を訪れる。
整体院の院長は竜門光一。武術家であり、沖縄の古武道を修得している。
2)辰巳は治療を受けながら、世間話のように、最近彼が扱っている事件、それも格闘技が暴力手段に絡んだやっかいな連続事件を語り出す。
3)竜門は関わりたくないと無視しようとするが、内心ではその事件で使われた技に関心を抱き始める。辰巳は釣師が竿に餌を付けて魚の居そうな場所に投げ込み様子見をするように、あたりをつけ始める。竜門の意見を聞きたいだけだと・・・・
4)竜門は連続事件の内容よりも、その技の使い手と技そのものに対する関心を抑えられなくなり、情報収集を始める。そして、事件現場にも密かに足を運ぶ。
5)情報・手掛かりを得た竜門は、結局辰巳刑事に協力する羽目になる。
この段階で。辰巳刑事は格闘技の観点では竜門に事件解決へのバトンを預け、サポート役に回る。
6)連続事件の犯人と竜門は対決する。そして事件解決へのバトンは辰巳刑事に戻される。
さて、この第4作、前3作の初版からすればほぼ10年余を経ている。そこでまず驚かされたのが、なんと竜門光一は41歳、辰巳刑事は56歳になっているのだ。この作品から40代になった竜門光一がどう活躍していくかを期待させる始まりである。一方、辰巳刑事は「階級も当時と変わらず、巡査部長のままだ。これも、最近では希な例らしい。昇級試験を受けようとせず、現場にしがみつく刑事は、昨今では珍しいのだそうだ」(p5)という存在。つまり、そのことで竜門と辰巳の関係が辰巳の定年までは続く可能性が残されているといえる。つまりこの強行犯係シリーズが第2ステージとして始まったと捉えられる。整体院の事務員として勤めていた葦沢真理はそのまま勤めている。竜門から整体術の施術のアシスタントとしてのトレーニングを受け始めている。しかし、院長とアシスタントの関係だけ。前3作で辰巳刑事が水を向けてきたような男女の関係には進展していない。つまり竜門と葦沢は結婚していないのだ。雇用関係のままである。
こんな背景の中で、連続傷害事件が発生していく。
18歳(2人)、19歳の3人組が宮下公園でホームレスに暴力をふるったり、テントに火をつけたりしていたという。しかし証拠がつかめないため検挙に至らなかった。その3人組が素面の状態で、あっという間に2人が肘関節、1人が肩関節を外されるという被害者になったと辰巳刑事が竜門に言う。犯人像についての3人の証言はバラバラ。
彼らは仲間を頼り自分たちでその犯人に報復することを狙っているようなのだ。やはり、連続して宮下公園で同種の事件が発生する。犯人は武術、格闘技の手練れなのか?
辰巳刑事が施術を受けに来た日のその後の施術の仕事が終わった頃、竜門の恩師・大城盛達先生が突然に整体院に訪れたのだ。80歳を越えている先生が、沖縄から東京に出てきたのだ。大城先生は掛け試し(=道場外での腕試し)の不敗伝説の持ち主である。先生は今朝のテレビのニュースを見て、3人の若者が病院送りになったというその鮮やかな手口のことを考えている内に、気づいたら那覇空港に居たのだという。そこでそのまま東京に出てきたという。その事件の犯人に会って見たいと言う。
竜門は大城先生の真意は何かと戸惑いながらも、その事件の犯人について、というかその犯人が使った武術、技についての推論へとどんどん話が進んでいく。
そして、竜門は辰巳の誘い水と大城先生の興味に関わらざるを得ない状況に入って行く。勿論、竜門の心の深層にはその犯人に対峙したい思いが潜んでいたのだ。
この作品での新規なところは、前3作の如く、事件に関わっていく時にいつも竜門が行っていた彼独特の儀式を行わないという点だ。40代になった竜門の心境の変化なのか。大城先生と行動を共にする事態になったからなのか・・・。次の作品が上梓されるなら、この点がクリアになってくるだろう。多分前者の理由であり、竜門の武術家の心境がステップアップしたという証ではないかと思うが。
定石パターンを踏みながら、この事件について意外な方向に転換していくところがやはりおもしろい。二番煎じ作品にならない巧みさと構想が組み込まれている。
・対象事件への警察組織の各部門の対処方法という視点からの切り込み、事件の根本原因究明の問題とその手続きの視点などから、警察のあり方を冷めた目で描いていること。 ・大城先生という達人、師と弟子との関係が描かれ、また沖縄古流の伝承・継承に触れていること。
・沖縄と日本本土の関係、沖縄の歴史や沖縄人の心情に触れていること。
・竜門の関わる格闘技の対峙のしかたに新機軸が組み込まれていること。
・竜門が沖縄まで出かけていくことと先生が処世の達人でもあったというオチ。
これらがどう描かれているかは、この作品を読みお楽しみいただきたい。
ネタばれにならないところで、読後印象記を留めたい。一気読みしたくなることはまちがいないと思う。なにせ、大城先生の登場で、どう話が展開するか興味津々となるのだから。沖縄方言の挿入が雰囲気を和ませる。
40代になった竜門の活躍と辰巳刑事の定年退職までの最後の意地と粘りが次作以降でも生き生きと描き出されることを期待したい。
ご一読ありがとうございます。
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本作品に関連して関心をいだいた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
宮下公園 ← みやしたこうえん :「渋谷区」
示現流 :ウィキペディア
示現流兵法所 :「示現流東郷財団サイト」
天神真楊流 :ウィキペディア
天神真楊流柔術(新座市) :「日本古武道協会」
天神真楊流柔術極意教授図解 :「近代デジタルライブラリー」
松村宗棍 :ウィキペディア
