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日本の将来---3.日本の人口

2013-11-10 | 日本の将来
2.日本の人口

(1)人類の歴史
15万年以上前にアフリカに現れたDNA上の祖先(現生人類)は、1900年の人口15~17億人まで、非常に緩やかに増加した。しかし、その後は急激に増加し、1950年には約25億人、現在は約70億人、さらに、2100年には約100億人に達すると見られている。

2100年の100億人のうち、アフリカの人口は35.7億人、その先もペースは落ちるが増え続ける。他方、アジアの人口は、2050年頃の51億人をピークに、少子高齢化で2100年には46億人に減少する。【参考:このブログの「1.世界の人口」(2013-07-10)】

(2)日本の人口
ここで、世界から日本の人口に目を転じると、その状況は下のグラフに示すとおりになる。日本の人口は、2008年をピークに2105年の4610万人、ピーク時の3分の1に減少する。

 1925年(大正14年)~2105年(平成117年)の人口
 
 出典:総務省統計局政策統括官(担当)・統計研究所、統計データ、第2章 人口・世帯
 統計表 2-1 人口の推移と将来人口(エクセルデータ)
 グラフ:2-1のエクセルデータを筆者が加工、上のグラフを作成した。

単純に数字だけを見ると、2105年の日本の4610万人は、世界人口100億人の0.5%未満、非常に小さな数字になる。その頃の日本では、14歳未満の子供は約420万人、人口の1割以下になる。他方、65歳以上は1899万人、人口の約4割が高齢者になる。もしかして、その頃はスーパー高齢者の時代、70歳代は、まだまだ若いといわれるかも知れない。

次に、2100年から視界を狭めて、今から50年先の人口を調べて見る。約50年先の2060年は、現在20歳の若者が70歳近くの年齢になる時期である。

50年の歳月は、人の半生ぐらいの短い期間である。しかし、今から50年昔と50年先では、大きな違いがある。その違いは、過去の50年は人口の右肩上がり、今後は右肩下がりの時代である。若者の減少と高齢者の増加が重なり合って、人口の年齢構成が激変する。そのような時代では、過去の手法は通用しない。

たとえば、一部の人が提唱する「1000万人の移民受入れ」は、移民で頭数の減少を補う手法である。それは、人手作業に頼る時代に通用したが、自動化が進んだ近代工業社会では通用しない。この判断を誤ると「ヨーロッパの失敗」が実証するように人口問題をさらに深刻化させてしまう。経験豊富な先進国には失敗も多く、その失敗を回避するのは後進国の知恵である。

     日本人口内訳(1,000人)
     
     出典:国立社会保障・人口問題研究所、2013年版人口統計、I.人口および人口増加率
     表2-9 年齢(4区分)別人口の推移と将来推計:1920~2060年

     日本人口内訳(1,000人)のグラフ
     
     グラフ:上の表「日本の年齢別人口1960-2060」をグラフ化した。

上のグラフは、いわゆる頭数(Head Count:人数、人口調査)の変化であるが、その中身を考えるといろいろなケースを想定できる。たとえば、65~74歳の人でも体力と意欲があれば、頭脳労働に就くこともできる。そのような人々のなかには、75歳定年説、極端な人は90歳定年説を唱える人もいる。70年代までは55歳定年の時代、その頃は定年を迎えてすぐに、燃え尽きたように他界する人が多かった。しかし、今の世は違う。

90歳定年説は別として、少子高齢化のもと、労働力の確保のためには定年の引き上げも必要になるかも知れない。しかし、不本意ながら病床に就く人や働きたくても仕事が見つからない人も出てくる。また、就業と失業を繰り返す人などさまざまである。定年と社会保障、さらに、外国人の雇用形態の見直しも必要になる。いずれにせよ、労働環境と雇用ルールの激変は予想できる。

下の表とグラフは、人口の年齢別内訳を示すものである。ここでは一つの参考として示しておく。

     日本人口内訳(%)
     
     出典:国立社会保障・人口問題研究所、2013年版人口統計、I.人口および人口増加率
     表2-9 年齢(4区分)別人口の推移と将来推計:1920~2060年

     日本人口内訳(%)のグラフ
     
     グラフ:上の表「日本の年齢区分別割合1960~2060(%)」を筆者がグラフ化した。

上のグラフでは、現在の少子高齢化はまだ序の口と見える。しかし、身近な小中学校の統廃合や地方の過疎化を見ると、序の口どころか、かなり進んでいると実感する。

下の写真は、最近の電車内の状況である。3つの写真は、昨年と今年の京都訪問で撮影した。いずれも、平日午後3時ごろの車内、各電車の運転間隔は10~15分、阪急特急とJR快速はともに神戸行きの始発電車である。四条河原町は京都の中心地、高槻は京都と大阪の中間点、米原は大都市ではないが、過疎地でもない。なお、阪急電車は特急と各停が交互に走るので、電車の頻度は5分になる。

    阪急特急(河原町12/10)  阪急各停(高槻12/10)   JR快速(米原13/9)
    

上の写真の共通点は、どの車内もガラガラである。船乗り流にいえば「Light Condition:軽荷状態/空荷状態」、工場流にいえば「空気を運んでいるような状態」である。もちろん、駅ごとに乗客は増えてくるが混雑はない。

このように、空気を運ぶような電車を走らせるサービスは、コスト的にいつまで続くのかと疑問に思う。その疑問を、次のようにハードとソフトに分けると整理し易い。疑問点をハードとソフトの項目に分解すると将来計画とコストの割り出しも少しは容易になる。

ハード面では、ハード購入費と人件費を含む車両自体の維持管理、線路や電気・通信系統、駅や変電設備や整備工場、鉄橋やトンネルの維持管理、経年劣化に伴うハードの入替え費用が発生する。鉄橋やトンネルは新旧併設期間を考えれば10年近くかかると推定する。地下鉄や海底トンネルの場合は筆者には推定できない。このようなケースが同時に多発すると、日本列島は60年代の建設ラッシュをはるかに超える騒ぎになると思われる。最悪の場合は、順番待ちでサービスが停止する。

ソフト面では、運行管理システムの開発費と維持管理、ハードの技術情報と図面管理、要員計画・投資計画と実績管理など、主に人件費と購入費が必要になる。中でも最も大切なソフトは人材と教育、それは人の資質・知識・経験と責任感・使命感である。また、現在のソフトの使用言語はすべて日本語、切符や時間表も日本語だけである。この点で、外国への外注は難しい。

ハードとソフトが共存してはじめて、正確で安全な鉄道が実現する。なかでも、責任感と使命感というソフト=モラルに異状があるとトラブルや事故が顕在化する。もし、日本と日本人からモラルという名のソフトがなくなれば、そこには何も残らない。

オランダやオーストリアは日本よりはるかに人口が少ない。しかし、そこには他国にまねのできない存在感がある。このようなケースを参考にすれば、人口が減少しても、日本と日本人固有のモラルを継続できると思う。あきらめず、より良い姿を描いて、新しい方法を見つけるのが日本の本領である。

次回から、ここに紹介した人口減少とガラガラの電車を念頭に置き、ハードとソフトの在り方を考える。

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