地域イベントで ひと冬に2回、 無料で スケートリンクであそばせてもらえるんですが、 保護者同伴なので わたしがとにかくさむい。 こどもたちは 汗だくでスケートしてて ぽんぽん衣類を脱いでいくので さらにそれも着込んでいってますが、 それでもさむい。 ウィンタースポーツはお金がかかるといいますが、 保護者の この心底冷え切る時間もハンパない負担じゃないかとおもいます。
オリンピック観戦時、 昼間から のんびりだらりとテレビにくぎ付けというのは あまりに家人に対して申し訳なかったので (専業主婦サイコー) 書類整理しながら 観てたんです。
こどもたちがとってる学習教材に同封されている 保護者向けの冊子もまとめて目を通して 捨てたんですが、 最近の育児のはやりは 親がじぶんの感情を言うこと、 のようです。
「〇〇ちゃんが △△してくれて ママはとてもうれしい」 とか
おもに叱るときに使うようなんですが
「〇〇くんが そんなきたない言葉をつかって、 ママはいやな気持ちになった」
「〇〇ちゃんが おともだちに順番こできなくて ママはかなしかった」 とか。
・・・・・・・ それで 「ママが悲しむから やめよう」 って いったいどこのどんな天使??
え~ そこは 毅然と 「ダメなものはダメ」「ママがダメと言ったら もう二度としてはいけません」 でいいんじゃないの? 母親のキモチがモチベーションにある子って なんかいびつじゃない??
とおもってたら ちょうどよく わたしの考えを代弁してくれている解答を見つけました。 DMM英会話の質問コーナーなんですが、
ママ悲しいなぁ〜ママ泣いちゃうよ〜(´ω`)って英語でなんて言うの?
私に対して、
子供がちょっと意地悪な事をしてきたり、
叩いてきた時に、
「ママ悲しいなぁ〜
ママ泣いちゃうよ〜( ;∀;)」
と言いたいです。
本当にがっつり悲しい訳では無いですが、
意地悪するのやめてね〜的な意味も含みつついつも言っています。
という質問に対する さとみん バイリンガル育児アンバサダー さんの解答。
ご質問いただいた英語の答えとしては
That makes me(mummy/mommy) sad.ママ悲しいなぁ〜
I feel like crying. ママ泣いちゃうよ〜
ですが、対処法としておすすめしません・・・(´;ω;`)
オーストラリアで子供がママをたたいたり、
いじわるな言い方(本来望ましくない言い方)をした場合に、
こうやって対応しましょうと、私たち母親が勧められる対処法をご紹介します。
子供が望ましくない行動をとったときは、
ママがやんわりと、ママ泣いちゃうよというと
たいてい子供はまた同じことをします。
それはしてはいけないことだというメッセージが伝わってないからです。
これはやってはいけないこと!と毅然とした態度でしっかりと
境界線を引きなさいと言われるんです。
例えば、子供がたたいてきたら、
It is not OK to hit someone.
誰かを叩くことはだめだよ。
I don't want you to hit me. This is not OK.
ママを叩くのはやめてね。これはOKじゃないことなの。(だめなの)
You can't hit people.
人をたたくのはだめよ。
I don't like the way you say. Could you say nicely?
あなたの言い方は好きじゃないわ。もっといい言い方できる?
子供は親への自分の行動への反応で、それはOKなのかを学んでいきます。
子供の友達にやってはいけないことをママである自分にしてきたら、
これはだめだよと教えてあげることが、大切です。
オーストラリアでも、ママたちは子供との境界がはっきりしています。
”親”という立場で、子供が学ぶべきレッスンの機会では
毅然とした態度で、それは容認できない!と伝えることで
同じことを何回も繰り返さないよう子供は学んでいきます。
ちょっと厳しいような気もするけれど、
子供の将来を思ってこその厳しさなんでしょうね!