松村宗棍と本部朝基 :「本部流」
知花朝信 :ウィキペディア
空手と人物4-知花朝信- :「沖縄空手」
首里手 :ウィキペディア
ナイファンチ ← 知花朝信 ナイファンチ :YouTube
パッサイ ← 古流パッサイ型、松村のパッサイ型 :YouTube
小林流 形 パッサイ小 :YouTube
セーサン ← セイサン形講習 seisan 1 :YouTube
新潟国体 古川哲也選手 セイサン Furukawa seisan :YouTube
ウッチン茶 沖縄コンパクト事典 :「琉球新報」
ウコン茶 ← ウコン茶の効能 :「健康茶の効能ガイド」
ウコンとはどんな健康食品であるか
コザ派と那覇派 ← [メモ]沖縄ヤクザの成立・コザ事件 :「阿修羅」
沖縄の暴力団 :ウィキペディア
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その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『曙光の街』 文藝春秋
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新3版
第1作 拳鬼伝(トクマ・ノベルズ) 1992.6
→ 改題 密闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2011.5
第2作 賊狩り 拳鬼伝2(トクマ・ノベルズ) 1993.2
→ 改題 義闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2008.11
第3作 鬼神島 拳鬼伝3(トクマ・ノベルズ) 1993.6
→ 改題 渋谷強行犯係(徳間文庫) 2009.3
こうして時系列でみると、余談になるが興味深い。1990年代前半には武術・格闘技ものに読者の関心があったのだろうか。現在は警察小説ブームである。私自身、今野作品は安積班ものと隠蔽捜査シリーズという警察小説分野から関心の波紋を広げて読み継いできたのだから。その時代の読者のアンテナにキャッチされやすい形にタイトルが作品内容との相関で改題されたということだろう。もう一つ面白いのは、文庫本化にあたり、第2作がまず改題して文庫本化されたということだ。どれを最初に改題・再刊するとまず読者を惹きつけやすいかという視点があったのだろうか・・・・それは企画者に聞かないと分からないが。最初の発行部数などもひょっとすると関係するのかも?
脇道はさておき、この作品の読後印象に入っていこう。この第4作もこのシリーズの定石パターンの上でストーリーが展開されていく。定石パターンにはちょっと既視感が伴うが、マクロの展開パターンを知りながら、それが作品として単なる二番煎じに陥いることなく、新機軸が盛り込まれどんな意外性が盛り込まれるか・・・。そこにシリーズ愛読者の醍醐味があるだろう。定石パターンが楽しみに転化するかどうかである。
この渋谷署強行犯係の今までの定石パターンは、
1)現場第一線の刑事として腰痛を持病に持つ辰巳吾郎が予約を取り整体院を訪れる。
整体院の院長は竜門光一。武術家であり、沖縄の古武道を修得している。
2)辰巳は治療を受けながら、世間話のように、最近彼が扱っている事件、それも格闘技が暴力手段に絡んだやっかいな連続事件を語り出す。
3)竜門は関わりたくないと無視しようとするが、内心ではその事件で使われた技に関心を抱き始める。辰巳は釣師が竿に餌を付けて魚の居そうな場所に投げ込み様子見をするように、あたりをつけ始める。竜門の意見を聞きたいだけだと・・・・
4)竜門は連続事件の内容よりも、その技の使い手と技そのものに対する関心を抑えられなくなり、情報収集を始める。そして、事件現場にも密かに足を運ぶ。
5)情報・手掛かりを得た竜門は、結局辰巳刑事に協力する羽目になる。
この段階で。辰巳刑事は格闘技の観点では竜門に事件解決へのバトンを預け、サポート役に回る。
6)連続事件の犯人と竜門は対決する。そして事件解決へのバトンは辰巳刑事に戻される。
さて、この第4作、前3作の初版からすればほぼ10年余を経ている。そこでまず驚かされたのが、なんと竜門光一は41歳、辰巳刑事は56歳になっているのだ。この作品から40代になった竜門光一がどう活躍していくかを期待させる始まりである。一方、辰巳刑事は「階級も当時と変わらず、巡査部長のままだ。これも、最近では希な例らしい。昇級試験を受けようとせず、現場にしがみつく刑事は、昨今では珍しいのだそうだ」(p5)という存在。つまり、そのことで竜門と辰巳の関係が辰巳の定年までは続く可能性が残されているといえる。つまりこの強行犯係シリーズが第2ステージとして始まったと捉えられる。整体院の事務員として勤めていた葦沢真理はそのまま勤めている。竜門から整体術の施術のアシスタントとしてのトレーニングを受け始めている。しかし、院長とアシスタントの関係だけ。前3作で辰巳刑事が水を向けてきたような男女の関係には進展していない。つまり竜門と葦沢は結婚していないのだ。雇用関係のままである。
こんな背景の中で、連続傷害事件が発生していく。
18歳(2人)、19歳の3人組が宮下公園でホームレスに暴力をふるったり、テントに火をつけたりしていたという。しかし証拠がつかめないため検挙に至らなかった。その3人組が素面の状態で、あっという間に2人が肘関節、1人が肩関節を外されるという被害者になったと辰巳刑事が竜門に言う。犯人像についての3人の証言はバラバラ。
彼らは仲間を頼り自分たちでその犯人に報復することを狙っているようなのだ。やはり、連続して宮下公園で同種の事件が発生する。犯人は武術、格闘技の手練れなのか?
