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秋の麦
一人の農夫が、生涯農業をして、もはや死ぬ日までいくらも残っていないことを知らされました。
彼は死ぬことは別に恐ろしくはありませんでした。季節に従ってまじめに農業をして、子供を生んで、三食おいしく食べながら健康に生きてきて死ぬことは自然の理知でした。
しかし、彼には少し人と違う考えがありました。彼は死ぬ前に自分がしなければいけないことが必ずあるようで、それが何なのかよくよく考えることに一年を送りました。
しかし、それが何なのか簡単に知ることはできなかった。死というものは人間には本当に自然なことであり死ぬことは何でもないが、生前にしなければならないことをできずに死ぬようで悔しかった。
そんな中、秋が過ぎて春が来た。彼は遠い山の陽炎をまじまじと眺めてふと息子を呼んだ。
「私について来なさい。」
空は息子とつれて麦畑に行き秋小麦を植えた。
息子は父がなぜ春に秋小麦を植えようとするのか不思議に思ったが、何も言わないで父の命令に従った。
「特別にこの麦畑を手入れしなさい。」
息子は父の言葉に従って麦畑を手入れすることに真心を尽くしました。決まった時に堆肥を入れ、除草もした。そうした真心が通じたのか麦は珍しいくらいによく育った。ところが、収穫期が来て麦を収穫しようとすると、肝心の麦が穂を出さなかった。麦が笑うだけで肝心の麦の実を結ばなかった。
息子は驚かないではいられなかった。麦の穂が出ないということは全く考えもできないことだった。
「どうだ。麦の穂は出たか。」
呆然としている息子に近づいてきた父が言いました。
「いいえ、穂が出ませんでした。」
そうすると、息子に向ってにっこりと笑みを浮かべながら、これで死ぬ前にやらなければならないことをみなやったというように父は言葉を続けた。
「私の話をよく聞きなさい。秋麦を春に植えると絶対に実を結ばない。秋麦は秋に植えて厳しい冬の吹雪に耐えて育ってこそ翌年の春に丈夫な麦に育って実のよく入った実を結ぶのだ。それが秋麦の生まれ持った運命だ。秋麦がちゃんとした麦になるためには冬という苦痛と忍耐が必要だ。苦痛がない温室のような平和はむしろ秋麦には絶望だ。息子よ。こんな秋麦のように苦痛のない結実はない。お前も自分の人生の苦痛を避けて通ってはならない。おまえの人生の実のしっかり入った実を結ぶためには、、、」