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別れた妻が三重県出身で、和歌山の新宮に縁者がいたので、何度も訪れた。新宮は紀伊国屋文左衛門のみかん船の出発地点で、江戸とダイレクトに繋がっていた土地だ。
新宮速玉大社とモダンな街並み。江戸東京の新しいモノがいち早く入って来たところだ。
1915年に建てられた、文化学院の祖・旧西村伊作邸は現在のモダン住宅を凌駕する作りだった。
川越にもある。つい最近公開された旧山崎家別邸。
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川越の和菓子の老舗 亀屋主人の隠居住まいとして、1925年に建てられた。皇族の宿泊地としても使われた川越の迎賓館。
ひとつながりの邸に、洋館と日本家屋がある。
冒頭の写真は、洋館側のステンドグラス。日本庭園には茶室もあり。
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西村邸も同様だったが、浴槽が小さい。
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100年前の日本人は、体格が小さかったことを物語る。