ご参考になると幸いです。
この 「お互いに気持ちを言い合うことによって 解決しよう」 みたいな風潮は、 保育園や学校にも はびこってきていて、 第三者(先生) 立ち合いのもとの 当事者どうしの話し合いというカタチで 問題を解決しようとすることが多いようです。
とはいえ、 なんで被害者が じぶんのつらかった気持ちを 加害者や他者の前で言わなきゃいけないのか、 そこがすでにおかしい気がしますよね。
いじめられて (からかわれて、 モノを隠されて、 無視されて) 悲しかったらしい → だから いじめはやめよう
・・・・・・なんて 加害者がおもうわきゃない。 いじめという行為は どんなささいなことでも ぜったいダメなんです。 相手がどう感じるかは 関係ないことですよね。
「相手の気持ちを理解できれば ただしい方向に進むだろう」 みたいな性善説で 被害者がさらにきずついたり、 こどもが規範を相対的にしか判断できなくなってしまうことに 危惧を感じます。
オリンピック観戦時、 昼間から のんびりだらりとテレビにくぎ付けというのは あまりに家人に対して申し訳なかったので (専業主婦サイコー) 書類整理しながら 観てたんです。
こどもたちがとってる学習教材に同封されている 保護者向けの冊子もまとめて目を通して 捨てたんですが、 最近の育児のはやりは 親がじぶんの感情を言うこと、 のようです。
「〇〇ちゃんが △△してくれて ママはとてもうれしい」 とか
おもに叱るときに使うようなんですが
「〇〇くんが そんなきたない言葉をつかって、 ママはいやな気持ちになった」
「〇〇ちゃんが おともだちに順番こできなくて ママはかなしかった」 とか。
・・・・・・・ それで 「ママが悲しむから やめよう」 って いったいどこのどんな天使??
え~ そこは 毅然と 「ダメなものはダメ」「ママがダメと言ったら もう二度としてはいけません」 でいいんじゃないの? 母親のキモチがモチベーションにある子って なんかいびつじゃない??
とおもってたら ちょうどよく わたしの考えを代弁してくれている解答を見つけました。 DMM英会話の質問コーナーなんですが、
ママ悲しいなぁ〜ママ泣いちゃうよ〜(´ω`)って英語でなんて言うの?
私に対して、
子供がちょっと意地悪な事をしてきたり、
叩いてきた時に、
「ママ悲しいなぁ〜
ママ泣いちゃうよ〜( ;∀;)」
と言いたいです。
本当にがっつり悲しい訳では無いですが、
意地悪するのやめてね〜的な意味も含みつついつも言っています。
という質問に対する さとみん バイリンガル育児アンバサダー さんの解答。
ご質問いただいた英語の答えとしては
That makes me(mummy/mommy) sad.ママ悲しいなぁ〜
I feel like crying. ママ泣いちゃうよ〜
ですが、対処法としておすすめしません・・・(´;ω;`)
オーストラリアで子供がママをたたいたり、
いじわるな言い方(本来望ましくない言い方)をした場合に、
こうやって対応しましょうと、私たち母親が勧められる対処法をご紹介します。
子供が望ましくない行動をとったときは、
ママがやんわりと、ママ泣いちゃうよというと
たいてい子供はまた同じことをします。
それはしてはいけないことだというメッセージが伝わってないからです。
これはやってはいけないこと!と毅然とした態度でしっかりと
境界線を引きなさいと言われるんです。
例えば、子供がたたいてきたら、
It is not OK to hit someone.
誰かを叩くことはだめだよ。
I don't want you to hit me. This is not OK.
ママを叩くのはやめてね。これはOKじゃないことなの。(だめなの)
You can't hit people.
人をたたくのはだめよ。
I don't like the way you say. Could you say nicely?
あなたの言い方は好きじゃないわ。もっといい言い方できる?
子供は親への自分の行動への反応で、それはOKなのかを学んでいきます。
子供の友達にやってはいけないことをママである自分にしてきたら、
これはだめだよと教えてあげることが、大切です。
オーストラリアでも、ママたちは子供との境界がはっきりしています。
”親”という立場で、子供が学ぶべきレッスンの機会では
毅然とした態度で、それは容認できない!と伝えることで
同じことを何回も繰り返さないよう子供は学んでいきます。
ちょっと厳しいような気もするけれど、
子供の将来を思ってこその厳しさなんでしょうね!
ご参考になると幸いです。
この 「お互いに気持ちを言い合うことによって 解決しよう」 みたいな風潮は、 保育園や学校にも はびこってきていて、 第三者(先生) 立ち合いのもとの 当事者どうしの話し合いというカタチで 問題を解決しようとすることが多いようです。
とはいえ、 なんで被害者が じぶんのつらかった気持ちを 加害者や他者の前で言わなきゃいけないのか、 そこがすでにおかしい気がしますよね。
いじめられて (からかわれて、 モノを隠されて、 無視されて) 悲しかったらしい → だから いじめはやめよう
・・・・・・なんて 加害者がおもうわきゃない。 いじめという行為は どんなささいなことでも ぜったいダメなんです。 相手がどう感じるかは 関係ないことですよね。
「相手の気持ちを理解できれば ただしい方向に進むだろう」 みたいな性善説で 被害者がさらにきずついたり、 こどもが規範を相対的にしか判断できなくなってしまうことに 危惧を感じます。