すずめのどんぐり

オットひとり ムスメ(はぼ)が小6、 ムスコ(ぐり)が小1。絵日記でしたが、さぼり中。

人は 捨てられないもので できている

2015年02月23日 | わたしがわたしが
卒業入学の季節。 式典で読む原稿にあたまを悩ませている方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。


わたしが下書きの下書きの代筆を書いていたころは 「選択」 理論がブーム。 過去の日々の選択が いまの自分をつくっている、 いまの自分の選択が 将来のじぶんをつくる・・・ ってやつですね。 未来のじぶんのために ひとつひとつ丁寧に正しいチョイスをしていきましょう、 迷ったら またこの学び舎での日々を想い出してください、 みたいな式辞が 日本全国で読まれていました

 


今朝 宮下奈都さんのエッセイを読んでいたら、 仕事育児家事の時間をそれぞれどう確保するか、 という問題提起をして

「それには、 まず、 捨てること。」


うんうん、 「捨てる」 っていまのはやりのコトバのブームですよね。 「捨て」 まくって 「シンプルな生き方」 にたどり着いたりするんだよね。


「それをして初めて、 自分のやりたいことに手をつけられる。

 いちばん大事なこと、 いちばんやりたいことを、 やろう。」


そこまでだったら よくある 「シンプルライフ」 の提唱なんですが、 宮下さんのエッセイで いい切り口だな~とおもったのが、 そうやっていろいろ捨てて いちばん大事なこと = 徹夜して小説を書く・・・・ をしていても 朝になれば眠い目をこすりながら 「やっぱり子供のためのお弁当はつくる。 高校生の息子は、 学食でもパンでもいいよと笑うけれど」。


「捨てられないもので、 私たちはできている。」


ムスメ4か月


そうですよね。 わたしの体感としても いまのじぶんは 「選択したもの」 でできているというよりは 「捨てられなかったもの」 でほとんどできているような

いやいやそれは 「捨てない」 「残す」 ことを選択したんじゃないかともいえるのかもしれませんが、 いややっぱり それはあえて選択したというよりは 「捨てられなかった」 「捨てるほどのものでもなかった」 んだよね単に。


けっこう そのへんの余情部分が いまの身の助けになっているような気もするし。




ムスメがジェンガで熱心にドミノ倒しをやっているので 本式のドミノのセットを買ってやることにしました。

動画で 「ドミノ」 を自動再生でいっしょに見ていると だんだんオトナたちが 倒してはいけないものをつぎつぎ倒している動画に・・・・ どこまでが挑戦で どこからが困った性癖なんでしょうね・・・

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