『ドイツの「失敗」に学べ』
―ドイツの現在は日本の未来か-
(川口 マーン恵美著 発行:WAC)

■ 日本人がイメージするあのドイツはもうない(はじめに)
著者は、1985年ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学 大学院ピアノ科を卒業、以来40年ドイツに在住し、日本に於いても、現在、「現代ビジネス」「JBpress」「PRESIDENT Online」等の寄稿者として、また、数多くのYouTubeチャネルのゲスト出演者として活躍する傍ら、拓殖大学日本文化研究所客員教授を勤める作家です。
また、政治・社会・経済に関わる30冊以上の著作を発表しており、日本人の魂の視点から見る、ドイツを中心とするヨーロッパについての著者の知見は、奥深く、傾聴に値します。
そんな著者は、EUの経済大国のドイツが、GDPの前年比で3年連続のマイナス(2023年▼0.3%、2024年▼0.2%、2025年▼0.1%の予想)となる「崩壊の始まり」について、著者の視点で深堀し、解説します。
ドイツと言えば、明治維新から間もない日本にとっては、法律、科学、音楽、医学 などを教えてもらった国であり、多くの日本人は今でも「ドイツは、まじめで勤勉な人たちが住むハイテク工業国」と信じています。
しかし、著者は今のドイツについて次の様に言います。「私が暮らし始めた40年前はその通りでしたが、いつの間にかすっかり様変わりし、人々が勤勉に働き、電車や郵便が正確に機能するドイツは、すでにない」と。
この要因は、『異様なまでに民主主義を強調(政権に異を唱える勢力・人々を“差別主義”“極右”等のレッテルを張り黙殺)し、脱原発を加速させ、移民・難民を無制限に受入れ、LGBT擁護にお墨付きを与え、再エネやEVを推進し、中国と蜜月関係を築き、EU加盟国の主権をEU本部に移譲することに力を注いだ、メルケルのグローバリズム政治の結末』であると著者は言います。
この危機的状況について、ドイツ産業連盟(BDI)のペーター・ライビンガー会長は、『「原因は国内要因であり、政府が取組めなかった2018年以来の構造的弱さ(原子力と石炭火力からの脱却)の結果」であり、「近代的なインフラや経済の転換と耐性への公共投資が早急に必要」とし、「官僚主義の是正、エネルギー価格の引き下げ、ドイツの技術革新と研究を強化するための明確な戦略が必要」』と述べています(2025.1.28.Reuters記事より)。
著者が語る、『「ドイツの失敗」に学べ』について、日本が何を学ぶべきかを次項でご紹介します。

