小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

日本は世界一の「職人国家」

2014年01月09日 18時58分37秒 | エッセイ
 日本は世界一の「職人国家」



 日本のものつくり技術の水準がいかに高いかは、すでにいろいろな方面で言われていることですが、最近の私自身の体験と見聞から、この問題をとりあげてみたいと思います。
 昨年の12月、借家住まいの自宅の屋根・外壁塗装工事が行なわれました。築10年ほどで、さほど劣化しているとも汚れているとも思えなかったのですが、オーナーさんのご希望で10日余りの工事を施工することになったのです。何度も私のところにていねいな事前確認が届き、やがて工事が始まりました。こういう時、借家住まいというのは気楽なものです。ちゃんとやっているかどうか神経をとがらせる必要もなく、ただまかせておけばよい。で、まあ、面白いので、ときたま外に出ては観察しておりました。
 足場を組む。水洗いをする。シートを張る。窓などを汚さないように養生をする。塗装開始。塗装完了。シートと養生を取り去る。足場を解体する。だいたいこんな工程でしょうか。
 これら一つ一つがじつに配慮が行き届いていて完璧でした。計画どおり終わった後、屋根と外壁は見違えるほどきれいになりました。特に感心したのは、たくさんある窓やベランダの手すり、床その他の部分に一滴もペンキを飛散させまいという徹底した養生ぶりです。また、毎日工程表のどこまで終了したかを示す報告書を入れてくれます。言葉づかいもとても丁寧。私が車で外出する必要のある時は、ただちに障害物をどけてくれます。
 こんなことは職人仕事として当たり前と思われるかもしれません。しかし昔、要らなくなったソファの処理を廃品回収業者に頼んだら、外国人労働者(中東系)が一人でやってきて、ソファの片方を持ち上げて木の床の上をずるずると引きずっていき、床をひどく傷つけたことがあります。高い金をとってこのありさまです。業者主(日本人)に文句をつけると、本人は否定していると言い逃れます。ケンカして何とか半額にまけさせましたが、本当ならこちらが損害料をとってもいいくらいです。ちょっと緊急時だったので我慢しましたが。
 中東系だと床は石やコンクリートだから、そんな気遣いの必要がないのでしょうね。これは人件費の安い外国人労働者を日本で雇っておいて、何も教育しない業者の責任です。
 ちなみに今回の工事中に、たまたまトイレの排水処理に小さな支障をきたしたので、水道業者に連絡したら、すぐ駆け付けて原因について詳しく説明してくれました。「たいへん申し訳ないのですが、ちょっと部品が特殊なので入手までに三、四日いただけますか」と言われ、快諾したところ、二日しかかかりませんでした。車のバッテリーをうっかり切らした時も同じ、コピー機のメンテナンスサービスもとてもきちんとしています。
 私は国際事情に疎いですが、聞いた限りでは、こんなにしっかりした職人仕事やサービスを迅速かつ正確にしてくれる国はほかにないのではないかと思っています。これは単に技術が優れているというだけの問題ではありません。顧客に対するデリケートなケアの心が徹底していて、相手に喜んでもらえるようなモノ・技術・サービスを提供することが自分たちの職業人としての意地になっているのですね。言い換えると伝統的な人倫精神が職業意識の中にそのまま生きているのです。