辰巳刑事が施術を受けに来た日のその後の施術の仕事が終わった頃、竜門の恩師・大城盛達先生が突然に整体院に訪れたのだ。80歳を越えている先生が、沖縄から東京に出てきたのだ。大城先生は掛け試し(=道場外での腕試し)の不敗伝説の持ち主である。先生は今朝のテレビのニュースを見て、3人の若者が病院送りになったというその鮮やかな手口のことを考えている内に、気づいたら那覇空港に居たのだという。そこでそのまま東京に出てきたという。その事件の犯人に会って見たいと言う。
竜門は大城先生の真意は何かと戸惑いながらも、その事件の犯人について、というかその犯人が使った武術、技についての推論へとどんどん話が進んでいく。
そして、竜門は辰巳の誘い水と大城先生の興味に関わらざるを得ない状況に入って行く。勿論、竜門の心の深層にはその犯人に対峙したい思いが潜んでいたのだ。
この作品での新規なところは、前3作の如く、事件に関わっていく時にいつも竜門が行っていた彼独特の儀式を行わないという点だ。40代になった竜門の心境の変化なのか。大城先生と行動を共にする事態になったからなのか・・・。次の作品が上梓されるなら、この点がクリアになってくるだろう。多分前者の理由であり、竜門の武術家の心境がステップアップしたという証ではないかと思うが。
定石パターンを踏みながら、この事件について意外な方向に転換していくところがやはりおもしろい。二番煎じ作品にならない巧みさと構想が組み込まれている。
・対象事件への警察組織の各部門の対処方法という視点からの切り込み、事件の根本原因究明の問題とその手続きの視点などから、警察のあり方を冷めた目で描いていること。 ・大城先生という達人、師と弟子との関係が描かれ、また沖縄古流の伝承・継承に触れていること。
・沖縄と日本本土の関係、沖縄の歴史や沖縄人の心情に触れていること。
・竜門の関わる格闘技の対峙のしかたに新機軸が組み込まれていること。
・竜門が沖縄まで出かけていくことと先生が処世の達人でもあったというオチ。
これらがどう描かれているかは、この作品を読みお楽しみいただきたい。
ネタばれにならないところで、読後印象記を留めたい。一気読みしたくなることはまちがいないと思う。なにせ、大城先生の登場で、どう話が展開するか興味津々となるのだから。沖縄方言の挿入が雰囲気を和ませる。
40代になった竜門の活躍と辰巳刑事の定年退職までの最後の意地と粘りが次作以降でも生き生きと描き出されることを期待したい。
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本作品に関連して関心をいだいた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
宮下公園 ← みやしたこうえん :「渋谷区」
示現流 :ウィキペディア
示現流兵法所 :「示現流東郷財団サイト」
天神真楊流 :ウィキペディア
天神真楊流柔術(新座市) :「日本古武道協会」
天神真楊流柔術極意教授図解 :「近代デジタルライブラリー」
松村宗棍 :ウィキペディア
松村宗棍と本部朝基 :「本部流」
知花朝信 :ウィキペディア
空手と人物4-知花朝信- :「沖縄空手」
首里手 :ウィキペディア
ナイファンチ ← 知花朝信 ナイファンチ :YouTube
パッサイ ← 古流パッサイ型、松村のパッサイ型 :YouTube
小林流 形 パッサイ小 :YouTube
セーサン ← セイサン形講習 seisan 1 :YouTube
新潟国体 古川哲也選手 セイサン Furukawa seisan :YouTube
ウッチン茶 沖縄コンパクト事典 :「琉球新報」
ウコン茶 ← ウコン茶の効能 :「健康茶の効能ガイド」
ウコンとはどんな健康食品であるか
コザ派と那覇派 ← [メモ]沖縄ヤクザの成立・コザ事件 :「阿修羅」
沖縄の暴力団 :ウィキペディア
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『曙光の街』 文藝春秋
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新3版