■ 日本が学ぶべき「ドイツの失敗」
【非科学的で不合理だった「脱原発」と「再エネ」】
ドイツの現在の経済状態について、ミュンヘンに拠点を置くifo経済研究所は、2024年3月6日に次のような景気予測を発表しました。『(EUの)他国では国民の間での雰囲気も良く、先行きに対する不安もなく、既に2023年秋頃より、景気指数なども上向き傾向を示しているのに比し、ドイツ経済は「麻痺した状態」である』と。
著者はこの発表に対し、「要するに、ドイツだけが完全に落ちこぼれている」と論じます。
ドイツだけが落ちこぼれている要因の一つは、脱原発、脱石炭です。2023年4月には最後の原発が止まり、2024年8月には原発2基の冷却炉が計画的に爆破され、原発再稼働を不可能にしています。現政権(社民党、緑の党、自由民主党の連立)は、2030年までに全ての石炭火力を停止する公約を掲げ、供給が不安定なガス火力と高コストの再エネに舵を切っています。この結果、電気料金の高騰と(家庭電気料金では、日本の約2倍)、供給の不安を招き、電気やガスを多く使う大企業が、大慌てで、生産拠点の海外移転を進めています。「脱原発」「脱石炭」の次は「脱産業」と著者は指摘します。
その証拠に、化学業界世界最大手のBASFや自動車のフォルクスワーゲン、ベンツ、BMWが、国内での生産計画を、中国での生産に変えているのです。結果雇用は雪崩のような勢いで崩れているのです。しかしショルツ首相は「ドイツ企業が国外で投資するのは良い事だ」と的外れのコメントをしているのです。
ドイツは、GDPの0.35%を超える財政赤字を禁じる「債務ブレーキ」によって、財政が制限されています。この様な中で、再エネ拡大に注力するあまり、インフラ整備が無視された結果、2024年9月にはドレスデンの中心部にある重要な橋が自然崩壊したことが象徴するように、道路も橋も鉄道もボロボロで、改修には2030年までに60兆円(3,720億ユーロ)を要すると言われています。
こうして、再エネへの舵取りが、「脱産業」や「公共投資の停滞」等を招き、結果、ドイツの国際競争力は2014年6位(日本24位)、2022年15位(日本34位)、2024年には24位(日本38位)へと急降下して行くのです。(ドイツと日本のベストランクは1992年。ドイツ5位、日本1位。)
著者は言います。『GX(グリーントランスフォーメーション)で豊かになるのは、ドイツでも日本でもない。中国だ。ドイツも日本も、自分の間違いに気付かずに、「自ら坂道を駆け下りている」』と。
【「移民・難民」・・次々に巻き起こる異変】
2015年9月、経済安全保障上から存在する、難民に関するEUの基本ルールである“ダブリン協定(難民は到着した国の国内のみで滞留)”と“シェンゲン協定(難民は到着国以外へは自由に移動でない)”を、メルケル首相が、経済安全保障のルールを人道問題に置き換えて、破り、ハンガリーに足止めされていた難民を、自由にドイツに入れました。2015年~2016年のドイツに流入した難民は120万人を超えたのです。
その後、2017年からは難民・移民受け入れの上限を20万人に設定しましたが、ドイツへの流入は続いています。因みに2022年においてEUにおける難民申請は97万人でしたが、そのうち25%の24万人が、社会保障が手厚い、ドイツに入国しています(2024.5.28保険毎日新聞社Column)。これらの結果、ドイツの滞在許可が取れず、退去しなければならない外国人の累計が、現時点で330万人に迫っています。
この様な背景の中、ドイツで今、何が起こっているのでしょう。それは犯罪の増加(1)と社会経済の混乱(2)です。
まず、(1)犯罪の増加について見てみましょう。
ドイツと日本の犯罪状況を見てみましょう。2023年の犯罪件数は、ドイツが594万件(前年比+5.5%)、日本は70万件(前年比+17%)です。人口10万人当たり件数で見ると、ドイツは日本の約13倍になります(外務省海外安全H・Pより推定)。なお、日本の犯罪件数のピークは2002年の285万件、ボトムは2021年の56万件です。2023年の前年比+17%は、特殊詐欺の前年比+85%が、増加の主な要因であることに留意しておきましょう。
注目したいのは、ドイツの犯罪件数の外国人(その国のパスポートを持っていない)比率です。著者が引用する、ドイツ連邦警察の2023年データと警察犯罪統計によれば、ナイフによる殺傷事件(8951件。前年比+10%)、性犯罪(1万2186件。前年比+2.4%)では、外国人比率は約85%です。
一方、全ての犯罪で見ると、警察が検挙した犯罪容疑者の数は、前年比で7.3%増えて約225万人。このうち、外国人の容疑者の数は前年比で17.8%増えています。2009年には、検挙した犯罪容疑者全体に外国人が占める比率は21%でしたが、2023年には、41%とほぼ2倍に増えています(2024.5.28保険毎日新聞社Columnより)。因みに、日本の犯罪件数における外国人比率は約5%です。
ドイツの治安の悪化は、難民など外国人の増加によることが理解できると同時に、殺傷犯罪や性犯罪における外国人比率の異常な高さには恐怖を覚えます。最早、ドイツでは夜間は勿論、日中でも一人歩きが危険な状況です(外務省海外安全H・Pより)。
著者は川口市で起きている「クルド人問題」を挙げ、ベルリンやケルンで起こっている『警察も入りたがらない「クルド租界」』にならないよう、川口市の「クルド人問題」を契機に、国として不法な難民・移民を入れない対応策を講じるべき時と警告しています(川口市のクルド人は、アルバイトを難民と偽って入国している不法移民。2016年法務省調査で判明。2025.1.21産経新聞社説より)。
つぎに、(2)社会経済の混乱です。
著者は社会経済の混乱の最大の要因を、「求職者基礎保障制度」を刷新し2023年からスタートした、「市民手当(Bürgergeld)」であると指摘します。この制度は、受給者の家賃の全額補償と同居者も含め一人当たり約9万円の支給を受けられる他、光熱費、暖房費、テレビ受信料、子供託児所料金なども全額補助される制度です。年金生活者や薄給の独身者より収入が多くなっても不思議ではない制度です。そして移民・難民でも滞在許可があれば受給できる制度です。
2024年3月時点では、受給者合計は550万人(ドイツ人口8520万人の6.5%)で、このうち、労働が可能にも拘らず、働いていない人が400万人、労働不可能な人が150万人です。受給者の3分の2(約360万人。ウクライナ人難民120万人を含む)は、難民の背景を持つ人です。受給者の収入は、最低賃金で働く収入とほぼ同じなので、働かないのです。
この結果、財政を圧迫している他、ただでさえ住宅が不足しているドイツで、難民受給者の家賃が補助されることから、次々と難民用集合住宅が建てられるものの(ベルリンでは2023年、128戸の集合住宅を建設。すべて難民用)、それでも難民住居の不足は解消されず、住宅不足に拍車をかけています。また、一部の自治体では体育館に作った仕切りや、昔の兵舎などに、ぎゅうぎゅう詰めにして収容していること等から、不満を抱いた難民と近隣の住民とのトラブルが絶えない等、混乱を起こしています。加えて、働かない難民受給者が多いことは、ただでさえ人手不足の状態に、拍車をかけることに加え、失業率を悪化させています。更には、暇な時間を利用した犯罪にも繋がっているのです。正に、ドイツの社会経済に混乱を来たしているのです。

■ 「ドイツの失敗」に学び、日本も正しい方向に舵を切るべき時が来た(むすび)
2021年12月8日、メルケル政権に代わり、社民党(SPD)、環境政党の緑の党、リベラルの自由民主党(FDP)の連立政権がスタートしました。
ポスト・メルケル政権も、経済安全保障を無視し、人道・人権の重視や原理主義的脱炭素に邁進し、悲惨な状況に直面しています。日本もドイツと同様の政策を進め、あるいは進めようとしています。一日も早く、ドイツの失敗に学び、正しい方向に舵を切ることを望みます。。

【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
https://www.jmca.or.jp/member_meibo/2091/
http://sakai-gm.jp/index.html
【 注 】
著者からの原稿をそのまま掲載しています。読者の皆様のご判断で、自己責任で行動してください。

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