昨年秋から、ある大学の教授がボランテイアでされていた、源氏物語を原文で読む会に出席させてもらっていました。
3-4年前からされていたようですが、私が知ったのは昨秋で新潮古典集成ニ の「葵」から出席させてもらっていました。
月一回で、一回で3-4ページぐらいの進み方ですが、先生が朗読して解説をして下さいます。
日本語の美しさというか、流麗さにいつも感心していましたが、光源氏のなんとま~、まめさというか、見方によってはいいかげんなプレイボーイ振りにはあきれますが、その中での彼のその時々の一途な感情の動きにもびっくりです。
源氏物語は、高校生時代に谷崎さんの新訳を読んだ記憶がありますが、今回のようにきちんと読み解いてくださる機会を持つと、色んなことが行間に盛られているんだと驚くこと多々でした。また、古典を学問として研究することの研究者の厳しさも、少し垣間拝見したような気がします。
残念なことに、この機会は、先生のご事情で3月で終わりましたが、また、別の先生が内容は違うかもしれませんが、源氏物語の勉強会を持っていただけるようですので、出来れば出席させてもらいたいと思っています。
通関士の試験勉強をされている方は、関税法などの法律を条文で学ばれることも多いと思いますが、法律の条文の一字一句を詰めるさいには、時には1行で何時間も検討して最終的な案文が出来るということがあるようです。
「読み流す」ということと、「読んで頭で心で理解する」ということの違いを、この源氏物語の勉強会では改めて学んだような気がします。
3-4年前からされていたようですが、私が知ったのは昨秋で新潮古典集成ニ の「葵」から出席させてもらっていました。
月一回で、一回で3-4ページぐらいの進み方ですが、先生が朗読して解説をして下さいます。
日本語の美しさというか、流麗さにいつも感心していましたが、光源氏のなんとま~、まめさというか、見方によってはいいかげんなプレイボーイ振りにはあきれますが、その中での彼のその時々の一途な感情の動きにもびっくりです。
源氏物語は、高校生時代に谷崎さんの新訳を読んだ記憶がありますが、今回のようにきちんと読み解いてくださる機会を持つと、色んなことが行間に盛られているんだと驚くこと多々でした。また、古典を学問として研究することの研究者の厳しさも、少し垣間拝見したような気がします。
残念なことに、この機会は、先生のご事情で3月で終わりましたが、また、別の先生が内容は違うかもしれませんが、源氏物語の勉強会を持っていただけるようですので、出来れば出席させてもらいたいと思っています。
通関士の試験勉強をされている方は、関税法などの法律を条文で学ばれることも多いと思いますが、法律の条文の一字一句を詰めるさいには、時には1行で何時間も検討して最終的な案文が出来るということがあるようです。
「読み流す」ということと、「読んで頭で心で理解する」ということの違いを、この源氏物語の勉強会では改めて学んだような気がします。
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