先日の日曜日、バイクで県北方面にツーリングに行ってきました。高速道路無料化の影響もあってか、行楽に向かう車の多いこと、普段の日曜日の倍ぐらいはありそう。高速道を100キロ+αで巡航しましたが、KLE400の気になる点を一つ発見。
エンジン回転の六千から七千回転の中程あたりでトルクの谷が発生したのです。これは、多分サイレンサーを替えたことによる影響ではないかと推察。
さて、県北にある小坂町の市街地を過ぎ、十和田湖に通ずる道に入るとこれまた、いやに通行車が多いではないか。
道路上の気温表示器は30度近くを指している事もあって、少しバテ気味。七滝と言う所のドライブインにはソフトクリームがあったけ。
そこまで行ったらソフトを食って一休み、と考えながらバイクを進めるのであったが、休憩予定地に近づくにつれ、車列は渋滞気味。
そのうち、全く進まなくなってしまった。熱いときのバイクでの渋滞は悲惨ですよ。エンジンの発する熱がライダーを直撃。ヘルメットの中はムレムレ。渋滞の原因は、次の画像にあるように 道の駅が前の日に新規開業した為でした。
誘導する係員の指示もあって対向車線を進み、ソフトクリームはこの際あきらめてとにかく十和田湖を目指すことにした。
そこを過ぎてしまえば後はスムーズ。バイク乗りの為に作られたとも思えるワインディングロードを快走。発荷峠の展望台にあっと言う間に到着。そこでは水分補給と小休止。お昼も過ぎていたので、ここから引き返し、小坂町でホルモン焼きを食べることにした。
小坂町にある「幸楽」という店をめざす。「ホルモン幸楽」については、日を改めて紹介します。
小坂町は秋田県の最北部に位置する小さな町だが、ポリシーのあるしっかりした良い所。
小坂町には著名な文化財がありますが、その一つに明治時代に建てられた木造芝居小屋があります。
「康楽舘」と言いますが、元は鉱山会社の従業員の為の厚生施設との事です。芝居ばかりか映画の上映、歌手を招いての演芸なども盛大に行われていたようです。
さて、この建物は、木造の芝居小屋では現存する日本最古のもののようです。単なる文化財として見せる為に保存されているのではなく、現在でも下町歌舞伎や「歌舞伎大芝居」として著名な歌舞伎役者による公演が行われています。
ものを生かした状態で保存することは、大変な事だと思います。
この建物の精緻な作りの一端を次の画像でお目にかけます。
屋根の破風に見られる鋸の歯の形をした軒飾りや縦に細長く作られた窓などが建物に気品を沿えています。主屋根の頂上に飾られた妻飾りは日本建築では鬼瓦に相当するものなのでしょうか。この建造物が明治の時代に建てられた事を忘れるくらいモダンな感じを受けます。
建物正面の左側には電話ボックスが設置されていますが、これまたこの場所の雰囲気を損なわないデザインです。「自働電話」と言うのがなかなか良いですね。
康楽舘より歩いても3分も掛からない所に「小坂鉱山事務所」という建物があります。
これも、明治の時代に建てられた建造物で明治38年より平成9年まで現役事務所として使われていたそうです。標題の画像が建物の全体像です。木造の3階建の華麗な造りの洋館です。この建物の圧巻は玄関上部のバルコニーの装飾にあります。
2階バルコニーのアーチ型の所には透かし彫りの装飾が施され、見事な調和を見せています。
次の写真をご覧下さい。
アーチ型の部分の透かし彫りは、藤の花を模し、バルコニーの隅柱の上部には「田」の形を模した彫り込みが施されています。
これは、当時の鉱山の経営母体が、「藤田組」であった事に由来します。藤田組は、現在では藤田観光として椿山荘や箱根小湧園などの施設を運営している事は知ってる方も多いと思います。また、鉱山事業は名称を同和鉱業と替え現在に至っております。
先ほどの康楽舘や小坂鉱山事務所は鉱山事業の低下に伴い(鉱業産出物が資源枯渇のため、コスト高で採算割れになってきた)、所有と運営を小坂町に譲渡され、行政当局や小坂町の人々の熱い熱意で現在の姿に復興されたと聞きます。
今では、多くの芝居見物の人々や小生みたいなバイクライダーや家族連れが訪れる観光スポットになっています。
旧いものを生かす高い見識と実行力が無ければ出来るものではありません。自助努力なくして、自活の道は開けません。
最後にもう一度、鉱山事務所の全景の拡大画像とバルコニーの全景及び「明治百年通り」をお目にかけます。
ファイル容量が大きいので開くのに時間が掛かるかも知れません。
鉱山事務所全景の縮小画像をクリックしますと。大きな画像が見れます。
地図を貼り付けて置きました。
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