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《本記事のポイント》
- 28年間にわたり書き続けた滝沢馬琴の生涯現役人生
- "善は栄え、悪は滅びる"という「勧善懲悪」の世界観を描く意味とは
- 八犬士に見る、地上浄化のために使わされる"仏神の使い"
室町時代後期を舞台に、安房里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする長編伝奇小説『南総里見八犬伝』の映画化(原作は山田風太郎)だ。
八犬士が縦横無尽に活躍する迫力満点の時代劇アクションとともに、失明など幾多の災難を乗り越えて、28年かけて大作を完成させた滝沢馬琴(役所広司)の信念が、友人・葛飾北斎との交流や、失明後に口述筆記を担った義理の娘・お路(黒木華)の献身を軸に描かれている。
28年間にわたり書き続けた滝沢馬琴の生涯現役人生
まず驚かされるのが、48歳から書き始め76歳に至るまで、28年間かけてこの大作を完成させた滝沢馬琴の粘り強い努力である。途中、馬琴は物語のクライマックスに差しかかるところで両眼を失明。すでに連載から25年が経ち、73歳の時である。
映画では、失明によって完成を断念し、失意の底に沈む馬琴に対して、義理の娘・お路が口述筆記を買って出るところが感動的に描かれている。お路は漢字の読み書きがほとんどできなかったが、馬琴の訓練によってわずかの間に上達し、最後は馬琴の直筆と区別がつかないところまでになったのだという。
『八犬伝』には博覧強記をうたわれた馬琴の漢学教養や中国白話小説への造詣が随所に反映されているといわれるが、全98巻にも及ぶ大作の完成にこぎつけたのは、やはり晩年になっても熱く燃え上がり続けた馬琴の情熱の賜物だろう。
老年期に入っても、情熱を失わないことの大切さについて、大川隆法総裁は『エイジレス成功法』の中で次のように指摘している。
「本来、人は、思いの力によって若返ることはできるので、その人が、『自分には、まだやるべきことがあって、それに対する情熱を持っている』というかぎりにおいては、若者と同じ状態でいられるのです。逆に、やることがなくなったら、人は老います。つまり、情熱を失ったら老いていくので、やることがなかったら、基本的には、それを自分でつくっていくしかないでしょう」
馬琴は、悪がまかり通る世の中であったとしても、"悪を捨て、善を取る"ことこそ、人間の真実の生き方であることを伝えようとした。この「勧善懲悪」の世界観を伝えようとする情熱こそ、晩年に至るまで創造性を失わなかった馬琴の秘訣だと言えるだろう。
"善は栄え、悪は滅びる"という「勧善懲悪」の世界観を描く意味とは
映画では、四谷怪談の作者として知られる鶴屋南北と口論し、ありもしない勧善懲悪の世界を描くことが"ばかばかしいこと"なのではないかという疑いに囚われて、悩み始める馬琴の姿が赤裸々に描かれている。一方、蛮社の獄(*)で知られる渡辺崋山から、善によって悪が滅びる世界こそ真実の世界であると熱く励まされる様子も描かれている。
馬琴を演じた主演の役所広司氏は、この映画のテーマである勧善懲悪について「やっぱり正しいものは報われる世の中じゃないといけない。それは時代によっては、ダサいといわれるかもしれないけれど、今は本当にそうであってほしいという願いに、重みがある時代なのかなと思いますね」(映画パンフレットより)と語っている。
"善は栄え、悪は滅びる"という世界観の真実性を描くことに、出演者・スタッフ全員が心を合わせたことで、見るものを惹きつける力作が生まれたと言えるだろう。
(*)1839(天保10)年に起こった江戸幕府による言論弾圧事件
八犬士に見る、地上浄化のために使わされる"仏神の使い"
また、映画は、共通して「犬」の字を含む名字を持つ八犬士が妖怪と対決する時代劇アクションとしても、十分に楽しめるものになっている。
それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣が身体のどこかにある彼らは、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、結集する。
日本には、ゴレンジャーやガッチャマンなど集団ヒーローを描いた子供向けテレビ番組が数多く存在するが、その原型はこの八犬士にあると言えるのかもしれない。
この世にはびこる悪を倒し、世の中を浄化する使命を帯びて、仏神の使いが送り出されてくるという設定は、法華経の地涌の菩薩にさかのぼることもできるだろうし、古今東西の宗教に共通する救世主や預言者を、その原型とするとも言えるだろう。
大川隆法総裁は、こうした使命を帯びた人々の存在こそが、神の愛の顕れであることを、次のように語っている。
「まず霊的世界が実在の世界で、そのいちばん上に神がいらっしゃる。神は造物主であって、人類やいろいろな生き物を創ってこられたし、地球の歴史をつくってこられた。いろいろな人をこの世に下されて、遣わされて、そして、いろいろな時代の、いろいろな文明をつくってこられた。そのなかには、巻き込まれて幸・不幸がいろいろあり、濁流に呑み込まれたような人もいるではあろうと思いますけれども、時代が悪ければ、時代を変えていくこともやった。神の使者でも、この世で死んでいくようなことも数多くあった。しかし、『その愛の流れは一度も止まったことはないのだ』ということです」(『メシアの法』)
悪がはびこっているからこそ、根源なる神の使いとして、聖なる使命を帯びた一群の人々が、この地上に送り出されてくる。それは、時代を変革する宗教家や、悪政を打ち倒す革命家、貧しい地域に豊かさをもたらす企業家など、その姿形は違えども、連綿とこの世に現れて、大いなる仕事をなし遂げる偉人たちの姿でもある。
八犬伝という日本を代表する勧善懲悪の物語を通じて、真実の世界観と使命を帯びた人々の活躍を描いた本作は、悲惨な事件や問題に満ち溢れたこの地上世界における、真実の救いと希望について、大切なヒントを与えてくれるだろう。