 ある友人から次のような話を聞きました。
 夏の盛り、中国旅行をして四川省のホテルに泊まりました。一応エアコンが設置されています。しかし、コンクリート壁にドカンと四角い穴があけてあり、そこにただ置かれているだけ、壁と機器との間には2、3センチほどの隙間が空いているというのです。
 最近、テレビと新聞で次のような情報を得ました。
 日本にやってくる中国人観光客(相当の裕福な層でしょう)が、日本製の爪切りやストッキングを大量に買いあさっていく。日本製品は品質がとても優れているので、お土産として配るととても喜ばれるというのです。
 また、紙おむつや生理用品が店頭から消える現象がしばしば見られる。これはやはりその品質の素晴らしさを知った中国人が買い占めているというのです。
 この二つの話は、単に喜んでばかりもいられません。というのは、これに目をつけた一部のブローカーが金と需要の大きさにモノを言わせて買い占めを続ければ、生産が追いつかず、肝心の日本人の手に届かない状態が慢性化する可能性があるからです。価格も高騰するでしょう。何しろ中国は市場がデカいですからね。
 こういう例を挙げたからといって、私は別に最近の嫌中ムードをさらに煽ろうというのではありません。この問題(ものつくり技術と顧客に対する倫理)に関する限り、繰り返すように、むしろ日本が他国に比べて格段に優れているのであって、ことはヨーロッパでもアメリカでも、中国とたいして変わらないように思います。
 90年代にヨーロッパツアーに参加しました。ロンドンのホテルに泊まったとき、ポットが故障していました。慣れない英語でフロントに電話すると、相手はペラペラペラペラ早口でしゃべりまくってなんだかさっぱりわかりません。「OK?」と言ったきりガチャン。日本では考えられないですね。私の英語が外国人のものだということがわかるのだから、そういうときには、ゆっくりしゃべって、そして「申し訳ありません。すぐにお取替えに参ります」と答えるのが筋でしょう。どこの国か忘れましたが、ホテルのシャワーが故障していてほとんど水が出ず。これはよく聞く話ですね。イギリスでは、修理を頼んでからいくらたっても来てくれないとか。
 パリに滞在している友人からの情報。
 街はいまや犬の糞をはじめとしてゴミだらけ。掃除をする公務員がたくさんいるはずなのに、いったい彼らはどうしたのか。私がパリに行ったときは、まだましで、そんなに汚れているとは感じませんでした。清掃作業員の人たちもそこここにいて、道を尋ねるととても親切に答えてくれたのを憶えています。ちなみにフランスの公務員の割合は日本に比べてはるかに高いです。私の勘ぐりによれば、これはEU経済の失敗が関与しています。貧すれば鈍するというヤツですね。
 ATMからお金をおろそうとしても日本円で最高7万円くらいしか下ろせず、困るというと出してやると言わんばかりの横柄な態度。自分の金を引き出すのに何で頭を下げなくちゃならないのかと、彼は怒っていました。店員の態度もとても悪いそうです。
 爪切りもよく切れず、爪先がガリガリになってしまうとか。
 勉強のためにきちんとしたノートが必要なのに、紙の質がザラザラでうまく早く書けない。いい品質のノートを苦労して探したら、10ユーロ(約1400円)以上もするのでびっくり。買ってみてなおびっくり。「MADE IN JAPAN」だったそうです。
 アメリカの製造業はいま、デトロイトの財政破綻に象徴されるように危機的といっても過言ではありません。内需がそこそこ高いのでしょうが、いま日本人でどなたか、アメリカ製の自動車や電化製品を持っている方、いますか? ガソリンスタンドのほとんどはセルフなので、多くが壊れていて使い物にならないというのはよく聞く話です。
 私たちは日本に住んでいて、治安の良さや行き届いたサービスや顧客に対する丁寧な態度、そして素晴らしい職人技術を当然と思いがちですが、これらがいかに優れているかが、外国に行ってみて初めて身にしみてわかるのだと思います。そのありがたさをもっと知るべきではないでしょうか。

 私が中学生か高校生のころ、家にちょっとした改修が必要だったので大工さんに入ってもらいました。その人は意志の強いテキパキした男らしい人で、母がそのきっぷのよさに少々惚れていたようです。彼が茶飲み話の折に、当時プレハブ住宅が盛んになり始めていた状況を憂えて、「何という時代だ」とため息を漏らしていました。腕ひとつで叩き上げた職人気質そのもののような人ですから、工場生産によって現場での手仕事のきめ細かさが失われていくと考えて、その風潮に我慢がならなかったのでしょう。
 しかし、それから半世紀たった今日、そうした職人気質が廃れたかというと、前述の経験の通り、そんなことはないようです。この、目に見えない文化的・人倫的慣習をこれからも大切にしたいものです。そのためには、国民性に遭わないヘンなルールを、グローバルスタンダードなどという圧力に屈して安易に取り入れたりしないこと、そうして国を豊かにする適切な経済政策とは何かをよくよく考える必要があります。