(略)
> ◆教育とは、正解のないものを考える力をつけること
>小島慶子氏(以下、小島):はい。SDGsにおける教育の役割? [SDGs: Sustainable Development Goals, 持続可能な開発目標]
>それは、SDGsのほかの16の項目を真に理解して、自分のできる範囲で、その16の項目に多少なりとも貢献するような何かをしようと思ったら、まずその項目が何であるかを理解する基礎的な学力が必要ですね。
[1 貧困をなくそう, 2 飢餓をゼロに, 3 すべての人に健康と福祉を, 4 質の高い教育をみんなに, 5 ジェンダー平等を実現しよう, 6 安全な水とトイレを世界中に, 7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに, 8 働きがいも経済成長も, 9 産業と技術革新の基礎を作ろう, 10 人や国の不平等をなくそう, 11 住み続けられるまちづくりを, 12 つくる責任つかう責任, 13 気候変動に具体的な対策を, 14 海の豊かさを守ろう, 15 陸の豊かさも守ろう, 16 平和と公正をすべての人に, 17 パートナーシップで目標を達成しよう]
> 谷崎:そうですね。> 小島:いわば行き当たりばったり的というか、予測不可能なことが起きるのが人生です。
そうですね。人の一生は地図のない道ですね。
>基礎的な学力に加えて、マニュアルではなく、自分が予測不可能なものに遭遇しながらも、16ある項目のなかでSDGs的に「あっ、これは自分にできることかな」とか、「あっこれは大事なことかな」と判断する。>それは、まさに「知」の力です。
マニュアル組でない、ノンマニュアル組の育成ですね。
>そういうふうに考える力、そこに書いていないものを読むとか、あらかじめ自分のなかに正解がないものを考える力をつけましょう、というのが教育です。
そうですね。
現実の内容は、頭の外にある。それは見ることができる。見ればわかる。考える必要は無い。正解はただ一つである。
非現実 (考え) の内容は、頭の中にある。それは見ることができない。ただの話である。その内容を了解するためには、文法に従って文章を理解しなければならない。これは骨の折れる仕事である。その上、その内容は人人により違っている。
全ての考えは、文章になる。文章にならないものは考えではない。矛盾を含まない文章は、すべて正しい考えを表している。考えは人様々である。だから、正解は一つではない。幾らでもある。
我々の国語・日本語は、’今・ここ’ (現実) に根差している。見ることができるものは ‘本当’ のことである。見ることのできないものは ‘嘘’ である。だから、考え (非現実) の内容を語る人は、見て来たような嘘を吐く人ということになる。
このような事情で、我々日本人は非現実の内容の発表を慎まなくてはならない。だから、我が国民には自己実現が難しい。
<日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。
私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)
>もしかしたら17項目を全うするためには、4番目(の項目にあたる「教育」)が一番大事なのかもしれない。
そうですね。教育ですね。その前に飢餓で死ななければ良いですがね。
> 谷崎:そうですね。おっしゃる通りで、たぶん国連が決めたSDGsの教育に関しては、まずはこの基本的な基礎教育ですよね。 > 小島:読み・書き・計算。 > 谷崎:そういったもののことですね。 >それで初めて女性の権利であるとか、自分たちの置かれている立場とか、環境についての情報を得ることができる。>まず最低限、そこまで持っていこうということがあります。>それから、ジェンダーということを学んだら……。 > 小島:5番目(ジェンダー)ですね。
‘男女七歳にして席を同じゅうせず’ という徳目の撲滅ですね。
> 谷崎:そのために、つまり別の領域のSDGsを学ぶために、まずはこの4番(教育)が重要なんじゃないかな。
そうですね。
(略)
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